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七話 新しい友人と前世の自分

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 流されたかもしれない。
 それでも、私は旅人のまっすぐな思いを受け入れることにした。
 他の人から見たら、さっき会ったばかりの人間の言葉をすんなり信じられるの? って言われるかもしれない。

 私にとっては、カエデたちはもう数十年の仲だ。
 旅人が死ぬたびにやり直すループのたびに、親友になってきた。
 私が旅人を失った時も、いつも声を掛けてくれたのは双見くんとカエデ。
 自分たちも辛いはずなのに、毎回毎回、私のことばかり心配してた。
 
 イヤなところも、好きなところも、たくさん知ってる。
 そして、本当に信じられる相手だと言うことも。

「じゃあ、夢香ちゃん。放課後また迎えにくるね」

 教室まで送ってくれたカエデは小さく手を振る。
 白くて美しい手だと、ずっと思っていた。
 私のむちむちした手とは違う、キレイな女の子らしい手。

 ずっと憧れてた。
 カエデみたいに、可愛くてキレイな子だったら、って。
 両親も、もしかしたら、私を愛してくれたかもしれない。
 そんなバカみたいな憧れ。

「うん、ありがと」

 バイバイ、と私も小さく手を振り返す。
 イヤでもぷくぷくと肉のついた指が、目に入った。

 クラスメイトたちは相変わらず、私のことをチラチラと見ながら小声で何かを噂している。
 天成くんがモテるのはもちろんのこと、カエデたちも注目を集める人だからだろうか。

 自分の席に座って、次の授業の準備を始める。
 すぐに、隣からペンで二の腕を突かれた。

「友だちなの?」

 初めて話しかけられたことに驚く。
 横を見れば……えっと、クラスメイトの……名前、なんだったけ?

「あ、私? 上村マイ」
「上村さん」
「今まで話したことなかったよね、よろしく」

 何回も繰り返した夢の中を思い返しても、この子と話した記憶はない。
 いつだって、クラスは私にとって居づらい輪の中だった。

「カエデたちは、そうだね。友だちだよ」
「そっか。なんか、唯野さんって話しかけづらいのかなって思ってたけど普通だね」

 飴を口の中に放り込んで転がしながら、私に素直に投げかけてくる。
 今までは、私が殻にこもってたから話しかけづらかっただけなのだろうか?
 それでも、毎回私と旅人が付き合い始めたら、教室にもカエデたちは……
 来ていないな。

 集合場所はいつもの空き教室か、あの公園だった。
 学校内ですれ違うことは、何回かあったけど。
 教室まで来るのは、今回が初めてだった。

 カエデたちが来たから、上村さんは話しかけてくれたんだろうか?

「あれだ! わかった」
「え?」
「唯野さんって考えながら、お話できない人だ」

 手をぽーんっと叩いて、私を指さす。
 勝手に分析されていたらしい。
 上村さんは「うんうん、きっとそうだ」と呟きながら、飴を口の中で転がしている。

「そっかそっか。クラスメイトとして仲良くしてくれる?」
「もちろん」
「よかった~! 誰とも話さないし、天成くんが迎えに来ちゃうし、クラスのこと嫌いなのかなと思ってた」

 上村さんは、私と違って思ったままに素直に言いすぎる癖があるらしい。

「そんなことないよ」
「うん、今話しててわかった! よかったよかった」

 わざとらしいくらいに大きい声で上村さんが話すから。
 クラスのザワザワが、一気に静まる。
 冷たい視線を浴びて、胃の奥がじりじりと熱い。
 クラスメイトが次々に口にするのは、意外な言葉だった。
 
