猫みたいな君と、さよならばかりの夏休みを

百度ここ愛

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君の正体-2

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 あの、メグルと出会ったきっかけのホームのみたらし色の猫。
 兄だったら助けるだろうと思って、俺は助けようとした。
 身体はなかなか言うことを聞かずに固まっていたけど。
 いつもは、動けなかったのか俺。
 本当に、情けないな。

「そう。いつも助けようとして、その寸前で私が手を出してたの」
「だから、ちょっと驚いてたのかよ」
「だって、こんなに明確に違うサトルは初めてだったから」

 メグルの頬には雫がぼたぼたと、垂れ落ちていく。
 いつもの俺と違うことが、そんなに悲しい?
 一人で考えても、俺はメグルの心は読めない。
 だから、考えることに意味はないと気づく。

「どうして、悲しいんだよ」
「このループが、きっと終わるんだって思ったから」
「俺が理由なの?」

 俺が、動けないことが理由なのか。
 メグルが何度も繰り返してるのは。

「サトルが一人でもなんでもできるようになっちゃうから。もう、私要らないんだなあって」
「要らないわけないだろ」

 メグルから貰ったものは、たくさんある。
 この今の幸せな時間だって、メグルがいなければなかった。

 兄ちゃんと仲直りして相談できるような関係にもなれていなかっただろうし、自分のやりたいことを知ることもなかった。
 それに、大切な人という存在を手に入れることもなかった。

 全部、全部、メグルが俺に用意してくれたものだ。

「いつもね、サトルはお兄ちゃんのようにならなきゃって縛られてて、私の押しの強さに振り回されながら、自分の考えとか、将来を取り戻していくんだよ。でも、私がいなくても、サトルは考えられたでしょ?」

 メグルと出会ったから、だ。
 メグルがいなかったらきっと、辿り着けていない。
 違うと否定したいのに、声が出なくなった。
 メグルだけ一人で語って、俺の身体はあの時のように凍りついてる。

「サトルといるたびに、変わっていくサトルに嬉しさを覚えたの。でもね、サトルは最後は私と離れちゃうんだ。一回目からそう。夢が出来たから、私より夢を追いかけるためにどんどん、私たちの距離は開いて行く」
「それは」

 やっと出た声は、情けないくらいに小さい。
 メグルに届いてるかも不安になるくらいだった。

「ループしてるから、じゃないよ。サトルは大切なものが増えていくの。私だけじゃなくなって、私は……」

 ぼつり、ぽつり、だった雨音が、ザアアアという音に変わっていく。
 メグルを抱き寄せて、絶対そんなことは起こらない。
 なによりメグルが一番だと伝えられればいいのに。
 目の前のテーブルが邪魔で、必死に手を握りしめることしかできなかった。

「学校でのサトルのことは知らないし、学校が始まればサトルは違う世界に行っちゃうでしょ」
「同じ世界にいるだろ。休みの日だって放課後だって会える」
「そうだね、でも私は、不安で、離れたくなかったの。ずっと私だけを見てって。心の中に私を置いて欲しかったの。だから、最初の幸せな夏休みが止まればいいのにって願って願って願って、その思いだけが残っちゃった。私は私であって、私じゃないの」

 ぐっと涙を飲み込んで、顔をぐしゃぐしゃに歪める。
 場違いにも、そんな表情すら美しいと思った。
 初めて見たメグルの笑ってる以外の感情に、心が乱される。

 そして、俺だって、同じことを願ってた。
 メグルとずっと一緒に居れればいいのに。
 この時間が止まればいいのに。って。

「同じことを思ったよ、俺だって。ずっとメグルとの時間が止まればいいのに、って」
「でも私はただの残留思念。夏休みの間だけサトルの前に現れるお化けみたいなもんだよ」

 残留思念って……
 それだったら、触れらることも、味を感じることも、こんなにそばにいられることも。

「サトルが好きで好きで、時間にも取り残されちゃった! 思いが、本物の形を真似て見せてるだけの、偽物なの」
「本物は、別にいる、のか」
「んー、多分? サトルが認識してる時しか、私は存在してないから」

 時間が止まったような気がした。
 そういう意味で、願ったわけじゃないのに。
 ただ心臓が脈打つ音と、呼吸の音だけが身体を循環していく。

 なんとか絞り出した言葉は、プロポーズのようで。

「じゃあずっと一緒に居よう」
「それでも、夏休みが終わる日の前には、私は消えて、また新しい夏休みが始まるんだよ。私のことを知らないサトルに出会い直して、困ってるサトルを無理矢理誘って、また仲良くなり直すの」

 自分のことを知らない、俺に会うのはしんどくないか。
 聞きたくなって、しんどくないわけがないとわかってしまった。
 生き急ぐように、いつも走ってるのだって、少しでも俺と経験できる思い出を増やしたい思いからだろう。

「メグルは、ループから抜け出したらどうなるんだ?」

 そんな仮定、口にすべきではなかった。
 終わらないことを信じて、縋れば……
 でも、メグルもきっと、今回で最後だって思ってる。
 俺が覚えていたという違和感は、ちょっとずつ大きな変化に繋がってしまったから。

