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第2章 恋のキューピッド大作戦 〜 Shape of Our Heart 〜

アルの不幸な帰郷3

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 俺達は倉庫と思しき場所で袋から出された。

「しばらくそこで大人しくしてな。後で迎えに来るからよ」
「ううううううううう~~!!」
「っち、うるせえな。おら、猿ぐつわ外してやっから、せいぜい仲良くおしゃべりしてな」
「言っておくが叫んでも無駄だぞ。外には聞こえないからな。むしろそれを聞いた俺達のテンションが上がるってもんだぜ! はーはっは!」

 盗賊たちは猿ぐつわを外すと、笑いながら倉庫から出ていってしまった。明かりのない倉庫は暗闇に包まれており、手足は依然縛られているため逃げ出すことはできない。彼らの言う通り、喋ることしかできないだろう。

「さてと、どうすっかな……。まさか盗賊の根城になってるとは思わなかったぜ……」
「ですね……」

 女性二人の声がする。武装集団の二人もこの事態は想定外のようだ。

「ベータ達とは連絡がつかねえし、あいつら俺達の場所分かるかな……」
「どうでしょう。けっこう離れましたし、期待はしないほうが良さそうです」
「だよな……」

 袋詰されていたので良くわからないが、捕まってからここまでの道程はイータさんの言う通りかなり長かったと思う。さらに、その階段を降りていると思しき時間も多かった。おそらく、盗賊のアジトは地下にあるのだろう。これでは彼らの仲間が闇雲に探しても見つかる訳がない。

「タウも災難だったな」
「ですね。ゴキブリもそうですけど、盗賊に身ぐるみ剥がされてましたからね……」

 頭を撃ち抜かれたタウさんは、盗賊たちに衣服と装備をテキパキと強奪されていた。今では山中に裸の状態で放置されているだろう。

「拾い物はするわ、盗賊には出会うわ、久しぶりの外出なのに、運が悪かったなぁ……」
「それは自業自得だと思いますが……」
「……」
「……」

 拾い物とはおそらく俺のことだろう。イータさんがアスカを批判し、それきり二人は黙ってしまった。
 仲間が殺され、盗賊に捕まり、自分たちがこれからどうなるか予想できないことはないだろうに、二人は努めて平静に振る舞っていた。おそらく、意図的にそうすることで恐怖心を消そうとしているのだろう。男の俺でさえ自分の*を心配しているのに。
 彼女らも恨む相手が居れば、少しは気が晴れるかもしれない。

「……実は、運が悪いのは……俺なんだ」

 少しばかり逡巡したが、そう思った俺は自身の不幸体質を二人に明かすのであった。



 財布を盗まれたこと、服を盗まれたこと、その他諸々の日常的な不幸体験を俺は二人に打ち明けた。

「……ということだ。悪いが、二人は俺の不幸に巻き込んだようだ。恨んでくれて構わないからな」
「不幸体質、ねぇ……」
「俄には信じられませんが、まあ、この状況を鑑みると説得力がありますね……」
 
 意を決して打ち明けた俺だが、ふたりの平然とした反応にやや拍子抜けする。

「……怒ってないのか?」
「別にーー。いや、むしろお前のほうがーー」

 とアスカが言い掛けたところで、倉庫の扉が開き、光が差し込んでくる。

「へっへっへ。お楽しみタイムの始まりだぜ」
「覚悟は決まったかい、お嬢ちゃんたち」

 下卑た笑みを浮かべた盗賊たちが、扉の前に立っていた。

 足の縄だけ解かれて、俺達は別の部屋へと連れて行かれる。通路に窓は無く、うすボケたランプの光に照らされていた。やはりここは地下にあるのだろう。

 やがて俺達は、薄暗く、汚い大部屋へとたどり着く。四隅には瓦礫が積まれており、そこかしこに嫌らしい笑みを浮かべた盗賊達が座っていた。
 
「さて、お嬢さんたち。改めて我が家へようこそ。お察しの通り、君たちは俺たち盗賊団に捕まったご身分だ。いわば奴隷だな。抵抗しなければその分だけ長生きできる。賢い対応をしてくれることを願うぞ」
「……これで全員か?」

