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六話 大親友

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 首をブンブンと横に振って、唇を閉じる。

「どうしたら、話せる? 私たちのこと、話したくもないくらい嫌い?」

 天成くんも双見くんも、ぐっと黙り込んで私の言葉を待つ。
 カエデは畳み掛けるように、言葉にする。

 嫌いだったら、私はここまで流されてない。

 好きだから。
 信じてしまうから。
 こんなところに一人突っ立って、答えられずにいるんだ。

「わかった。三人に聞いて欲しいことがある」

 天成くんが、イスに座って近くに寄ってくれと手招きした。
 私の答えを聞くことを、諦めたのだろうか。
 できれば、このまま帰りたかった。

「この話を聞いてから、それでも答えたくなかったら……夢香は、次のチャイムがなったら教室にこっそり帰りなよ」

 この時間だけだと強調されて、うなずく。
 この間のお祭りの約束は、仕方がなかったとはいえ私が先に破った。
 天成くんは、約束を破る人じゃない。
 だから、私も三人から少しだけ離れたところにイスを置いて座った。

 まるで、悪夢で繰り返してた、楽しい日々みたいだ。
 お祭りに一緒に行こうって、カエデがみんなを誘って、予定を話し合った。
 双見くんとカエデは今みたいに、隣り合ってくっついていたし、私は、天成の横に座ってた。
 そして、お互いの食べたいもの、見たいもの、スマホの共有のスケジュールにたくさん書き込んだ。

 でも、今は、私は三人から遠い場所に座ってる。
 そして、天成くんが話すことは、楽しい話じゃない。
 天成くんの真剣そうな表情が物語ってる。

「突拍子もない話だよ、信じられないと思う。琉助にも、カエデにも今まで話さなかった」

 天成くんの言葉の続きを待つ。
 天成くんと何回も、何回も悪夢を繰り返すたびに、一番そばにいたのは私なはずなのに。
 天成くんが二人にも話さずに、今から話そうとしてる内容に見当がつかない。

「俺は、夢香のことを何年、何十年、何百年と見てきた」

 語り出した内容に、目が点になる。
 天成くんも、私も同じってこと?
 黙って全て聞こうと思ってたのに、言葉が零れ落ちる。

 何十年、何百年と私を見てきた、なんて変なことをと思わなかった。
 私だって、天成くんをそれくらい見てきた。

「嘘、待って、じゃあ、天成くんも知ってたの……?」

 私にやたらと構ってきたのは、だから?
 天成くんも私と一緒で、最悪な夢を繰り返してる。
 出会って、付き合って、死ぬまでを?

 天成くんが死んで絶望していれば、私は高校一年生に巻き戻る。
 それを、天成くんも、一緒にやっていた?

 想像をするだけで、体中が裂けそう。
 死んだ時の痛み、苦しみ、できれば、天成くんは違って欲しかった。

「ごめんなさい、いつも、助けられなくて、ごめんなさい、私のせいで、ごめんなさい」

 ただ、謝罪の言葉だけを漏らす。
 混乱と申し訳なさで、瞳が潤んでいく。

「助けられなくて……? 夢香、勘違いしてないか?」

 天成くんの言葉に、ピタッと止まる。
 違う、ってこと……?
 じゃあ、何年も見てきたって……?
 え……?
 
「天成くんも、何度もやり直してるんじゃないの?」
「多分、夢香が想像してるのとは、違うよ」
「違うの? 意味わかんない」
「俺は何回も、生まれ変わってる。そして、毎回夢香に出会ってた。信じられないかもしれないけど、前世からそのずっと前から、夢香を好きだった」

 何度もやり直しを繰り返してる私と、何度も生まれ変わってる天成くん。
 今の状態だと、そんな奇跡があっても不思議じゃない。

「待ってくれ、じゃあ旅人は、前世の記憶が何個もあるってことか?」
「そうだな、前世で夢香と出会ってる。まぁいろいろ話は省略するけど。俺はそのずっと前から夢香に恋していて、夢香と初めて会った時に、夢香がその人だってわかった」

 何度も、天成くんは生まれ変わってる。
 じゃあ、天成くんが、もし、死んだとしても私は天成くんとまた出会う?
 それでも、だったら死んでもしょうがない、とは、なれない。

