36 / 42
一章
35.何も知らない
しおりを挟む
「……盗み聞きとは感心しませんねぇ」
ミルフィの部屋から今度こそ退室したフェリクスは、扉を閉めてから振り返らずに、すぐそばに身を隠していた〝彼〟に向かって話しかけた。
「……申し訳ありません」
話しかけられた〝彼〟は、気付かれてたことに内心驚きつつ、素直に謝罪した。
そして隠れていた柱から姿を現す。
フェリクスはやれやれと言った様子で溜め息をつき、それから後ろを振り返って〝彼〟を見据えた。
「そんなに姉上のことが気になりましたか?——アルベルト・テレザ・シュバルツ」
そう言って見つめた先では、アルベルトが罰の悪そうな表情を浮かべていた。
そんなアルベルトの様子を暫し無言で眺めてから、フェリクスはアルベルトに付いてくるように促し、廊下を早足で進んで行った。
* * *
「それで、一体どこから聞いていたんですかぁ?」
フェリクスの自室にアルベルトを通すと、直球で本題に移った。
アルベルトは正直に答える。
「殿下が、自己満足の為にしか動いていない、という辺りからです」
つまり殆ど始めの頃から聞いていたんですかぁ~、とフェリクスは先程のミルフィとの会話を思い出しながら分析する。
「……殿下は過去に何かあったのですか?」
「……随分と踏み込んできますねぇ」
躊躇いがちに放たれた言葉に、フェリクスは若干の苛立ちと、憐れみを感じた。
(事情の全ては貴方に繋がっているというのに、当の本人は何もかも知らないんですねぇ)
人は、知らないことは時に罪になるという。
この場合のアルベルトは、きっと罪なのではとフェリクスは思った。
——少なくとも、ミルフィにとってはそうだと言える。
「貴方のように姉上も、何も知らないまま、全てを忘れ去ってしまっても良かったのに……」
そうだとすれば、ミルフィはあんな風に自分を責めることなど無かっただろう。後悔して、苦しみ続けることなど無かっただろう。
そして何よりも。
自分が一番信頼したい人を、裏切られるかもしれないなんて疑って、したくもない猜疑をすることなど無かっただろう。
「それは、どういう……」
「僕は、基本的に姉上が知られたくないと思っていることは、例え父上であろうと、捕えられて拷問されようと、絶対に話さない主義なんですよぉ」
フェリクスの物騒過ぎる話に、アルベルトは内心で姉上至上主義にも程度があるだろうと頬を引き攣らせた。
否、これは最早姉上至上主義を通り越して崇拝しているレベルである。
ミルフィのことでフェリクスを敵に回したら、後が恐ろしそうだとアルベルトは心の底から思った。
そんなアルベルトにはお構い無しといったように、フェリクスは話しを続ける。
「だから、姉上の過去の話を姉上に黙ってしたくなんて無いんですよねぇ」
「……失礼しました」
断られたと思い、アルベルトはでしゃばった真似をしてしまい申し訳ありませんと頭を下げようとしたが、それをフェリクスによって制された。
「人の話は最後まで聞いてもらいたいんですけどぉ」
全く、とフェリクスはわざとらしく溜め息をつき、大袈裟に肩を竦める。
「確かに僕は、姉上の嫌がるようなことなんて絶対にしたくないんですよぉ。それに正直僕は貴方のことが好きじゃないんです」
それはアルベルトも薄々勘づいていたことだった。
やっぱり、とアルベルトは複雑な思いで頷く。
「でも、貴方は姉上の護衛騎士だ。なんで姉上が自分と距離を置こうとするのか、それがアルベルトの一番知りたいことですよねぇ?」
フェリクスの言葉にその通りだとアルベルトは頷いた。
「普通なら、信頼関係あっての護衛騎士だと私は思うんです。ですが、ミルフィリアス殿下は……」
「殆どの人に対して、決して自分の内側に入れようとしていない、ということですよねぇ」
アルベルトの言葉をフェリクスが引き継ぐ。
「そうですねぇ。何故、姉上が人を信頼しなくなったのか。それだけなら話してあげてもいいですよぉ~」
そしてフェリクスはその理由を話した。
「姉上は、随分と昔にある人物に裏切られたんです。しかもその相手は、姉上が最も信頼していた人物でした」
「その人が、〝アルト〟という人でしょうか?」
そういえば先程の会話を聞いていたんでしたっけ、とフェリクスは溜め息をつきつつ頷いた。
まさかその〝アルト〟が、自分のことだとは思うまい。
そのことにフェリクスは複雑な思いがよぎる。そして、なんとも言えない表情で、その先の言葉を紡いだ。
「それから、姉上は人を信じることが難しくなりました。自分が心を許した人が、自分を裏切るのではと考えるようになったんです。だから、姉上は人を信頼出来ない。内側に入れることをしないんですよ」
ミルフィの部屋から今度こそ退室したフェリクスは、扉を閉めてから振り返らずに、すぐそばに身を隠していた〝彼〟に向かって話しかけた。
「……申し訳ありません」
話しかけられた〝彼〟は、気付かれてたことに内心驚きつつ、素直に謝罪した。
そして隠れていた柱から姿を現す。
フェリクスはやれやれと言った様子で溜め息をつき、それから後ろを振り返って〝彼〟を見据えた。
「そんなに姉上のことが気になりましたか?——アルベルト・テレザ・シュバルツ」
そう言って見つめた先では、アルベルトが罰の悪そうな表情を浮かべていた。
そんなアルベルトの様子を暫し無言で眺めてから、フェリクスはアルベルトに付いてくるように促し、廊下を早足で進んで行った。
* * *
「それで、一体どこから聞いていたんですかぁ?」
フェリクスの自室にアルベルトを通すと、直球で本題に移った。
アルベルトは正直に答える。
「殿下が、自己満足の為にしか動いていない、という辺りからです」
つまり殆ど始めの頃から聞いていたんですかぁ~、とフェリクスは先程のミルフィとの会話を思い出しながら分析する。
「……殿下は過去に何かあったのですか?」
「……随分と踏み込んできますねぇ」
躊躇いがちに放たれた言葉に、フェリクスは若干の苛立ちと、憐れみを感じた。
(事情の全ては貴方に繋がっているというのに、当の本人は何もかも知らないんですねぇ)
人は、知らないことは時に罪になるという。
この場合のアルベルトは、きっと罪なのではとフェリクスは思った。
——少なくとも、ミルフィにとってはそうだと言える。
「貴方のように姉上も、何も知らないまま、全てを忘れ去ってしまっても良かったのに……」
そうだとすれば、ミルフィはあんな風に自分を責めることなど無かっただろう。後悔して、苦しみ続けることなど無かっただろう。
そして何よりも。
自分が一番信頼したい人を、裏切られるかもしれないなんて疑って、したくもない猜疑をすることなど無かっただろう。
「それは、どういう……」
「僕は、基本的に姉上が知られたくないと思っていることは、例え父上であろうと、捕えられて拷問されようと、絶対に話さない主義なんですよぉ」
フェリクスの物騒過ぎる話に、アルベルトは内心で姉上至上主義にも程度があるだろうと頬を引き攣らせた。
否、これは最早姉上至上主義を通り越して崇拝しているレベルである。
ミルフィのことでフェリクスを敵に回したら、後が恐ろしそうだとアルベルトは心の底から思った。
