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プロローグ
雪生の夢
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雪生は今日も、淫らな夢を見る。
場所は決まって簡易なダブルサイズのベッドの上で、周囲には何もない。かといって暗すぎず、見下ろせば自分の裸体がありありとわかる程度には明るかった。微かに香る甘い樹木のような香りが広がり、思考を支配していく。
(また……この夢……)
夢の中でもしっかりと自我はあり、これは明晰夢の一つなのだろうか、見るたびに疑問に思う。
微かに身じろぎすると長い黒髪が揺れ、隠れていた乳房があらわになる。少し大きめの乳房は、自分にとって恥ずかしいものの象徴で、手で覆い隠そうとしても金縛りにかかったかのように体は自由になってくれない。
羞恥のこもったため息をつく。この後の顛末はもう、わかっている。何度も繰り返し見ている夢だから。
身動きできぬ雪生の前で、光が凝り固まり、一人の男の姿になる。自分に覆い被さるかのような体勢を取って姿を現したのは、誰でもなく――
(広宮、社長)
オールバックの金髪に、優しい緑色の双眸。微笑んだ柔らかな顔立ちは端正といっても差し支えない。いつもはベストやスラックスに隠れているであろう引き締まった裸体、大きな胸板を見て、羞恥のあまりに泣きそうになった。
(雪生くん)
甘いアルトの声音で名を呼ばれ、思わず体が震える。これは夢。しかも悪夢に近いものだ。
広宮は、彼はいつも雪生のことを苗字の『都』と呼ぶ。下の名前で呼ばれたことなど、一度たりともない。だからこれは、勝手極まりない夢の中だけの出来事なのだと思い知らされる。
それだけではない。広宮は自分を『金で買った』相手だ。正確に言うと亡くなった父の工業店、潰れた店が抱えていた借金や、従業員への給料などを肩代わりしてくれた。
父との関係はわからなかったが、その代償は、自分。どうやら両親に、早く結婚しろとせっつかれた広宮は、雪生を仮初めの婚約者として目をつけたらしい。二十三歳で恋人もいない雪生は、言われた条件をのむしかなかった。
広宮はお香の老舗の長男だ。会社も経営しているという、立派な地位がある。ちっぽけな工業店の娘だった自分とは雲泥の差。そんな広宮がなぜ自分を婚約者として選んだのか、それすらわからない。
しかし、全てを受け入れたのは、高校生の弟を守るためだ。弟の氷雨には、ちゃんと大学を出て幸せになってほしい。その一心で、偽りの婚約者という地位を受け入れた。
(弟の、氷雨のためだもの。でも……)
耐えているとはいえ、この夢は、とても恥ずかしい。異性との付き合いをしたことがない雪生にとって、恥じらいを捨てるには生々しすぎる悪夢だ。
体中にキスをされ、リアルな感覚に思わず涙が零れる。望んじゃいない、しかも夢の中でこんな経験をするだなんて、どうかしているとしか考えられない。
自分の体に触れる広宮の手つきは、どこまでも優しい。だからこそ余計惨めになる。こんな夢を見ている自分が、卑劣なように感じて。胸がただただ軋む。
(名前を呼んで、雪生くん。僕の名前を)
快感に流されまいと唇を噛みしめ、耐えた。切なげな広宮の瞳に自分の顔が映っているのを見ながら、この夢を終わらせるため、鍵となる言葉を紡ぐ。
(……美土里、さん)
ためらいながら名前を呼ぶと、広宮――美土里はどこか安堵した様子で唇を重ねてきた。
夢と現の境目で、幾度こうして彼の名前を呼んだだろう。複雑な思いに悩む自分を責めたてるように、美土里が熱を帯びた体のあちこちを弄ってくる。雪生はただ、恥ずかしい声を漏らすことしかできない。
嫌なのか、そうじゃないのか、もう自分でもわからなかった。悪夢だと思う一方、快楽という濁流に呑みこまれそうになる。
この夢の終わりは、広宮の名前を呼び、雪生が精根尽きたときだ。こんなのはおかしい、そう思っても、それまでは眠りにつくことができない。
重なる手の温もり、唇を交わし合う感触。現実で感じたことがない感触に震えながら、ただ悪夢が過ぎ去るのを待つ。
