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第4章 新しい過去、違う道の未来
正史編⑦ 魔王の生まれた日
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――これは、本来の歴史の物語。
◇
アリアは帰省する先もなく、相変わらず独りで学園で過ごしていた。
嫌がらせする者はおらず、静かに過ごせるのは心地良かった。なぜか帰省しないグレンがときどき声をかけてきたが、その意図はわからなかった。
そんな風に、アリアが久しぶりに平穏な日々を送っていたその頃――。
◇
不毛の地と呼ばれ、人間も魔族も住んでいない北のフィーンド地方。
ゾールという青年魔族が率いるドミナ系魔族の一団が、開拓を進めていた。
ゼートリック4世が人間社会に侵攻開始して以来、同じ魔族だからと、人間から差別や迫害を受けるようになった。
だからこそゾールは、ドミナ系魔族が平和に生きていけるよう立ち上がった。まだ誰のものでもない土地を開拓し、自分たちが平和に暮らせる場所を作ろうとしている。
その活動は多くのドミナ系魔族の共感を得て、初めは幼馴染数人だけだった仲間も、数百を超える規模になっていた。
そして複数の開拓村が出来上がり、作物も取れるようになって、貧しいながらもやっと自給自足できるようになった。
そんなある日。ゾールが滞在する、開拓村のひとつにて。
「ゾール! ゾール! なんか、いっぱい来てる。お馬さんと!」
ゾールに懐く幼女チコに引っ張られるままに来てみると、幼馴染のニルスがすでに遠見の魔法で様子を伺っていた。
「ニルス、どんな感じだ?」
「武装してる。こっちに来るみたいだ」
「俺たちを襲う気か?」
「それはどうかな。こんな僻地の開拓民を襲う理由があるかい? 僕らを殺したって、なんの意味もない」
「確かに、そうか。なら、仲間になりに来た?」
「彼らは魔族じゃなくて、人間のように見えるけど」
「人間? じゃあ違うか……?」
「あら、味方してくれる人間もいるかもしれないわ」
その声に振り返る。柔和な微笑みの、年上の美人。憧れのフラウがやってきていた。チコを抱き上げる。
「武装した人間が?」
「どこかの騎士団が、ドミナ系魔族の扱いを見るに見かねて、ついに離反して来てくれた……ということはないかしら?」
そんなどこかとぼけた意見に、ニルスは苦笑する。
「理想論すぎるし、楽観的すぎる」
「まあそう言うなよニルス。襲う意味もないこんな僻地まで来てるんだ。あり得ないって話でもないだろうよ」
ゾールはニルスの肩を叩いて笑う。
「フラウの言う通り、味方なら助かる。人間でもな。まあ最悪、武装だけいただいて帰ってもらってもいい。まずは話してみるさ」
やがて開拓村に現れた武装集団に、ゾールは代表として近づいた。
「ここはなんにもない貧しい開拓民の村だぜ。わざわざこんなところまで、なんの用事だい?」
「ロンデルネス王国第6騎士団。国王リューベックの勅命を果たすために来た」
「その勅命ってのは?」
騎士団長と思わしきその男は、いきなり抜剣した。
「――死ね!」
回避は間に合わず、肩口から斜めに斬りつけられる。
咄嗟に体を逸らせたので致命傷には至らない。だが深手だ。
すぐさま身体強化魔法を発動させて距離を取る。
「ぐ、う、なぜだ!?」
「魔族は滅ぼせ!」
騎士たちが次々に剣を抜く。弓に矢をつがえる者もいる。
「ゾール! ゾール、死んじゃだめぇ!」
チコが走ってくる。ゾールは戦慄した。弓の騎士が、彼女を狙ってる。まだ10歳にも満たない幼子を!
「来るな、隠れろチコ!」
その射線上に体を持っていこうとするが、それより早く、矢が放たれた。
矢が突き刺さる瞬間をゾールは見た。チコには当たらなかった。代わりに、間一髪、チコをかばったフラウの背中に突き刺さっていた。
「フラウ!」
まだ生きてる。そうだ、フラウは治療魔法の使い手だ。矢傷くらいすぐに――。
後方の騎士たちが、次々に弓を構える。ダメだ。あんな数の矢を受けたら、治療以前に……!
