転生ニートは迷宮王

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第1.5章

45 シエル

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「うめえ! おい誠、これめちゃくちゃ美味いぞ!」
「待ってくれよ、僕は猫舌なんだ」
 
 魂石はかなりの額になった(と思う)。通常の魔物討伐証明に比べて高額だったし。ゴーストを狩りにいくのなんて、研究者の依頼か余程の物好きくらいのものらしい。
 1ルナがどれほどの価値なのかはわからないけれど、今龍牙が食べてる串焼きは一本15ルナ。多分安い。
 
「もう一本下さい!」
「いい食べっぷりだねえ、肉一つサービスだ!」
「っしゃあ! ありがとうございます!」
 
 元々三つ刺さってる……ということはこれ一つは5ルナ。光熱費とか含めると安すぎないかな。
 あ、でも炎とかは魔術でなんとかなるのかもしれない。それにしてもだけど。
 炎といえば、串が不思議だ。金属製のようなのに、持ち手が少しも熱くない。
 熱伝導率の低い、それでいて加工しやすい物質とかなのかな。見た目は完全に鉄なんだけど。
 
「誠、何ボーッとしてんだよ。冷めちまうぜ?」
「あ、あぁ。そろそろいいかな」
 
 一口でいくには少々大きすぎたので、真ん中あたりにかぶりつく。
 
 ――美味しい。
 皮はパリッと焼き上がり、中は肉汁たっぷり。豚肉と鶏肉の中間みたいな味だ。食感はモモ肉に近い、のかな。
 味付けが独特で、ピリ辛の中にハーブのような香り。にんにくみたいなものも少し使われているみたいだ。
 夢中で頬張っていると、あっと言う間に三つ食べきってしまった。
 もう一本――といきたいところだけど、他のものも食べてみたい。今日はそんなに動いてないし、また今度食べればいい。
 
「お、誠も食い終わったな。ごちそーさまでした!」
「おやおや、ご馳走とは嬉しいねえ。また来ておくれよ!」
 
 所詮は屋台の料理と高をくくっていたけど、思った以上で少し感動した。食べ物が美味しい世界で良かった。
 なんなら元の世界より美味しいくらいだ。一体何の肉だったんだろう。
 
「すいませーん、それ二人前ください!」
「おう、70ルナだ。兄ちゃん一人で二人前かい?」
「いや、誠と――あれ、誠? おーい!」
  
 気付けば龍牙はもう次の店で注文し始めていた。さては走っていったな。やれやれ、少し急ぐか……。
 
「あ、誠! どこ行ってたんだよ!」
「普通に歩いてただけだよ。龍牙が先に行くから……」
「あー、悪い悪い! 加速アクサール忘れちった」
 
 元はと言えば僕の足が遅いのが悪いんだ。
 一々加速アクサールかけるのも面倒だろうし、便利な魔道具とかないかなぁ。
  
「ほい、ルドゥード二人前だ!」
 
 出てきたものは、焼きそば……いや、焼きうどんかな、これは。焼きうどんにそっくりだ。
 
「ハフ、ハフ、これもうめえ!」
 
 一本ずつ食べれば、猫舌の僕でもなんとかなりそう。いただきます。
 
 ――焼きうどんだ。
 でもただの焼きうどんじゃない。鰹粉のようなものがふりかけてあって、それがもっちりした麺に絶妙にマッチしてる。
 そこに、多分さっきとは違う香辛料。このあたりでは香辛料の栽培が盛んなのかな。
 一緒に入っている野菜も肉も、麺の食感を殺さず、むしろ引き立てている感じで最高だ。全部名前はわからないけど。
 
 それなりの量があったにもかかわらず、ものの数分で全て食べ終わってしまった。屋台のレベルが高すぎる。まさに早い安い美味いだ。

「ごちそーさまでした!」
「ごちそうさまでした」
 
 それにしても、向こうの料理に似たものがあったのには驚いた。食材やら気候やらが似ていると、料理も似たものになるのかな。
 
「ご馳走だなんてとんでも――あれ、もしかしてお前さんら、あの嬢ちゃんと知り合いか?」
「嬢ちゃんって?」 
「あの別嬪さんだよ。白い……こう……ヒラヒラっとした服着た」
 
 僕は知らないな。というかこっちに来てから知り合いなんてできてない。
  
「うーん、知らないような……」
「そうかい。その『ご馳走様』って言葉に聞き覚えがあったもんでね。ま、気のせいだ。それよりまた来てくれよな!」
「勿論です! また来ます!」
 
 ご馳走様、確かに元の世界――それも日本特有のものだ。勇者は三人とか言ってたし、もう一人も無事召喚されたのかな?
 
