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第十五話 ネットの海から君を探し出す

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 マリンがどこかにいる気がして、ネットの海に潜る。
 海の動画ばかり見てしまうのは、マリンの名前のせいだろうか。
 海夢のSNSアカウントは復活してない。
 俺の、マリン宛の動画が届いたかもわからなかった。

 でも、視聴者は『信じていたよ』と、炎上を無かったもののように扱った。
 だから、俺は、まだ歌ってる。

 久しぶりに再会したクラスメイトたちは、それぞれ希望を目に映して、黒板を眺めていた。
 結局、進路希望調査票は、空欄のままだ。
 未定とだけ、書き込んで、窓の外を見つめる。

 光を反射した海が、ざぷんっと揺れていた。
 マリンの住んでる場所も、好きなことも、俺は、何一つ知らなかった事実に、打ちひしがれる夏休みだった。
 まだ、諦めてはいないけど。

「じゃあ、まず、進路調査票を提出してくれー」

 先生の声に、後ろからプリントが送られてくる。
 受け取って、重ねて前に渡す。
 みんなは、もう将来を決めているのだろうか。
 受け取った時ほどの焦燥感がないのは、諦めか、それとも、動画配信者をしていくという覚悟からか。
 どちらかは、どうでも良かった。

 久しぶりに会った高揚感で、クラスメイトたちはおしゃべりをやめない。
 先生も咎める気もないようで、集まった進路希望調査票をトントンと重ねた。

「よし、じゃあ、体育館に移動するぞ」

 先生の声に、ずらずらと動いていく人並みを遠く眺めた。
 重たい腰を上げれば、ミツルが俺の横からじゃれつく。

「マリンちゃんの手がかりは見つかってないんだろ?」

 耳元で小声のまま、呟く。
 こくんと頷けば、ミツルの手は俺を慰めるように背中をバシンっと力強く叩いた。
 学校を休んで、探し続けることも考えたが、親を心配させたくなくて、出席だけしてる。
 心はどこかに、吹き飛んだまま。

「俺もいろいろ探したんだけどさ」

 ミツルがスッと差し出したスマホには、ショート動画のアプリが開かれていた。
 海の動画に、女の子が歌ってるようだ。
 イヤホンから音が流れてるようで、そのままでは音は聞こえない。

 イヤホンも一緒に差し出されて、首を傾げる。
 耳にイヤホンを入れれば、透き通った鈴の鳴るような曲が頭に響く。
 目を見開いて、つい、涙がこぼれ落ちそうになった。
 一夏の幸せを歌ってる。

「これ、アカウント名は?」
「やっぱ、マリンちゃんの声に聞こえる?」

 ミツルの問いかけに、大きく頷く。
 隣のクラスの生徒が、俺らを追い抜かしていった。
 ミツルの顔を見れば、目を輝かせている。
 言葉にしなくても、言いたいことはわかった。

 だから、クラスメイトたちの波に飲まれるフリをして、階段を降りずに逸れる。
 ミツルと屋上に出れば、爽やかな風が吹いていた。
 波の音がざぷんっと、聞こえて、心がざわめく。

「ほい」

 スマホを渡されて、イヤホンを両耳につける。
 マリンの声だと、確信した。
 あれほど声がイヤだと、嫌いだと、ボイスチェンジャーを頑なに使用していたのに。
 この動画は、そのままのマリンの声だ。
 ミツルがマリンの声を聞いたのなんて、数秒レベルなのによくわかったなと驚きながらも、耳を澄ませる。

 透き通った声が、耳から体中に広がっていく。
 アカウントから他のSNSを確認しようとすれば、表記はない。
 アカウント名は、「涼音」となっている。

 マリンのカケラも残っていないのに、これは、マリンだと思った。
 自分のスマホを開いて、アカウントを探す。
 涼音の投稿動画は、バズってはいない。
 でも、コンスタントに数千再生されている。

 いい声だもんなぁ。
 湊音のアカウントで、フォローを押す。
 ブロックされたら、他の方法でマリンを探そう。
 そう思っていたのに……

「ま、は? え?」
「なに?」

 驚いて俺を見つめるミツルに、イヤホンを外してスマホを返す。
 そして、自分のスマホの画面を見せた。

「涼音に、フォローされまし、た? お! まじかよ!」

 メッセージ欄を開く。
 何を伝えよう。
 まずは、傷つけたことへの謝罪?
 突き放されたら俺はどうしたらいい?

