社畜さん、ヒモになる〜助けた少女は大富豪の令嬢だった〜

空野進

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18.

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 それからも俺たちは前と変わらずに生活をしていた。
 すると莉愛のテストが返ってきたようで彼女は嬉しそうに帰ってきた。


「やりましたー!」


 莉愛が見せてきたのは100と書かれた紙が二枚。
 満面の笑みを見せながら嬉しそうにしてくる。


「おぉ、よくやったな、莉愛」


 俺は莉愛の頭をなでながら褒める。
 すると彼女は嬉しそうに微笑んでいた。


「えへへっ、頑張ったからね。でも、これなら全部の試験を受けられたら有場さんにお願い事をかなえてもらえたのに……」
「莉愛の願いって俺と一緒にいたい……ってやつだよな? 今でも十分にかなえられているんじゃないのか?」
「そうですけど、でもでも有場さんがせっかく叶えてくれるって言ってくれたんですからもっといろんなことを頼めたかな……って」


 恥ずかしそうに頬に手を当てていた。
 何かとんでもないことを頼まれた可能性があるのか……。
 それはそれで問題がありそうだ。


「まぁ次、頑張れ。今度一位取れたらその時にその願いを聞いてやるから」
「言いましたね。じゃあしっかり頑張りますので、覚悟しておいてくださいね」


 莉愛がニヤリと微笑んだ。
 それを見て俺は早まったことを言ってしまったかなと思ったが、それで莉愛のやる気が出るのならいいだろう。


「ただ、もう一度風邪をひくのだけは勘弁してくれよ?」
「そ、それは……、注意します」


 莉愛が少し顔を伏せてくる。
 一応無理をしたこと、莉愛も反省してるようだった。
 俺も心配させるようなことをしてしまったので、そこは反省しないとだな。


「それにしてもお父様も有場さんのために色々動いてくれていたんですね。私、お父様に怒ってしまいました」
「また今度会えた時に謝ったら許してくれるよ」
「そうですね……。でもそれだけだと申し訳ないので、何かプレゼントも考えておきます」


 あの日以来、俺は一応神楽坂グループの一員として働いてる……ということになった。
 一応莉愛と出かけた場所についてはまとめて勇吾さんに渡していたが、本当にこれが何かの役に立つのだろうか?

   ただ、勇吾さんは嬉しそうに微笑んでそれを受け取っていたのでなんか使えるようなものなのだろう。
 ただ、報告書を書いている間は仕事をしている……と言う気分になれるのはよかった。


「でも、有場さんに働かせてしまって申し訳ありません。私が養うって言ったのに……」
「いや、何もしないよりは助かってるぞ。まぁこれでも少し物足りない気持ちはあるんだけどな……」


 一日中働いていたときに比べるとまだほとんど働いていないようなものだったがそれでも何もしないよりはずっとよかった。

 ◇

「それにしても有場さんはあのときから何も変わりませんね。私はこうやって有場さんと一緒にいるだけで恥ずかしくて死にそうになるのに……」


 莉愛の部屋でいつも通り話し合っているとふと思い出したように莉愛が言ってくる。


「あのときって?」
「その……キスを……」


 莉愛が顔を真っ赤にしてうつむいてくる。
 俺自身恥ずかしくないといえばうそになるが、ここまで莉愛がわかりやすい反応を見せてくれるおかげで比較的普通に過ごせていた。


「わ、忘れてください……。恥ずかしくなってきますから……」


 莉愛が必死に手を振って恥ずかしさを誤魔化そうとしていた。


「それを言うなら莉愛も相変わらず敬語なんだな……。もっと砕けたいいかたをしてくれていいんだぞ?」
「だ、ダメですよ……。さすがにそんなことできないです……」
「そうか? 俺は莉愛がもっと気を許してくれた方が嬉しいが?」
「うぅ……、そんな言い方ずるいですよぉ……」


 莉愛はさらに顔を赤くしていた。


「えっと、その……、有場さん……、いえ、健斗さん……。だ、ダメです。まだ言えないですよ……」
「まぁすぐには難しいか……。おいおい慣れていってくれると助かるな……」
「は、はい、ど、努力はしますね……」


