転生ニートは迷宮王

三黒

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第6章

158 Welcome to Underground

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「そっちの坊やも座りな、ほら」
 
 カウンター前の机に招かれる。ここで何かの手続きをするらしく、机には数枚の用紙とペンが置かれていた。
 
「二人とも新人か……付き添いがいないとはね。あんたにここを教えたのは?」
「ヘズテール。ヘズテール・アム・ロテス」
 
 答えつつ、アイラは用紙に筆を走らせる。こっちの言葉だからなんて書いてあるかは分からんが、多分名前とかなんだろう。
 
「ヘズ、変わり者の三男か。いい子だったねえ」
 
 いい子''だった''?
 その言い方が引っかかったのか、アイラは筆を止めて老婆に尋ねる。
 
「今、彼は?」
「よしな、分かるだろう」
「……ごめんなさい」
 
 それだけのやり取りの後、アイラは視線を紙面に戻して再び筆を走らせ始めた。雰囲気から推測するに……行方不明か、亡くなったか。
 重い沈黙が場を支配する。特に何か喋る必要もないんだが気まずい。ペンと紙が擦れ合う音、それと茶を啜る音以外は全くの無音だ――やけに静かな建物だな。
 この階だけでもかなりの広さに見えるが、人の気配がまるでない。だが使われてないって感じでもないんだよな。壁の煌びやかな装飾にも埃一つないし、利用者がいる上でしっかり掃除されてるって印象を受ける。
 
(マスター。夜名――コードネームは前と同じでいい?)
(ん、ああ)
(了解。なら、それで書いておく)
 
 前と同じってとこに少し引っ掛かりを覚えたが、パッといい名前が思い付きそうにもない。それに、ネーミングセンスが絶望的だって向こうじゃよく言われたもんだ。
 
 ふと机上のお茶が目にとまる。そういや出してもらったのにまだ飲んでなかったな。重めのプラスチックみたいなコップはまだしっかり温かかった。いただきます。
 
 ――おお。美味い。少し甘めの茶葉をベースに、ミントっぽい風味が追加されてる。鼻に抜ける香りが心地良い。
 飲んだことない知らない味だが、どこか落ち着く感じがする。体が芯から温まるっていうか。
 
「……書き終わった」
「そうかい。どれどれ」

 アイラから紙を受け取った老婆は、二枚をまじまじと眺めると、俺らの顔を順番に見た。
   
「あんたがエアで、こっちの坊やがヤトだね。よしよし、手続きは終わりだ。これは私が預かるとして――」
 
 お、意外にあっさりしたもんだな。アイラがしっかり書いてくれたおかげかね。
 
「――本題だ。今日は何しに来たんだい?」
「人探しと、半日だけ部屋を借りに。部屋は3-17がいいけど……他に空きがあれば、そこでも」
「3-17はしばらく前から空いてるさ。きっとあんたらを待ってたんだろうね。ほら鍵だ」 

 鈍色に光る鍵。シンプルな作りで、玩具のようにも見える。
 ……っていうかシンプルすぎる。簡単にコピーが作れそうだ。

「で、人探しの方は?」
「表のルドゥード屋の店主を」
 
 ああ、人探しってのはそれか。そういう仕事の依頼もできるのか。
 
「突然消えたなら恐らく大罪絡みだろうがね。一週間で打ち切るよ」
「それで大丈夫。シレンシアにいるなら一週間もあれば十分でしょう」
「その通り。物を知ってる子は好きだよ」

 無事でいてくれればいいんだが。あの味を失うのは人類の損失だぞ。
 
「さて部屋と人探し、合わせて9,000ルナってとこさね」
「9,000? 私は――」
「待った待った、俺が払う。これで足りるよな」
 
 財布から小金貨を一枚取り出す。アイラに払わせるなんてとんでもない。
 
「ああ足りるともさ。でも交渉はするべきだ、世間知らずの坊や」
 
 ……あれ?
 
(……本当はもっと値切れるの。9,000ルナは相場よりかなり高いから)
 
「ま、勉強料と思って諦めるんだね。ほら釣りだよ」
 
 くそ、やらかした。カッコいいとこの一つでも見せようとしたらこれだ。
 
「3-17は一番左、奥の扉からだ。ああ、それと――」
 
 老婆はアイラの方に振り向くと、その目を真っ直ぐに見つめる。
 
「――選択を悔いるんじゃないよ、これも運命だ。前を向きな」
「悔いてなんかない。でも、ありがとう」
 
 何の話かサッパリだが、多分アイラを元気付けてくれたんだろう。そんな感じがする。
 
「そうだアイラ、聞いていいか」
「何? 部屋と人探しの相場?」
「いや……それも知りたいが……そうじゃない。ここって一体どこで、なんなんだ?」
 
 通路の奥を目指しがてら、一番気になってたことを聞いてみる。迷宮内ほどではないにしても、ここはかなりの素因エレメント濃度だ。それこそ、建物全体に素因結晶でも埋め込まれてるのかってくらいの。
 壁も床も見た感じただの大理石だが、触ると魔力の流れがはっきり感じられた。何かのシステムが動いてるのは間違いない。
 
「ここはレジスタンスの拠点。表じゃ生きられない人たちの場所。獣人に魔人、半人、影の子もいたはず」
 
 予想が外れた。違法な魔術研究所かなんかだと思ったんだが。っとそれより、
 
「表じゃ生きられない……って、種族差別は結構前になくなったんじゃなかったか?」
 
 聖騎士……ラルザは俺らにそう説明したはずだ。
 アイラは小さく溜息をつく。
 
「そんなの国が勝手に言ってるだけ。公の場で禁止されたところで、人々の間にはまだ根強く残ってる。冒険者になっても碌な依頼が受けられない彼らは、ここに集まって革命のときを待つの」 

 なるほどな。表通りの種族があんまりファンタジーしてないのはそういうことだったか。
 
「次に場所だけど、座標はシレンシアの地下。古代魔術の障壁で守られてるから地上からの攻撃は受けない。私がよく使ってた3-17は丁度城の真下だから、探知サーチを使うには最高の場所だと思う」
「その障壁はこっちからの魔術は通すのか?」
「通す。仕組みは知らないけどそうなってる。……革命の日もそうやって攻撃を仕掛けた」
 
 とことんまで不思議な場所だな。古代魔術か……アルデムは昔のシレンシアを知ってるらしいし、ここのことも知ってるかね。
 と、奥の扉に着いた。アイラが入口の扉と同じように表面をなぞると、今度は静かに横にスライドした。
 中は……狭いぞ。大体一、二畳分くらいの広さしかない。まあ魔術を使うだけなら苦労しないが――
 
「マスター、何してるの」
「んあ?」
「そこにいると扉が閉まらない」
「ああ悪い悪い、中入る」
 
 にしても何もない部屋だな。とにかく狭い。くつろぎ空間とは程遠いぜ。激安カプホでも布団くらいはあるってのに、ここにあるものと言ったら照明と鍵穴くらいだ。
 ……待てよ。
 
「アイラ、さっき渡された鍵は?」
「今使った。部屋に移動するのに必要なの」
  
 部屋に移動だって?
 
「マスター? まさかここが部屋だと思ってた、の……?」
「いやいや、ハハハ」
 
 べっ別に知らなかったわけじゃないんだからね。勘違いしないでよねっ。
 
「……一応説明しておくけど、これはエレベーターみたいなもの。指定した場所に繋がるようになってて、このゲージが溜まると――」
 
 アイラの指差す先、鍵穴の少し上にあった謎の六角形が青色に染まりきった。チン、という軽快な音とともに扉が開く。
 
「――部屋に到着、というわけ」
 
 ――そこには青い空に白い雲、そして見渡す限りの草原が広がっていた。
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