「やめろぉお!」
ゾールは切り札を切った。限界突破だ。この高負荷な魔法を、深手を負った状態で使えば死ぬかもしれない。
そんな後先を考えている場合ではない。
限界を超えて強化されたゾールは、弓の騎士たちを次々に殴り倒す。しかし間に合わない。次の発射までに倒しきれなかった。
複数の矢がフラウの体を貫いた。その体が横たわり、庇われていたチコの姿があらわになる。
「フ、ラウ……?」
あまりのことにチコは泣き出すところだった。大きく口を開けて、声を上げようとしたとき――
その眉間にも、矢が突き刺さった。
泣くことすら許されず、チコは短い一生を終えた。
そしてゾールも、いよいよ限界突破の負荷と怪我に体が耐えきれず、身動きが取れなくなる。
剣を振り上げ、開拓民に襲いかかる騎士たちが見えるのに、なにもできない。
「ニルス、みんなを……!」
逃してくれ。
そう言い切れないまま、ゾールは意識を失った。
気がついたときには、すべてが終わっていた。
ニルスはゾールの意を汲んでくれたらしい。開拓民と共に、逃げようとした形跡がある。
みんな、後ろから斬られて死んでいた。ニルスも。
それから気づく。ゾールの深手が、完治とは言えなくとも、回復していることに。
「フラウ……?」
フラウは先ほどとは違う場所で、息絶えていた。首を切られて。
致命傷を負った彼女が、最後の力でゾールの生命を救おうとしてくれたのだ。それが騎士たちに見つかってトドメを……。
「ぐ……っ、うぅう。うぁあああ! ちくしょう……ちくしょおぉおお!」
血の涙を流しながら、ゾールは慟哭した。
自分さえ強ければ、みんなを守ってやれたのに……!
この日、ゾールは悟った。
同胞を守るためには、誰にも負けない力が必要だと。
そして人間どもに報いを。
人間と争う原因を作ったゼートリックにもだ。
同胞の平和のため、敵は必ず排除する。
そのために力を! 己のなにを犠牲にしてでも力を手に入れる!
やがてゾールは、魔王となっていった。
◇
アリアは帰省する先もなく、相変わらず独りで学園で過ごしていた。
嫌がらせする者はおらず、静かに過ごせるのは心地良かった。なぜか帰省しないグレンがときどき声をかけてきたが、その意図はわからなかった。
そんな風に、アリアが久しぶりに平穏な日々を送っていたその頃――。
◇
不毛の地と呼ばれ、人間も魔族も住んでいない北のフィーンド地方。
ゾールという青年魔族が率いるドミナ系魔族の一団が、開拓を進めていた。
ゼートリック4世が人間社会に侵攻開始して以来、同じ魔族だからと、人間から差別や迫害を受けるようになった。
だからこそゾールは、ドミナ系魔族が平和に生きていけるよう立ち上がった。まだ誰のものでもない土地を開拓し、自分たちが平和に暮らせる場所を作ろうとしている。
その活動は多くのドミナ系魔族の共感を得て、初めは幼馴染数人だけだった仲間も、数百を超える規模になっていた。
そして複数の開拓村が出来上がり、作物も取れるようになって、貧しいながらもやっと自給自足できるようになった。
そんなある日。ゾールが滞在する、開拓村のひとつにて。
「ゾール! ゾール! なんか、いっぱい来てる。お馬さんと!」
ゾールに懐く幼女チコに引っ張られるままに来てみると、幼馴染のニルスがすでに遠見の魔法で様子を伺っていた。
「ニルス、どんな感じだ?」
「武装してる。こっちに来るみたいだ」
「俺たちを襲う気か?」
「それはどうかな。こんな僻地の開拓民を襲う理由があるかい? 僕らを殺したって、なんの意味もない」
「確かに、そうか。なら、仲間になりに来た?」
「彼らは魔族じゃなくて、人間のように見えるけど」
「人間? じゃあ違うか……?」
「あら、味方してくれる人間もいるかもしれないわ」
その声に振り返る。柔和な微笑みの、年上の美人。憧れのフラウがやってきていた。チコを抱き上げる。
「武装した人間が?」