 莉愛が乾いた笑みを見せていた。
 あまり自信はなさそうだ。

 まぁ仕方ないか……。
 時間はあるんだし、ゆっくり進んでいこう……。

 ◇

 その日の夕方、俺たちは近くの焼き肉屋に出向いていた。


「やっきにくっ、やっきにくっ」


 嬉しそうに声を上げる大家さん。
 以前莉愛にテストの勉強を教えてもらったお礼に大家さんを焼き肉に連れて行くという約束をしていた。

 テストも全て終わり、結果も帰ってきたので誘ってみたら、大家さんからは二つ返事で「行く」と返ってきた。

 だから俺と莉愛、それと伊緒と大家さんの四人で焼き肉屋へとやってきた。


「今日は私が予約を取りましたので期待してくださいね」


 莉愛がにっこり微笑んでいた。
 俺にとってはその笑顔が怖いんだが……。


「大丈夫ですよ。有場さんに言われてから私も普通の勉強をしましたから……」
「あぁ、それならいいが……」


 一応財布の中には一万円札がかなり入っている。
 でも莉愛が予約した店……と考えるとこれだけで足りるか不安になる。


「まぁ、給料ももらったし、いざというときは金を下ろせば良いな……」


 ぽつりと呟く。


「えっと、有場さんって給料ももらっているの?」


 大家さんが驚きの表情を見せていた。


「えぇ、仕事ですからね」
「莉愛ちゃんと仲良くするのが?」
「い、いえ、違いますよ!!」


 やはり大家さんにも俺の仕事が莉愛と仲良くすることだと思われていたようだ。
 していることが莉愛とつきっきりにいることだからそう思われても仕方ないだろう。


「有場さんはこう見えても色々と仕事をしてくれてますよ……。私は詳しく知らないですけど――」


 俺自身も詳しいことは知らないから莉愛が知らなくても驚きはしなかった。


「へーっ、ちゃんと働いてるんだ……。よかったよ、少し心配していたからね」


 大家さんが肉を焼きながら言ってくる。
 一応気にかけてくれていたようだ。
 思えば大家さんは昔から何かにつけて俺の様子を見に来てくれたな……。


「ありがとうございます。気にしてくれて――」
「いいよ、いいよ。私はこうやってたまにご飯に連れてきてくれるだけでいいからね」
「ははっ……、たまにならいいですよ」
「ふ、二人っきりは駄目ですからね!!」


 莉愛がギュッと俺の腕を掴んで来る。
 すると大家さんが目を大きく見開いて、嬉しそうに言ってくる。


「うんうん、前から比べてもずいぶん仲良くなったね。大丈夫だよ、有場さんを取ったりなんてしないからね」


 焼き上がった肉を自分の取り皿に取るとハフハフと熱そうに食べていた。


「んーっ、やっぱり高いお肉はおいしいねー」


 満足そうに頬に手を当てて恍惚の表情を浮かべる。
 大家さんにとっては恋路より高い肉の方が重要のようだった。


「それじゃあ俺たちも食べていくか……」
「はいっ」


 莉愛が頷いたのを見た後、俺は焼くほうに集中していった。

「有場さんもちゃんと食べてくださいね……」


 焼けた肉を莉愛の皿に入れると心配そうに言ってくる。


「大丈夫だ、ちゃんと焼きながら食ってるぞ?」
「そんなこと言って、私とか伊緒ちゃんばかりに入れてるじゃないですか」


 たしかにできるだけ良いものを食べてもらいたいと、ちょうど良い焼き加減のものをなるべく二人の皿に入れて、焦げつつあるものを自分のところに入れていた。

「でも焼きながらでしたら食べにくいですもんね。そうだ、有場さん、口を開いてくれますか?」
「あ、あぁ……」


 言われるがままに口を開くと莉愛が箸で掴んだ肉をゆっくり俺の方に近づけてくる。


「はいっ、あーん……」


 そのまま肉を俺の口へと入れてくれる。
 そして、莉愛は満足そうな表情を見せていた。


「美味しいですか?」
「あぁ、うまいな……」
「これなら焼きながらでも食べられますね」


 ただ、莉愛は気づいていないようだが、この食べさせ方にも問題があった。
 それは周りにいる大家さんや伊緒が楽しそうにニヤニヤした様子で俺たちのことを見ていたことだった。


