猫みたいな君と、さよならばかりの夏休みを

百度ここ愛

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最後の一瞬まで-2

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「あ、次、小樽築港駅だって」

 メグルは先ほどの言葉を掻き消すように、わざとらしく指さして呟く。
 俺は噛み締めたまま、メグルの手を引っ張った。

「海、見れるね」
「うん、荷物だけ、先に預けちゃおうか」
「そうしようか。リュック重い?」

 持とうかという意味で問い掛ければ、メグルは首を横に振る。
 強がってる様子もない。
 だから俺は自分のリュックを片手に、メグルと繋いだ手は離さずに電車を降りた。

 ホームは潮風の匂いがして、海に来たことを実感させる。
 夏だと言うのに強い風が吹きつけて、顔を掠めていく。

「海の匂い」
「しょっぱいな」

 ふざければ、メグルはまんまるの目で、俺を見つめる。
 ふざせけた、だけなのに。

「確かにしょっぱい気もする」

 頷いてくれるから、そんな姿すら胸をじんっとさせた。
 二人で駅の改札を抜ければ、大きな観覧車の横を通り抜けて連絡通路がつながっている。
 どうやら、建物の外に出ることなく、ホテルに辿り着けそうだ。

 商業施設の中は、夏休みだからか子ども達の活気で賑わっていた。
 わーきゃーとはしゃぐ子どもにぶつからないように、まっすぐ進む。

 途中には、お寿司のパックや、焼き立てワッフルなど、おいしそうなメニューが並んでいた。
 甘いメイプルシロップの香りにつられて、メグルがフラフラと寄っていく。

「おいしそー」
「荷物置いたら、買いに来よっか」
「そうする! 早く行こ!」

 焦るように、急に走り出したメグルの後ろ姿を追いかける。
 今までのように生き急いでる走り方ではなく、純粋に待ちきれないと言う表情だった。
 走ることだけで不安になっていた自分を恥じながら、足を早める。

 メガネ売り場の横に、ホテルの案内を見つけた。
 曲がって入れば、広い空間にキラキラと輝く照明。
 想像していたよりもしっかりとしたホテルの内装に、少しだけビビってしまう。
 兄ちゃんがプレゼントしてくれたとはいえ、高いホテルなんじゃないんだろうか。

 フロントに近寄れば、「いらっしゃいませ」と静かな声が空間にこだました。
 メグルと繋いでいた手を離して、兄ちゃんからもらった紙を渡す。

「ご予約の原田さまでございますね。お待ちしておりました」

 丁寧な言葉遣いに、どきんっと胸が脈打つ。
 ふぅっと深い息を吐き出してから、向き合えば優しい表情。

「荷物を先に預かってほしくて」
「かしこまりました。そのままお部屋の方にお持ちいたします。受付をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「お願いします」

 出された用紙に名前を記入していけば、受付のお姉さんは小さい番号が振られたプレートを手渡してくれた。
 受け取れば、メグルが近づいてくる。

「私のもお願いします」
「承りました。お部屋のカギは十四時以降のお渡しとなりますので、近くの従業員にお声がけくださいませ」
「はい」

 軽くなった身体で、大きく頷けば、「いってらっしゃいませ」と爽やかな声が背中を押す。
 メグルが一瞬俺を見て、「行こう!」と手を引く。

 海に、メグルが気になってたワッフルに、色々楽しまなくちゃ。
 最後の日だと言うことは、今だけは忘れて。

 ホテルを出て、先ほどのワッフルの店へと戻る。
 メグルはショーケースの前で、どれにしようか悩み始めた。

「サトルはどれにするー?」
「メグルが食べたいやつ二つ選んでよ。半分こずつしよ」
「えー、じゃあイチゴと、クッキークリーム」

 店員さんが、にっこりと笑顔で二つ手渡してくれる。
 大事に両手で、持ちながらメグルは嬉しそうに飛び跳ねた。

「おいしそうだねー! せっかくだから、海見ながら食べよ? ダメ?」
「ダメなわけないだろ」

 それに……そんな可愛いお願いを断るわけないだろ。
 口にはできず、こくこくとただ頷いて、メグルと外に出る。
 すぐ目の前には、真っ青な海が広がっていた。
 近くにある公園が目に入る。

 滑り台の遊具や東屋もあるようで、ゆっくりと食べるにはぴったりだった。
 二人で道路を渡って、東屋のベンチに腰掛ける。

「まずはイチゴー!」

 嬉しそうにハムっと食べる姿は、猫というよりもハムスターみたいだ。
 クッキークリームは俺に渡してくれたけど、今は食べるよりもメグルを見つめていたかった。

 口の横にストロベリーソースをつけたまま、メグルは「ふぁに」と不満そうに口にする。
 慌ててクッキークリームを食べれば、甘いクリームとクッキーのジャリジャリ感が口の中に広がった。

「お返し!」

 そう言いながら、俺の唇を見つめる。
 気まずくて、顔を逸らせば「ほらぁ」と勝ち誇った声が聞こえた。
 勝ち誇るように言われても、嬉しくなってしまうのだから、もうどうにもならない。