 手が震えて、うまく文字が打ち込めない。
 ミツルは、地べたに座り込んで、俺を見上げていた。
 俺も一緒になって、座る。

 まずは、マリンかどうかの確認か?
 いや、もう十中八九、マリンだ。

 何度も、謝罪の言葉を打ち込んでは消す。
 何を伝えたら、俺のこの想いは、まっすぐ伝わる?

『海夢で、マリンって読むって。知らなかったんだ。言い訳みたいだけど、俺は、親友だと思ってたし、海夢は大切な人だった。マリンのことも、大切な人だと思ってる』

 そこまで打ち込んで、やっぱり、消す。
 そして、もう一度、文章を打ち込み直した。

『傷つけて、ごめん。マリンにもう一度、会いたいです。勝手なのはわかってる』

 消そうと指を動かしていれば、隣のミツルが勝手にスマホの画面をタップする。
 送信されてしまったメッセージを見て、肩を落とした。
 同時に届いたメッセージに、顔を上げる。

『わかっちゃった?』

 少しおどけたような文面。
 最後についてる顔文字も、てへっと舌を出してる物だった。
 同時にメッセージを送っていた、奇跡に、胸が跳ねる。

『私こそ、勝手に消えてごめんね。ソウくんと、話したいことたくさんあるよ』

 メッセージが届いたかと思えば、スマホが着信を知らせる。
 慌てて、通話ボタンを押して、スマホを耳に押し当てた。

「ソウくん?」
「マリン、なんだよな?」
「わかった、わけじゃなかったの?」

 人魚姫みたいに、泡になってなんか、いなかった。
 消えてなかった。
 その事実に、ほっと安堵する。

「マリン、涼音って呼んだほうがいい?」
「どっちでもいいよ。どっちも、私だもん」
 
 体が崩れ落ちそうなのを、耐えて、喉の奥に詰まった想いを口にした。

「会いたい。好きだ、俺、マリンが好きだ。傷つけたことは、謝りたい。カップルチャンネルのビジネスみたいな、感じじゃなくて、本当の恋人だったら、どれだけいいか、ずっと想像してた」
「うん」

