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最後の一瞬まで-1
しおりを挟む小樽旅行の日。
昨日は考えすぎて、あまり眠れなかった。
身体がついムズムズとして動いてしまったんだ。
もし、メグルが今回も消えてしまうのだとしたら、俺は明日の朝一人で起きるんだろうか。
答えは出ないけど、メグルを待ってる間中考えてしまう。
札幌駅の改札前は、多くの人が出ては入ってを繰り返している。
幸せそうなカップルも、何人も目に入った。
メグルとの未来が、あの人たちのように来ればいいのにと願ってしまう。
「お、ま、た、せ!」
どんっと背中に衝撃を受けて、振り返ればメグルが珍しく大きいリュックを背負っていた。
短パンにTシャツというラフな格好ですら、可愛い。
やっぱり、俺はどうかしてる。
どんな姿でも、メグルだけ、 他の人と違って輝いて見えてしまう。
「行こう?」
当たり前のように、右手を差し出される。
そして、自然と恋人繋ぎのように指を絡めた。
それでも「消えないでくれ」と願う言葉は、口には出せなかった。
「小樽観光どこいきたい?」
「えー? 海、見る?」
「海、好きなの?」
「絵になる、かなぁって」
俺と繋いだ手をブラブラと揺らしながら、メグルはキョロキョロ周りを見渡す。
絵にはなるだろう。
跳ね上がる水飛沫と、メグル。
想像しただけで、絵が描けそうだった。
改札を通り抜けて、小樽行きの快速エアポートのホームを探す。
四番ホームの電光掲示板に小樽行きの文字を見つけて、メグルの手を引く。
「四番ホームだって」
「はいはーい」
いつもと様子が違うのは、今日が最終日だって意識してるからだろうか。
俺は、普通通りに笑えてる?
メグルの不安を、増やしてない?
不安になりながらも、頭の中で考えを消す。
今日だけは、考えないって決めたから。
ホームに上がれば、電車はすでに停まっていた。
エスカレーター付近はやっぱり混雑してるようで、座れそうな席はない。
「前の方行こうよ!」
メグルの提案に頷いて、前の方へ向かえば二人で座れそうな席を見つけた。
リュックを網棚の上に載せて、メグルがちょこんと座る。
俺もその隣にリュックを上げてから、メグルの横に座った。
「スケッチブック、書いてきた?」
「もちろん! ホテルに着いたら渡すよ」
「おう」
ホテルは小樽築港駅から降りれば、すぐの商業複合施設の中に入ってると兄ちゃんが言っていた。
荷物だけ先に預けて、近くの海まで歩く予定だ。
「小樽駅の方まで観光行く?」
「うーん、サトルはどうしたい?」
こんな時まで俺のしたいことを確認するメグルに、少しだけもやっとする。
最後くらい自分のやりたいこと、ワガママを言ってくれればいいのに。
そんなに、俺は信用ないかと聞きたくなってしまった。
メグルの顔を横から覗き込めば、違うことに気づく。
メグルはもう何回も、繰り返してるからこそ俺の意見を聞きたいんだ。
俺を振り回してるって、自分で言っていたから……
「メグルがいいならいいよ。とりあえず海見てから考えよ」
「うん、そうしよー」
発車の合図とともに、電車がゆっくりと進み出す。
メグルはソワソワとして、振り返って大きな窓を見つめた。
「海、どれくらいで見えてくるかな」
「小樽は行ったことないの?」
「うん、行こうなんて思いつきもしなかった」
「水族館とかもあるのに?」
不思議に思いながら問い掛ければ、メグルは小さく頷いて照れたように目を伏せた。
まっすぐな長いまつ毛を見つめてしまう。
俺の視線に気付いたのか、両手でメグルは俺の眼を塞ぐ。
「見過ぎ! 溶けちゃう!」
「そんな見てないだろ」
むくれて、窓の方に目を移せば、建物が通り過ぎていく。
どんどん、遠くに行くみたいで、寂しさが胸の中に広がった。
「札幌から出ようと思わなかったんだよね。だから札幌から出たらどうなるか、わかんないんだ」
「もう一人のメグルも札幌から出たことないってこと?」
どうなるかわからない。
もし、予定よりも早く消えてしまったら。
俺は、俺が軽率に誘ったせいでときっとずっと後悔する。
不安が繋いだ手のひらから伝わってくるようで、背中がピリピリとした。
だから、手を強く握りしめる。
きっと大丈夫。
消えることはない。
確かにメグルはここにいる。
「うーん、小樽は行ったことないだけで、千歳とか、東京とかは行ってたはずだけどね。夏休み中は、札幌を出てないんだよねぇ」
メグルの肩が微かに震えていた。
だから、繋いだ手を引っ張って、自分の近くに引き寄せる。
大丈夫。
繋いでるから、俺が思ってるから、メグルを見つめてるから。
消えないよ。
