君よ、土中の夢を詠え

ヒロヤ

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 桜が疎ましくなったのはいつ頃だったろう。
 可憐な花、散り際の儚さ、季節の移ろい。
 
 新しい春用の着物を合わせていそいそ出掛ける姉。
 私を置いて、楽しそうにはしゃぐ姉。

 いいんだ、それで。
 この灰色の壁に囲まれた部屋は、安心していられるのだ。

 雨音。

 川遊びをしているときは岸にある小屋で雨止みを待ったものだ。
 私は涙でかすむ川を一歩ずつ入っていった。

(もう泣くんじゃないよ)

 優しく笑ってくれたのだ。
 私はちゃんと言えたのだろうか。
 
 あの人が行ってしまう。
 もう、この手が届かないところへ。

 二人の間には溢れる言葉があった。
 それでも、たった一言が伝えられなかった。

 あの人。
 あの人。
 あの人。

 息が苦しい。

 咳が――。

 
 遠くからくる眩しい光。
 また雷か。

 いや、これは、違う。
 
 燃えている。
 立ち上る煙に、視界を奪われた。
 酷い炎。
 いけない。
 これでは干上がってしまう。
 どうしよう。
 苦しい。

 でも逃げるわけにいかぬ。

 私は、待っていろと言われたのだ。
 
 ヒューヒューと胸の袋が泣く。
 
 いそいそと出かけた姉が戻ってこない。
 もう、どれくらい待ったのだろう。
 ちっとも、帰ってこない。

 それでも、いい。

 私は、ここであの人を待ちながら、
 私は、ここで干上がっていきながら。
 私は、ここで――。


「……っふううう」


 かろうじて声が出た。
 それが聞こえたのか、誰かが近づいてくる。
 何も見えない。
 
 声がする。
 楽しそうに笑う声。

 姉の声だろうか。

 きっと、そうに違いない。
 だって、あんなに楽しそう。

「……おねえさん」

 懸命になって絞り出した声に、ため息まじりの返事があった。

 少しだけ、目の前に光が戻る。

 淡くぼやけた先に、他にも誰かの気配がある。

 白いものがヒラヒラと動いた。

 耳に届いてきたのは、低く綺麗な音。


 この声――。


 この声は――。



「あさとさん」
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