君の声が好き!

西出あや

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7.ヤキモチなんかじゃない

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 保育園からの帰り道。あたしたちの足音だけが、夕方の静かな住宅街に響いてる。
 き、気まずい……。
 なにか会話のネタをと思えば思うほど、焦りでなにも出てこない。
 こういうとき、爽太くんとなら、なんでもないことをダラダラしゃべってすごせるんだけど。
 あたし、まだまだ逢坂先輩のことを知らなさすぎるのかもしれない。

「それにしても、みんなあっという間に佐倉に懐いてたな」

 先に口を開いたのは、逢坂先輩だった。

「小さい弟と妹がいるので、小さい子の扱いに慣れてるだけだと思います。まあ、あいつらと比べたら、どの子もかわいらしいもんですよ」

 特に最近超生意気になってきた渉を思い出して、思わず握りしめたこぶしに力が入る。

「そうか。俺にも爽太はいるが、他人との距離の取り方がいまいちわからなくてな。正直に言うと、同級生と話すのも苦手なくらいだ。会長にでもなって、無理やりいろいろな人と話すようにしていれば、もう少し慣れるかと思ったんだけどな」
「荒療治ってヤツですか?」
「まあ、そんなところだ。でも、俺は一生あいつのようになれる気はしないよ」

 小さく肩をすくめると、先輩がぼそりとつぶやいた。
『あいつ』って……爽太くん、だよね?
 逢坂先輩とは正反対で、爽太くんは誰とでもすぐに打ち解けて話せて、いつ見てもたくさんの友だちに囲まれている。
 だけど逢坂先輩だって、なんでもできて、いつも堂々としていて、みんなから一目置かれる存在で、あたしなんか遠く及ばないって思っているのに。

「でも先輩、あたしとは最近普通にしゃべってくれてますよね?」
「佐倉は手のかかりすぎる後輩だからな」

 そう言って、逢坂先輩が苦笑いを浮かべる。

「そんな言い方、ひどいですよぉ。これでも精一杯がんばってるつもりなんですから」

 逢坂先輩に抗議すると、先輩があたしの方を見た。

「ああ。佐倉のがんばりは、十分伝わってるよ。生徒会報の作成も、苦手な議事録も。それに、こうやってイベントの運営にだって、積極的に関わってくれているしな」

 ああ、ちゃんとあたしのこと、見てくれてたんだ。
 それだけのことなのに、なんだかすごくうれしい。
 がんばってもがんばっても全然できるようにならなくて落ち込んでばかりだけど、逢坂先輩の何気ない言葉に、ものすごく救われたような気がするよ。

「紙芝居選びに関しても、全部任せてしまって悪かったな」
「いえ、それは大丈夫です。弟と妹に手伝ってもらいましたし、それに、自分の好きなものが選べたので、あたしとしては大満足なんです」

 結局、迷いに迷ってあたしは『眠り姫』を選んだんだ。
 もちろん、カッコよく姫を助けにくる王子様を演じる逢坂先輩の声が聞きたいから。
 ああ、想像しただけでドキドキして顔がニヤけてくる……。

「……佐倉、顔がヘンだぞ」
「先輩、その言い方はとっても失礼ですよ」

 口をとがらせるあたしを見て、逢坂先輩がふっと小さく笑った。

「それは悪かったな。じゃあ紙芝居の練習は、期末テスト明けにはじめるか」

 そんなことを話していたら、目の前に茶トラのネコちゃんが現れた。
 あっ、このネコちゃんって――。

「なんだ。迎えに来てくれたのか?」

 ネコちゃんに吸い寄せられるようにして逢坂先輩がしゃがみ込むと、差し出された先輩の手に甘えるようにネコちゃんが顔をすり寄せた。
 やっぱり。この前木からおりられなくなってた、先輩のとこのネコちゃんだ。

「なんていう名前なんですか?」
「茶太郎」

 そう答えながら、逢坂先輩がネコちゃん――茶太郎をやさしい手つきでなでている。

「結構シブい名前ですね」

 あたしがクスッと笑うと、
「爽太がつけたんだよ」
 と、ぶっきらぼうに言った。

「ほら、帰るぞ」

 先輩が茶太郎を抱きあげると、茶太郎が先輩の頬をぺろりとなめる。

「先輩ってネコ好きなんですね。知りませんでした」
「こら、なめるな。くすぐったいだろ」

 逢坂先輩は茶太郎に夢中で、あたしの声なんか先輩には届いていないみたい。
 あたし、ここにいるのに。なんだか寂しい。
 ……いや、寂しいってなんだよ。
 べつに先輩のことなんてなんとも思ってないし。
 あたしが好きなのは声だけだしっ。

 いくらそんなふうに思おうとしても、なんだか言い訳してるみたい。
 でも、そんなはずないもん。
 茶太郎にまでヤキモチを妬くなんて……絶対にありえない。
 そんなの、絶対に認めない。
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