本当に悪夢なのか、それすら快楽に溺れる自分には、理解できないのだけれど。
場所は決まって簡易なダブルサイズのベッドの上で、周囲には何もない。かといって暗すぎず、見下ろせば自分の裸体がありありとわかる程度には明るかった。微かに香る甘い樹木のような香りが広がり、思考を支配していく。
(また……この夢……)
夢の中でもしっかりと自我はあり、これは明晰夢の一つなのだろうか、見るたびに疑問に思う。
微かに身じろぎすると長い黒髪が揺れ、隠れていた乳房があらわになる。少し大きめの乳房は、自分にとって恥ずかしいものの象徴で、手で覆い隠そうとしても金縛りにかかったかのように体は自由になってくれない。
羞恥のこもったため息をつく。この後の顛末はもう、わかっている。何度も繰り返し見ている夢だから。
身動きできぬ雪生の前で、光が凝り固まり、一人の男の姿になる。自分に覆い被さるかのような体勢を取って姿を現したのは、誰でもなく――
(広宮、社長)
オールバックの金髪に、優しい緑色の双眸。微笑んだ柔らかな顔立ちは端正といっても差し支えない。いつもはベストやスラックスに隠れているであろう引き締まった裸体、大きな胸板を見て、羞恥のあまりに泣きそうになった。
(雪生くん)
甘いアルトの声音で名を呼ばれ、思わず体が震える。これは夢。しかも悪夢に近いものだ。
広宮は、彼はいつも雪生のことを苗字の『都』と呼ぶ。下の名前で呼ばれたことなど、一度たりともない。だからこれは、勝手極まりない夢の中だけの出来事なのだと思い知らされる。
それだけではない。広宮は自分を『金で買った』相手だ。正確に言うと亡くなった父の工業店、潰れた店が抱えていた借金や、従業員への給料などを肩代わりしてくれた。
父との関係はわからなかったが、その代償は、自分。どうやら両親に、早く結婚しろとせっつかれた広宮は、雪生を仮初めの婚約者として目をつけたらしい。二十三歳で恋人もいない雪生は、言われた条件をのむしかなかった。
広宮はお香の老舗の長男だ。会社も経営しているという、立派な地位がある。ちっぽけな工業店の娘だった自分とは雲泥の差。そんな広宮がなぜ自分を婚約者として選んだのか、それすらわからない。
しかし、全てを受け入れたのは、高校生の弟を守るためだ。弟の氷雨には、ちゃんと大学を出て幸せになってほしい。その一心で、偽りの婚約者という地位を受け入れた。
(弟の、氷雨のためだもの。でも……)
耐えているとはいえ、この夢は、とても恥ずかしい。異性との付き合いをしたことがない雪生にとって、恥じらいを捨てるには生々しすぎる悪夢だ。
体中にキスをされ、リアルな感覚に思わず涙が零れる。望んじゃいない、しかも夢の中でこんな経験をするだなんて、どうかしているとしか考えられない。
自分の体に触れる広宮の手つきは、どこまでも優しい。だからこそ余計惨めになる。こんな夢を見ている自分が、卑劣なように感じて。胸がただただ軋む。
(名前を呼んで、雪生くん。僕の名前を)
快感に流されまいと唇を噛みしめ、耐えた。切なげな広宮の瞳に自分の顔が映っているのを見ながら、この夢を終わらせるため、鍵となる言葉を紡ぐ。
(……美土里、さん)
ためらいながら名前を呼ぶと、広宮――美土里はどこか安堵した様子で唇を重ねてきた。
夢と現の境目で、幾度こうして彼の名前を呼んだだろう。複雑な思いに悩む自分を責めたてるように、美土里が熱を帯びた体のあちこちを弄ってくる。雪生はただ、恥ずかしい声を漏らすことしかできない。
嫌なのか、そうじゃないのか、もう自分でもわからなかった。悪夢だと思う一方、快楽という濁流に呑みこまれそうになる。
この夢の終わりは、広宮の名前を呼び、雪生が精根尽きたときだ。こんなのはおかしい、そう思っても、それまでは眠りにつくことができない。
重なる手の温もり、唇を交わし合う感触。現実で感じたことがない感触に震えながら、ただ悪夢が過ぎ去るのを待つ。
本当に悪夢なのか、それすら快楽に溺れる自分には、理解できないのだけれど。
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