「どこかの騎士団が、ドミナ系魔族の扱いを見るに見かねて、ついに離反して来てくれた……ということはないかしら?」
そんなどこかとぼけた意見に、ニルスは苦笑する。
「理想論すぎるし、楽観的すぎる」
「まあそう言うなよニルス。襲う意味もないこんな僻地まで来てるんだ。あり得ないって話でもないだろうよ」
ゾールはニルスの肩を叩いて笑う。
「フラウの言う通り、味方なら助かる。人間でもな。まあ最悪、武装だけいただいて帰ってもらってもいい。まずは話してみるさ」
やがて開拓村に現れた武装集団に、ゾールは代表として近づいた。
「ここはなんにもない貧しい開拓民の村だぜ。わざわざこんなところまで、なんの用事だい?」
「ロンデルネス王国第6騎士団。国王リューベックの勅命を果たすために来た」
「その勅命ってのは?」
騎士団長と思わしきその男は、いきなり抜剣した。
「――死ね!」
回避は間に合わず、肩口から斜めに斬りつけられる。
咄嗟に体を逸らせたので致命傷には至らない。だが深手だ。
すぐさま身体強化魔法を発動させて距離を取る。
「ぐ、う、なぜだ!?」
「魔族は滅ぼせ!」
騎士たちが次々に剣を抜く。弓に矢をつがえる者もいる。
「ゾール! ゾール、死んじゃだめぇ!」
チコが走ってくる。ゾールは戦慄した。弓の騎士が、彼女を狙ってる。まだ10歳にも満たない幼子を!
「来るな、隠れろチコ!」
その射線上に体を持っていこうとするが、それより早く、矢が放たれた。
矢が突き刺さる瞬間をゾールは見た。チコには当たらなかった。代わりに、間一髪、チコをかばったフラウの背中に突き刺さっていた。
「フラウ!」
まだ生きてる。そうだ、フラウは治療魔法の使い手だ。矢傷くらいすぐに――。
後方の騎士たちが、次々に弓を構える。ダメだ。あんな数の矢を受けたら、治療以前に……!
「やめろぉお!」
ゾールは切り札を切った。限界突破だ。この高負荷な魔法を、深手を負った状態で使えば死ぬかもしれない。
そんな後先を考えている場合ではない。
限界を超えて強化されたゾールは、弓の騎士たちを次々に殴り倒す。しかし間に合わない。次の発射までに倒しきれなかった。
複数の矢がフラウの体を貫いた。その体が横たわり、庇われていたチコの姿があらわになる。
「フ、ラウ……?」
あまりのことにチコは泣き出すところだった。大きく口を開けて、声を上げようとしたとき――
その眉間にも、矢が突き刺さった。
泣くことすら許されず、チコは短い一生を終えた。
そしてゾールも、いよいよ限界突破の負荷と怪我に体が耐えきれず、身動きが取れなくなる。
剣を振り上げ、開拓民に襲いかかる騎士たちが見えるのに、なにもできない。
「ニルス、みんなを……!」
逃してくれ。
そう言い切れないまま、ゾールは意識を失った。
気がついたときには、すべてが終わっていた。
ニルスはゾールの意を汲んでくれたらしい。開拓民と共に、逃げようとした形跡がある。
みんな、後ろから斬られて死んでいた。ニルスも。
それから気づく。ゾールの深手が、完治とは言えなくとも、回復していることに。
「フラウ……?」
フラウは先ほどとは違う場所で、息絶えていた。首を切られて。
致命傷を負った彼女が、最後の力でゾールの生命を救おうとしてくれたのだ。それが騎士たちに見つかってトドメを……。
「ぐ……っ、うぅう。うぁあああ! ちくしょう……ちくしょおぉおお!」
血の涙を流しながら、ゾールは慟哭した。
自分さえ強ければ、みんなを守ってやれたのに……!
この日、ゾールは悟った。
同胞を守るためには、誰にも負けない力が必要だと。
そして人間どもに報いを。
人間と争う原因を作ったゼートリックにもだ。
同胞の平和のため、敵は必ず排除する。
そのために力を! 己のなにを犠牲にしてでも力を手に入れる!
やがてゾールは、魔王となっていった。
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