 控えめに、頷いた音に、拒絶じゃなかった声に、つばを飲み込む。
 そして、溢れていく想いをとめどなく、何度も口にした。

「好きだ。もう、消えないで」
「先に消えたのは、ソウだけどね」
「それは、ごめん。マリンは、もう俺に会いたくない?」

 聞きたい、聞きたくない。
 胸の中の二つの思いを、ぐっと押さえ込む。

「会いたいよ。私がこうやって自分の声で投稿始めたのも、ソウくんにずっと伝えたかった」

 嘘でも良かった。
 でも、マリンの声は、嘘じゃない。

 隣から動いたミツルの方を、見つめる。
 ミツルは俺らのやりとりを聞かないためか、フェンスに近寄って、イヤホンを耳にはめていた。

「どうして、始めたんだ?」
「ソウくんが素直に謝罪動画を上げてるのを見て、あぁ立ち向かったんだなぁって思ったの」
「見てくれたんだ……」

 見てくれると、期待してた。
 確かにしてたけど、本当に見てくれてるとは思っていなかった。
 そうだったら、いいなぁという希望的観測くらいだ。

「ソウが向き合ったっていう勇気を見て、私も向き合わなきゃって。自分のコンプレックスに」
「俺は、好きだけどな」

 一度伝えた思いは、緊張をひょいと乗り越えて、口から飛び出ていく。
 マリンがコンプレックスに向き合えた事実も、嬉しい。

「ずっと、海夢のこと、カイムって俺呼んでたんだ」
「そうなんだなぁって、動画の投稿を見てて気づいたよ。ソウくんって意外に……漢字に弱かったんだね」

 耳に響く、くすくすという笑い声に、すっかり心はあの距離に戻っていた。
 急にマリンが消えてしまう、あの前に。

「悪かったな」
「ううん、私こそ勘違いで急にいなくなってごめんね。覚えててくれていないんだって思って、すごいショックで、本当は帰ってなかったんだけど。ソウくんから逃げちゃった」

 すれ違っていた二人の線が交わっていくのを、感じた。
 俺とマリンは、まだ繋がってる。

「マリンがいなくて、マジでショックだったし、めちゃくちゃ探した。炎上と向き合ったのだって、マリンと再会したいっていう下心だよ」
「でも、向き合ったのは、事実でしょ! えらいよ、えらいえらい」

 いつもの優しい声で、俺を褒めてくれる。
 きっとマリンはもう、人魚になりたいと思っていない。
 そんな気がした。

「もう人魚になるのは、やめたのか?」
「ふっ、なにそれ。でも、やめたかも。人間も悪くないし。人魚と人間の恋は叶わないし?」
「マリンが人魚になるなら、俺も人魚になって追いかけるよ」

 強い風が、髪の毛を掻き上げる。
 風の強さと、太陽の眩しさに目を細めた。
 スマホの電話越しの、波の音と、目の前の波の音が重なって聞こえる。

 気のせいなのに、そんなはずないのに。
 同じ場所にいる、気がしてしまう。

「マリンまだ、こっちにいる気がしちゃうな」

 冗談まじりに言えば、驚いた声で、マリンが息を呑む。
 まさか、まさか、まさか?
 そんなまさか、あるか?
 現実で?

 フェンスに駆け寄って、下の海を眺める。
 見覚えのある、黒髪が風に揺れていた。
 そして、ゆっくりと、こちらを見上げる。

 目が、合った気がした。

「ミツル、悪い。帰る!」

 通話を切って、父さんに「早退する」とだけメッセージを送る。
 力こぶの絵文字だけ返ってきたから、何かに気づいてるかもしれない。
 帰ったら恋バナしようとか、言われるかも。

 どうでもいいか、そんなこと。
 階段を一段一段降りる時間が、惜しくて、数段飛ばして駆け降りる。
 始業式のために、体育館に移動する人の波は落ち着いたらしく、校舎は静まり返っていた。

 玄関で靴を履き替えるのも、面倒だ。
 上履きのまま、海辺まで駆ける。

 マリンは逃げもせず、俺をじいっと見つめて、唇を緩めた。
 俺の口も、どんどん緩んで、弧を描く。
 そのまま、強く抱きしめれば、確かにマリンがそこにいた。

「帰ったんじゃないのかよ」
「帰ったけど、また、来ちゃった」
「話したいことたくさんあるんだろ、聞くよ」

 マリンの髪の毛は、少し湿っていた。
 海にまた入っていたのかもしれない。
 潮風が俺たちの頬を撫でて、通り過ぎていく。

 そして、いつもの防波堤に二人で向かう。
 砂浜の暑い照り返しを受けながら、隣にいるマリンを離さないように手を繋いで。

 人魚じゃないマリンと一緒に、防波堤に座り込む。
 そして、足を海の上に突き出した。

 マリンは、パインサイダーを取り出して、プシュッという音を立てながら開ける。

「聞きたいことが、一個だけあったんだけど、いい?」

 ずっと、胸に引っかかって、気になっていたこと。
 マリンに問いかけようと、顔を上げれば、ごくごくとサイダーを飲み干す。
 目が、喉にひっついて、離れない。

「なに?」
「どうして、俺とカップルチャンネルやるって、言い出したの」
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