「え、唯野さんはじゃあ話すの苦手だっただけ?」
「人見知りってこと?」
「つーか、なんだ、じゃあ唯野さん悪い子じゃないじゃん」

 教室の空気が、一気に柔らかくなったのがわかる。
 私の方がみんなに嫌われていると思っていた。
 だから、話しかけても来ないし、陰でくすくす笑ってるんだと……。

 でも、私が黙って一人で殻を作ってたせい?
 それを見てみんなも怖かったって、ことか。
 地味子と呼ばれたのは、悪口じゃなく単純にそう思われていたのかもしれない。

 わかってしまえば、なんてことはない。
 胸を撫で下ろして、立ち上がる。

「えっと、勘違いさせててごめんなさい。みなさんのこと嫌いじゃ、ないです。ただ、話すのはうまくないのであまりうまく返せません」

 じゃあ、疫病神とか、言ってたのはなんだったのだろうか。
 今はまだ、このクラスメイトたちには言われていない。
 けど、悪夢の中では何回か言われた言葉だった。

「唯野さん、って天成くんとも友だちなの?」

 おずおず、と遠くから聞いてきたのは、私を疫病神と呼んだ女の子だった。

「お友だちです」

 気恥ずかしくなって、言葉が掠れていく。
 こんなに人に注目されるのは、久しぶりで、緊張する。
 心臓が握りしめられたように、激しく脈を打った。

「そっか、地味でも友だちになれんだね……」

 やっぱり、この子だけは私のことが嫌いなのかもしれない。
 流石に面と向かって、それを言うのは失礼だって普通。
 あ、また普通って言ってしまった。
 もう言わないようにしようと決めたのに。

「地味でもってめっちゃ失礼じゃん、自分がハデだから? 地味なのって悪いこと?」

 私が一人でぐるぐる考えてるうちに口にしたのは、上村さんだった。
 みんながそれぞれ顔を見合わせて、困った顔をしてるのが目に入った。
 私が何かを言わなきゃいけなかったのに。

 上村さんはパンっと両手を叩いてから、おどけた顔をする。

「なんちゃって~! でも、クラスメイトにそういうこと言っちゃダメだよ~」
「あ、ごめん。そんなつもりはなくて、ごめんなさい唯野さん」
「ううん、気にしてない、です」

 そこまでで、先生が入ってきて話は中断されてしまった。

*    *    *

 授業のペアを作って、が苦痛じゃなくなったのは初めてだった。
 上村さんは仲良い子たちが他にもいるのに、私を選んでくれる。

 上村さんが不幸な目にあわなければ、私が不幸を運ぶ疫病神が払拭される気がしていた。

「上村さん、今日はありがとう」

 帰る準備をする上村さんに声を掛ければ、ピースをこっちに向けてくれる。

「なんかいつも仲間はずれっぽくて気にしてたんだ~! 唯野さん、夢香ちゃんって呼んでいい?」
「あ、うん! えっとマイちゃん?」
「うんうん、仲良くしようね~」
「うん、ありがと」

 二人でやりとりしてるうちに、クラスメイトたちはゾロゾロと準備を終えて教室を出ていく。
 どうやらマイちゃんの友だちも終わったようで、私たちを待っていた。

「じゃあ、また明日!」

 手を振りながら見送れば、手を振りかえして出ていく。
 こんな簡単なことを、私は今までできなかったのか。
 出ていくマイちゃんたちの後ろから、旅人とカエデと双見くんが入ってくる。

「ゆーめーかーちゃーん!」
「カエデ! 双見くんと、旅人も」
「夢香、クレープ食べに行こーぜ!」

 旅人の急な提案に、他の二人の顔を見ればニコニコうなずいている。
 どうやら三人で決めてきたらしい。

「行く!」
「よっし、帰るぞ」

 ひょいっと私のカバンを肩にかけて、私の右手を取る。
 当たり前のように繋がれる右手が、緊張で汗ばんでいた。

「なんでいつも手を繋ぐの?」
「夢香、迷子になりやすいじゃん」

 私は、迷子になりやすい。
 でも、今の旅人の前で迷子になったことはなかった。
 きっと前世の私の話をしてるんだと思う。

「ね、旅人の前世のお話聞きたい」

 お願いしてみれば、旅人は少し顔を歪める。
 嫌だったのだろうか?
 やっぱり断ろうとすれば、旅人は笑顔を作る。

「いいよ、クレープ食べながら話す」

 ずっと前の私から、旅人は私を探してくれていたと言っていた。
 私と前世の私は同じ人、と言っていいんだろうか。
 旅人が死んでしまう運命なのも気になっているけど、そちらの方も気になっていた。

