妖祓師

☆白兎☆

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曲者

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 まだ陽も昇らぬ頃、大輔の布団の中に忍び込む者がいた。

(え? 誰?)

 芳しい香りと柔らかな感触は間違いなく女の身体。薄絹を纏っているようだが、前ははだけていて、素肌が露出している。

「ちょっと、何してるの?」

 障子から月明かりが透けてうっすらと照らす部屋の中で、大輔はその顔を見た。

「え? 煋蘭ちゃん?」

 大輔が声をかけると、

「どうしたの? 大輔。そんなに驚かなくてもいいでしょ? 私たちは夫婦めおとになるのだから」

 と言って煋蘭は薄く笑みを浮かべ、大輔の身体に己の身体を寄せると、豊満な乳が大輔の素肌に密着した。顔は確かに煋蘭だったが、この芳しい匂いも、豊満な乳も煋蘭のものではないと大輔はすぐに分かった。

「おい、あんた誰だよ」

 大輔は冷たく言い放ち、パンツ一丁で布団から出て立ち上がり、女を見下ろした。

「あら、もうばれちゃったの?」

 女は悪びれることなく言った。その時、大輔と隣の部屋を隔てる襖が乱暴に引き開けられた。そこにはなぎなたを手に煋蘭が鬼の様な形相で仁王立ちしている。

曲者くせもの! そこへ直れ!」

 煋蘭の声がかかると、どこから現れたのか、式神が二体、既に女を拘束していた。

「連れて行け。処分は後程下す」」

 そう言って、煋蘭はなぎなたを下ろし、

「お前、私以外の女を部屋へ入れるとはどういうつもりだ?」

 と大輔へ冷たい視線を送った。

「煋蘭ちゃん、それは誤解だってば。気が付いたら布団の中にいたんだ。俺が連れて来たんじゃないよ」

 と大輔は弁解したが、

「問答無用。隙を突かれ侵入を許したお前が悪い」

 と煋蘭は冷たく言い放って、大輔を自分の部屋へ引き入れ襖を締めた。

「え? 煋蘭ちゃんと一緒に寝ていいの?」

 大輔は嬉しそうに言ったが、

「何を勘違いしている? お前は畳の上だ。私以外の女に触れた事、深く反省しろ」

 そう言って、煋蘭は羽織っていた物を大輔へ投げて渡すと、

「それをかけて寝ろ」

 自分は布団へ入った。今は四月に入ったばかりで寒くはない。畳の上で寝るのも大して苦でもない。そして、煋蘭が眠る隣で、煋蘭の羽織をかけて寝るというのは、大輔にとって反省どころか、ご褒美でしかない。そんな事を思っているのは、煋蘭にも気付かれているだろう。それでも、煋蘭は何も言わずに、ただ静かに、そして、安心したようにゆっくりと眠りについたのだった。



「おい、起きろ」

 煋蘭の声で起こされた大輔は、

「おはよう」

 と眠い目をこすった。

「着替えだ」

 煋蘭は何事もなかったかのように、大輔に着物を着付けると、

「朝の鍛錬だ」

 と言って庭へ向かう。

「ねえ、煋蘭ちゃん? 夕べの事だけど……」

 と大輔が言いかけると、

「無用な事に気を散らすな。今やるべき事だけ考えろ」

 と一喝された。

「おう」

 大輔はそう返事はしたものの、夕べの女が何者か、何のためにあんなことをしたのか、そして、処分を下すと言っていたが、どんな処分なのだろうかと気になって仕方がない。頭の中は気を散らしまくりだった。



 そんな雑念だらけの大輔と対峙した煋蘭は、気持ちを切り替えるきっかけを与えるかのように、

「お前、あの時、波動を使ったな? 今、それをやってみろ」

 と言った。あの時というのは、夕べ、二人の目の前に突然現れた皇西家の夜斗に対して大輔が波動を初めて放った時の事だ。

「おう! あの時、俺はやれるって思ったんだよな。波動が使えるようになったぜ」

 と大輔は言って、昨日、波動を使った左手に気を集めて構え、

「おりゃー!」

 と掛け声をかけて前へ突き出した。しかし、そよ風すら吹かない。

「あれ? 違ったかな? そりゃー!」

 もう一度試したが、波動は出ない。

「もういっちょ、わちゃー!」

 これでも出ない。

「おっかしいなあ? うぉりゃー!」

 全く出ない。そんな大輔に呆れて、煋蘭は深くため息をつき、

「もういい。体術の鍛錬を始める、構えろ」

 そう言って、大輔が構える前に、右から強い蹴りを入れた。

「おっと」

 大輔は気を集めるのに遅れ、素早く躱したと同時に、煋蘭へ向かって拳を付きだす。煋蘭はそれを波動で弾き返し、瞬時に大輔の後ろへ回り込み、背中へ強い蹴りを放った。

「うぐっ」

 大輔は煋蘭の動きの速さに守りが追い付かず、まともに攻撃を食らい、前方へと飛ばされたが、身を翻して両足を地面にしっかり着いて、煋蘭と対峙して構えた。大輔は痛む背中に気を集めて即座に治癒しながら、握った拳にも気を集める。それを確認すると、

「ほう、気の使い方が上手くなったな」

 と煋蘭は言葉をかけて、瞬時に間合いを詰めて蹴りを放つ。大輔は腕で蹴りを受け止めて、拳を打ち込んだ。

「当たった!」

 大輔がそう思った瞬間、そこにあったのは人の丈ほどの岩だった。

「え? 変り身の術? 煋蘭ちゃん、忍者なの?」

 大輔の拳を受けた岩は、ビシビシとひびが入って崩れていった。

「忍者ではない」

 大輔の真後ろから声が聞こえて、煋蘭の得意な蹴りが右脇腹を直撃し、大輔は数メートル飛ばされて地に転がった。

「一瞬たりとも気を抜くな」

 煋蘭のその言葉を最後に、大輔は気を失った。
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