「あはは、サトルの方が不安になってやんの」
「そんな言い方されたら怖くもなるだろ」
「きっと大丈夫。だって、サトルの心臓の音まで聞こえてるもん」
耳をそっと俺の胸にくっつけて、メグルは目を閉じる。
窓から注ぎ込む光を浴びて、メグルの頬がきらりっと光って見えた。
「次は、ほしみ、ほしみ」
電車のアナウンスに、出入り口を見つめる。
札幌の郊外に来たようで、降りる人も、乗る人もまばらだ。
メグルと繋いでる手はまだ、感触がある。
「次あたりから海見えるかな!」
メグルの言葉に、頷いてから窓の外を見つめた。
どんどんと移り変わっていく景色が、海を映し始める。
波が寄せては返す様子に、息を呑む。
海沿いのカフェや、サーフボードの置いてある民家。
様々なものに目を奪われていれば、隣のメグルがわあっとも、おぉっとも取れる声を出した。
「すごいね、海の街って感じ」
「もう小樽入ったみたいだぞ」
「札幌出れたんだぁ……知らなかったなぁ」
「海もキレイだな」
後悔するような切ない声色だから、つい、言葉を被せてしまった。
メグルは俺の気持ちを察したのか、むふっと口元を緩める。
そして、また俺の胸に頭を預けて、小声で喋り始めた。
「海は直接見るまであとは、お預けにしとこっと」
「楽しみってことでいいか?」
「楽しみじゃないことある? だって、彼氏との初めてのお泊まりだよ」
今更な言葉に、俺の体温が上がる。
彼氏と明確に言葉にされたことも、初めてのお泊まりという言葉にも。
どちらにも緊張してしまった。
急にガチガチに固まって前を見つめる俺に、胸元でメグルはすりすりと頭を擦り付ける。
「いきなり緊張し始めてるー」
「しょうがないだろ!」
「今まで、好きだった子とか、付き合ってた子とかいなかったの?」
聞かれて、考えてみたけど思い当たる人はいない。
初恋すら、まだだった。
初めての恋で、初めての彼女だった。
それを答えようとすれば、メグルはぱっと起き上がって、俺と反対方向を見つめる。
「やっぱ、答えなくていい!」
「なんでだよ」
「聞きたくない、聞きたくなーい!」
手を繋いだまま、耳を塞ぎ始める。
そんな姿すら、可愛くて、ぎゅっと握りしめた手を下ろさせた。
「いません」
耳元で答えれば、「へ?」と不思議そうな声を出して、俺の方を見上げる。
隣り合う席に座ってしまったせいで、やっと目が合った。
「好きな子も?」
「好きな子も、付き合った子も、メグルだけ」
「なにそれ、私だけ? やだ、嬉しい、いや、嬉しがっちゃダメ?」
一人で舞い上がって、いきなりしゅんとする。
初めての恋だから、傷が大きくなるとでも不安になってんだろうな、と想像がついた。
読み取れてしまった感情に、メグルとの時間の濃さを実感する。
最初はメグルに振り回されて始まった、二人の時間。
それでも、日を追うごとに、心は読めないにしてもメグルの考えはなんとなくわかるようになってきた。
「喜んでいいんじゃない?」
きっと、俺にとっては一生の初恋だ。
永遠にメグルが心の中に居ると思う。
だからこそ、メグルのループは終わりかけているんだから。
言ったら、喜んでくれそうだなと思ってしまう。
そのあと、今後を考えて悲しそうな顔で、「新しい人見つけるんだよ」とかも言いそうだ。
俺の想像は、正解だったようで。
「でも、私が消えたら。早く新しい人見つけるんだよ」
「流石に怒るぞ」
「だって、恋の傷は恋で埋めるっていうでしょ」
メグルの言葉に、ムッとして目を吊り上げる。
しゅんっとした頭に、耳が一瞬見えた。
犬系だと思うという言葉も、あながち間違いじゃない気がする。
「今は俺の彼女はメグルさんなんですが?」
「うっ、ごめんなさい」
「恋人としてデートしてるんですけど?」
「ごめんってば」
「もう言わない?」
できるだけ優しい言葉で問い掛ければ、いつもの表情に戻る。
猫みたいに気ままで、まんまるな目で、可愛い笑顔で。
「気をつけまーす」
「よろしい」
「ふふ、なんだかんだ、私に甘いよね」
「好きだからな」
「すぐそういうこと言う!」
「俺のこと好きじゃないの?」
シュンっとしたふりをしてみれば、メグルは慌てたように口をあわあわと動かす。
そんな姿に、意地悪心が少しだけ湧き上がった。
「好き、ですよ」
掠れた裏返った声すら愛しくて、この一瞬を俺は、一生忘れないでいたいと思った。
あとで、絵に描き残しておこう。メ
グルは、もしかしたら嫌がるかもしれないけど。
一生、残ってくれればいい。
そう願うほどに、残酷にも、時間の有限さを実感してしまう。
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