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第2章 王立ロンデルネス修道学園

第19話 お姉ちゃんのことしか目に入ってなかったの?

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「わあ! わあ、わあ!」

 レナは俺をあらゆる角度で眺めては感嘆の声を上げる。

「やっぱり姉弟きょうだいだね。ほら見て見て、美人さんだよ」

 手鏡に映されたのは、女子生徒の制服を着せられた俺である。しかも髪をいじくられ、リボンまでさせられている。

 確かにアリアに似た、見目麗しい容姿ではある。だが……。

「なんで俺がこんな格好しなきゃならないんだ……」

「しょうがないよ。カインくん、女子寮に入りたいんでしょ?」

「なにがしょうがない、だ。ノリノリで有無を言わせなかったじゃないか……」

「でも、これは恩返しだから」

 レナは正面から紅い瞳で俺を射抜く。

「私、カインくんにもアリアさんにも、すごく感謝してるの。いつだって力になりたいし、言ってくれればなんだってするよ。だから今回も、私にできる精一杯のお手伝いをしてるの」

「……レナ、お前の気持ちは嬉しい。でもな?」

 俺はジト目でレナを見つめ返す。

「この行為に、私欲がなかったと本気で言えるのか?」

 レナは答えず、ただ微笑みを浮かべる。

「それより早く行こう? 上級生たちがなにを企んでるか調べるんでしょ?」

 あ、こいつ笑って誤魔化した!

 しかしレナの言うことももっともだ。今は追求するのはやめてやる。

「ったく、仕方ない」

 俺はレナの案内で女子寮に足を踏み入れた。

 すると好都合なことに、いきなり上級生に声をかけられる。

「あなたたち。夕食前に中庭に集合しなさい。新入生は全員よ」

「中庭でなにかあるんですか?」

「それは――こほん、いいから黙って言うことを聞きなさい」

 それだけ残して上級生は去っていく。

「カインくん……中庭に全員集合だって」

「らしいな」

 なるほど。見えてきたぞ。なかなか手が込んでいる。

 ターゲットがアリアなのは明らかだ。それを踏まえて、中庭に全員を集合させる意図を考えれば、答えはひとつ。

 全員の前でアリアを晒し者にするつもりだ!

 集団の中で惨めな思いをさせることで、深く心を傷つけるわけだ。なかなか陰湿だぞ。

 こういった、つらい経験はアリアの糧になる。悪くはない。悪くはないが……。

 ちょっと、やりすぎではないか!?

 体の傷は治せても心の傷はそう簡単に癒えないのだぞ! 今日まで心健やかに育ってきた者に、いきなりこんな残酷な仕打ちなど……下手したら自殺に発展することもあり得る!

 ぬぬぬ……許せんっ! 人の心をなんだと思っているんだ!

「カインくんどうしたの? 顔が恐いよ?」

「やつら、中庭でアリアをいじめて晒し者にする気だ」

「そうなの? だとしたら、なんとかしないと……!」

 人間にいじめられ、捨てられた経験のあるレナだ。さすが話がわかる。

「ああ、俺がぶち壊してやる!」

 ふたりで意気込んで、指定の時間前に中庭に潜入した。

 ……が、レナはそこでいきなりやる気を無くしてしまった。

「ねえカインくん。これパーティの準備にしか見えないよ」

 草むらに身を潜めつつ、小声で会話する。

「古来から処刑は娯楽にされる。見世物として、食事や酒を供されることもある」

「絶対違うよ……」

 やがて指定の時間が来る。中庭の扉を開けて、最初に姿を表したのは――。

「来ましたよ~! なんのイベントですか~?」

 アリアだ。よりにもよって狙われてるやつが一番乗りとは!

 上級生たちが一斉になにか構えた。手に持っているのは――武器!?

「させるかぁあ!」

 俺は草むらから飛び出し、アリアの前にこの身を晒した。

 ぱんぱんぱん! 小さな破裂音が連射される。

 ……が、衝撃もなければ痛みもない。

 なんだこれ? 小さな紙テープや紙吹雪が舞っている。パーティクラッカー?

「入学おめでとー! 新寮生歓迎会へようこそー!」

「かんげい、かい……?」

 理解が追いつかない。え? 歓迎会?

 草むらのほうで、レナが頭を抱えている。

「えっと……もしかして、カイン?」

 アリアに顔を覗き込まれてしまう。

「それ女子の制服? しかも髪、リボンまでしてる! わあ、可愛い~!」

 嬉しそうに抱きつかれて、俺は言葉も失った。

「カインって、トップ成績でSクラスに入ったあの?」

「なんでこんなところに?」

「女装してまでお姉ちゃんに会いに来たの!?」

 上級生に取り囲まれていく。

 顔が熱い。熱すぎる! この場の空気に耐えられん! 逃げ出したいが、抱きつかれていて逃げられない!

 身動きできずにいると、草むらからレナが出てきてくれた。

「あの、ごめんなさい! 私たち、勘違いしてたみたいで……」

 レナが事情を説明すると、上級生たちは一笑した。

「いじめなんてしませんわ。サプライズの準備をしていただけですもの」

「ちょっと隠すの下手だったかも。でも、素っ気なくしちゃったのは、アリアちゃんにだけじゃないんだけどなぁ」

「カインちゃん、お姉ちゃんのことしか目に入ってなかったの?」

「…………ッ」

 不覚すぎて、なにも言い返せない!

「あはは。わたしは、心配してくれて嬉しいよ、カイン」

 慰めるように頭を撫でてくれるアリアだが、それがまた羞恥心を加速させる。

「う、うるさいうるさい! 俺は帰る! 道を開けろお!」

 アリアを強引に振り払い、そのまま女子寮から脱出した。

 しかし、慌てていたため迂闊だった。女子制服を着たままだ。

 俺は男子寮に玄関から入るわけにも行かず、自室の窓へ魔法で飛んで侵入する。

 瞬間、グレンと目が合ってしまった。

 ここまで誰にも見られずに来たのに、最後の最後で!

「え、女子? うわ、可愛い――!?」

「うぉああ!」

 俺はグレンを一撃で気絶させ、頭を抱えるのだった。
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