 ボスの言葉に怯えるそぶりも見せず、周りをぐるりと見回して、アスカが尋ねる。

「なんだ、今から人数の心配か?」
「安心しな、まだ見張りの連中が外に居るからよ。歩けなくなるまでこき使ってやるぜ!」

 ボスではない盗賊二人が答えて、下卑た笑いが周囲から起こる。

「おめーら。ひとりは歩ける程度にしておけよ。こいつらが乗ってきた車の場所まで、案内させにゃいかんからな」
「へーぃ」
「それこそ、あの野郎にやらせればいいのに」
「……何か言ったか」

 口答えとも取れるようなことを呟いた盗賊は、ボスにギロリと一睨みされる。彼はすぐさま「な、何でもありません」と否定して、自分のケツを抑えていた。どうしよう、嫌な予感がする。

「さてと、そんじゃそろそろ楽しむとするかな……。おい、そこのお前、こっちへ来い」

 そう言って、笑いながらボスは俺を指差す。

「う……」
「ほら、さっさと行け!」

 これから起きる惨劇を想像して足が震えてしまう。そんな俺の背中を、倉庫から引っ張ってきた盗賊のひとりがぐいと押す。足がもつれるようにして、俺はボスの前へと進み出た。

「くっくっく。なかなかいい面じゃないか」
「は、ははは……」

 褒められてもまったく嬉しくないが、変に口答えして機嫌を損ねるのも嫌なので、変な笑い声が出てしまった。

「さて、お前には俺の相手をしてもらうつもりだったが、……その前にひとつ聞いておかねえとな」
「えっと、何をです……?」
「お前、うちの盗賊団に入らねえか?」

 ……この男は、一体何を言っているんだ?
 俺の困惑した様子が伝わったのか、盗賊団のボスは更に言葉を続ける。

「お前らは猟師ハンターの仕事でここまで来たんだろ? 殺したやつの身分証にそうあったからな。で、俺達はそんな猟師ハンターを狙ってちょこちょこ稼いでいる、身分を弁えた悪党なんだがよお。お前、俺たちが来る前に縛られてたろ? そんな奴らは初めて会ったぜ。大方、仲間割れでもしてたんだろうがな」

 いや、そんなことないです。勘違いです。俺が単に間違ってバスに乗っただけなんです。

「どうして仲間割れしてたか何てのには興味ねえ。……が、お前はこいつらに恨みがあると思ってな。やる気があるなら入れてやっても構わねえぜ。前回の諸月で何人かやられちまったからな。お前も仲間の……いや、かつて仲間だった女たちで楽しみたいだろ、なぁ? もちろん、仲間になるってんなら俺もお前のことは奴隷みたいにゃ扱わねえ。どうする?」

 盗賊団のボスはそう言って俺に選択を突きつけてくる。

 ここで頷けば俺は盗賊団の一員になり、*は守られる。生きていれば脱出のチャンスもあるだろう。女性二人を逃がせるかもしれない。
 一方で首を横に振れば、俺はこの先一生、この男の慰みものとなる。

 俺の、選択は……。

 俺はチラリと後ろを振り返る。アスカさんとイータさんはじっと俺の方を見ていた。

「……ひとつ、聞いていいか?」
「何だ?」
「……今まで攫ってきた人たち、彼らは今どこにいる?」

 盗賊達は手慣れたように俺たちを攫ってきた。間違いなく、何度も人攫い行っているのだろう。けれど、このアジトに来てからそうやって攫われた人達を見ていない。これは一体、どういうことだ?

「なんだ、そんなことか。えーと、お楽しみで壊れた奴は狩りの囮に使って、残りのやつは……。あー、この前の諸月で囮に使ったからな。そのときに全員死んだか」
「そうですね。まったく、ボスが無茶な要求するから、女たちが全員死んじまったんですからね」
「しょうがねえだろうが。こっちだって命がけなんだからよぉ」

 何でもなさそうに、ボスと彼の傍に居る盗賊が言葉を交わす。

 ……そうか。そういうことなら、俺の腹は決まった。

「……りだ」
「……あん? 小さくてよく聞こえなかったな、もういっぺん言ってみろ」
「お断りだ、と言ったんだ。平気で人間をモンスターの囮に使う、クソッタレどもと一緒にされるなんざ、絶対にゴメンだ!」

 盗賊たちの会話を聞いて、俺の腸は煮えくり返っていた。
 損得勘定を考えるなら、ここで一旦盗賊の仲間になっておいて、機会を見て女性二人と一緒に逃けるのが一番いい。けれど、こいつらは思っていた以上のクソ野郎だった。そんな奴らの仲間になるなんざ、一秒たりとも考えられない。考えていたくない!