 私はくんに、生きてて欲しい。
 それに、天成くんが生きててくれないと、多分、私のこの悪夢は醒めない。
 
「私は、天成くんが知ってる私じゃないよ」

 嘘じゃない。
 前世なんてものは記憶にないし、ましてや、何回も繰り返してる私は、本当に天成くんが思ってるような私じゃない。

「だから」
「夢香が思ってる以上に、俺は夢香に救われてきたから。だから、夢香のことが好きだし、夢香を悲しませたくない」

 転生くんはまっすぐに、私の目を見つめて口にする。
 あまりにも、愛しそうな優しい顔をして。
 私は首をただ横に振って、黙り込んだ。

 天成くんが、ハッとした声を上げる。
 
「待って、夢香はやり直してるの、か? 高校生活を?」

 つい、驚いて口にしてしまった言葉を聞き逃してくれていなかったらしい。
 言うつもりなんて、一ミリもなかった。

「なんで? きっかけとか、あるだろう。俺たちを避けるのもそれが理由? 俺たち、違うな、俺だな。俺に何かあるんだな。だから避けるんだな」

 天成くんは勝手な憶測で、推理を始める。
 外れてない。
 でも、私は答えないよ。
 
 知りたくないでしょう?
 自分が、何回も死んでることなんて。
 何回も転生していても。

 答えずに黙りこくる。
 ただ重い沈黙が、場の空気を支配していく。
 誰も話さない空間に居心地が悪くなってきた。

「助けられなくてって、言ったよな?」
「旅人が、死ぬってことか?」

 双見くんとカエデが顔を見合わせて、固まる。
 答えを言ってしまったようなものだった。
 どう答えても、ダメな気がして、本当に何も言えない。
 
「俺やっぱり、夢香のことが好きだよ。夢香じゃないと生きてる意味がない。たとえ死ぬとしても」

 死ぬとしても?
 自分は死んでおいていく側だからそんなことを言えるんだ。
 置いていかれるだけじゃない。
 何回も、何回も、目の前で天成くんが死ぬのを見るんだよ。

 私は、関わらないで、生きていて欲しい。
 そして、私はもう二度と天成くんが死ぬ場面を、見たくない。

 結局、私は自分のことばかり大切な、最低な人間だから。
 
「私と関わったら、死んじゃうの! だから、もう関わらりたくないの!」

 天成くんの怒った顔、久しぶりに見た気がする。
 いつも困ったように八の字になる眉毛は、どんどん吊り上がっていく。

「無理、無理だって、本当に無理!」

 無理を何回も繰り返して、まるで子どもの駄々をこねる姿みたいに首を横に振る。
 涙が頬からぽつぽつっと飛び散っていた。
 でも、返ってくる言葉は、意外なものだった。

「夢香はどうしたいの?」
「天成くんに生きていて欲しい」

 だから、もう旅人とも呼ばないし、この居心地のいい居場所にすがったりはしない。

「素直に思ってること言えよ、好きなら好きって言え! 俺が生きてて欲しいは、わかった。ワガママになれよ。願わなきゃ何も叶わねーんだから! 夢香は、俺のことどう思ってるの」

 天成くんのあまりの熱量に、吐き気がしそうだった。
 愛しい、愛してる、嘘じゃない、好きだ。
 だから、私は君の手を離して、一人で生きるって決めたの。
 疫病神だから、誰にも愛されないから、人を不幸にするから!

 願った、願ったよ!
 何回も、何回も、天成くんが死にませんようにって。
 声が枯れるまで叫び続けた。
 そんなこと叶う未来は、一個も存在しなかった。
 
 わかってるから、この手を放したんだよ。
 私は、私のちっぽけな心の痛みより、天成くんの命の方が大切なんだ。

「ごめん」

 これ以上続けたら、私は叫び出してしまいそうで逃げるように教室から出ようとする。
 私の腕を捕まえたのは、カエデだった。

「待って。まだ、終わってない。まだ聞けてない」
「これ以上何が知りたいの? 天成くんが死んじゃうから関わりたくないの。満足した?」
「夢香ちゃんは、天成くんが好き?」
「好きだよ、好きだからこの答えに辿り着いた。なに? カエデは、天成くんが死ぬとしても仲良しこよししようって言うの? 天成くんのこれからの未来を犠牲に、短い時間でもみんなで楽しもう、って? 私は何回も何回も! 天成くんが目の前で死んでるのに?」