 学校から出て、四人で並んで歩く。
 自然とカエデカップルと、私たちに分かれてしまう。
 爽やかな風が吹き抜けて、足取りが軽くなった。

「夢香ちゃんは、あそこのクレープ食べたことあるの?」

 カエデは、ちらちらと何度も私を振り返りながら話しかけてくれる。
 うんうんと頷けば「おいしいよねぇ」と、とろけるような笑顔を見せた。

 双見くんはそんな私たちを、緩んだ顔で振り返る。
 いつもより優しい表情なのは、双見くんなりに私を心配してくれていたから、かな。

 スーパーに近づけば、キッチンカーが見えてくる。
 毎週、この場所に決まった曜日に来ていた。
 カエデと何回か食べに来たことを思い出して、ふふっと笑ってしまう。

 放課後食べに行くとなったら、カエデは毎回「クレープ!」と声をあげるから。

 注文を終えれば、すぐにクレープを焼いてくれる。
 甘い香りが周囲に漂って、買い物終わりの人たちもつられたように私たちの後ろに並んだ。

 焼き上がったクレープを受け取る。
 頼んだものをそれぞれ手に持ちながら、近くに設置されたベンチに座る。

 私の隣に座った旅人が、一口食べてから、意を決して口を開いた。

「前世の話だろ?」

 私はうなずきながら、自分のクレープを一口齧った。
 どんな前世でも、今なら多分受け止められる。

「どの前世がいいかなー?」
「どれくらいの数あるの?」
「うーん、人間の脳ってあんまり覚えてられないのかさ。こうぼんやり、いろんな記憶が混在してる感じ?」

 全てを覚えてるわけではない、と旅人は言った。
 何人もの人生を全て覚えていたら、脳みそはパンクしてしまいそうだ。
 それに、私のループの記憶も完全じゃない。
 ただ、私は何回も繰り返してるから、かろうじて覚えてる。

「なんだろ。共通点はやっぱ、多いよ」
「共通点?」
「そう。方向音痴なとことか」
「毎回、方向音痴なの、私」

 変な共通点に、つい頬を緩めてしまう。
 時々でいいから迷わずに、歩ける人であってよ私。
 
「そう、毎回だよ。ここで待ち合わせつって待ち合わせ場所に来れない夢香の前世、何個もある」

 旅人くんがケタケタと笑いながら、懐かしむように思い出を口にする。
 その表情は、いつもの優しい顔だ。
 
「あと」
「あと?」
「いつも誰かのことを優先して、自分のことは遠慮するとこも一緒」

 それは……私の場合はお母さんに、教え込まれたのもいると思う。
 言ったら旅人が、変な気を使いそうだから言わないけど。

「ふーん」

 興味なさそうに呟いてから、クレープを食べ進める。
 視線を感じて、カエデたちのベンチの方に目をやればコソコソと何かを話しながらこちらを見ていた。

「あの二人はなんでこんなにこっち見てるの?」
「さぁ?」

 旅人の方に目線を向け直して尋ねる。
 旅人は右耳をかきながら、誤魔化す。
 旅人の、嘘をつく時の仕草だ。
 何かある。
 でも、何かは、わからない。

 二人とも悪いことを言う人ではないし、旅人が何かを始めようとしてるんだろうか?