「ふー、食った食った。今すぐ晩飯って気分でもないし、ちょっと遠回りして帰ろうぜ!」
「うん、そうしよう」
 
 途中の道を曲がって暫く歩くと、さっきまでの賑やかさが嘘のように人気ひとけがなくなった。
 
「龍牙ばっかり美味しいもの食べてずるーい!」
「あ、おいシエル! 出てくるなって」
「いいでしょ、ここ人少ないし! っていうかさ、今度服買いに行こ? 天使のローブ動きにくいし可愛くない!」
 
 急に誰かと思ったら龍牙の天使。ルインと全然タイプが違うみたいだ。
 
「なんで出てくると困るんだ?」
「ほら、マコト君もいいって言ってるじゃん!」
「いやいや、いいとは言ってないだろ。で……そうそう。理由だったな! こいつすげえ元気だから目立つんだよ。んでどうも天使って目立つと色々不味いらしくてさ……」
「あーあ、言わなきゃ良かった! ボク史上最大の失敗!」 
 
 龍牙より元気なのが凄い。龍牙が勢いで押されてるのを初めて見たかもしれない。
 それにしても、なんで目立つと不味いんだろう。まぁ、ルインにその心配はなさそうだけど。
 
「酷いんだリョーガったら、城の部屋の中でしか喋っちゃ駄目って言うんだもん」
「でも、目立たない方がいいんだろ?」
「んむ、そうだけどさー」
 
 シエルはそう言って口を尖らせる。一つ一つの仕草に可愛げがあって、いいな。
 
「そういや、誠の天使は? 誠も普段は引っ込んどけって言ってんのか?」
「いや、言ってはいない……けど、そもそもそんなに出てこないよ。あと彼女とは微妙に上手くいってなくてね。今も呼べばくるかもしれないけど……正直、あまり話したくない」 
「そんなこと言っちゃだめだよ! ルインちゃんは確かに厳しいことを言うけど、きっとマコトを思ってのことだし! ボクも天界じゃ散々怒られたよ、あはは」
 
 無邪気な笑顔も可愛い。龍牙が羨ましい。
 
「……それは貴様が遊び呆けてばかりだったからだろう」
「あっルインちゃん! おひさー!」
 
 出た。もう声を聞くだけで気分が落ち込んでくる。
 
「ちょっとは優しくしてあげなきゃだめだよー? マコトは多分、ボクよりは真面目だし!」
「ふん。力なき勇者など遊び呆ける天使以下だ。……どうやら私の顕現は望まれていないらしい。消えるとしようか」
「え、待ってよ! もっとお喋りしようよー!」 
 
 そういえばあいつは僕の心が読めるんだった。ま、むしろ好都合だけれど。
 僕の心が読めるなら、めったなことでは出てこないだろう。
 
「んもー、ルインちゃんったら。ああいうとこだよね! マコトもあまり気にしすぎないようにね!」 
「了解。そうするよ」
 
 ああ。もし僕の天使がシエルだったら。
 
「そろそろ城の前の通りだな。シエル」
「はいはい! 言われなくても引っ込みますよーだ」
 
 シエルの姿が暗闇に消えていく。きっと部屋に帰ったら龍牙と楽しく話すんだろう。
 
「はは、相変わらず元気な奴だぜ。俺はよく喋ってるけど、やっぱコミュニケーションは大事だと思うぞ。誠も早いとこ打ち解けられるよう頑張れよ?」
「……まぁ、努力してみるよ」
「それがいい! さ、今日の晩飯はなんだろなーっと」
 
 呑気なものだ。僕に龍牙ほどの力があれば。せめて天使だけでも、ルインでなくシエルであったなら。
 今更後悔しても遅いけど。選択を誤った過去の僕を恨むしかない。
 晩御飯を食べたら、軽く風呂に入ってすぐに寝よう。明日は早いらしいし、なにより――寝ている間は、何も考えなくて済むから。
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