【R18】二重の執愛〜花枯らしの歌姫と呪われた王〜【完結】

双真満月

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第四幕:真実の一端

4-1:化身との共同

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 シュトリカが毒に冒され、しかし一命を取り留めたのは、エンファニオが自ら調合した解毒剤のおかげであるといってもいいだろう。三日三晩、シュトリカは眠り続けている。本館の部屋で深く眠るシュトリカの顔は、まだ薄青い。

「すまない、シュトリカ……私が至らないばかりに、君を危険に晒してしまった」

 人気のない室内に、己の懺悔だけが響く。シュトリカの手を握れば、頭の中で不機嫌そうな声がした。

(悔いるのはよせ。井戸の調査はどうなっている)
「……君も知っているだろう。直接、見回りの人間に尋問したのだから。怪しいものを見たという話はない」
(シュトリカを狙ったのか、それとも俺たちを狙ったのか、だな)
「両方なのかもしれない。……アーベ、君はシュトリカからディーンのことについて話を聞いていたと言ったね。彼とどう接するのがいいのか、今の私にはわからないんだ」
(臆病者め。シュトリカの命を狙ったとするなら、お前がどう思おうと俺がやつを殺す)

 アーベの声音には凄みがある。本気だ、と理解した。そして自身も、それに似た感情を抱いていることに気付く。

 だが、明確な証拠がない以上、ディーンを罰することはできない。見回りの人間には処罰を与えたが、なんの解決にも至っていないことが歯痒かった。

 時計を見て、投薬の時間になったことを確認する。シュトリカの体を起こし、液体状の解毒薬を口移しで飲ませた。小さな音を立て、無意識に嚥下する姿に胸を撫で下ろす。

 幸い、シュトリカを襲った毒は全身には影響を及ぼさず、すぐに解毒薬も調合できる類いのものだった。ただ、喉を焼き、声を枯らせる作用がある毒だ。アーベの言葉を反芻はんすうすれば、シュトリカだけを狙ったという線が濃厚だろう。

(これからどうする気だ。このまま手をこまねいているわけじゃないだろうな)
「わかっている。まずはサミーやコルに話を聞く。それと、身元調査も私が洗い直す」
(ほう。俺の言葉を素直に聞くとは、お前、少し丸くなったか?)
「君が呪いの化身であろうとも、シュトリカへの思いは本物だと信じているからね」

 シュトリカの体を再び戻し、額に口付けを落とす。

 早く目覚め、あの儚く、花のような笑顔を向けてほしい――後ろ髪を引かれる思いを堪え、シュトリカを残して部屋から出た。

 部屋の前には珍しく、困ったような顔をしたサミーと、落ちこんでいる様子のコルがいた。それと、親衛隊のものが二名。現在、昼夜問わず交代制で見張りをさせている。

「陛下……どうか気を落とさないで下さいませ」

 サミーの言葉に適当にうなずく。気を落とさないで、という方が無理だ。シュトリカは自分を庇った形で毒を受けたのだから。しかし、めげていてもいられない。

「サミー、コル。談話室に来てくれるかな。少し話を聞かせてほしい」
「承知致しました。こちらに侍女を数人呼んで参りますので、先に談話室へどうぞ」
「そうしてくれると助かる。コル、行こう」

 歩き出すと、覇気を失ったままのコルが後ろからついてくる。風邪は治ったようだが、さすがの事態にいつもの明朗さ、飄々ひょうひょうとした様は出せないのだろう。

「すみません、陛下。僕が風邪なんて引いたばっかりに」
「いや、君のせいではないよ。病になってしまったのは仕方のないことだ」
「でも僕がちゃんとしてたら、探知の術とか使えてたわけでしょ。こないだまでの見回り、探知が使えないんだから。怪しいやつとか、入れば一発でわかったわけですし……」
「珍しいね、コル。君がそこまで自分を責めるなんて、少し驚いたよ」
「そりゃ、まあ。僕もシュトリカ嬢、好きですからね……あ、変な意味はないですよ。ただ、こういう無力感は洒落になりませんって」
「扱える魔術の種類も魔力量も、親衛隊の中で桁違いに君が一番強いからかい?」
「そうです。たくさんの力があるのに何もできないって、凄く虚しくないですか?」

