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一章

1. 二度目の王女

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「———っ!?」

 意識がはっきりとすると同時に、シルバート王国の第二王女であるミルフィリアス・ル・ディーネ・フェイ・ティリエ・アルザールは自室のベッドの上で跳ね起きた。

「……っはぁ。またなの?」

 ミルフィは酷く疲れた様子で呟くと、自身の絹糸のように美しいキャラメルブロンドの髪をさらりと後ろに流し込み、そしてそのままボフッと前のめりに倒れ込む。そしてミルフィは、そのままの状態で鮮明過ぎる先程の夢を脳裏に思い浮かべた。
   先程の夢は、ミルフィにとって現実であってそうでないものであるのだ。

(夢にまで出てくる程に、私の中であの出来事は大きいのね……)

   ほんの少しだけ苦笑しながら、ミルフィは先程まで見ていた懐かしい夢——過去へと思いを馳せた。
   どこまでも苦しくて悲しいだけの過去の夢。けれどもそれは、何よりも、どんなものよりもミルフィにとって大切な記憶であることは確かだった。

(けれども、私は二度も同じことを繰り返すわけには行かないのよ。……私は今度こそ、現実から目を背けたりなんてしてはいけない。その為の二度目の人生なのだから)

   ミルフィは唇を噛み締めながら、そう自分に強く言い聞かせる。
 額から汗が一筋だけ流れ落ち、そしてそれはシーツの上で滲んでいった。






 今日はミルフィの十六歳の誕生日だ。王族の誕生日は、それはそれは盛大な式典が毎年催されていた。それは勿論、今年も例外ではない。

「姫様、夜会用にとミス・レーガンに作らせた最新のドレスはこちらにご用意いたしました」
「髪留めは姫様の瞳の色に合わせてサファイアブルーのものに致しましたが、こちらのものとこちらのもの、どちらが宜しいでしょうか?」

    王宮に使える者は侍女も女官も大忙しである。
 勿論ミルフィだってそれを黙って見ているわけには行かない。それぞれに指示を出すのはミルフィの仕事でもある。
   そして粗方の指示を出し終えたミルフィは、メイド達の用意したドレスに着替えると、側に控えていたミルフィ付きのメイドがその繊細で艶やかな髪を丁寧に梳き、そして結わいていく。
 最後の仕上げに薄く化粧が施されると、丁度良いタイミングで扉がノックされた。

「姉上~。準備できましたか?」

   そしてそんな言葉と同時に、ミルフィがまだ返事をしていないのにも関わらず扉が開いた。通常ならば扉の前に控えている護衛の騎士や女官やらが止めるのだが、今回は誰も止めなかったらしい。
   王宮の、しかも王族の一人であるミルフィの部屋を無断で入室出来る人物は限られている。
 ひょいと扉から顔を出してきた人物をミルフィは鏡越しに見て、そして予想通りの人物がそこにいたことに溜息をつきたくなった。

「フィル、いつも準備が終わっているかをきちんと確認してから入ってきなさいっていってるでしょう?」

 後ろを振り返りながら、ミルフィは礼儀のなっていない弟を叱咤する。
 部屋に入ってきたのはミルフィの一つ下の同腹の弟であるフェリクスだった。

「別に姉上の部屋だし、良いかな~って」

 楽観的に答えるフェリクスに、ミルフィは頭痛を感じ、他に人がいなければそのまま頭を抱えてしまいたい衝動に駆られた。
   その衝動をなんとか堪えつつ、ミルフィは呆れを隠すことなく言葉を紡ぐ。

「あなた、本当に王子なの?淑女の部屋には余程の事情がない限りは中から返事があるまで入ってはならないって習わなかった?」
「やだなぁ。ちゃんと習いましたよぉ~。姉上だから特に気にしていないだけで」
「……ああ、そう」

 ああ言えばこう言う。
 いい加減にフェリクスとのこの応酬に疲れてきたミルフィは、そのまま流すことにした。

「それにしても、姉上のドレスはまた一段と華やかですねぇ」
「今日は一応わたしが主役なのだから。主役が華やかでなくては脇役も同然でしょう?」
「そうですよねぇ。姉上、今日は頑張って下さいね~」

 まるで他人事のように告げたフェリクスに、ミルフィはジト目で睨みつつ言い聞かせるような口調で告げる。

「フィルにも頑張ってもらわないとわたしが困るのだけれど。エスコート役、きちんと果たして頂戴ね?……ところでどうしてこんなに早くわたしの部屋に来たのかしら。夜会までまだまだ時間はあるわよ?」

 何かあったのかとミルフィが首を傾げると、フェリクスは「実は報告しておくことがありましてぇ~」と頷いた。

「流石に何もない時にこんなに早く姉上の部屋に来たりなんてしませんよぉ~」

 と、呑気に言ってのけるフェリクスを横目で見つつミルフィは部屋の中にいたメイド達に目配せして下がるように伝える。
 それを受け、紅茶やケーキスタンド等の用意を素早く済ませたメイド達はミルフィに向かって頭を下げると、音もなく扉の外へと出ていった。
   扉の外から足音が遠ざかり、完全に聞こえなくなるとミルフィはお茶の用意されたテーブル近くのソファーへと移動してそこへ腰を下ろした。そしてその目の前にフェリクスが座る。
    それを無言で見届けたミルフィは、ようやく口を開いた。

「それで?何か問題でも?」
「んー、問題というか、なんというか……まあ、姉上にとっては問題ですかね?」

 首を傾げつつも何処か一人で納得したような表情を浮かべているフェリクスを、ミルフィはさっさとしてくれと言いたげな視線で見つめる。

「ああ、はいはい。ちゃんと言いますよ」

 その視線を受け、フェリクスは仕方がないなぁというように肩をすくめてみせた。

「実は今回の夜会で護衛を担当するのが、王立騎士団の特別部隊に先程変更されたんですよ」
「は、……何ですって!?」

 フェリクスの言葉にミルフィは固まった。そして、そんなまさかと自分の耳を疑いたくなってしまう。

「だって、あれほど今回の護衛は第一部隊でお願いしたいとお父様に告げていたのに……、どういうことよ!?これじゃあ、今までの努力が水の泡になってしまうじゃない!!」

鬱憤を晴らすかの如く早口でそう捲し立てると、そこで一旦言葉を途切らせてから、ミルフィはすうっと息を大きく吸った。
 そして……

「———よりにもよってもう二度と会わないようにしていたとこんな形で顔を合わせることになるなんて、ほんっっとうになんなのよーー!?」

 窓がビリビリと震えるほどに大きな声で、ミルフィは叫んだ。
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