 息切れを起こしながら、カエデを睨みつける。
 こんなのは、ただの八つ当たりだ。
 わかってる。
 
 私が普通じゃないから、私の周りは不幸になるんだ。
 私が死ねばいい。
 でも、死んだらまた変わらないこの日々が新しく始まるだけ。

 痛くて、身体中バラバラに砕け散りそうだ。
 私の身体が砕け散って、天成くんが生きててくれるならそれでもいいのに。

 身代わりになるなんて、何回も考えたことだけど。

 でも、天成くんに事実を伝えたのはこれが初めてのことだった。
 傷つけまいと、知られまいと、胸に押し込んでいたのに。
 何回も繰り返すやりとりに、私は、失敗を犯してしまったんだ。

「一人で背負わないでよ」

 カエデが、声を絞り出した。
 掠れ気味な声が耳に響いて、力が入らなくなる。
 一人で、背負わないで?
 なんて、自分勝手な言葉なんだろうと思った。

「来世でまた会えるように、俺が頑張るからさ」
「それじゃ、私がイヤなの。生きてて、お願い」

 私が死んだところで誰も悲しまないから。
 天成くんが死んだら、みんな悲しむの。
 だから、生きてて。
 私が一人に耐えればいいだけの話なんだから。

「とりあえず、落ち着こう。そもそもだけど、夢香ちゃんと関わらなかったら本当に旅人は死なないのか?」

 双見くんの問いかけに、答えられない。
 関わらないと決めたのは、今回からだった。
 ううん、前から決めていたのに、私はバカで甘いから。
 なんだかんだと理由をつけて、流されたことにして、天成くんの近くで幸せを享受していた。

「わからない」

 素直に答えれば、双見くんが唇に手を当てて考え始める。
 カエデの手の上から、天成くんが重ねて私の手を掴んだ。

「夢香のせいで、ってのもおかしくないか? 夢香が繰り返してる理由はわからないけど。夢香が殺すわけじゃないんだろう? 夢香のせいで事件に巻き込まれるのか?」
「違うよ……事件だったり事故だったり、毎回理由は、バラバラだけど……」
「待って、どうして、夢香ちゃんのせいになるの?」

 三人に取り囲まれるように問われて、肩を小さくする。
 心臓が掴まれたように、跳ねて、素早い脈を打ってる。

「私が疫病神で普通じゃない、から」
「疫病神? 普通じゃない? どこが? え、待って、誰がそんなこと夢香ちゃんに言ったの? 旅人?」
「旅人は言ってないけど、お母さんとかクラスメイトとか……私は人を不幸にする人間なの!」

 天成くんと、カエデの手を振り払う。
 三人とも、私の話を疑いもせずに聞いてる。
 だから言いたくなかった。
 だって、もう、離れがたくなってる。
 あんなに強く決心したはずなのに。

「夢香ちゃんのせいじゃない可能性の方が高くないか?」
「夢香ちゃんは、人を不幸にする人間なんかじゃないと思う。だって、本当にそんなことあった?」

 カエデの言葉に、蘇ってくるのさまざまな記憶。
 お母さんが夢を諦めたことを悔やんで、私を産まなきゃよかったと叫ぶ。
 お父さんが、私に気づいて「部屋に行きなさい」と冷たく言い放っていた。

 友だちだった子が、遠目に私を見てヒソヒソと話してた。
 私のせいで、ウサギが死んだ。
 彼氏を取られた。

 それに、私が遊び呆けてるせいで、お父さんがケガをした。

「お父さんがケガをした」
「本当に、夢香ちゃんのせい? 夢香ちゃんがいなくても起きた事故じゃない?」
「クラスメイトが、だって」

 言葉にするたびに、本当に? が返ってきて私自身わからなくなってきた。
 だって、そう言っていた。
 あれは、誰だったけ?
 どうしてだっけ?

「わかった。夢香ちゃん、思いつく限り思い出して。そして、本当に夢香ちゃんのせいだったか考えて欲しいの。書き出してもいい。私たちにも見せて、きっと、夢香ちゃんが勘違いしてることがあると思うの」
「夢香は、人を不幸にするような人間じゃない。誰が言ったか知らないけど俺は知ってる」
「だって、私が普通じゃなくて。人を不快にして。ワガママを言うからお母さんはいつも困っていて」

 お母さんの悲しい顔をよく見ていた。
 お母さんは、いつも私に普通を教えてくれる。
 産まなきゃよかったと言いながらも、面倒を見てくれる……。

「夢香、聞け」

 両手を掴まれて、天成くんが目を合わせてくる。

「自分勝手と他人に言われようが、ワガママだろうとなんだろうと、一番、今、一番夢香が優先したいのは、なんだ?」

 天成くんの問いに浮かぶ答えは、何回も見る悪夢を見なくなることだった。

「天成くんと一緒に生きること……」
「じゃあ、良いじゃん。俺と、一緒にいてよ。死ぬ時まで。夢香と一緒にいたいよ、俺は。夢香も嫌いじゃないんでしょ、俺のこと」
「一緒にいたら、毎回死ぬの。もう見たくないの、もう大切に思いたくないの。失うくらいなら知らないままでいたいの」

 震える絶望感も、生きてる意味さえ見出せない日々も、あんなのはもうイヤなの。
 そして、また幸せな始まりに戻されて、地獄に向かって生きていく。
 
 それだったら天成くんの隣を知らないまま、疫病神として静かに一生を終えたい。
 誰にも必要とされなくても、たとえ、誰かに笑われたとしても。

 天成くんが死んでしまうくらいなら、私は知らないまま、生きていたい。

「それでも、天成くんが生きてることの方が大切なの」

 私に唯一の幸せを、愛を与えてくれた人だから。
 輝かしい未来で、生きていてほしい。

「わかった」

 やっと、渋々という感じで頷いた天成くんに、最後の笑顔を送る。
 覚えていてくれる顔は、笑顔がいい。
 涙が頬を伝ってるけど、それくらいはしょうがない。
 背中を向けて、もう顔も見ないように歩き出す。

 明日からは、この三人には関わらない。
 天成くんが生き残ってくれることを、願いながら。

 カエデの手が離れたかと思えば、天成くんに背中から強く抱きしめられる。
 情けない嗚咽だけが止まらずに、漏れていく。
 結局今回も私は、抗えないのかな。
 だって、こんなに好きで、心から求めてるんだもん。

 天成くんが優しくするたびに、必要だと言ってくれるたびに、私は、逃げ出せなくなる。

「行かないで。違うよ、夢香」
「違くないの」
「ねぇ、一緒に方法を探そう? 今までの俺は、知らないで笑ってただけかもしれない。でも、今の俺はこの後のことを知ってる、夢香が教えてくれたから。だから、二人でなんとかしよう?」

 頬から、旅人の腕に涙がこぼれていく。
 また、私は今回だけはと思ってしまっていた。
 旅人がここまで言うんだから、と旅人のせいにして。

「ちげーだろ」

 双見くんの重たい声が、響く。
 怒ってるように聞こえるのに、耳には柔らかい。
 
「そうだよ、四人いるでしょ」

 カエデの声が、震えてる。
 私のせいで、カエデを泣かせちゃったな。
 
「だって、今まで誰にも言わなかったんだろ?」

 天成くんは、いつもの優しい声じゃなくて、真剣な声だ。

 誰かがケンカした時も、私がクラスメイトに変な噂を流されて困ってた時も……
 みんな自分のことのように、そうやって考えて言葉にしてくれた。

 三人の思いが胸に沁みて、今度は嬉しさのせいで涙が出た。
 今までの三人と同じで、それだけ私のことを考えてくれるんだね。
 今回の私は、まだ出会って一日も経っていないのに。

「さっきの感じだと、私たちとも友だちだったんだよね、きっと。だって、カエデ、って友だちみたいに私の名前を呼んでくれた」

 涙を腕で拭い取って、振り返る。
 カエデは涙で目が腫れてるし、双見くんは困った表情してた。
 でも、三人の顔を見れば、もしかしたらという期待が沸いてくる。

 今回だけでも、悔いをなくしたい。
 
 旅人を突き放せないなら、一緒に助ける方法を探す。
 私が、今、そう決めた。
 旅人のせいにして、また同じことを繰り返すんだったら意味がない。

 一番、私が本当に優先したいことは、旅人と生きることだ。
 それができたら、どれほど嬉しいか。
 ずっと、願い続けていた。

 旅人のことが、愛しいから、私は逃げない。
 

「一緒に、本当に探してくれるの? 信じてくれるの?」
「大丈夫。だから逃げないで」
「逃げないよ」

 覚悟を決めたはずなのに、こんなあっさりと覆してやっぱり私は弱いみたい。
 なのに、今こんなに悲しくて、こんなに嬉しい。

 天成くんの言葉が胸の奥に突き刺さって、抜けそうにない。
 胸が震えて、床に座り込んでしまう。

 この四人なら……
 もし、今回がダメだったら、次こそ私は幸せを諦める。
 逃げないと言ったからには、立ち向かう。
 そう決めて、強くうなずいた。
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