 しょげるコルの言葉に、悔しさだけがこみ上げる。好いた、愛する女性一人すら守れず何が王だというのだろう。魔術すらも今は奪われ、呪われた身では何一つ叶えることができない。シュトリカを守ることも、抱くことも、正しく娶ることすらさえ。

 いや、と小さく頭を振る。シュトリカの身に関してだけは化身、アーベは味方だ。苛烈なまでの好意を、彼女へ率直にぶつけられることに腹立たしさも覚えるが、今のところアーベという透明な味方がいる事実は、こちらに分がある。

 例え誰であろうと、シュトリカを傷付けたものには容赦しない――怒りが煮えたぎる。それを一片も顔には出さず、エンファニオはコルと共に談話室に入った。

(アーベ。君は、会話の中で怪しいと感じたところを覚えておいてほしい)
(いいだろう。今は協力してやる。シュトリカのためだからな)

 頭の中で不遜に答えるアーベに、少しばかり感謝する。

 ソファに腰かけることを許し、尋問というより、誘導の形でコルに質問をぶつけた。

「コル。君が数日過ごした中では、何か変わったことはなかったかい」
「そう言われましてもねえ。二日間寝てたのは、サミーさんと他の使用人たちに聞けばわかることですし。あとは夜回りと館の警備をしてましたよ。あ、昨日は、カイルヴェン伯爵の避暑地近くまで遠乗りしたかな」
「ああ、森の外側が伯爵の領地だからだろうか。君が遠乗りだなんて珍しいね」
「魔術はほら、体調に影響するでしょ。気分転換に馬を使わせてもらったんですよ」
「そこで怪しいものを見た、ということはなかったかな」
「カイルヴェン伯爵が、神殿の廃墟地に行くのは見ましたけど……そのくらいですねえ」

 それからも質問を投げかけ、色々と尋ねてみたが、アーベはなんの反応も示さなかった。程よい頃合いで扉が叩かれ、ワゴンを押したサミーが中へと入ってくる。次は、サミーだ。特にディーンの様子がおかしくはないか、それが聞きたい。

「ありがとう、コル。また館の警備に回ってほしい」
「お安いご用ですよっと。それじゃあ陛下、これで僕は失礼します」

 コルが一礼し、去るのを見届けてから、サミーに対面へ座るよううながした。茶を机に置いたサミーがソファに腰かける。

「今から言うことは王の命だ、サミー」
「……承知致しました、陛下。他言は無用、心得ております」
「率直に聞く。ここ数日、ディーンの動きが怪しいと思ったことはないか、延べよ」

 サミーの目が驚愕にか見開いた。まさかディーンについて聞かれるとは、彼女自身思っていなかったのだろう。だがすぐに居住まいを正し、いつもの無表情へ戻った。

「ございません、陛下。少しお疲れ気味の様子ではありましたが」
「それはいつくらいのことか、覚えているかな」
「そうですね……少し前の夜に、陛下はこの館で仮眠をとられたはず。ディーン様が陛下を迎えに来た際、体が重いと零しておられました」
「体が重い、か。仕事をさせすぎたかもしれないね。……それ以外には?」
「いいえ。あたくしの目から見て、ディーン様が何者と通じていたり、ポラートに情報を流している素振りはございません。もっとも、あたくしの目が節穴、あるいは極々内密で動いている、という場合もあるかもしれませんが」
「そう。いや、一番ディーンに近いのは君だと思っているから聞いたんだ」
「あたくしの発言をお許し下さい。なぜ陛下は、ディーン様を疑いになるのでしょう」