「……そうか。残念だ」

 目の前でタンカを切られた大男の目がすっと細くなる。

「断られてもいい面だし長く使ってやろうと思ったがな。そこまで言われちゃあ、しょうがねえ。一通り楽しんだ後、お望み通りモンスターの餌にしてやるよ。だが、あんまりうるさいと気分が悪くなるなぁ」

 大男は威圧するようにこちらに近づき、そのまま俺は胸ぐらを掴まれる。

「ぐぅ……」
「その前に二、三発殴っておとなしくさせるか」

 息がつまり、さらに目の前で、大男の拳が振り上げられる。
 やられる、と思った束の間ーー。

 何かが大男に飛びかかるのが見えた。その衝撃で俺は大男から解放される。
 
「げっほ、げほ、何……が?」

 俺は咳き込みつつ、飛びかかった何者かをーー、目の前に降り立った女性を見る。

「見上げた根性だな、アルバート。俺はお前みたいな奴、大好きだぜ」

 俺の前には、小さい身体に笑顔を浮かべたアスカが立っていた。彼女が盗賊のボスに飛び蹴りをかましたらしい。予想外の攻撃を受けたボスは、床で無様に気絶していた。

「はあ。……結局、そうなるんですか。アスカ」
「な、なんなんだお前らは、あひぇあ!」

 悲鳴と一緒に衝撃音がする。イータさんの方を見ると、拘束するロープの一端を持っていた盗賊が壁に叩きつけられていた。その、彼女を拘束するロープは既に千切れている。

「……二人とも、どうして? 縛られてたんじゃ……?」
「ああ、そんなもんは引きちぎったぞ。ほれ」

 アスカが俺の背中に回り込むと、彼女は素手で俺を縛っていたロープをあっさりと引きちぎる。信じられない力だ。

「ボス!? お前ら、やっちまえ!!」

 掛け声とともに、周囲の盗賊たちが手近にあった鈍器を構える。手頃な武器がない者たちは、素手でこちらに突っ込んできた。
 
「イータ。レジスタンス入隊試験だ。こいつら全員ちのめせ」
「了解です、ボス」

 その言葉とともに、目の前の女性二人の姿が消える。
 
「ガッ」
「ぶっ」
「ぐぇ」

 いや、正確には消えたわけじゃない。ただ、そう錯覚するほど、二人が高速に、縦横無尽に室内を駆け巡っていた。彼女らの近くに居た盗賊達は、悲鳴を上げて次々と気絶していく。

「な、何なんだあいつらは!?」
「クソ、一旦逃げるぞ! 銃を持ってこい!」

 気絶を免れた盗賊たちは部屋から散り散りと逃げ出していく。

「どうするんです、アスカ? 逃げられちゃいますよ?」
「大丈夫だ。ベータたちがもう来たからな」

 タン、という銃声がした。

「何だお前は! どこから入っーー」
「あれ、お前どうして生きてーー」

 次いで四方から銃声が聞こえ、盗賊たちの悲鳴が上がった。

「連絡が取れないはずでは……?」
「ここまで伸びてきたユグドをタウが見つけたらしい」
「ああ、それで。……思ったよりも広がるのが早いですね」
「大方、ユキトがユグドに言って、こっち方面を先に伸ばさせたんだろ。心配性な奴め」

 二人は平然と会話をしている。今まで囚われていたとは思えない反応だ。
 銃声が止み、部屋のあちこちから人が入ってくる。盗賊たちではなく、山中に散り散りになっていた武装集団であった。

「……助かった、のか?」

 事態のよく呑み込めてない俺はそう呟いた後ーー。

「ああ、そうだな。大して強くもないのに、よくあの場面で、あそこまで啖呵切れたなお前ーーって、おい、どうした? アルバート!?」

 緊張の糸が途切れたのか、急に力が抜けて、俺の目の前は真っ暗になった。



「ここは……?」
「お、目覚めたか」

 気がつくと俺はバスに乗っていた。周りには武装集団の面々がおり、隣にはアスカが座っていた。今度は荷台ではなく、ちゃんと座席に座っていたようである。

「盗賊たちは……?」
「もう終わったぞ。連中は全員土の下に埋まってる。連中がどれだけ悪どいことしてるか、お前が聞き出してくれたからな。大したことしてないようなら見逃そうと思ってたが、お前の言う通りありゃ駄目だ。放置するだけ被害が出るから、全滅させてやった」