そんなアルベルトにはお構い無しといったように、フェリクスは話しを続ける。
「だから、姉上の過去の話を姉上に黙ってしたくなんて無いんですよねぇ」
「……失礼しました」
断られたと思い、アルベルトはでしゃばった真似をしてしまい申し訳ありませんと頭を下げようとしたが、それをフェリクスによって制された。
「人の話は最後まで聞いてもらいたいんですけどぉ」
全く、とフェリクスはわざとらしく溜め息をつき、大袈裟に肩を竦める。
「確かに僕は、姉上の嫌がるようなことなんて絶対にしたくないんですよぉ。それに正直僕は貴方のことが好きじゃないんです」
それはアルベルトも薄々勘づいていたことだった。
やっぱり、とアルベルトは複雑な思いで頷く。
「でも、貴方は姉上の護衛騎士だ。なんで姉上が自分と距離を置こうとするのか、それがアルベルトの一番知りたいことですよねぇ?」
フェリクスの言葉にその通りだとアルベルトは頷いた。
「普通なら、信頼関係あっての護衛騎士だと私は思うんです。ですが、ミルフィリアス殿下は……」
「殆どの人に対して、決して自分の内側に入れようとしていない、ということですよねぇ」
アルベルトの言葉をフェリクスが引き継ぐ。
「そうですねぇ。何故、姉上が人を信頼しなくなったのか。それだけなら話してあげてもいいですよぉ~」
そしてフェリクスはその理由を話した。
「姉上は、随分と昔にある人物に裏切られたんです。しかもその相手は、姉上が最も信頼していた人物でした」
「その人が、〝アルト〟という人でしょうか?」
そういえば先程の会話を聞いていたんでしたっけ、とフェリクスは溜め息をつきつつ頷いた。
まさかその〝アルト〟が、自分のことだとは思うまい。
そのことにフェリクスは複雑な思いがよぎる。そして、なんとも言えない表情で、その先の言葉を紡いだ。
「それから、姉上は人を信じることが難しくなりました。自分が心を許した人が、自分を裏切るのではと考えるようになったんです。だから、姉上は人を信頼出来ない。内側に入れることをしないんですよ」
12
あなたにおすすめの小説
慈愛と復讐の間
レクフル
ファンタジー
とある国に二人の赤子が生まれた。
一人は慈愛の女神の生まれ変わりとされ、一人は復讐の女神の生まれ変わりとされた。
慈愛の女神の生まれ変わりがこの世に生を得た時、必ず復讐の女神の生まれ変わりは生を得る。この二人は対となっているが、決して相容れるものではない。
これは古より語り継がれている伝承であり、慈愛の女神の加護を得た者は絶大なる力を手にするのだと言う。
だが慈愛の女神の生まれ変わりとして生を亨けた娘が、別の赤子と取り換えられてしまった。
大切に育てられる筈の慈愛の女神の生まれ変わりの娘は、母親から虐げられながらも懸命に生きようとしていた。
そんな中、森で出会った迷い人の王子と娘は、互いにそれと知らずに想い合い、数奇な運命を歩んで行くこととなる。
そして、変わりに育てられた赤子は大切に育てられていたが、その暴虐ぶりは日をまして酷くなっていく。
慈愛に満ちた娘と復讐に駆られた娘に翻弄されながら、王子はあの日出会った想い人を探し続ける。
想い合う二人の運命は絡み合うことができるのか。その存在に気づくことができるのか……
孤児院の愛娘に会いに来る国王陛下
akechi
ファンタジー
ルル8歳
赤子の時にはもう孤児院にいた。
孤児院の院長はじめ皆がいい人ばかりなので寂しくなかった。それにいつも孤児院にやってくる男性がいる。何故か私を溺愛していて少々うざい。
それに貴方…国王陛下ですよね?
*コメディ寄りです。
不定期更新です!
やさしい魔法と君のための物語。
雨色銀水
ファンタジー
これは森の魔法使いと子供の出会いから始まる、出会いと別れと再会の長い物語――。
※第一部「君と過ごしたなもなき季節に」編あらすじ※
かつて罪を犯し、森に幽閉されていた魔法使いはある日、ひとりの子供を拾う。
ぼろぼろで小さな子供は、名前さえも持たず、ずっと長い間孤独に生きてきた。
孤独な魔法使いと幼い子供。二人は不器用ながらも少しずつ心の距離を縮めながら、絆を深めていく。
失ったものを埋めあうように、二人はいつしか家族のようなものになっていき――。
「ただ、抱きしめる。それだけのことができなかったんだ」
雪が溶けて、春が来たら。
また、出会えると信じている。
※第二部「あなたに贈るシフソフィラ」編あらすじ※
王国に仕える『魔法使い』は、ある日、宰相から一つの依頼を受ける。
魔法石の盗難事件――その事件の解決に向け、調査を始める魔法使いと騎士と弟子たち。
調査を続けていた魔法使いは、一つの結末にたどり着くのだが――。
「あなたが大好きですよ、誰よりもね」
結末の先に訪れる破滅と失われた絆。魔法使いはすべてを失い、物語はゼロに戻る。
※第三部「魔法使いの掟とソフィラの願い」編あらすじ※
魔法使いであった少年は罪を犯し、大切な人たちから離れて一つの村へとたどり着いていた。
そこで根を下ろし、時を過ごした少年は青年となり、ひとりの子供と出会う。
獣の耳としっぽを持つ、人ならざる姿の少女――幼い彼女を救うため、青年はかつての師と罪に向き合い、立ち向かっていく。
青年は自分の罪を乗り越え、先の未来をつかみ取れるのか――?
「生きる限り、忘れることなんかできない」
最後に訪れた再会は、奇跡のように涙を降らせる。
第四部「さよならを告げる風の彼方に」編
ヴィルヘルムと魔法使い、そしてかつての英雄『ギルベルト』に捧ぐ物語。
※他サイトにも同時投稿しています。
その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?
行枝ローザ
ファンタジー
美しき侯爵令嬢の側には、強面・高背・剛腕と揃った『狂犬戦士』と恐れられる偉丈夫がいる。
貧乏男爵家の五人兄弟末子が養子に入った魔力を誇る伯爵家で彼を待ち受けていたのは、五歳下の義妹と二歳上の義兄、そして王都随一の魔術後方支援警護兵たち。
元・家族の誰からも愛されなかった少年は、新しい家族から愛されることと癒されることを知って強くなる。
これは不遇な微魔力持ち魔剣士が凄惨な乳幼児期から幸福な少年期を経て、成長していく物語。
※見切り発車で書いていきます(通常運転。笑)
※エブリスタでも同時連載。2021/6/5よりカクヨムでも後追い連載しています。
※2021/9/15けっこう前に追いついて、カクヨムでも現在は同時掲載です。
私たちの離婚幸福論
桔梗
ファンタジー
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。
しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。
彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。
信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。
だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。
それは救済か、あるいは——
真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。
【完結】大変申し訳ありませんが、うちのお嬢様に貴方は不釣り合いのようです。
リラ
恋愛
婚約破棄から始まる、有能執事の溺愛…いや、過保護?
お嬢様を絶対守るマンが本気を出したらすごいんです。
ミリアス帝国首都の一等地に屋敷を構える資産家のコルチエット伯爵家で執事として勤めているロバートは、あらゆる事を完璧にこなす有能な執事だ。
そんな彼が生涯を捧げてでも大切に守ろうと誓った伯爵家のご令嬢エミリー・コルチエットがある日、婚約者に一方的に婚約破棄を告げられる事件が起こる。
その事実を知ったロバートは……この執事を怒らせたら怖いぞ!
後に後悔しエミリーとの復縁を望む元婚約者や、彼女に恋心を抱く男達を前に、お嬢様の婿に相応しいか見極めるロバートだったが…?
果たして、ロバートに認められるようなエミリーお嬢様のお婿候補は現れるのだろうか!?
【物語補足情報】
世界観:貴族社会はあるものの、財を成した平民が貴族位を買い新興貴族(ブルジョア)として活躍している時代。
由緒正しい貴族の力は弱まりつつあり、借金を抱える高位貴族も増えていった。
コルチエット家:帝国一の大商会を持つ一族。元々平民だが、エミリーの祖父の代に伯爵位を買い貴族となった資産家。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発
ハーフのクロエ
ファンタジー
アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる