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大学生の二人
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しおりを挟む次の日、耳元で鳴るアラーム音にくらくらしながら未雲が起き上がってスマホを確認すると橘からの連絡が複数来ていた。
『今日来てないのか』
『昨日の歓迎会で何かあった?』
まだ覚醒し切れていない脳みそが状況を理解しようとゆっくり動き出す。
……まさか。そう思って時計を確認すると、必修の一限がとっくのとうに始まっている時刻になっていた。
「うわぁ……やっちまった……」
まだ一ヶ月も経っていないのに寝坊して欠席とは、笑うことしかできない。せめて二限には間に合うよう急いで準備を済ませ、慌ただしく外へ出た。駅まで走っておよそ五分、それから電車に乗って大学まで歩いて……と計算しながらスマホと睨めっこしていると、橘の通知に紛れて他の人からも連絡が来ていたことに気付く。
(他にわざわざ連絡してくるようなやついたっけ?)
二限に間に合ってから確認しよう。未雲は覚悟を決めると、朝から息を切らしながら駅へと走っていった。
「お、やっと来た。おはよう」
「おはよう……まじで疲れた……」
ぜえはあと肩を上下させながら二限の教室へ向かえば、定位置に橘が座って待っていた。ギリギリのところだったが、何とか間に合ってほっと息をつく。
「寝坊でもしたか?」
「そんなとこ……。まさかするとは思わなかった」
「昨日サークルの歓迎会あったんだろ? そこで何かあったのかと思ってヒヤヒヤしたぞ」
「あー、そういえば歓迎会ですごいことがあったんだけど……夢だったのかも」
「何だそれ」
「実はさ……」
話そうとしたところで、ちょうど二限を知らせるチャイムが鳴る。その後に教授がすぐに来て授業が始まってしまったので、お喋りは中断せざるを得なかった。
「じゃあ先週の続きから始めていきます。前回は――」
この教授の授業はただ話を聞いて各自レポートを毎回提出するだけの、いわゆる楽単と呼ばれるものだった。だからかスマホをいじっている生徒もそれなりにいるし、眠気に耐えられず居眠りしてしまう生徒もいる。未雲もその一人で、話半分で聞きながらスマホをこっそり取り出した。
(そういえば、橘の他に誰から連絡来てたんだろ)
あとで確認しようとそのままにしていた連絡を思い出して、スマホ画面を何気なく開く。朝の橘からの連絡より少し前、『おはよう、昨日は会えて嬉しかった』というメッセージが、見慣れない黒猫のアイコンから届いていた。
「……!」
思わず声が出そうになって、誤魔化すように咳払いをする。授業中、しかも静かな時に声でも出したら注目の的になってしまう。あまり注意をする人でもないが、教授に目でもつけられたら困る。伏せた画面をそっと覗き込む。そこには間違いなくあの名前があった。
柊明だ……。
忘れていたわけではない。でも、昨日のことがあまりにも夢のようで僅かに信じられなかった。これで連絡が来ていなかったら昨日のことは幻だと思っていたに違いない。
昨日、未雲が不覚にも泣いてしまって必死に隠そうとしたところを、柊明はわざわざ影になって周りにバレないようにしてくれた。もう大丈夫だからと伝えると、柊明は心配そうにしながらもすぐに退いてくれた。それから今通っている大学の話をして――不自然なほど高校の頃の話は出てこなかった――互いに一人暮らしを始めたことを知り、その大変さを愚痴りながらたくさん笑ったことを覚えている。
柊明とあんなに笑って会話をするのは随分久し振りだった。と言ってもまだ一年も経っていないのに、それだけ自分の中で柊明という存在が大きかったということか。あんなことになる前はほぼ毎日一緒にいたのだから、そう感じるのも仕方ないのかもしれない。
時間はあっという間に過ぎ、いつの間にかお開きの時間になって、その時初めて自分が柊明以外と話していないことに気付いた。だから当然、話の途中で連絡先を交換したのも柊明だけだった。
「連絡先新しくしたんだ」と話す柊明に言われるがままスマホを取り出す。実は未雲も心機一転のつもりで新しくしていたので、高校の同級生で連絡先を知っているのは橘だけになっていた。スマホの連絡先にまた柊明の名前が追加され、少し不思議な気分になりながら未雲は「柊明」の文字を見つめていた。
結局二人は他の誰とも会話をせず駅まで一緒に歩いて、帰りの路線は別々だったのでそこで別れることになった。高校生の時は一緒にバスに乗っていたのにな、とふと思い出してどことなく寂しい気持ちになる。
改札で別れ、一人になった途端溜息が出た。色々なことが起こり過ぎて、現実逃避のようにスマホを見ないようにしていた気がする。家に帰ってからも「もしかして嘘の連絡先だったのでは?」とか悪い方向に考えてしまってうまく寝付けなかった。おかげで今日寝坊したわけだけど、昨日は夢でなかったとわかったからもうどうでもよかった。
柊明と友人に戻れた、のだろうか。これからは自分から連絡しても許されるだろうか。星をまた一緒に見てくれるのだろうか。
早く連絡を返さなければという焦りと連絡が来たことへの嬉しさで感情がぐちゃぐちゃになって、未雲はその日の授業に全く身が入らなかった。
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