 そう言ってアスカはため息をつく。少しばかり彼女も疲れているようだった。

「とりあえず、お前はアジトまで来い。人質だから、解放するわけにゃいかねえからな」
「……けど、いいのか?」
「何がた?」
「俺は、不幸だぞ?」

 盗賊の根城で自分の不幸についてアスカに話したことを思い出す。聞いたら考えが変わると思っていたのに。

「っは。お前の何が不幸だってんだ。その程度で不幸を自称するなら、俺たちは全員不幸のどん底ってか? 笑わせる。安心しろ、アルバート。お前の不幸なんかじゃ、俺たちレジスタンスは怯まねえ。お前の不幸も、メンバーの不幸も、まとめて俺が無くしてやるよ。だから、今は黙ってついて来い」

 彼女はそう言うと、じっと俺の目を見てくる。
 その自信の満ち溢れた瞳を見ているうちにーー。

「……分かった」

 知らず知らず、俺はそう返事をしていた。
 
「よし。じゃあ、そういうことで、これからよろしくな」

 そう言って彼女は俺に手を差し出し、俺は彼女の手を握った。
 とても小さい彼女の手は、暖かな太陽のように熱を持っていた。


 それから俺は彼女たちレジスタンスと行動をともにし、レイダースのバラクーダに辿り着いていた。

「ああ、そういえば、居なくなったお前のことを探す奴とか居ないか? そういう奴には『心配ない』って手紙を出しとけよ。もちろん、変な情報を伝えていないか検閲するからな」

 アスカからそう言われたので、俺は両親に手紙を書くことにした。いつ帰郷するとは伝えていないが、心配してクリス達に問い合わせでもされたら、間違いなく警察に捜索願いを出されるだろう。

 そうだな。両親へはこう伝えようか。これなら帰省も強要されないだろう。

 両親へ。
 前略。
 素敵な人を見つけました。


















「ーーということがあってだな、悪霊さん。聞いてるか?」
(あ、ああ、聞いてるぞ。かなり話が長かったな。二週間くらい話してたんじゃないか?)
「何言ってるんだ? せいぜい1時間程度だろ」

 アルの話は2週間も続いたんじゃないかと錯覚するくらい長かった。クリスくんやアスカが話したがらない理由がよくわかった。

(それで、アルがここに来た経緯は分かったんだけど、それがどうしてストーカーに?)
「こらこら悪霊さん。人聞きの悪い。俺はみんなみたいに回復しないからな。前みたいに巻き添えにならないよう、物陰に隠れてアスカを見ていただけだ」

 ……それをストーカーというじゃないかと思ったが、アルの純粋な恋心を邪魔してはいけないと、俺はあえて言わないことにした。

「あのー、アルバートさん。そろそろ料理の仕込みを手伝ってください。夕飯が間に合いませんよ」

 アルの背後にはシータちゃんが立っていた。その手には包丁が握られている。

 追跡したアルが調理場に入ったので、俺はずっとここで話を聞かされていたのだ。
 話の途中からシータちゃんが夕飯の下ごしらえをしていたのだが、話が佳境だったこともあり、アルはずっと話を続けていた。のだが、そろそろ本当に時間がやばいらしい。

(じゃあ、俺行くわ)
「え、悪霊さん。まだ話は途中だぞ。アスカとどんな風に仲を深めていけばいいのか、既婚者の悪霊さんからアドバイスが聞きたいんだが……」

 まだ、終わってないのか!

 シータちゃんの目つきが、スゥっと鋭くなるので、俺は早々にこの場から離脱することにした。

(……それはまた今度にしようぜ。俺はクリスくんのところに行くわ)
「そ、そんな、何かひとつでも! 俺は真剣なんだ!」
「アールーバート、さ~ん?」

 シータちゃんが低い声でアルの名を呼ぶ。気のせいか、包丁を握る力が強くなっている気がした。
 アルバートよ。まず場の空気を読むことから始めてみたらどうだろうか。
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