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一章

10.王女と騎士のそれぞれの譲歩

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 レオンハルトの部屋から自室へと戻る途中、ミルフィは気分転換に庭園に寄ることにした。
 庭園には季節折々の花が鮮やかに咲き誇ってた。
 ミルフィはその中のある一角へ向かい、そこで歩みを止めた。そこには夜会でも見たブライダルベールとゼラニウムの花が植えられていた。

「……ここはと変わらないのね」

 ぽつりと呟かれた言葉はあまりにも小さく、アルベルトにはただ空気が揺れただけのように感じた。
 どうしたのかと言いたげな視線を向けられたミルフィは何でもないと首を振る。

では見えてなかったものがになってから出てくるものが多い。それは、わたしが目を背けていたせいなの?きちんと前を向けていたのなら、問題を解決できるように自分が動いていたらでも死ぬことは無かった?)

 心の中で自分に問いかける。
 のミルフィは何事にも無関心を貫き通していた。
 王位に興味がなかったくせに破棄することなく、そして兄達の継承権争いからでる影響からは目を背けていた頃の自分。
 全てがどうでもよかった。あの頃の自分はただアルベルトさえいてくれたならそれで構わなかった。

(こうしてみるとわたしってアルトに対してとても執着していたのね)

 改めて痛感したことにミルフィは自嘲する。
 その時のミルフィの表情は、いつも常に貼り付けていた王女という仮面がつるりと滑り落ちてしまったかのようにどこか歪で。
 笑っているのに、泣いている。
 そんな矛盾した表現が一番相応しいと感じるような表情だった。


「……殿下?」

 その様子を横で眺めながらアルベルトは躊躇いがちにミルフィに声をかける。

「何でもないの。部屋に戻りましょう」

 ミルフィはアルベルトの方を向くことなくそのまま来た道を戻って行った。
 その後ろ姿を眺めながらアルベルトは考え込む。

(一体殿下は何を考えていたのだろうか。多分、それは殿下にとって大事なことなのだろうとは予想つくが……)

 そうでなければあんな風に表情を露骨にはしないだろう。
 きっと先程の表情はミルフィ自身も無意識のうちに出てしまったものだ。
 つまり、それだけ今考えていたことがミルフィにとってとても大事な何かだというわけで。
 初めて会った時からミルフィはどこか此方とは距離を置こうとしていることを感じた。
 それは普通の人なら気付かないようなくらい些細なもので、それを感じ取れたものはそう多くはいないだろう。だからこそ、ミルフィは人との距離の置き方には手慣れていることが窺えた。

(殿下に信頼されるのは難しい課題だな……)

 内心苦笑しつつ、アルベルトは新たに自身の心にその課題を刻み込んだ。



 *  *   *

「____それじゃあリュディガーにも協力を仰ぐことにするわ。そうすれば外側から探ってもらえるでしょうし」
「なら、団長には俺から話を通しておく。その方が殿下も余計な手間をかけなくて済むだろう」
「そうね。お願いするわ」

 自室に戻ってからというものの、ミルフィは山積みにされた書類を片付けるためにひたすら書類とにらめっこをして手を動かし、それと同時にローネイン公爵家の人身売買の為の調査方法をアルベルトと相談していた。
 出来上がった書類の山が次々と出来ていくところを間近で眺めていたアルベルトは、よく同時に出来るな、と心の底から感心する。
 二つのことを同時にやろうとすると、必ずどちらかが散漫になってしまい何かしらミスをしてしまう。しかし、ミルフィは難無くそれらをやり遂げてしまっていた。

「それからフィルにも話を通しておくことにするわ。マイペースで自分が興味を持ったことにしか意欲が湧かないという欠点はあるけれど、下手な人材を使うよりも余程役に立つから」

 何とか秘密裏に裏で手を回せるような人材集めをアルベルトと共に考えながら、合間を縫って書類を次々と作成し、片付けていく。
 手際の良さは国王顔負けであった。
 そして、書類の処理の方がひと段落ついたところでアルベルトは疑問に思ったことをミルフィに尋ねた。

「ところで、どうして殿下が執務を?殿下は継承権を持ってはいるけれど本来なら王女は執務なんてやらないんじゃないのか?」
「ええ、本来ならやる必要はないわ。でもこれは……何と言えばいいのかしら?お父様からの課題とでもいえばいいのかしらね」
「課題?」

課題という言葉にアルベルトは不思議そうにしていると、それに気が付いたミルフィは苦笑しながら頷いた。

「そうよ。正式に決まっていないとはいえ、わたしとお兄様達、それから弟のハインリッヒは将来国を継ぐ可能性がそれぞれ等しくある。それならば今現在でどれだけのことが出来るのかを見極めるためにお父様がそれぞれに指示を出しているの。お兄様達とはそれぞれ分野が違うけれどね」

 ハインリッヒはまだ十三歳だから執務は行なっていないけれど、というミルフィの言葉にアルベルトは成る程と頷いた。

「それで、話を戻したいのだけれど」

 いつの間にかミルフィは書類を綺麗さっぱり片付けて自身の手によって棚から茶葉とポット、それからカップを二つ取り出して自らの手で紅茶を淹れていた。そしてカップの一つをアルベルトに差し出す。
 アルベルトはそれを戸惑いながらも受け取って、一口飲んでみる。
 そして僅かに目を見張った。
 アルベルトの微かな表情の変化に気が付いたミルフィは自然と口が緩む。

「気に入ってくれたのなら良かったわ」
「……殿下、お茶を淹れるの上手いな」

 カップの中身を覗き込みながらアルベルトはしみじみと言う。
 自分で淹れた方が毒が入る可能性が少ないからよく淹れるのよ、と言うミルフィの言葉を聞いて、なんとも言えない気分になる。
 アルベルトが複雑な表情を浮かべるがそれをスルーしてミルフィは話を戻した。

「取り敢えずはさっき言った人達が今回の協力者ね。それで、次にわたしがどうするのかを話しておきたいのだけれど」
「もうそこまで考えていたのか?」

少しだけ目を見開いたアルベルトに、ミルフィは当然だと頷いた。

「自分のことを考えるのは一番最初でしょう?……今回はわたしが現場に乗り込むことにしたわ」
「……は!?」

 ミルフィがあまりにも当然という表情で告げたので反応が遅れてしまった。
 突然のことでアルベルトは軽く噎せる。

「そんなに驚くこと?」

 不思議そうに尋ねてくるミルフィを見てアルベルトは頭が痛くなるのを感じた。
レオンハルトもレオンハルトなら、ミルフィもミルフィだ。王族のくせに、その王族としての自覚があまり足りていないのでは、とアルベルトは思わずにはいられなかった。
 こめかみに手を当てて溜め息を吐く。

「……殿下はこの国の王女だ」
「当たり前じゃない」

その言葉にミルフィは頷いた。

「そして、正妃の第一息女で血筋的に言えば王位継承権第一位でもある」
「確かにそうだけれどそこまで継承権の順位は関係ないわよ?」
「そうだとしても、殿下は確かにこの国になくてはならない存在だ。……それなのに自らが危険なところに潜り込むことはさすがに許容出来ない」

 アルベルトの言い分は最もである。
 ミルフィは溜め息をついた。

(相変わらず真面目なんだから……)

 関係ないとは言わせないと言わんばかりの視線を投げつけられ、ミルフィは肩をすくめる。

「確かに貴方の言い分も一理あるわ。それでも今回はわたしが直接動く。これはもう決定事項よ」
「殿下の身に何かあったらどうするつもりだ?」
「自分の身くらい自分で守れるわ」

 何を言っても折れないことを悟ったアルベルトはもう一度大きな溜め息を吐いた。

(溜め息をつきたいのはわたしの方よ……)
「……ならば俺も殿下についていく」

 その言葉に今度はミルフィがぎょっとする。

「何言っているの!?一度潜り込んだら簡単に抜け出せなくなるのよ!?貴方はリュディガー達と一緒に行動して!」
「だからだ。そんな危険なところに殿下一人で行かせるわけにはいかない」

 アルベルトはアルベルトで一歩も引かなかった。
 暫く悩んでからミルフィは仕方がないとばかりに首を振った。

「……分かったわ。潜り込むのは二人でよ」
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