 一挙一動が、全てが、愛おしい。

「一口ちょーだい」
「はい」

 メグルの方を見ないようにしたまま、差し出す。
 手をぐいっと引っ張られた。
 近い距離で目があって、身体全てが心臓になったみたいに、バクバクと脈打つ。

「クッキークリームもおいしいね! はい、いちご!」

 口元までずいっとワッフルを近づけられて、一口。
 当たり前のようになってきた一口が、今どれだけ嬉しいか、メグルは知らない。

「おいしいでしょ?」
「うん、うまい」
「へへへ、私センスある!」

 本当にあるよ。
 あると思う。
 メグルが選んだものに、ハズレは今までひとつもなかった。
 俺は、全部好きだった。
 だから、俺ら感覚が近いんだよ。

 そこまで考えて、一人でメグルのことばかり考えている自分を笑ってしまいそうになった。
 頭がおかしくなったみたいだ。
 こんなに誰かを好きになって、脳みそを焼かれるくらい、誰かのことばかりを考えるようになるなんて。
 あの時の俺は、思いもしなかったな。

 ぺろりと平らげたメグルは、海の遠くをじっと見つめる。
 そして、「あっ」と声をあげて紙袋を取り出した。

「はい、写真撮って! あ、あと、一個だけお願いしてもいい?」

 唐突な提案に、驚きながらも頷く。
 メグルのお願いはなんでも叶えたかった。
 俺ができることであれば。
 波が寄せる音が響いて、潮風が前髪を吹き上げる。

「目の前で一枚だけ描いて欲しい」
「え?」
「ダメ、かな?」

 メグルは紙袋の中から、新しいスケッチブックを取り出す。
 そして、一緒にえんぴつも並べた。

「これに。あ、写真は私が撮っておくから、スマホ貸してよ」

 いいとも、ダメとも答えていないのに、もう決まってることになったようだ。
 ダメと答えるつもりは、元からなかったけど。
 メグルのお願いはなんであろうと、叶える。
 そう決めていたから。

 新品のスケッチブックかと思えば、一番最初のページに犬とも猫とも、見える小さい動物が描かれている。
 横に「にゃあ」と書かれているから、多分猫だけど。

「あ、それは見ないで!」

 両手でパッとメグルが隠す。
 メグルの味のある絵が、素直に可愛い、と思った。

「可愛くていいじゃん」
「恥ずかしいから、早く次のページにして」
「えー?」
「あとスマホ、早く貸してよ」

 スケッチブックを一枚べらりとめくってから、俺に片手を突き出す。
 スマホのロックを解除して渡せば、カシャ、カシャと音を立てながら俺があげたスケッチブックの写真を撮り始めた。

「描かないの?」
「何を描くんだよ」

 答えてから、あの電車の中のメグルの照れた表情にしよう、と勝手に考える。
 残したい景色は全部、メグルだから。

 せっかくなら、海をバックに描こう。
 そう思った瞬間に、手は勝手に動き出す。
 シャッシャッとえんぴつが走る音と、波のざざんっという音だけが重なり合う。

「見てて楽しいなぁ。ずっと、見ていたい」

 メグルの言葉が聞こえて、顔を上げたくなった。
 それでも、完成させる方を優先して手を動かす。
 いつもよりも筆が走るのは、実際にメグルが隣にいるからだろうか。

 

 カシャっという音がしなくなった頃、海の前で好きだと呟くメグルの絵は完成した。

「やっぱ、サトルの絵は優しいよ」
「優しい?」
「幸せな雰囲気がしてる」

 メグルが嬉しそうに、紙をそっと撫でる。
 背中がむずむずとしてきた。
 メグルとのデートをしにきたはずなのに、つい描くことに夢中になってしまった。
 ぐううと主張するお腹が、時間経過を責めたていている。

「ごはん、何食べよっか? やっぱ海鮮かな」
「メグルは海鮮好きなの?」
「大好き! マグロもエビも、ホタテも美味しいよね。サトルはあんまり海鮮って言わないけど」

 そりゃあそうだ。
 好きでも嫌いでもない。
 どちらかといえば、肉の方が嬉しい、くらいの位置付けだ。
 でも、メグルが好きだというのなら、今日からきっと好きになる。

 俺の選んできたものが、だんだんメグル基準になってきてることに気づいて、一人で嘲笑してしまう。
 恋にうつつを抜かしてバカみたいだ。
 でも、それが心地よい。

「写真は全部撮ったから……見るなら私がいない時にしてね!」
「なんでだよ」
「恥ずかしいから」

 きゃっとふざけたように、顔を手で覆う。
 それでも、本当にそれを望んでるのはわかったから、仕方なく頷いた。
 いない時。
 それは、メグルが消えた後、ということだろう。

 わかっているのに、ズキズキと胸の真ん中が痛む。
 一生、今日だったらいいのに。
 終わらなければいいのに。
 ずっと、手を繋いでいれたらいいのに。
 時間を止められたら、いいのに……