 サミーの言葉に押し黙る。アーベが気にするな、とうなずいた気がした。茶を飲んで喉を潤してから、ゆっくりと口を開く。

「シュトリカが、私が仮眠をとっている際に、ディーンと誰かが話している姿を見たんだ」
「……見間違いでは? コルも夜回りをしていたはずですが、報告にはありません」
「シュトリカが嘘をついたり、何かのために私を欺いたということはないかな」
「それは陛下、御身の心が一番ご存じのはずです。教育係としても、彼女にその気はない、と見受けます。しかしディーン様が聞けば、激怒なさる質問でしょう」
「うん。だから王の命と言ったんだよ。こういうときにしか今、権力は使えないからね」
「……あたくしの本心を延べてもよろしいでしょうか」

 悩んだ様子で、サミーが眉を寄せる。鷹揚にうなずけば、サミーははっきり口を開いた。

「陛下のお心がシュトリカ嬢にあることを、あたくしは否定致しません。ですが、どうか一人の女性のために、ディーン様と仲違いなどなさいませんよう。もしかすれば、お二人の仲を引き裂くこと、それ自体が敵のもくろみかもしれません」
「痛いところを突くね。わかっているよ、サミー。忠言、ありがとう」
「浅知恵を失礼致しました。……ところでシュトリカ嬢と言えば」
「何か、シュトリカに関することで気になることでも?」
「こちらの本、呪いや加護について書かれている文献を読んでいたようです。何かの参考になれば、と思いまして、部屋から拝借しました」
(そうか、呪いだ)

 本を差し出された途端、アーベが急に何かを閃いたものだから、受け取る手が遅れた。

「どうかなさいましたか?」
「いや……読ませてもらうよ。サミー、シュトリカのことをくれぐれも頼む。これは王の命ではない。一人の人間として君に頼みたい」
「……承知致しました。陛下もあまり、ご無理なさらず」

 本をこちらへ手渡したサミーが立ち上がり、退室していくのを見計らってため息をついた。誰もいないことを確認してから、小声でアーベに問う。

「急に何を閃いたんだい、アーベ」
(もしかしたらディーンのやつ、呪いをかけられたのかもしれない)
「呪いを? そんなものもあるのかい?」
(人を意のままに操るものが、フェレネの呪いにはあったはずだ。本を見てみろ)

 言われるがまま本のページをめくり、フェレネの呪いについて書かれた箇所を確認した。人を操る、傀儡とする呪い――確かにあった。思わず唸りながら、顎に手をやる。

「いや……シュトリカは花枯はながらしだ。呪いの波動には敏感なはず」
(呪いは強ければ強いほど、上書きされた波動を醸し出す。フェレネの呪いでも強い類い、すなわち俺がいる時点で、大抵の呪いの波動は消えてしまうと考えれば……)
「では、今もまじなにディーンが操られていると?」
(それはわからん。ただ、そうなると俺のことは余計、ディーンには言わない方がいい。呪いの波動なら俺でもわかるからな)
「安心してほしい。今のところ、君が出ていることを他のものに言うつもりはないからね」
(賢明だな。今まで間抜けだったやつだとは思えん)
「……前々から聞きたかったのだけれど、アーベ、君はなんの呪いなんだい」

 皮肉げに鼻を鳴らされ、腕を組みつつ尋ねたが、これもまたせせら笑われただけだった。

(自分ではわからない呪いさ。一番たちが悪い呪いの一種だ)
「だろうね。癪に障る。言っておくけれど、シュトリカを渡すつもりはない」
(笑わせるなよ。いつも目を閉じ、耳を塞ぎ、現実から逃げているお前が言う台詞か? 今も俺やシュトリカがいなければ何もできないくせに)

 嘲笑に思わず歯噛みしそうになり、やめた。どうにもアーベとは相性がよくない。いや、ただ本当のことを言われて耳が痛いだけなのかもしれないが。

 苛立つ気持ち、胸を引き裂かれたような思いを茶で流しこみ、エンファニオは立ち上がる。ディーンに会おうと決め、部屋から出た。今頃、身辺調査を執務室で行っているはずだ。外は曇りが続いていて、晴れ間を数日、見ていない。

 ディーンを信じようとする気持ちと、シュトリカへの思いで心はまだ、揺れ動いている。
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