 そう思って二人の方をもう一度見れば、立ち上がってこちらに向かってきていた。

「じゃあ私たち食べ終わったから、帰るね」
「えっ! まだ全然」

 言いかけた私の言葉をカエデは、笑顔で遮る。

「でも、また今度! 今日は二人でいっぱい話なよ! じゃあ、バイバーイ!」
「俺もカエデと帰るから。旅人も、夢香ちゃんも、また明日」
「おう、明日な!」

 二人ともバイバイと手を振ってから、腕を組んで帰ってしまう。
 るんるんとしたカエデの歩き方に、目を細めた。

「何か用事があったのかな?」
「まぁ、うん、そうじゃない?」
「何その言い切らない感じ」

 小さい残りのクレープを旅人は口の中に突っ込んで、もぐもぐと咀嚼する。
 どこかに行くか、帰ろうとしてるのかな?
 察して私も残りのクレープを、急いで食べ切る。

「あのさ!」
「ふぁい」

 まだギリギリ口の中に残っていたクレープが、絡んで変な音になってしまった。

「夢香には、俺がずっと夢香のことを見ていたって言ったでしょ?」
「うん、前世の時からって」
「全部が記憶にあるわけじゃないから、これがきっかけか本当はわからないんだけど」
「うん」

 旅人の言葉を、ただ黙って聞く。
 飲み込んだクレープがやけに甘酸っぱい。

「俺を、助けてくれたんだ。ケガしてて死ぬかもと思った時に、夢香がたまたま見つけてくれて。看病してくれたんだ」
「私が?」
「そう。で、放っておけないからって面倒を見てくれたんだけど……」

 私と旅人が関わった、最初の前世の話。
 旅人は、目に涙を浮かべて言葉を止める。
 そして、ふぅっと息を吐いてから、続けた。

「すぐに夢香が、病気になって死んじゃった。死ぬ間際に、次に生まれ変わって出会えたら結婚しようねって二人で約束したんだ」

 多分、すごい噛み砕いて話してくれているのがわかる。
 きっとそれまでには、二人の間にはいろいろな出来事があったのだろう。

 全部を覚えてなくても、いくつかの記憶だけで泣いてしまうくらいには愛しいんだろうと思う。

「そうなんだ」
「そう。毎回、添い遂げることはできてなくて、今回こそはって俺は思ってる」

 左手を強く掴まれて、握りしめられる。
 旅人の意志の強さのように、感じられて少し嬉しい。

「うん」
「だから、俺と付き合ってください」

 掴まれた手を、もう片方の手で解いてから両手で握りしめる。
 答えはもう、決まってる。
 あの空き教室で話を聞いた時から、決めていた。

「私も、大好きです。お願いします」
「よっしゃ!」

 ブンブンと私の両手を振りながら、嬉しそうに笑う。
 旅人がそんなにずっと私を思っていてくれたことを、今までは知らなかった。
 それを知れたことが、心の底から嬉しい。

「いっぱい思い出つくろうな」
「うん、もちろん、回避策も一緒に考えようね」

 あまりの幸せな時間に、迫り来るタイムリミットを忘れかけてしまう。
 私一人じゃないと思うだけで、心強い。

「うん、ちゃんと回避しよう。二人で長生きしよう」
「うん、ちゃんと長生きしようね」
「でも、今日はとりあえずデートしよ」

 立ち上がって私を引っ張ったかと思えば、走り出す。
 どこに向かってるかは、わからないけど。
 嬉しくて、行き先がどこかはどうでもよかった。

 辿り着いたのは、いつもの公園だった。

「ここ?」
「イヤだった?」

 イヤなわけではない。
 ではないんだけど、公園かぁ、ってちょっと思ってしまった。
 今までの初デートは待ち合わせて、気合を入れて水族館とかだった気がする。

「ここでさ、話したじゃん」
「ブランコに乗ってね」
「そうそう、だからブランコ乗ろうぜ!」

 ブランコにぐいぐいと私を引っ張り、座らせたかと思えば、目の前に立つ。
 自分が座るわけではないのかと思えば、スマホを開き始めた。

 顔を近づけて、急に写真を撮り始める。

「な、なに、急に」
「いっぱい記録にも残しておこうと思って」
「ちょっと待ってよ、笑顔になるから」

 不意打ちの写真に驚きながらも、ハートを作って顔を並べる。
 あまりの多幸感に、自然と笑顔になっていた。
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