9 / 15
9話
しおりを挟む学院の生徒間の空気は、私が想像していたものと概ね変わらなかったようである。
「見て、レティーシア様だわ。今日は登校されたのね」
「大丈夫かしら、レティーシア様。以前とまるで変わらず凛とした美しい立ち居振る舞いでいらっしゃるけれど、あんなことがあったんですもの、きっとそのお心は傷付いていらっしゃるはずだわ……」
「レオナード殿下も殿下だけれど、一番許せないのはユリアさんですわよね。レティーシア様に無実の罪を被せようとするなんて、本当に身の程知らずですわ。そとそも、学院内の皆様がそんな事実を知らないのに、つくづく頭の回らない方よね」
「本当に。でも、レティーシア様のお姿を拝見することが出来て良かったですわ。わたくし、レティーシア様のことが心配でしたし……。それにしても、レティーシア様は本当にいつ見てもお綺麗ですわね……」
……皆さん聞こえてるんですけど。
私を遠巻きに見つめながらそんな会話をされている教室の中で、何度目か分からない溜息を吐きそうになる。しかし寸でのところで堪えつつ、私は開いている本の上へと視線を滑らせていた。
(声量を落として話すなら、本人に聞こえないようにしてほしいものね。まあ、それが私の悪口とかではないからまだ良いのだけれど。……それにしても、いつも以上に視線が鬱陶しくて仕方が無いわ……)
勿論それらの視線は私の身を案じるものであるのが大半を占めていることは明らかであるし、私の立場が悪くなるようなものではないから放っておいても問題は無い。だがしかし、とにかく鬱陶しくて仕方が無いのだ。
でも、と私は心の中で呟く。
(全部が全部、そういった意味で見られているとは限らないのだけれど)
現に、私を案ずるような視線とは比べ物にならないほどの極少数派ではあるものの、そこかしこから送られてくる視線には明らかな敵意が混ざってるではないか。
(ようは「ざまあみろ」とでもいったところでしょうね。私のことを快く思っていなかった方々からすれば、今回の件で多少なりとも私が傷付いたとでも思ってるのでしょうね)
そちらへと視線を向けることなく、その視線の意味を考える。予想ではあるものの、大凡当たっているだろう。
私に好意的な人は男女問わず多いのも確かだが、その逆に私という存在に不満を持ったり嫌厭したりする人も少なからず存在する。
そして多分、現在進行形でこのあまりにも主張の激しい視線を投げつけてくるのは、ルアージュ公爵令嬢辺りだろう。
ルアージュ公爵家の末娘であるエミリア・ルアージュは入学当初からことある事に私に突っかかってきて、そして返り討ちにあう方である。
改めて入学当初から今言まで振り返ってみて、本当によくもまあそこまで私を敵対視し続けることが出来るなと、ある意味で私は彼女に感心した。
あれだけ返り討ちにあっておいて未だにめげないのは、ある種の才能なのではないだろうか。
まあ、あっさり引き下がる他の方よりもめげずに何度も来られる方が遊びがいがあるし何倍も楽しめるから別に構わないのだけれど……あら、思わず本音が。
「レティーシア様」
そんな至極どうでも良いことを考えて混んでいれば、いつの間にか私の目の前にエミリアがいた。
まさしく噂をすればなんとやらである。いや、若干違うかもしれないけど。
それにしても、彼女が近づいてきたことに全く気が付かなかった。ちょっと自分の世界に入り込み過ぎたかもしれない。
私は内心で周りへの注意を怠った自分に少しだけ反省しながら広げていた本をゆっくりと閉じ、そして目線を上へとずらした。
椅子に座っている私がエミリアを見ようとすれば、自然と立っているエミリアを見上げる形になる。
私はエミリアの姿を視界に捉えてから瞬きをし、朗らかに笑って口を開いた。
「あら、エミリア様ではありませんか。ご機嫌よう」
「ご機嫌よう。……それにしても、一昨日は災難でしたわね。ユリアさんがレオナード殿下を誑し込んでレティーシア様との婚約を破断させられそうになりますし、挙句の果てには無実の罪を被らされそうになるなんて……」
そう言ってエミリアは眉を下げた。
彼女の上辺だけの言葉はこれ以上無いくらいに穏やかで思いやりに満ち溢れたそれであるが、貴族というのはその会話の裏に本音を込める為面倒くさい。とはいってももう慣れたのでいちいち解読しようとしなくとも自然と何が言いたいのか伝わってくるのだが。
因みにエミリアの言葉を要約すると、
「男爵令嬢如きに婚約者を取られるなんて、余程貴方には魅力がなかったのね。お可哀相に」
ということである。
まあ、若干違うかもしれないが、解釈の仕方はあっているであろう。
「ええ、本当に。ですが私の身の潔白は元から晴れておりましたし、レオナード様との婚約については、陛下のご厚意で解消させていただけましたから心配して頂かなくても良いですよ。ですがお気持ちは受け取っておきますね」
ありがとうございます、と笑顔で告げれば、エミリアの口元がヒクリと引き攣る。
しかしそれ以上様子の変わるところがないエミリアは流石と言えよう。
彼女、私程ではないにせよ表情を取り繕うのは意外と上手だ。とはいってもほんの僅かな表情の動きで私はなんとなく感情が分かるのだが。
そのまま何も言うことなく、微笑んだままじっと彼女を見つめていれば、エミリアは若干たじろいた。
その様子に、私はますます笑みを深める。