「見せつけてくれちゃうねー。私でも嫉妬しちゃうよ」


 嬉しそうに大家さんが口に出すと伊緒も自分の皿にある肉と俺の顔を見比べていた。


「お兄ちゃん、私のお肉も食べる?」
「いや、それは伊緒が食うといいぞ……」


 隣にいる莉愛が険しい表情を見せるので、俺は苦笑を浮かべながら伊緒に告げる。

「んっ……、残念」


 伊緒が声を漏らすとそのまま皿の肉を食べてしまう。


「もう、伊緒ちゃんも! 有場さんは渡しませんよ!」



 莉愛が頬を膨らませながら怒る。
 最近よくこの表情の莉愛を見かけるな。
 特に伊緒がその表情にさせようとしている気がする。


 気のせいか……?


 とも思ったが、その怒る莉愛を見て、伊緒が笑っているところを見るとわざとそうしているみたいだった。


「あーあ、私も良い男の人が見つからないかなー? 有場さん、紹介してくださいよ。エリートで金持ちなイケメンを……」
「俺の知り合いにそんな完璧超人がいるはずない……」


 一瞬勇吾さんの顔が脳裏に浮かぶ。
 たしかに彼なら大家さんの要望を全て満たしているような気がする。

 よし、今の話は聞かなかったことにしよう。

 俺が言葉を詰まらせたことで、大家さんは訝しんでいた。


「あっ、心当たりのある人がいるんだ! 誰、教えて! 紹介して!」
「し、知りませんよー。そんな人……」
「嘘だ、有場さんのその表情、絶対に心当たりがあるんだー!」


 大家さんのこの絡み方……。まるで酒を飲んでいるような……。
 というか本当に酒臭かった。

 いつのまに酒を頼んでたんだ?


「むぅ……、嘘ついてもすぐわかるんですよ……。有場さん」


 大家さんが再び近づいてくる。
 ただ、すぐに莉愛が間に入ってくる。


「有場さんはダメですよ!」


 すると大家さんがそのまま莉愛を抱きしめる。


「うーん、莉愛ちゃんは可愛いな……。有場さんにはもったいないよー」


 捕まった莉愛はバタバタと足をばたつかせていた。

 本当に騒々しいな……。

 俺は苦笑しながら、それでも以前ならこんな生活は考えられなかったと少しだけ笑みを浮かべていた。

 そして、みんなが満腹になるまで食べた後、会計をしてみると一万円札が十枚ほど飛んで行ってしまった。


「やっぱり、安めのお店でしたね」


 莉愛が笑みを見せる。ただ、俺は乾いた笑みを見せるしかなかった。

 一人当たり二万五千円……。

 ま、まぁ、たしかに莉愛なら一人でそのくらい飛んでいきそうな店へ来てもおかしくないから、まだ支払える値段ならマシ……と思った方がいいな。

 ただ、これからこの価値観を共有するのは難しそうだ。
 頑張っていかないと……。

 たくさんのお金が飛んで行き軽くなった財布を握りしめて、俺は引きつった笑みを浮かべるしかなかった。

 ◇


「少し疲れましたね……」


 肉を食べ終わった後、大家さんと伊緒を送っていくと、俺たちは二人家に向かって帰っていた。


「特に大家さんの騒ぎっぷりは凄かったもんな」
「あ、あははっ……」


 莉愛が苦笑する。
 そして、莉愛がそっと手を差し出してくるので、俺はそれを握り返す。


「もう、こうやって握るのが普通になりましたね」
「そうだな……」


 二月前は何かのお礼に手を握って、と頼んで来てたのに……。
 その間一緒に住んでただけでここまで変化があるなんてな。


「まぁ、その……、あれだ。これからもよろしくな、莉愛」


 頭を掻きながら言うと莉愛がクスクスと微笑んだ。


「なんですか、急に……」
「いや、なんとなくな……」


 俺は自分が言ったことが恥ずかしくなり頬を染める。すると、莉愛も俺の顔をじっと見た後に決意したように顔を近づけてくる。
 そして、少し背伸びをしながら、ゆっくり俺の頬に口をつけてくる。

 そのあと、真っ赤になりながらも笑顔を見せて言ってくる。


「はい、これからもずっとよろしくお願いしますね、健斗さん……」
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