「んー、どうだろうね?」

 ある意味で、メグルの願いが叶ってしまったんだ。
 俺の心の中に、メグルがいるから。
 夢も兄ちゃんも大切なものが増えても、たとえメグルが消えても、時間が違っても、メグルが残ってる。
 残酷な事実を突きつけられて、胃の中を全て吐き出しそうだった。
 俺が忘れたくないと願えば願うほど、メグルとの時間は終わりに向かっていく。

「本物の脳の片隅に眠るんじゃないかな。なったことがないから、わからないけど」
「本物って言うなよ」

 自分が偽物みたいに、言うなよ。
 俺にとっては、本物が目の前にいるメグルなんだから。
 それでも、メグルは残酷な言葉を軽々と口にする。

「だって、私はただの残りカスだから。サトルと離れていくことに怯えて、時間よ止まれって願った後悔の残りカス」
「俺にとっては」
「本物のメグルは、サトルのこと覚えてないよ。サトルとの記憶も、出会いも、全部私が奪ったから」

 どこまでが同じ人と言えるんだろうか。
 たとえば、運良くメグルのループが終わって、俺のことを覚えてる目の前のメグルが消え去ったら。
 本物のメグルは、今のメグルと同じと言えるんだろうか。
 俺のことを知らないメグルは、メグルなんだろうか。

「頭の片隅に覚えてんなら、俺が思い出させてやる」
「無理だよ」
「俺だって、覚えてただろ! 俺の知らない俺の記憶」
「それは、奇跡に近いんだよ、多分」

 メグルは、いつもだったら俺のことを否定しないくせに。
 今日はやけに、スパンスパンと俺の言葉を切り捨てていく。
 胸に包丁を何度も、突きつけられてるみたいだった。

 でもメグルの心中の方が痛い。
 それがわかるから、つい手に力が入る。

「関係ない。一回でも奇跡を起こせたなら、何回でも起こしてやる」
「私が何万回と夏休み繰り返してやっと、なんだよ?」
「知らねーよ、なんだって覆してやる、俺はメグルとの未来が欲しい」

 口にして、心の中の何かが弾けた気がした。
 俺はメグルが好きで、メグルとずっと一緒にいたい。
 それは、同じこの夏休みをループすることではなく、未来まで、だ。
 大人になったメグルと、こんなこともあったねと言いあえる未来。

「メグルが、嫌なら教えて。俺は、メグルが好きだから、諦めないよ」
「私だって、サトルと未来が見れたら嬉しいよ」
「見させる。だから、答えて、俺のこと好き? このループを終わらせてもいいと思えるくらい、好き?」

 ずっと、二人で歩んでいきたい。
 何を犠牲にしてもいい。
 限りがある二人の時間なんて、クソ喰らえだ。
 メグルは俺の言葉に、涙をこぼして震える声で答える。

「サトルのことが好きだよ。終わっても、ずっと好き」
「わかった。もう一人のメグルに思い出させよう」

 本物という言葉は絶対に使いたくなかった。
 だって、目の前のメグルも本物だ。
 ちょっと離れてしまってるだけの。

「どうやって?」

 それは……俺が思い出したのは、SNSの下書きだった。
 偶然残っていた、違う俺の書き残し。
 それには、全部メグルの絵が載っていた。

「思い出を全部絵にしよう。それに、メグルが思い出を文字で書く」

 メグルには教えてなかったけど、俺のスケッチブックにはたくさん絵がある。
 全部、全部メグルとの思い出だ。
 本人に見せるのは、抵抗があるけどそんなことを言ってる場合じゃない。
 夏休みの終わりまで、もうあと一週間まで迫っていた。

「俺の家、今から来ないか」
「え、でも、大丈夫なの?」

 メグルの問いかけに、兄ちゃんのことを思い出した。
 これもメグルに伝えていなかった。
 メグルのことを微かに覚えていたのは、俺だけじゃない。
 兄ちゃんも、だ。
 だったら、もう、これは奇跡なんかじゃない。
 
「大丈夫だから。奇跡なんかじゃないよ。絶対に、思い出せるんだよ」

 メグルは赤くなった目を擦って、俺を見上げる。
 そして、小さく頷いた。

「信じたい」
「信じて」

 力強く言葉にする。
 自信なんかなかった。
 それでも、覆せるなら覆したい。
 俺は、何よりメグルとの未来を望んでいたから。

「サトルのお家行こう」
「おう」

 メグルの手を取って、今度は俺が走り出す番だった。
 少しでも、長くメグルと。
 多くの時間を過ごす。
 思い出を増やして、思い出せる可能性を増やしたかった。

 *  *  *

 まだ夕方には早い時間なのに、空は夜の色に近づいてきている。
 歩き慣れた道をメグルの手を、引いて走った。
 息が上がるし、汗は吹き出ている。

 自宅が見えてきて、灯る灯りに少しだけ安堵した。
 今日は母さんも父さんも、まだ帰ってきていない時間のはずだ。
 帰ってきていても、胸を張って紹介しよう。
 俺の恋人です、って。
 覚えててくれる人は、一人でも多い方がいい。

「ただいま!」

 
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