猫みたいな君と、さよならばかりの夏休みを

百度ここ愛

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君の正体-3

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 わざとらしく張り上げた声で玄関を開ければ、驚いた兄ちゃんが部屋から顔を出した。
 そして、俺の後ろにいるメグルと目が合ってる。
 微かな記憶でもいい、もっと、思い出してくれ。
 そして、メグルを少しでも安心させてくれればいい。

「初めまして」

 メグルの不安そうな言葉に、被せるように兄ちゃんに紹介の言葉を投げつけた。

「俺の恋人!」
「メグルちゃん」

 兄ちゃんは、ぽつりとメグルの名前を呼んだ。
 そして、小さな声で「ごめんね」と口にした。
 メグルはわぁっと泣き出して、玄関にへたり込んでしまった。

「メグル?」
「メグルちゃん?」

 俺と兄ちゃんの言葉が、重なる。
 部屋から顔だけ出していたのに、慌てて駆け寄って兄ちゃんはメグルの前で膝をついた。

「メグルちゃん、汚れちゃうからとりあえず、立って」

 手を差し出す兄ちゃんにちょっとだけ、嫉妬心が芽生えてしまう。
 だから、俺がメグルの手を優しく引いた。
 崩れ落ちそうなメグルの肩をしっかり抱きしめて、並ぶ。

「覚えてるんですか」
「微かに、ね。サトルのことが心配だって言ったら仲を取り持ってくれようとしなかった?」
「毎回、毎回、してました」

 ぐっと詰まる声で答えるメグルに、俺の声まで詰まってしまう。
 あぁ、俺の記憶に残っていないだけで、メグルはいつだって俺と兄ちゃんの縁を結び直してくれていたんだ。

 兄ちゃんの目にも、うっすらと雫が見えた気がした。
 バレていると気づかれたらきっと、兄ちゃんは隠すだろう。
 だから見えていないふりをして、メグルの震える肩だけ見つめていた。

「そっかぁ、いつも、ありがとうメグルちゃん」
「いえ、でも、今回は」

 ちらりと俺と兄ちゃんを見比べてから、メグルは首を横に振った。
 今回はとか、今までは、とか、どうでもいいよ。
 いつも、メグルが俺と兄ちゃんを繋げてくれていたのは事実だ。
 兄ちゃんも同じ考えだったようで、メグルの手を握りしめて「ありがとう」と力強く答えた。

 そして……

「そんなメグルちゃんに、プレゼント」

 スッと差し出されたのは、A4サイズの何か印刷された用紙。
 俺も覗き込めば、小樽の駅中にあるホテルの予約履歴だった。

「二人きりの時間を過ごしなよ」

 日付はちょうど、メグルが消える前日だった。
 最後の時間を二人きりで過ごせる。
 メグルが嫌じゃなければだけど。

「受け取れません」
「どうして」
「だって、私は消えちゃうだけで。そんな私にお金も時間も使わせたくないです」

 メグルはフルフルと力なく、首を横に振る。
 俺は、メグルと二人の時間を過ごしたい。
 兄ちゃんに全部甘えるのは、嫌だけど。

「この日しかないんだ、父さんも母さんも出かける都合のいい日。だから、メグルちゃん、そんな理由なら、お願いだからサトルに思い出を残してあげてほしい」

 兄ちゃんの言葉に、メグルはすうっと息を吸い込む。
 困ったように俺の顔を見るから、紙を奪い取った。

「最後のお願い。一緒に行ってくれませんか」
「サトルまで」
「違う理由でメグルが嫌なら諦める。宿泊代は、バイトでもして俺が兄ちゃんに返す」
「返さなくていいって」

 兄ちゃんはそういうと思った。
 それでも、どんな理由でも、条件でも、付けてでも、メグルには頷いてほしい。
 
「メグルが甘えたくないっていうなら、それくらいする。だから、お願いです。一緒に行ってくれませんか」
「わかった……」

 メグルがやっと首を、縦に振ってくれる。
 どっと力が抜けて、身体が軽くなった。
 よかった。
 これでも、断られたらどうしようかすごく考え込んでしまっていたから。

「よし、じゃあ楽しんで」

 兄ちゃんも安心したように、満面の笑みになっていく。
 メグルは何度も、何度も「ありがとうございます」と呟いた。

「兄ちゃん、ありがと。父さんと母さん帰ってくるまで、ちょっとメグルと部屋にいるよ」
「今日は遅いみたいだけど、ほどほどにな。母さんは余計なこと言いそうだし」
「兄ちゃんもそう思うんだ」

 ふっと笑って答えれば、兄ちゃんは「当たり前だろ」と肯定した。
 メグルはよくわからなそうな顔をしていたけど、別に知らなくていい。
 メグルの手を引いて、自室に向かう。
 俺の部屋に入ればメグルは「変わってないね」と口にした。

「いつもこんな感じ?」
「そんな感じ」

 口を緩めて笑うから、クッションを手渡す。
 ラグが引いてある上に、ためらいなくメグルは座ってクッションを抱きしめた。
 その仕草すら可愛くて、胸がきゅうっと締め付けられる。

 深呼吸してから、机の引き出しに閉まってあったスケッチブックを取り出す。
 さすがに本人に見せるのは、緊張する。

「これ、見てくれないか」
「なーに?」

 メグルは丸い目で、俺を見上げた。
 自分の部屋なのに、自分の部屋じゃないみたいな違和感。
 メグルがここにいて、微かに甘い香りがして。
 目の前がぐるぐると回りそうだった。

 俺のスケッチブックを開いて、メグルはじいっと見つめる。
 そして、黙ったままペラペラと捲り始めた。

 どれくらいの時間が経っただろうか。一生のように感じた気もする。
 メグルは最後まで見終わり、パタンと閉じてから俺を見上げた。

「すごいね」
「すごい?」
「こんなにたくさん描いてると思わなかった。それに、こんなにマジマジとサトルの絵を見るの初めてだから……すごくうまくてびっくりした!」
「初めてなの?」

 俺がまた絵を描き始める理由はきっと、メグルだったと思う。
 それでも、恥が優って今までの俺はメグルに見せてなかったんだろうか。

「うん、見せてくれなかったから」
「そっか。これに、文字を書いてくれる……?」
「このスケッチブック、借りてもいい?」

 一瞬、悩む。
 それでも、貸すよりもメグルにあげるほうがいい気がした。
 だから……

「あげるよ。ただ、文字書いたら写真だけ撮らせて、全部」
「くれる、の?」
「うん、二人の思い出だし。全部描いてあるのはメグルだし。あ、いや、嫌だったら断って!」

 押し付けるみたいになりそうで、慌てて断ってもいいと伝える。
 それを聞いてメグルは声を出して笑った。
 涙をぽろりと一粒こぼしてから、「うれしい」と小声で答えた。

「サトルから見た私ってこんなんなんだぁってわかって、すごい嬉しい」
「恥ずかしいから、あんまそういうこと言わないで」
「なんで! すっごく可愛く見えてるんだなぁとか思っちゃったよ?」

 可愛く見えてます。
 すごくすごく。

 素直な口に出すのは、憚られるから無言で目線を逸らした。
 メグルはすっかり調子を取り戻したようで、俺の目線の先に動いて、にまぁと笑う。

「可愛いんですね?」
「可愛い、です」
「うれしいー! 大好きっ!」

 立ち上がったかと思えば、バッと抱きついてくる。
 あの時は緊張しながらも抱きしめられたのに、今は手が硬直したように動かない。
 情けない自分に、ため息が出そうになる。

 それでも、そんな俺も含めてメグルは選んでくれたのだからいいか。
 今は、少しだけ自分の生きている価値が見えてきてる気がした。

「お泊まりの日までに、全部に書くね」
「おう」
「一回お預かりしまーす」

 どっかで貰った紙袋を探して、クローゼットを開ける。
 ゴソゴソと漁れば、案外近くにあった。
 すぐに取り出してメグルの方を振り向けば、メグルは嬉しそうにスケッチブックを何度も捲っている。
 もし、次があったとしても、持って行けたらいいのになと思ってしまった。
 メグルが寂しくないように。
 
「はい、持ってくのに紙袋あった方がいいだろ?」

 メグルはいつも小さいポシェットだけ、肩に掛けているから。
 そう思いながら渡せば、メグルは紙袋を受け取って、スケッチブックを丁寧に紙袋に入れた。

「うん、ありがと」

 いつもより明るい笑顔に、胸がザワザワとする。
 メグルを笑顔にできた安心感と、これが失われるという恐怖だろうか。
 メグルを失わないために、俺はあと何ができる?
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