「海鮮丼、食べに行こ!」

 メグルは俺の気持ちに気づいてか、気づいていないかわからない。
 それでも、ぐいっと手を引く。
 そしめ、大切そうに先ほどのスケッチブックと、えんぴつを紙袋にしまいこんだ。

 二人で先ほどの商業施設に戻れば、メグルはスマホで飲食店を調べる。
 たくさんの海鮮のお店が出てきたけど、何個も同じ名前だった。

 一番近い店に二人で向かえば、黒っぽい門がお出迎えをしてくれた。
 店の前のメニューには、うなぎや、そばとのセット、お寿司や、天丼まである。

「迷っちゃうねぇ」

 そういう割に、目は海鮮丼に釘付けだった。
 俺も、そんな横顔に目を奪われているけど。
 二人で入れば、食事をするには少し遅い時間になっていたらしい。
 人はまばらで、店内では微かな話し声だけが聞こえた。

 メニューをペラペラとめくりながらも、何度もメグルは海鮮丼のページに戻る。

「何と悩んでるの?」
「んー? 悩んでないよ、サトルはどれにするかな、って予想してた」
「そっちか!」

 ふふっと微笑んで、メグルは何度もメニューを行ったり来たりしている。
 俺の選ぶものなんて、もう決まっているんだけど。
 心が読めなくなったメグルは当てられるんだろうか?

 気になりつつも、黙って答えを待つ。

「せーので、指さそ!」
「いいよ」
「じゃあ、せーの!」

 メグルが開いたのは天丼のページで。
 俺は、海鮮丼とそばのセットを指さした。

「えっ、うっそぉ」

 メグルが二種類で悩んでるなら、もう片方を選ぶつもりだった。
 そうじゃないなら、同じものを味わいたかった。
 驚きながらも、メグルは「そっかぁ」と肩を落とす。
 もしかしたら、天丼も食べたかったのか?

「外しちゃったぁ」

 そっちに落ち込んでいたのかよ。

 どうしようもないやりとりなはずなのに、楽しくて仕方ないのは相手がメグルだからだろう。
 店員さんに同じメニューを注文すれば「仲良しだね」というように、目配せをされた。

 仲良し、だよな。
 何十年と一緒にいる。

 メグルは、メニューを見るのを飽きたらしい。
 ごくごくと水を飲み始めた。
 喉が動く姿すら、目に焼き付けたいのは、もう変態くさい。
 自分でも、こんな自分にドン引きだ。

「サトルは海鮮食べないと思ったんだけどなぁ」
「せっかくだから、同じ味を味わってみたかったんだよ」
「そういうことね、今まで、同じもの注文したことないよね、私たち」

 好みの違いをキッパリと口にされたようで、胸が軋む。
 同じ好みだといいなと思ってるよ。
 誰よりもメグルに近い人でありたいから。
 でも、俺とメグルは育ってきた環境も、生きてきた日々も違う。

「でも、分け合えてよかったよね。それも」
「それも、そうだな」

 メグルの言葉に、ハッとする。
 俺らはだから毎回、一口交換をできていた。
 違う好みだからこそ、そんな楽しみがあったのか。
 実感していなかったけど……重ねてきた二人の時間を感じて、軋んだ胸は和らいだ。

「お待たせいたしました」

 店員さんの言葉で目の前に、海鮮丼が並べられる。
 頭のついたエビ、マグロ、卵、カニやイカまで入ってた。
 豪華な海鮮丼に、メグルは目をキラキラとさせて両手を合わせる。

「いただきます!」

 嬉しそうに大きな口で頬張るから、つられて俺も海鮮丼に手をつけた。

 エビも、マグロも、あんまり好きじゃないと思っていた。
 それでも、エビは甘くて美味しいし、マグロはとろっととろけるようだ。
 メグルと同じ空間で食べているから、なのかもしれないが。
 この世で一番、美味しい海鮮丼だと思った。

 そばつゆもほんのり甘くて、ネギの辛味と相まって美味しい。
 メグルは頬をゆるゆるにさせながら、一口一口味わっていた。
 俺もつられて、頬が緩む。

 同じ味を美味しく食べられてる、その事実だけで、胸がいっぱいだった。


 ご飯を食べ終わり、ホテルに戻れば準備が終わっていたようだ。
 用意されていたのはダブルベットの部屋で、さすがに兄ちゃんにやりすぎだよと言いたくなった。

 メグルはためらいなく、ベッドにダイビングする。
 そして、俺の方を振り返って、隣をトントンっと叩いた。

「気持ちいいよ?」

 湧き上がってきた邪な気持ちを抑えながら、少しだけ離れて寝転がる。
 ふわふわの布団に、厚めの枕。
 確かに、気持ちいいベッドだ。

 メグルがごろんっと転がって、太ももが触れた。
 冷たい感触に、涙が出そうになるのを堪える。
 メグルが本当に、この後消えてしまうことを……
 まるで俺に伝えてるみたいで、悔しかった。
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