「っそれなら良かったですわ!もうそろそろで授業が始まることですし、私は席に戻らせてもらいます」
「ええ、お気遣いありがとうございます」
とうとう耐えきれなくなったのか、エミリアは顔を赤くしながら捨て台詞のようなものを置いて気引きを返していった。
その様子を見送りながら、私はふっと息を吐いた。
やはり、レオナードやユリアによって起こされた問題の後、誰かから見られる場所へいればそれなりに緊張もするようである。しかし、エミリアとのやり取りのおかげで若干肩の力を抜くことが出来た私は、心の中だけで彼女に感謝をしておくことにした。
まあ、エミリアとしては自分のおかげで私の緊張が解けたと知ったらなんとも言えない気持ちになるのであろうけれど。
0
あなたにおすすめの小説
魔性の女に幼馴染を奪われたのですが、やはり真実の愛には敵わないようですね。
Hibah
恋愛
伯爵の息子オスカーは容姿端麗、若き騎士としての名声が高かった。幼馴染であるエリザベスはそんなオスカーを恋い慕っていたが、イザベラという女性が急に現れ、オスカーの心を奪ってしまう。イザベラは魔性の女で、男を誘惑し、女を妬ませることが唯一の楽しみだった。オスカーを奪ったイザベラの真の目的は、社交界で人気のあるエリザベスの心に深い絶望を与えることにあった。
あなたのおかげで吹っ切れました〜私のお金目当てならお望み通りに。ただし利子付きです
じじ
恋愛
「あんな女、金だけのためさ」
アリアナ=ゾーイはその日、初めて婚約者のハンゼ公爵の本音を知った。
金銭だけが目的の結婚。それを知った私が泣いて暮らすとでも?おあいにくさま。あなたに恋した少女は、あなたの本音を聞いた瞬間消え去ったわ。
私が金づるにしか見えないのなら、お望み通りあなたのためにお金を用意しますわ…ただし、利子付きで。
婚約破棄、ありがとうございます
奈井
恋愛
小さい頃に婚約して10年がたち私たちはお互い16歳。来年、結婚する為の準備が着々と進む中、婚約破棄を言い渡されました。でも、私は安堵しております。嘘を突き通すのは辛いから。傷物になってしまったので、誰も寄って来ない事をこれ幸いに一生1人で、幼い恋心と一緒に過ごしてまいります。
王命により、婚約破棄されました。
緋田鞠
恋愛
魔王誕生に対抗するため、異界から聖女が召喚された。アストリッドは結婚を翌月に控えていたが、婚約者のオリヴェルが、聖女の指名により独身男性のみが所属する魔王討伐隊の一員に選ばれてしまった。その結果、王命によって二人の婚約が破棄される。運命として受け入れ、世界の安寧を祈るため、修道院に身を寄せて二年。久しぶりに再会したオリヴェルは、以前と変わらず、アストリッドに微笑みかけた。「私は、長年の約束を違えるつもりはないよ」。
天真爛漫な婚約者様は笑顔で私の顔に唾を吐く
りこりー
恋愛
天真爛漫で笑顔が似合う可愛らしい私の婚約者様。
私はすぐに夢中になり、容姿を蔑まれようが、罵倒されようが、金をむしり取られようが笑顔で対応した。
それなのに裏切りやがって絶対許さない!
「シェリーは容姿がアレだから」
は?よく見てごらん、令息達の視線の先を
「シェリーは鈍臭いんだから」
は?最年少騎士団員ですが?
「どうせ、僕なんて見下してたくせに」
ふざけないでよ…世界で一番愛してたわ…
わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない
鈴宮(すずみや)
恋愛
孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。
しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。
その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?
私も一応、後宮妃なのですが。
秦朱音|はたあかね
恋愛
女心の分からないポンコツ皇帝 × 幼馴染の後宮妃による中華後宮ラブコメ?
十二歳で後宮入りした翠蘭(すいらん)は、初恋の相手である皇帝・令賢(れいけん)の妃 兼 幼馴染。毎晩のように色んな妃の元を訪れる皇帝だったが、なぜだか翠蘭のことは愛してくれない。それどころか皇帝は、翠蘭に他の妃との恋愛相談をしてくる始末。
惨めになった翠蘭は、後宮を出て皇帝から離れようと考える。しかしそれを知らない皇帝は……!
※初々しい二人のすれ違い初恋のお話です
※10,000字程度の短編
※他サイトにも掲載予定です
※HOTランキング入りありがとうございます!(37位 2022.11.3)
公爵さま、私が本物です!
水川サキ
恋愛
将来結婚しよう、と約束したナスカ伯爵家の令嬢フローラとアストリウス公爵家の若き当主セオドア。
しかし、父である伯爵は後妻の娘であるマギーを公爵家に嫁がせたいあまり、フローラと入れ替えさせる。
フローラはマギーとなり、呪術師によって自分の本当の名を口にできなくなる。
マギーとなったフローラは使用人の姿で屋根裏部屋に閉じ込められ、フローラになったマギーは美しいドレス姿で公爵家に嫁ぐ。
フローラは胸中で必死に訴える。
「お願い、気づいて! 公爵さま、私が本物のフローラです!」
※設定ゆるゆるご都合主義
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる