9 / 28
流され続けて今ここに-3
しおりを挟む
今日のメグルは、やけに、ネガティブだ。
どうしてかは、わからない。
昨日の夜はあんなに楽しそうにしていたのに。
腕時計をちらりと確認して、メグルは俺の手を引いて走り出す。
攻守逆転だ。
俺が、メグルを珍しく引っ張っていたのに。
いつもみたいに、タッタッタと走って俺を急かす。
「もう時間だよ、早く見に行こう」
「はいはい」
プラネタリウムが楽しみなことは、どうやら本当だったらしい。
二人で一階に降りれば、プラネタリウムの部屋はもう開放されていた。
当日券を渡して、二人で中の座席に座る。
静かな音楽が流れる中で、二人きりになったみたいに錯覚するような暗さだ。
それでも、ガヤガヤと話し声は小さく耳に響いていく。
「楽しみだね」
「プラネタリウムなんて、小学生以来だけど、今ってお話時たてなんだな」
「小さい頃もそうだったのかもよ?」
「全然、記憶にないけどな」
時間になり、上映が始まる。
二人で真上を見上げながら、星の解説に耳を澄ませた。
お話は小さい女の子が、自分の知ってる星を探しにいく内容だった。
迷子の女の子は自分の記憶を探すために、おじいさんのアドバイスで夜空の旅に出る。
子ども向けのような内容だと思ったけど、隣のメグルは真剣に星空を見つめている。
瞳が、微かに光ってるように見えた。
いつのまにか話は進んでいる。
女の子は記憶を取り戻し、友だちや家族と感動の再会をしていた。
今の夜に見られる星の解説が、始まる。
「今日帰ったら探してみよっか」
メグルが俺の耳元で、囁く。
今日は夜までコースなのか。
全然知らなかったけど。
肯定も否定もしないままで居れば、メグルはまた「冗談だよ、もう」と小さく笑った。
先ほどまでの、瞳の潤みは気のせいだったことにしよう。
気づかなかった。
何も、気づかなかった。
プラネタリウムの部屋から出れば、メグルは「お腹空いたー! 何食べよっか?」といつもの表情をする。
メグルが食べたいものなら、なんだっていい。
俺は、嫌いなものも、好きなものもないから。
「メグルは、何が食べたい?」
「んー、パスタの気分! あ、いいとこあるよ!」
「いいとこ?」
「お絵描きできるパスタ屋さん!」
「じゃあ、そこで」
お絵描きができるパスタ屋さん……
パスタで、絵を作るんだろうか?
不思議に思いながらも同意すれば、メグルはまたパタパタと走り出す。
いつだって、走るのはくせなんだろうか。
いつか聞いてみたら、どんな答えが返ってくる?
青少年科学館の外に出れば、日差しがガンガンと照りつける。
いくら北海道が涼しいとはいえ、夏はさすがに暑い。
三十度を越える日も増えてきたし、直射日光は躊躇なく俺とメグルの繋いだ手の温度を上げていく。
サンピアザの三階に上がれば、クレープ屋さんが目に入る。
甘いものをデザートで、食べるのも良さそうだ。
レストラン街の端まで小走りで行ったところで、メグルがぴたりと止まった。
「閉店しちゃったみたい」
メグルの呟きに顔を上げれば、パスタ屋さんは見当たらない。
和食や洋食屋さんはあるけど。
最近閉店したというより、いつのまにか閉店してたんだろう。
ガックリと肩を落として、お店を見上げるメグルに居ても立っても居られなくなってしまった。
たった一つのパスタ屋さんがなくなってるだけで、そこまで悲しそうな顔をされると胸が痛くなる。
「あ、地下! 地下にあるパスタ屋さんにしよ」
代替え案を提案しながら、メグルの手を引いて走る。
少しでも、ここから遠ざけたかった。楽しみにしてたんだろう。
それくらい、メグルの落ち込み具合は酷かった。
地下のパスタ屋さんは、ラッキーなことにすんなり入れた。
メニューを見ながら、目の前のメグルの様子を確認する。
少しだけ機嫌は直ったようで、メニューの上でくるくると人差し指を動かしていた。
「決まったら教えて」
「ボンゴレビアンコ」
「決まってたのかよ」
「だって、おいしかったんだよ。今のサトルにも食べさせたかったなぁ」
ボンゴレビアンコ。
アサリのなんかおいしいやつ。
パスタをそもそも食べること自体少ない。
あるとしても、母さんが作ったナポリタンくらい。
ぼうっと考えながら、メニューを決める。
メニュー数があまりにも多すぎて、目が回りそうだった。
ナポリタンにしよう。
いつも食べ慣れてるやつがいい。
ナポリタンにする、と言いかけて、メグルの目の動きに気づく。
ボンゴレビアンコとは、言っていたが迷ってるらしい。
もう一つは、たこのペペロンチーノだった。
悪くない。うん、それにしよう。
「俺はたこのペペロンチーノにするから、一口交換しないか?」
「いいの? なんだかサトルも心が読めるみたいだね」
そんだけ、わかりやすく目で追ってたらな。
ふふっと笑ってから、店員さんに注文を済ませる。
メグルはソワソワと厨房の方を眺めたり、メニュー表を開いたり閉じたりを繰り返していた。
いつも以上に、落ち着きがない。
俺の視線に気付いたのか、パタンとメニュー表を閉じて立てかける。
そして、俺の目を見つめて問いかけてきた。
「サトルはさ。忘れられることと、自分が忘れること、どっちが辛いと思う?」
「さっきのプラネタリウム?」
「そうだけど、そうじゃない」
忘れられること、と、自分が忘れること。
しんどいのは、忘れられることな気がする。
でも、その相手が誰かによるだろう。
大切な人に、忘れられるのもしんどい。
でも、大切な人にそんな思いをさせるのも嫌だ。
難しい問いかけに、ぐうっとお腹の音が鳴った。
「私は、自分が忘れることの方が怖かった。覚えていれば、相手に思い出してもらう努力ができるでしょ? でも、今は忘れられることの方が怖い」
ぽつりと伝えられた言葉に、ため息が出る。
メグルは、努力でその恐怖を打ち勝つという選択肢を。
俺が見えていなかった選択を思いついたのか、という感嘆のため息だった。
それでも、忘れられることの方が怖い。
覚えていて欲しいとか、メグルの言葉に、また疑問が募る。
「誰かと仲違いでもして、忘れられてんのか?」
「そういうのじゃないよ」
「じゃあ、俺が将来、メグルのこと忘れるの?」
俺の問いかけに、メグルは小さく頷く。
心が読めて、将来が見える。
メグルは属性てんこ盛りだな。
そう言いかけた。でも、嘘じゃないような表情だ。
正解を見つけられずに、黙り込む。
メグルみたいに心が読めたら、正解を答えられたんだろうか……。
「サトルには覚えてて欲しいなぁ、なんて!」
湯気の立つパスタが目の前に届いたのに、二人とも手をつけられない。
ただ、静寂の中見つめあって、そのままメグルの瞳に吸い込まれるような気がした。
どうしてかは、わからない。
昨日の夜はあんなに楽しそうにしていたのに。
腕時計をちらりと確認して、メグルは俺の手を引いて走り出す。
攻守逆転だ。
俺が、メグルを珍しく引っ張っていたのに。
いつもみたいに、タッタッタと走って俺を急かす。
「もう時間だよ、早く見に行こう」
「はいはい」
プラネタリウムが楽しみなことは、どうやら本当だったらしい。
二人で一階に降りれば、プラネタリウムの部屋はもう開放されていた。
当日券を渡して、二人で中の座席に座る。
静かな音楽が流れる中で、二人きりになったみたいに錯覚するような暗さだ。
それでも、ガヤガヤと話し声は小さく耳に響いていく。
「楽しみだね」
「プラネタリウムなんて、小学生以来だけど、今ってお話時たてなんだな」
「小さい頃もそうだったのかもよ?」
「全然、記憶にないけどな」
時間になり、上映が始まる。
二人で真上を見上げながら、星の解説に耳を澄ませた。
お話は小さい女の子が、自分の知ってる星を探しにいく内容だった。
迷子の女の子は自分の記憶を探すために、おじいさんのアドバイスで夜空の旅に出る。
子ども向けのような内容だと思ったけど、隣のメグルは真剣に星空を見つめている。
瞳が、微かに光ってるように見えた。
いつのまにか話は進んでいる。
女の子は記憶を取り戻し、友だちや家族と感動の再会をしていた。
今の夜に見られる星の解説が、始まる。
「今日帰ったら探してみよっか」
メグルが俺の耳元で、囁く。
今日は夜までコースなのか。
全然知らなかったけど。
肯定も否定もしないままで居れば、メグルはまた「冗談だよ、もう」と小さく笑った。
先ほどまでの、瞳の潤みは気のせいだったことにしよう。
気づかなかった。
何も、気づかなかった。
プラネタリウムの部屋から出れば、メグルは「お腹空いたー! 何食べよっか?」といつもの表情をする。
メグルが食べたいものなら、なんだっていい。
俺は、嫌いなものも、好きなものもないから。
「メグルは、何が食べたい?」
「んー、パスタの気分! あ、いいとこあるよ!」
「いいとこ?」
「お絵描きできるパスタ屋さん!」
「じゃあ、そこで」
お絵描きができるパスタ屋さん……
パスタで、絵を作るんだろうか?
不思議に思いながらも同意すれば、メグルはまたパタパタと走り出す。
いつだって、走るのはくせなんだろうか。
いつか聞いてみたら、どんな答えが返ってくる?
青少年科学館の外に出れば、日差しがガンガンと照りつける。
いくら北海道が涼しいとはいえ、夏はさすがに暑い。
三十度を越える日も増えてきたし、直射日光は躊躇なく俺とメグルの繋いだ手の温度を上げていく。
サンピアザの三階に上がれば、クレープ屋さんが目に入る。
甘いものをデザートで、食べるのも良さそうだ。
レストラン街の端まで小走りで行ったところで、メグルがぴたりと止まった。
「閉店しちゃったみたい」
メグルの呟きに顔を上げれば、パスタ屋さんは見当たらない。
和食や洋食屋さんはあるけど。
最近閉店したというより、いつのまにか閉店してたんだろう。
ガックリと肩を落として、お店を見上げるメグルに居ても立っても居られなくなってしまった。
たった一つのパスタ屋さんがなくなってるだけで、そこまで悲しそうな顔をされると胸が痛くなる。
「あ、地下! 地下にあるパスタ屋さんにしよ」
代替え案を提案しながら、メグルの手を引いて走る。
少しでも、ここから遠ざけたかった。楽しみにしてたんだろう。
それくらい、メグルの落ち込み具合は酷かった。
地下のパスタ屋さんは、ラッキーなことにすんなり入れた。
メニューを見ながら、目の前のメグルの様子を確認する。
少しだけ機嫌は直ったようで、メニューの上でくるくると人差し指を動かしていた。
「決まったら教えて」
「ボンゴレビアンコ」
「決まってたのかよ」
「だって、おいしかったんだよ。今のサトルにも食べさせたかったなぁ」
ボンゴレビアンコ。
アサリのなんかおいしいやつ。
パスタをそもそも食べること自体少ない。
あるとしても、母さんが作ったナポリタンくらい。
ぼうっと考えながら、メニューを決める。
メニュー数があまりにも多すぎて、目が回りそうだった。
ナポリタンにしよう。
いつも食べ慣れてるやつがいい。
ナポリタンにする、と言いかけて、メグルの目の動きに気づく。
ボンゴレビアンコとは、言っていたが迷ってるらしい。
もう一つは、たこのペペロンチーノだった。
悪くない。うん、それにしよう。
「俺はたこのペペロンチーノにするから、一口交換しないか?」
「いいの? なんだかサトルも心が読めるみたいだね」
そんだけ、わかりやすく目で追ってたらな。
ふふっと笑ってから、店員さんに注文を済ませる。
メグルはソワソワと厨房の方を眺めたり、メニュー表を開いたり閉じたりを繰り返していた。
いつも以上に、落ち着きがない。
俺の視線に気付いたのか、パタンとメニュー表を閉じて立てかける。
そして、俺の目を見つめて問いかけてきた。
「サトルはさ。忘れられることと、自分が忘れること、どっちが辛いと思う?」
「さっきのプラネタリウム?」
「そうだけど、そうじゃない」
忘れられること、と、自分が忘れること。
しんどいのは、忘れられることな気がする。
でも、その相手が誰かによるだろう。
大切な人に、忘れられるのもしんどい。
でも、大切な人にそんな思いをさせるのも嫌だ。
難しい問いかけに、ぐうっとお腹の音が鳴った。
「私は、自分が忘れることの方が怖かった。覚えていれば、相手に思い出してもらう努力ができるでしょ? でも、今は忘れられることの方が怖い」
ぽつりと伝えられた言葉に、ため息が出る。
メグルは、努力でその恐怖を打ち勝つという選択肢を。
俺が見えていなかった選択を思いついたのか、という感嘆のため息だった。
それでも、忘れられることの方が怖い。
覚えていて欲しいとか、メグルの言葉に、また疑問が募る。
「誰かと仲違いでもして、忘れられてんのか?」
「そういうのじゃないよ」
「じゃあ、俺が将来、メグルのこと忘れるの?」
俺の問いかけに、メグルは小さく頷く。
心が読めて、将来が見える。
メグルは属性てんこ盛りだな。
そう言いかけた。でも、嘘じゃないような表情だ。
正解を見つけられずに、黙り込む。
メグルみたいに心が読めたら、正解を答えられたんだろうか……。
「サトルには覚えてて欲しいなぁ、なんて!」
湯気の立つパスタが目の前に届いたのに、二人とも手をつけられない。
ただ、静寂の中見つめあって、そのままメグルの瞳に吸い込まれるような気がした。
12
あなたにおすすめの小説
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
昔義妹だった女の子が通い妻になって矯正してくる件
マサタカ
青春
俺には昔、義妹がいた。仲が良くて、目に入れても痛くないくらいのかわいい女の子だった。
あれから数年経って大学生になった俺は友人・先輩と楽しく過ごし、それなりに充実した日々を送ってる。
そんなある日、偶然元義妹と再会してしまう。
「久しぶりですね、兄さん」
義妹は見た目や性格、何より俺への態度。全てが変わってしまっていた。そして、俺の生活が爛れてるって言って押しかけて来るようになってしまい・・・・・・。
ただでさえ再会したことと変わってしまったこと、そして過去にあったことで接し方に困っているのに成長した元義妹にドギマギさせられてるのに。
「矯正します」
「それがなにか関係あります? 今のあなたと」
冷たい視線は俺の過去を思い出させて、罪悪感を募らせていく。それでも、義妹とまた会えて嬉しくて。
今の俺たちの関係って義兄弟? それとも元家族? 赤の他人?
ノベルアッププラスでも公開。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません
竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──
幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。
四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……?
どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、
「私と同棲してください!」
「要求が増えてますよ!」
意味のわからない同棲宣言をされてしまう。
とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。
中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。
無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる