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祖師の墨術
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三蔵は黒々とした墨を大きな硯で摺りながら、ふうと大きな息を吐いた。九千年に一度、神通力が一日だけ全く使えなくなる朔の日があり、それが明日だと珍しく深刻な顔で悟空に告げられた時から、三蔵はまるで食あたりのように胃が落ち着かずに吐き気を感じている。
「九千年前は誰ぞに書いてもらった。」
「忘れました。」
悟空にとって忘れるはずなどない。しかし、三蔵には未だ告げたことのない名である。
今までこの役を担ってくれていたのは、悟空の最初の師である須菩提祖師であった。いまだに彼の事を思い出すと、悟空は胸のどこかが火傷の古傷のようにじんわりと痛む気がする。破門を言い渡された後も、この九千年に一回の日だけは彼の傍にいることを許された。
「そんな無体なことがあるものか。他の妖怪に狙われないための法を行ったのを覚えていないはずなどなかろう。」
「前回の朔の日だって九千年前ですよ。さすがのおれの高名もまだこの天地乾坤に轟いていませんよ。ただの石猿だったんです。だから誰に書いてもらったのかは重要なことでもないし、実際に襲われることもありませんでした。」
これは真実だった。天界を荒らしまわったのも、取経の旅に加わったのも悟空にとってはついこの間の九千年の間に起こったことである。しかし祖師を師事してから初めて巡ってきた朔の日、まったく力を発揮できなくなった悟空を見て、祖師は他の妖怪に見つけらないように今後もこの一日だけは姿を隠せと言った。さらに妖怪の目をくらませるため、といって祖師は悟空の全身にあますところなく般若心経を墨で書いてくれた。清濁併せ呑む祖師らしい秘技ではあり、悟空の身体の隅々まで知り尽くす祖師にその身をさらけ出すのは、悟空にとってまったく恥ずかしいことではなかった。
ただ、その祖師はもうこの世にはいない。今の悟空の師は三蔵法師一人である。祖師とは違い、三蔵とはその裸を互いに晒しあったことなど一度もない。悟空は祖師伝来の怪しげな法術を清浄極まりない三蔵になかなか言い出せず、とうとう朔が翌日に迫る今日になったというわけである。
「ならばこの方法が本当に効果があるものかどうか、お前にはわからぬのだな。」
三蔵は肩を震わせる。斉天大聖孫悟空に恨みを持つ妖怪など星の数ほどいるはずだ。さらに、今まで関わり合いになったことはなくとも、斉天大聖を倒せば自分の功名となるだろうと目論む妖怪もきっといる。
考えたくもないが、万が一この一番弟子を失なうことになれば、天竺への旅はきっと成就しない。八戒や悟浄とは比べ物にならない広大な神通力、天地を揺るがすような衝撃であらゆる障害を打ち砕く如意金箍棒、あまねく真贋が見通す火眼金睛を持つこの孫悟空がいなくなれば、天竺にたどり着く前にいつか三蔵は妖魔に捕まり、弟子の助けも間に合わずに命を落とすのだろう。この法術がうまく発動するかどうかに取経の成否がかかっているといっても過言ではない。
自分が悟空を二度も破門したことなどまるでなかったかのように、深刻そうに三蔵は眉根を寄せた。
「しかし他に方法も知りませんしね。やらないよりやった方がましという程度でしょう。お師匠様が汚らわしい行為と思うのであれば、やめときましょう。」
悟空は肩をすくめた。やってもやらんでも、悟空に朔のある事実を知っているのはこの世で祖師と三蔵だけである。先だって村に害をなしていた大蟒蛇を倒し、この地の問題は解決したばかりだ。妖怪に狙われる可能性は限りなく低いと悟空は踏んでいた。
「何を言う。経を書いて神仏のご加護に縋ることの何が汚らわしいことがあろう。」
「でも、おれは素っ裸になってお師匠様にそれを晒さねばなりません。勿体ない気がするというか、正直なところ気が引けます。」
「どうせ毛むくじゃらのサルではないか。」
目の前にいる弟子は人で在らざる存在である事を己に言い聞かすように三蔵はわざと貶すように言う。獣の裸を見たところで何の戒を犯すわけでもない。
「……おれの身体のどこまでが毛に覆われているのか知らないくせに。」
むむ、と三蔵が唸る。
違う。たとえ目の前にいるのが人間の弟子であったとしても三蔵はきっと同じことをするだろう。弟子を悪鬼から守るために、弟子の身体に経を書く。取経のことはさておいても、弟子の命を守るための方法があるのであれば、師は全力を尽くすべきである。
要は、簡潔に悟空のことを心配していると説明してしまえばいいのだが、三蔵は言葉にできないでいる。心配を言葉にすればより明瞭な恐怖の形を取りそうで、今まで師弟関係という枠に嵌めてきた己の感情さえもその地位を脅かされる不安がある。先だってから感じている吐き気が不意に強まり、三蔵はえずいた。
「お師匠様、大丈夫ですか。」
悟空が慣れた仕草で三蔵の肩をさする。
「あっ、ああ……。」
手甲で口の端をさっと拭いた三蔵はうなずく。
「吐き気が出るほど俺の身体が嫌なら無理しないでください。」
悟空は感情の読めない落ち着いた声で続けた。
「お師匠様が経を書いた方がいいと仰るなら、おれの分身に書かせます。経文は覚えてませんが、お師匠様が唱えてくださればその通り書きますよ。そしたらお師匠様はおれを見ずに後ろを向いておくこともできる。朔の時間が近づいてて力は弱まってますが、身外身の法くらいはまだ使えますし。」
「……ち、違う。そうではない……。」
「そうではない、とは?」
三蔵の肩に手を置いたままの悟空が覗き込んでくる。金色に光る瞳が自分の本心を見透かしてくるようだ。
「経文は私が書いた方がきっと……効力があるはず……だ。」
悟空はふっと三蔵から目を逸らせた。
「そうですね。信心深い高僧に書いてもらった方がいいに決まってる。じゃあ、お師匠様、お願いできますか。」
・・・
二人のいる土蔵の空気は外と比べてもひんやりしていた。邪魔の入らない密室をと依頼すると、駝羅荘の李家が妖怪退治をした一行に気前よく用意してくれたのだ。事情を知らぬ悟浄と八戒は母家で夕食の世話になっている。神経質そうに考え込む三蔵といらだちを隠せない悟空の様子で面倒ごとの気配を感じていた二人は、厄介払いできてほっとした表情をしていた。
入口の厚い二重扉はとうに閉めきった。二階に明かりとり用の小さな小窓があるばかりで、夕方の西日がわずかに差し込むものの、漆黒のただよう四隅から闇が忍び寄るようだった。囲い付きの覆いに入れた蝋燭の火だけが頼りだ。土蔵の中の空気は淀んでおり、風もない中でじじじと時折炎がさやかにゆらめく。
悟空は三蔵に背を向けて衣を脱ぎ、丁寧に畳んで行李の中に入れた。一糸まとわぬ姿になった悟空は寄る辺ない気持ちになる。花果山にいる時は裸で過ごすのが普通であったのに、いつのまにか衣服で身体を隠すことが当たり前になっている。
「脱ぎました。」
悟空が振り返って声をかけると、三蔵もなぜか背を向けていた。
「さて、やろうか。」
覚悟を決めたように三蔵が言い、息をついてからこちらに顔を向けた。好き好んで身体を晒すわけではないのに、そんな風にやっと決意を固めないと三蔵の目に映せないほどおれは醜いのかと、悟空は改めて三蔵との隔たりを感じて哀しくなる。
「足の裏を出しなさい。」
「そんなところから書くんですか。」
「足の裏さえ書いてしまえば、後は立った状態で書けるではないか。文字を書いて、乾かす時間も考慮に入れて計画的に進めていった方が効率的だろう。」
祖師とは随分違うやり方だ。祖師とは身体中に筆をのたくらせるうちに、いつも途中からくんずほぐれつのまぐわいになって、最後には汗と滑りのある液にまみれ、果たして身体のどこまで文字を書いたのかもわからぬ仕上がりになるのが落ちだった。ここは三蔵の指示に従うのが得策だろう。
悟空は長持の上に腰かけた。さすが金持ちの家の長持は上面が布張りになっていてふかふかしている。三蔵は悟空の腰元にさりげなく掛布をふわっと載せた。
「掛けなさい。」
「あ、ありがとうございます。」
「さあ、足を出して。」
三蔵に足の裏を向けるのは気が引けたが、ほら、と促され、隣に腰掛けた三蔵の膝の上に足首をそっと置いた。そのまま右足を持ち上げられたため、上半身が後ろに倒れ込む。悟空は仰向けに寝そべり、三蔵の書きやすい高さにまで足を上げた。失礼な体勢だが如何ともしがたい。
三蔵が筆を執った。左手で悟空の足首を持ち、そろそろと足裏に経文を書いていく。
「あひぃっ、お、お師匠様……。くすぐったいです。」
「じっとしておれ。」
「そんなこと……んっあはっ、あははっ、いったって……。」
取経の旅路の中でもまとまった時間があれば、読経と写経を欠かさない三蔵がさらさらとよどみなく手を動かす。あっという間に書き終わった。
「手のひらも出しなさい。」
悟空は長座の姿勢に起き上がり、手のひらを出した。三蔵の左手に包むように支えられながら、経文を書いてもらう。餅のように柔らかい三蔵の手が温かい。
「んっはは、くすぐってえ……。」
「次は背に書こうか。」
悟空は足の裏を長持の背擦らないように気を付けて、くるっと後ろを向いた。毛並みの良い猿の背を見た三蔵は言った。
「こんなに毛がある上に、墨で文字が書けるだろうか。」
「烏賊の墨と長芋とを竜の尿でのばしたものを墨に混ぜてますから書けますよ。」
三蔵は悟空の背をじっくりと眺める。妖怪と戦っている時は活火激発の勢いで動き回り、これ以上ないほど頼りになる悟空の背中だが、こうしてみれば驚くほどちんまりとしている。しかし、真に驚嘆すべきはおそろしいほど均整のとれた身体の肉付きである。全身の筋肉は跳ねるような弾力で、筆を押し返してくる。この猿の身体が美しいことは誰も否定し得ないだろう。
三蔵は無我夢中で経を書き連ね続けた。その額の汗が三蔵の集中を物語っている。悟空は師の真剣さを身をもって感じており、できるだけその邪魔をしたくない。筆で皮膚がこすられるくすぐったさを精一杯堪えている。
「……んっ、……んんっふぅ……」
声をこらえると自然に自分の内側に筆で呼び起こされた燦きが積もっていくようでもある。手足を動かせず、声も出せない悟空は、だんだんとくすぐったさが快感に変わっていくのを感じる。
丹田に鎮座する我が身の火山が煙を上げつつあり、内なる悟空はそれを鎮火せんと試みるのだが、熱いマグマは噴き上げる勢いを増すばかりである。
(お、お師匠様は、真剣におれを救おうと経を書いてくださっているのに……。)
悟空の中心はむっくりとその背を伸ばし始める。申し訳なさと恥ずかしさで悟空の目の端にじわりと涙が浮かぶ。しかし、三蔵の繊細な指が自分の身体の奥まで暴きながら、細かく震える筆先で与えられる刺激に悟空の感覚は鋭敏に研ぎ澄まされていく。背徳感と快楽に身悶えたいが少しでも動こうものなら三蔵に睨まれるため、その長い尻尾だけがうねうねと縦横に動き回り、悟空の葛藤を伝えている。
・・・
既に悟空の腰元を覆う布以外の部分には全て経を書き終えた。腰回りの布を押し上げるように悟空の中心は立ち上がっていた。それを知ってか知らずか悟空は三蔵に昂りを隠すように背を向けたまま突っ立っている。
「覆いをとりなさい。」
悟空は黙って布を外した。
赤々とした猿の尻がある。三蔵はしゃがみ込み、その尻を眼前にして経を書いていく。三蔵は弟子を救うために真剣である。谷間の部分に書くときはその尻の肉を広げ、奥まで整然とした文字で埋めることもまでした。悟空は秘められた場所にかかる師の息と視線の熱さに必死で耐えつつ、声と悶えを抑え込もうとしている。
そして、三蔵は 正面に回る。腰から陰部にかけても金色の毛に覆われてはいたが思ったよりも陰毛は薄かった。悟空のものは天を向く勢いで勃ち上がっていたが、もし勃っていなかったとしてもそこは顕わであったろう。
心細いように眉を寄せている悟空が三蔵を食い入るように見つめている。勃起を目にしてからの表情の変化、すなわち三蔵の思考を読み取ろうとしていることはよくわかっていた。三蔵は微笑んだ。
「生理現象だ。何も恥ずかしいことはない。」
「お師匠様……。」
悟空がこんなに気まずそうな表情をすることは珍しい。そんな姿を観たのが自分だけであることに三蔵はひどく満足した。
三蔵とて他者のものをじっくと見物したことはないが、自分と比較すると悟空のそれは想像しているよりもはるかに細く、細筆のように頼りなかった。
「辛いか……。」
すでに先端からはぬるついた液がじわじわと溢れ出している。
「まあ……そうですね。ここに書く前に一度出してしまったほうがいいかもしれません。」
先程から悟空は何度も精神統一の真言を唱えて昂ぶりを抑えようとはしているのだが、神通力を失いつつあるせいかほとんど効き目がない。
「お師匠様が経を書かれている時にもし出ちまったら……。御手を汚してしまいますし、せっかく書いた経が消えてしまうかもしれません。少しの間、向こうを向いてさえいただければ、さくっと出してしまいますから。」
三蔵は悟空の手首を掴んで、その手のひらを上にした。
「この手で擦ればせっかく書いた経が消えるではないか。」
申し訳なさそうに顔になった悟空は、
「いざとなればしっぽでも、足の裏でもどこでも擦れますし。」
と付け加えたが、苦虫をかみつぶしたような三蔵に睨まれた。
「そのいずれも既に経を書いておる。」
「でも、申し訳ないですがなんとか出してしまわねば。このまま書けば途中で出てしまう公算の方が高いです。」
あとで、手のひらだけ書き直していただけませんかね……と続けようと思った悟空を、三蔵が制した。
「待っておれ。仕方ない。私がやろう。」
ため息をついて三蔵が言った。触ってみる気になったのはその非力そうな悟空の陰部のせいだったかもしれない。三蔵でも両手で握れば折れてしまいそうなその棒は、どう考えても狂暴そうには見えなかった。
「い……や、あの……お師匠様にそんなことをさせるわけには……。御身が汚れます。」
「せっかく書いた経文が消えればまた書かねばならぬし、消えぬまでも文字がにじめば隠身の効果も薄れよう。別の者が擦って出してやるのが一番穏当な手段だ。」
「でも……お師匠様の御手なんて……。こんな汚れ仕事、八戒にさせればいいんです。」
「あのような口の軽い者にお前に朔があるという事実を話すわけにはいかぬだろう。」
「じゃ……、あのせめて……御手は勿体なくておれの身がすくんで出るものも出ませんから。あの……できれば……その、……おみ足で、擦ってください。」
「足で、か。」
「はい……お願い致します。」
壁を背に悟空が立ち、三蔵は片手で壁を支えにしながらその正面に片足立ちになった。足袋は両足脱いて裸足になった。
もちろん三蔵は人の物はおろか自分の物さえ性的快感を求めて触れた経験などない。
「ど、どうすればよい……。」
爪先でおそるおそる悟空の根元に触れてみた瞬間、
「うっ……。」
うめき声を出す悟空に思わず腰が引けた。
「痛いのか。」
顔を覗き込むようにして様子を窺うと、今までに見たことがないほど顔を赤くして悟空は言った。
「いえ、……たまらなく気持ちいいです。そのまま根元から先までゆっくりと擦ってください。」
言われた通り、指先でなぞるように悟空の形をなぞるように動かした。親指が先端のへこみにひっかかる。
「んっ、んふっ。」
心配そうに眉を寄せる三蔵に、悟空は声を抑えながら微笑む。
「いいです……。すごく。んっ。」
悟空の屹立は硬さを増していくが、太さはあまり変わらず、せいぜい三蔵の中指程度の太さしかない。何度も上下運動を繰り返していると、爪先だけで触れていた三蔵はよろけた拍子に踏みつけてしまいそうになった。
「おっと……。」
三蔵は悟空を抱え込むように壁に両手を突いた。
天界を縦横無人に飛び回り、豪胆無比の胆力で妖怪をなぎ倒す斉天大聖孫悟空は今や三蔵の腕の中にすっぽりと納まり、ためらいがちに息を漏らしている。
(こんなに悟空は小さいのか。)
三蔵は思わず息を呑んだ。この小さな身体のどこにあの燃えさかる太陽のような活力を秘めているのだろうか。三蔵は爪先だけでなく足の裏全体を撫でつけるように擦りつけ始めた。もはや嫌悪感などどこにもなかった。
「……うっ、お、お師匠様っ、もうっ、だめだっ、出ますっ。」
「ど、どうすればよい……。」
「受け……とめて……。」
三蔵は緩く重ねた薄布を悟空の尻尾から手渡された。先程まで悟空の腰を覆っていたものである。まるで噴水のように吹き上がった白い液体を
「わわっ」と三蔵は慌てて薄布で抑えにかかる。
「……ふぅ……。」
額を寄せながら二人揃ってため息をつく。くすくす笑う悟空に三蔵は怪訝そうな顔をする。
「なぜ笑う。」
「そんなに抑えなくても逃げやしませんよ。」
「べ、別に逃げるとは思っておらぬ。」
「そんなに力一杯握られたら布越しでも少し痛いです。」
「……それはすまなかった。」
慌てて手を離そうとする三蔵の手首を、悟空はそっと握って引き留めた。
「まだ、出ます。もう一度いいですか。」
悟空は血に飢えた獣のように渇いた瞳で覗き込んできた。薄布ごしでもまだ硬さを保っているのがわかる。これほどまでに溜まっていたのか。それほどまでに筆の刺激は興奮するのだろうか。
三蔵はにわかに胸騒ぎを覚える。もしや悟空は朔を迎える度にこの施術によって、先程までの行為を誰とでもしているのでは、という疑いが生じたのだ。
普段の厚顔無恥の様子が嘘のように、性的昂りをばつが悪そうに頬を染めて視線を逸らすあの表情を自分以外にも知っている者がいるのかと思った瞬間、三蔵は自分が驚くほど動揺していることに気づいた。
「悟空、前回の朔の時も、同じように精を吐したのか。」
「忘れました。」
「筆でなぞられると気持ちが良いのであろう。今回のように陰茎が勃ってしまえば我慢などできようはずもない。」
「……それならば、したのではないのでしょうか。」
「誰としたのか。」
悟空は人差し指で頭をぽりぽりかいた。自分が師であったことを誰にも言うなと須菩提祖師に口止めされた約束は悟空の中でまだ生きている。
「……お師匠様、おれはお師匠様よりはるかに長く生きているし、お師匠様に出会う前にも多くの人や仙と出会ってきました。でも今のおれの師はお師匠様だけですし、あなたを天竺までお守りすることが至上命題と思って生きています。おれができることはなんだってします。それだけではまだ足りませんか。」
「そうか……、そうだな。それはわかっておる。」
三蔵は俯く。たしかに悟空の言う通りであるのだが、肺に重石が入ったように息苦しいのはなぜだろうか。悟空のすべてが知りたい、そのすべてを独占したいと思うのはあまりにも自己中心的な考えで我が身が浅ましくなる。
「お師匠様だって、おれのことを一番弟子と呼んでくださるけど、本当はおれと出会う前、長安にいた頃だってたくさんの弟子を抱えていたでしょう。」
それと一緒ですよ、と悟空は頰をかいて言う。
「しかし……長安の弟子たちは寺の規律として弟子と名乗っていただけで、我が一身の弟子とは言いきれぬゆえ……。」
「実態はどうであれ、おれはお師匠様がおれのことを一番弟子と称してくれる、その意志が嬉しいです。」
「過去より現時点における自分の意志が重要と言いたいのか。」
「仰る通りです。」
頭では理解しているのだが、やはり三蔵の胸のつかえは下りないままである。納得しきらない三蔵の表情を見て、悟空は朗らかに言った。
「もしかして、お師匠様、おれの過去に嫉妬しちまったんですか。」
即座に否定されるか、怒鳴りとばされると思っていた悟空は肩すかしをくらった。三蔵は悟空の言葉に目を見開いたままで動きを止めたのである。
「嫉妬……。嫉妬……か。」
三蔵の穏やかな声が反芻する。思いもよらぬ反応に戸惑ったのは悟空の方である。
「ま、まさか、お師匠様に限って、おれなんかに嫉妬ってそんなことあるはずないですよね。」
ははは、と乾いた笑いでごまかそうとしたが、三蔵の鋭い瞳で射抜かれた。
「そうだ、私はそなたの過去に嫉妬しておる。」
悟空の息は止まった。
「私の知らぬ悟空を他の誰かが知っていると思うだけで苦しい。私にこのような欲深い一面があったことに自己の至らなさを突きつけられる思いだ。」
三蔵の瞳に珍しく燃えるような炎が見える。悟空は息を呑んだ。
「しかし、修行の身である我らは過去に囚われてはならぬこともよくわかっておる。過去を詮索するつもりもない。ただ、これだけは約束してほしい。私もいつまで生きられるかわからぬが、私の生のある間はそなたの師は私だけ、私の一番弟子も悟空、そなただけだ。よいな。」
「……はい。お師匠様の命ある限り、この悟空、お傍におる覚悟はできております。」
悟空は言葉の重みを噛みしめながら言った。
三蔵は凡胎の身である。天竺にいけば解脱し不老不死の仙になるのやもしれぬがそれでもおそらく元々天地の生まれである悟空の方が長く生きる見込みが高い。
(こんなに簡単にただの言葉で縛りつけやがって。この人は自分が逝った後、残されたおれがどんな気持ちではてしなく長い年月を生きるかなんて、全然考えていないんだろう。)
それでも三蔵からの申し出は心が震えるほど嬉しいのだから始末に負えないのは悟空も一緒である。
「よし、では続きをしよう。」
三蔵は行為に似合わないほどの高潔さで笑って頷いた。緊張を保ったままの悟空の陰茎は細いせいか持久性が高いようである。まだぴんとはりつめている。
今度は両足で挟んで擦ってほしい、とおずおず頼んできた悟空の要望に応えるため、三蔵は腰を下ろして両脚を前に出した。
「しかしそなたが床に尻をつけて動けば、尻の文字が消えてしまうではないか。」
「大丈夫です、お師匠様。」
悟空は筋斗雲を呼び寄せ、その上に乗った。雲は床の数寸上をふわりと漂っている。
「法力が弱まってるから、ちょうど良い高さですよ。」
三蔵は足を持ち上げ、両足で悟空のそれを挟んでやった。三蔵の足の裏は旅人とは思えないほど、赤ん坊のように柔らかい。
「ふぅ……んっ、っく……。」
ふくふくと包まれる感触に悟空が思わずといった様子で息を漏らす。三蔵は力加減ができずに両足でキュッと挟み込んでいる。
「いいのか。」
「ええ、……もっと、欲しいです。」
三蔵は必死に両足を蛙のように曲げて上下に揺らす。自分の行為が熱を帯びる毎に確実に悟空の反応が高まっていくことに、三蔵は満たされた気持ちになる。三蔵は想いを込めて足を動かす。
「んっ、……ん、っあ…………。」
経験のない三蔵であるがゆえ行為自体は拙いが、悟空にとっては三蔵に包まれているという感動が肉体の絶頂を押し上げている。
悟空も三蔵の負担を減らそうと、筋斗雲を上下に揺らしてゆるゆると自分で動き出す。二人の振動が相まって不規則な律動が、悟空の愉悦を高めていく。いつしか三蔵の内面にも炎が宿り始めている。三蔵の赤く蒸気した肌と荒い息を見ては、悟空は抱きしめたくなる衝動を必死で抑えて身体を揺らし続ける。
「…………くっ、はっ……ん………………。」
「はぁ……はぁ……。」
「んっ……。」
「悟空……、んっ、ふぅ、はぁはぁ……もう、足が上がらぬ。」
息も絶え絶えになった三蔵はついに足を下ろしてしまった。両足を宙に浮かせたまま、上下運動をさせるのは三蔵には重労働だったようである。刺激が中断され悟空は物足りなさそうな目をしながらも、口では謝罪を口にした。
「んっ、……申し訳ないですが……まだ出ないようです。あとちょっとなんですが。」
「仕方がない。」
三蔵は膝を崩したような格好で上半身を前のめりに出し、両手でそれを握った。悟空は蒸しあげたばかりの饅頭に包まれている気分であった。
「お、……お師匠様……。」
「先も布越しに触れたのだからさほど変わりあるまい。出してしまわねば経が書けぬ。」
三蔵は両手を筒のようにして、悟空の陰茎を握った。三蔵の拳二個分よりも悟空のそれは短かった。
「先端もあの……抑えるようにして……そうです。擦ってください。んっ……もう少し速くしても大丈夫です。」
三蔵は疼き始めた身体の熱を伝えるようにして、手のひらを密着させて動かした。
「んっ……いい……いいです。もっと……。もっと擦って。」
悟空は顎を天に向けて、荒々しい息をあげている。あまりにも悟空が快楽に酔っているため、三蔵は自分の行為が完璧であり、まるで性技の神になったように誤解している。
「他に……んっ、して欲しいことは何ぞないのか……。何でも言ってみろ。」
自称性技の神三蔵はいつも滅私の精神で尽くしてくれるばかりの悟空に、何かをしてやりたくなったようである。
「えっと……あの、先っぽだけでいいので……、少しだけ舐めて……いや、あの、少しだけ口に含んでください。」
「口に……これを……。」
三蔵は驚いて手の動きを止めた。悟空は青ざめて否定する。
「あ、……冗談ですよ。まさかそんなこと、お師匠様にさせるわけに……。」
「口に入れればいいのだな。」
四つ這いになっている三蔵の眼前に屹立が鎮座している。少し顔の位置をずらせばいいだけだ。三蔵はその三日月のように麗しい唇を開いて、かぷりとそれを咥えた。
「んっ、……んふっ……くう………あっはぁ。」
「ほれでどうふればよい……。」
悟空を口に含んだまま三蔵は尋ねた。低い姿勢から悟空の顔を伺ったので自然と上目遣いになる。あの師父が我が身の中心を握り、あまつさえ口に含み、頼りなさそうな顔で自分に教えを乞うている。その事実に悟空の丹田では溶岩のような激流が迸り、爆ぜるのを感じた。
「んっ、……ああああっ…………。」
突然口の中に液体が飛び出して驚いたのは三蔵である。驚いた衝撃で口を離してしまい、鼻から口にかけて白濁がかかった。
「……ん、ふぅふぅ……お師匠様……。申し訳ありません。」
果てたばかりの悟空は驚くばかりの精神力ですぐに我に返り、慌てて薄布の綺麗な部分を見計らって三蔵の口元を拭いた。
「ん……いいのだ、出たな。」
悟空は気まずそうな顔をした。
「出ましたけど……。」
悟空のそれはまだ天を向いていた。
「まだおさまらぬのか……。」
流石に疲れてきた三蔵は天を仰いだ。
「い……や、あの、二回出して大分と落ち着きましたから。もう経を書いても途中で出る事はないのではと思います。」
「そうは言っても。」
すでに小窓から見えるほど月は高く昇り、夜半を回った。あと一刻もしないうちに朔の日がやってくる。迷っている暇はなかった。
「それで兄貴たちは結局丸一日も二人きりで蔵に閉じこもって何をやってたんだよ。腹減らなかったのか。」
疲れきった悟空と三蔵が重たい蔵の扉を開けたのは、翌日の夜遅くであった。なぜか二人とも全身が 墨だらけでそこかしこが黒くなっている。
あけすけに尋ねる八戒の袖を、悟浄は引いて留める。
「そういうものは外野が詮索するものではなかろう。二人とも疲れておられるようだ。水分だけとって休んでください。」
悟空の腕に支えられて歩く三蔵の足元はふらついていた。
「それよりもまず禊をしたいのだが。」
「おれがお背中流します。」
「いい、それくらい自分でできる。」
「させてください。……いいですよね。」
悟空はしっかと三蔵の身体に腕を回して離さない。悟空の真摯な瞳に気圧されて黙る三蔵を見て、二人の関係はこの一晩で変化があったようだと悟浄は思った。
「では拙者は水を運んでこよう。八戒兄者は衝立を用意してくだされ。二人ともどうぞごゆっくり。」
「九千年前は誰ぞに書いてもらった。」
「忘れました。」
悟空にとって忘れるはずなどない。しかし、三蔵には未だ告げたことのない名である。
今までこの役を担ってくれていたのは、悟空の最初の師である須菩提祖師であった。いまだに彼の事を思い出すと、悟空は胸のどこかが火傷の古傷のようにじんわりと痛む気がする。破門を言い渡された後も、この九千年に一回の日だけは彼の傍にいることを許された。
「そんな無体なことがあるものか。他の妖怪に狙われないための法を行ったのを覚えていないはずなどなかろう。」
「前回の朔の日だって九千年前ですよ。さすがのおれの高名もまだこの天地乾坤に轟いていませんよ。ただの石猿だったんです。だから誰に書いてもらったのかは重要なことでもないし、実際に襲われることもありませんでした。」
これは真実だった。天界を荒らしまわったのも、取経の旅に加わったのも悟空にとってはついこの間の九千年の間に起こったことである。しかし祖師を師事してから初めて巡ってきた朔の日、まったく力を発揮できなくなった悟空を見て、祖師は他の妖怪に見つけらないように今後もこの一日だけは姿を隠せと言った。さらに妖怪の目をくらませるため、といって祖師は悟空の全身にあますところなく般若心経を墨で書いてくれた。清濁併せ呑む祖師らしい秘技ではあり、悟空の身体の隅々まで知り尽くす祖師にその身をさらけ出すのは、悟空にとってまったく恥ずかしいことではなかった。
ただ、その祖師はもうこの世にはいない。今の悟空の師は三蔵法師一人である。祖師とは違い、三蔵とはその裸を互いに晒しあったことなど一度もない。悟空は祖師伝来の怪しげな法術を清浄極まりない三蔵になかなか言い出せず、とうとう朔が翌日に迫る今日になったというわけである。
「ならばこの方法が本当に効果があるものかどうか、お前にはわからぬのだな。」
三蔵は肩を震わせる。斉天大聖孫悟空に恨みを持つ妖怪など星の数ほどいるはずだ。さらに、今まで関わり合いになったことはなくとも、斉天大聖を倒せば自分の功名となるだろうと目論む妖怪もきっといる。
考えたくもないが、万が一この一番弟子を失なうことになれば、天竺への旅はきっと成就しない。八戒や悟浄とは比べ物にならない広大な神通力、天地を揺るがすような衝撃であらゆる障害を打ち砕く如意金箍棒、あまねく真贋が見通す火眼金睛を持つこの孫悟空がいなくなれば、天竺にたどり着く前にいつか三蔵は妖魔に捕まり、弟子の助けも間に合わずに命を落とすのだろう。この法術がうまく発動するかどうかに取経の成否がかかっているといっても過言ではない。
自分が悟空を二度も破門したことなどまるでなかったかのように、深刻そうに三蔵は眉根を寄せた。
「しかし他に方法も知りませんしね。やらないよりやった方がましという程度でしょう。お師匠様が汚らわしい行為と思うのであれば、やめときましょう。」
悟空は肩をすくめた。やってもやらんでも、悟空に朔のある事実を知っているのはこの世で祖師と三蔵だけである。先だって村に害をなしていた大蟒蛇を倒し、この地の問題は解決したばかりだ。妖怪に狙われる可能性は限りなく低いと悟空は踏んでいた。
「何を言う。経を書いて神仏のご加護に縋ることの何が汚らわしいことがあろう。」
「でも、おれは素っ裸になってお師匠様にそれを晒さねばなりません。勿体ない気がするというか、正直なところ気が引けます。」
「どうせ毛むくじゃらのサルではないか。」
目の前にいる弟子は人で在らざる存在である事を己に言い聞かすように三蔵はわざと貶すように言う。獣の裸を見たところで何の戒を犯すわけでもない。
「……おれの身体のどこまでが毛に覆われているのか知らないくせに。」
むむ、と三蔵が唸る。
違う。たとえ目の前にいるのが人間の弟子であったとしても三蔵はきっと同じことをするだろう。弟子を悪鬼から守るために、弟子の身体に経を書く。取経のことはさておいても、弟子の命を守るための方法があるのであれば、師は全力を尽くすべきである。
要は、簡潔に悟空のことを心配していると説明してしまえばいいのだが、三蔵は言葉にできないでいる。心配を言葉にすればより明瞭な恐怖の形を取りそうで、今まで師弟関係という枠に嵌めてきた己の感情さえもその地位を脅かされる不安がある。先だってから感じている吐き気が不意に強まり、三蔵はえずいた。
「お師匠様、大丈夫ですか。」
悟空が慣れた仕草で三蔵の肩をさする。
「あっ、ああ……。」
手甲で口の端をさっと拭いた三蔵はうなずく。
「吐き気が出るほど俺の身体が嫌なら無理しないでください。」
悟空は感情の読めない落ち着いた声で続けた。
「お師匠様が経を書いた方がいいと仰るなら、おれの分身に書かせます。経文は覚えてませんが、お師匠様が唱えてくださればその通り書きますよ。そしたらお師匠様はおれを見ずに後ろを向いておくこともできる。朔の時間が近づいてて力は弱まってますが、身外身の法くらいはまだ使えますし。」
「……ち、違う。そうではない……。」
「そうではない、とは?」
三蔵の肩に手を置いたままの悟空が覗き込んでくる。金色に光る瞳が自分の本心を見透かしてくるようだ。
「経文は私が書いた方がきっと……効力があるはず……だ。」
悟空はふっと三蔵から目を逸らせた。
「そうですね。信心深い高僧に書いてもらった方がいいに決まってる。じゃあ、お師匠様、お願いできますか。」
・・・
二人のいる土蔵の空気は外と比べてもひんやりしていた。邪魔の入らない密室をと依頼すると、駝羅荘の李家が妖怪退治をした一行に気前よく用意してくれたのだ。事情を知らぬ悟浄と八戒は母家で夕食の世話になっている。神経質そうに考え込む三蔵といらだちを隠せない悟空の様子で面倒ごとの気配を感じていた二人は、厄介払いできてほっとした表情をしていた。
入口の厚い二重扉はとうに閉めきった。二階に明かりとり用の小さな小窓があるばかりで、夕方の西日がわずかに差し込むものの、漆黒のただよう四隅から闇が忍び寄るようだった。囲い付きの覆いに入れた蝋燭の火だけが頼りだ。土蔵の中の空気は淀んでおり、風もない中でじじじと時折炎がさやかにゆらめく。
悟空は三蔵に背を向けて衣を脱ぎ、丁寧に畳んで行李の中に入れた。一糸まとわぬ姿になった悟空は寄る辺ない気持ちになる。花果山にいる時は裸で過ごすのが普通であったのに、いつのまにか衣服で身体を隠すことが当たり前になっている。
「脱ぎました。」
悟空が振り返って声をかけると、三蔵もなぜか背を向けていた。
「さて、やろうか。」
覚悟を決めたように三蔵が言い、息をついてからこちらに顔を向けた。好き好んで身体を晒すわけではないのに、そんな風にやっと決意を固めないと三蔵の目に映せないほどおれは醜いのかと、悟空は改めて三蔵との隔たりを感じて哀しくなる。
「足の裏を出しなさい。」
「そんなところから書くんですか。」
「足の裏さえ書いてしまえば、後は立った状態で書けるではないか。文字を書いて、乾かす時間も考慮に入れて計画的に進めていった方が効率的だろう。」
祖師とは随分違うやり方だ。祖師とは身体中に筆をのたくらせるうちに、いつも途中からくんずほぐれつのまぐわいになって、最後には汗と滑りのある液にまみれ、果たして身体のどこまで文字を書いたのかもわからぬ仕上がりになるのが落ちだった。ここは三蔵の指示に従うのが得策だろう。
悟空は長持の上に腰かけた。さすが金持ちの家の長持は上面が布張りになっていてふかふかしている。三蔵は悟空の腰元にさりげなく掛布をふわっと載せた。
「掛けなさい。」
「あ、ありがとうございます。」
「さあ、足を出して。」
三蔵に足の裏を向けるのは気が引けたが、ほら、と促され、隣に腰掛けた三蔵の膝の上に足首をそっと置いた。そのまま右足を持ち上げられたため、上半身が後ろに倒れ込む。悟空は仰向けに寝そべり、三蔵の書きやすい高さにまで足を上げた。失礼な体勢だが如何ともしがたい。
三蔵が筆を執った。左手で悟空の足首を持ち、そろそろと足裏に経文を書いていく。
「あひぃっ、お、お師匠様……。くすぐったいです。」
「じっとしておれ。」
「そんなこと……んっあはっ、あははっ、いったって……。」
取経の旅路の中でもまとまった時間があれば、読経と写経を欠かさない三蔵がさらさらとよどみなく手を動かす。あっという間に書き終わった。
「手のひらも出しなさい。」
悟空は長座の姿勢に起き上がり、手のひらを出した。三蔵の左手に包むように支えられながら、経文を書いてもらう。餅のように柔らかい三蔵の手が温かい。
「んっはは、くすぐってえ……。」
「次は背に書こうか。」
悟空は足の裏を長持の背擦らないように気を付けて、くるっと後ろを向いた。毛並みの良い猿の背を見た三蔵は言った。
「こんなに毛がある上に、墨で文字が書けるだろうか。」
「烏賊の墨と長芋とを竜の尿でのばしたものを墨に混ぜてますから書けますよ。」
三蔵は悟空の背をじっくりと眺める。妖怪と戦っている時は活火激発の勢いで動き回り、これ以上ないほど頼りになる悟空の背中だが、こうしてみれば驚くほどちんまりとしている。しかし、真に驚嘆すべきはおそろしいほど均整のとれた身体の肉付きである。全身の筋肉は跳ねるような弾力で、筆を押し返してくる。この猿の身体が美しいことは誰も否定し得ないだろう。
三蔵は無我夢中で経を書き連ね続けた。その額の汗が三蔵の集中を物語っている。悟空は師の真剣さを身をもって感じており、できるだけその邪魔をしたくない。筆で皮膚がこすられるくすぐったさを精一杯堪えている。
「……んっ、……んんっふぅ……」
声をこらえると自然に自分の内側に筆で呼び起こされた燦きが積もっていくようでもある。手足を動かせず、声も出せない悟空は、だんだんとくすぐったさが快感に変わっていくのを感じる。
丹田に鎮座する我が身の火山が煙を上げつつあり、内なる悟空はそれを鎮火せんと試みるのだが、熱いマグマは噴き上げる勢いを増すばかりである。
(お、お師匠様は、真剣におれを救おうと経を書いてくださっているのに……。)
悟空の中心はむっくりとその背を伸ばし始める。申し訳なさと恥ずかしさで悟空の目の端にじわりと涙が浮かぶ。しかし、三蔵の繊細な指が自分の身体の奥まで暴きながら、細かく震える筆先で与えられる刺激に悟空の感覚は鋭敏に研ぎ澄まされていく。背徳感と快楽に身悶えたいが少しでも動こうものなら三蔵に睨まれるため、その長い尻尾だけがうねうねと縦横に動き回り、悟空の葛藤を伝えている。
・・・
既に悟空の腰元を覆う布以外の部分には全て経を書き終えた。腰回りの布を押し上げるように悟空の中心は立ち上がっていた。それを知ってか知らずか悟空は三蔵に昂りを隠すように背を向けたまま突っ立っている。
「覆いをとりなさい。」
悟空は黙って布を外した。
赤々とした猿の尻がある。三蔵はしゃがみ込み、その尻を眼前にして経を書いていく。三蔵は弟子を救うために真剣である。谷間の部分に書くときはその尻の肉を広げ、奥まで整然とした文字で埋めることもまでした。悟空は秘められた場所にかかる師の息と視線の熱さに必死で耐えつつ、声と悶えを抑え込もうとしている。
そして、三蔵は 正面に回る。腰から陰部にかけても金色の毛に覆われてはいたが思ったよりも陰毛は薄かった。悟空のものは天を向く勢いで勃ち上がっていたが、もし勃っていなかったとしてもそこは顕わであったろう。
心細いように眉を寄せている悟空が三蔵を食い入るように見つめている。勃起を目にしてからの表情の変化、すなわち三蔵の思考を読み取ろうとしていることはよくわかっていた。三蔵は微笑んだ。
「生理現象だ。何も恥ずかしいことはない。」
「お師匠様……。」
悟空がこんなに気まずそうな表情をすることは珍しい。そんな姿を観たのが自分だけであることに三蔵はひどく満足した。
三蔵とて他者のものをじっくと見物したことはないが、自分と比較すると悟空のそれは想像しているよりもはるかに細く、細筆のように頼りなかった。
「辛いか……。」
すでに先端からはぬるついた液がじわじわと溢れ出している。
「まあ……そうですね。ここに書く前に一度出してしまったほうがいいかもしれません。」
先程から悟空は何度も精神統一の真言を唱えて昂ぶりを抑えようとはしているのだが、神通力を失いつつあるせいかほとんど効き目がない。
「お師匠様が経を書かれている時にもし出ちまったら……。御手を汚してしまいますし、せっかく書いた経が消えてしまうかもしれません。少しの間、向こうを向いてさえいただければ、さくっと出してしまいますから。」
三蔵は悟空の手首を掴んで、その手のひらを上にした。
「この手で擦ればせっかく書いた経が消えるではないか。」
申し訳なさそうに顔になった悟空は、
「いざとなればしっぽでも、足の裏でもどこでも擦れますし。」
と付け加えたが、苦虫をかみつぶしたような三蔵に睨まれた。
「そのいずれも既に経を書いておる。」
「でも、申し訳ないですがなんとか出してしまわねば。このまま書けば途中で出てしまう公算の方が高いです。」
あとで、手のひらだけ書き直していただけませんかね……と続けようと思った悟空を、三蔵が制した。
「待っておれ。仕方ない。私がやろう。」
ため息をついて三蔵が言った。触ってみる気になったのはその非力そうな悟空の陰部のせいだったかもしれない。三蔵でも両手で握れば折れてしまいそうなその棒は、どう考えても狂暴そうには見えなかった。
「い……や、あの……お師匠様にそんなことをさせるわけには……。御身が汚れます。」
「せっかく書いた経文が消えればまた書かねばならぬし、消えぬまでも文字がにじめば隠身の効果も薄れよう。別の者が擦って出してやるのが一番穏当な手段だ。」
「でも……お師匠様の御手なんて……。こんな汚れ仕事、八戒にさせればいいんです。」
「あのような口の軽い者にお前に朔があるという事実を話すわけにはいかぬだろう。」
「じゃ……、あのせめて……御手は勿体なくておれの身がすくんで出るものも出ませんから。あの……できれば……その、……おみ足で、擦ってください。」
「足で、か。」
「はい……お願い致します。」
壁を背に悟空が立ち、三蔵は片手で壁を支えにしながらその正面に片足立ちになった。足袋は両足脱いて裸足になった。
もちろん三蔵は人の物はおろか自分の物さえ性的快感を求めて触れた経験などない。
「ど、どうすればよい……。」
爪先でおそるおそる悟空の根元に触れてみた瞬間、
「うっ……。」
うめき声を出す悟空に思わず腰が引けた。
「痛いのか。」
顔を覗き込むようにして様子を窺うと、今までに見たことがないほど顔を赤くして悟空は言った。
「いえ、……たまらなく気持ちいいです。そのまま根元から先までゆっくりと擦ってください。」
言われた通り、指先でなぞるように悟空の形をなぞるように動かした。親指が先端のへこみにひっかかる。
「んっ、んふっ。」
心配そうに眉を寄せる三蔵に、悟空は声を抑えながら微笑む。
「いいです……。すごく。んっ。」
悟空の屹立は硬さを増していくが、太さはあまり変わらず、せいぜい三蔵の中指程度の太さしかない。何度も上下運動を繰り返していると、爪先だけで触れていた三蔵はよろけた拍子に踏みつけてしまいそうになった。
「おっと……。」
三蔵は悟空を抱え込むように壁に両手を突いた。
天界を縦横無人に飛び回り、豪胆無比の胆力で妖怪をなぎ倒す斉天大聖孫悟空は今や三蔵の腕の中にすっぽりと納まり、ためらいがちに息を漏らしている。
(こんなに悟空は小さいのか。)
三蔵は思わず息を呑んだ。この小さな身体のどこにあの燃えさかる太陽のような活力を秘めているのだろうか。三蔵は爪先だけでなく足の裏全体を撫でつけるように擦りつけ始めた。もはや嫌悪感などどこにもなかった。
「……うっ、お、お師匠様っ、もうっ、だめだっ、出ますっ。」
「ど、どうすればよい……。」
「受け……とめて……。」
三蔵は緩く重ねた薄布を悟空の尻尾から手渡された。先程まで悟空の腰を覆っていたものである。まるで噴水のように吹き上がった白い液体を
「わわっ」と三蔵は慌てて薄布で抑えにかかる。
「……ふぅ……。」
額を寄せながら二人揃ってため息をつく。くすくす笑う悟空に三蔵は怪訝そうな顔をする。
「なぜ笑う。」
「そんなに抑えなくても逃げやしませんよ。」
「べ、別に逃げるとは思っておらぬ。」
「そんなに力一杯握られたら布越しでも少し痛いです。」
「……それはすまなかった。」
慌てて手を離そうとする三蔵の手首を、悟空はそっと握って引き留めた。
「まだ、出ます。もう一度いいですか。」
悟空は血に飢えた獣のように渇いた瞳で覗き込んできた。薄布ごしでもまだ硬さを保っているのがわかる。これほどまでに溜まっていたのか。それほどまでに筆の刺激は興奮するのだろうか。
三蔵はにわかに胸騒ぎを覚える。もしや悟空は朔を迎える度にこの施術によって、先程までの行為を誰とでもしているのでは、という疑いが生じたのだ。
普段の厚顔無恥の様子が嘘のように、性的昂りをばつが悪そうに頬を染めて視線を逸らすあの表情を自分以外にも知っている者がいるのかと思った瞬間、三蔵は自分が驚くほど動揺していることに気づいた。
「悟空、前回の朔の時も、同じように精を吐したのか。」
「忘れました。」
「筆でなぞられると気持ちが良いのであろう。今回のように陰茎が勃ってしまえば我慢などできようはずもない。」
「……それならば、したのではないのでしょうか。」
「誰としたのか。」
悟空は人差し指で頭をぽりぽりかいた。自分が師であったことを誰にも言うなと須菩提祖師に口止めされた約束は悟空の中でまだ生きている。
「……お師匠様、おれはお師匠様よりはるかに長く生きているし、お師匠様に出会う前にも多くの人や仙と出会ってきました。でも今のおれの師はお師匠様だけですし、あなたを天竺までお守りすることが至上命題と思って生きています。おれができることはなんだってします。それだけではまだ足りませんか。」
「そうか……、そうだな。それはわかっておる。」
三蔵は俯く。たしかに悟空の言う通りであるのだが、肺に重石が入ったように息苦しいのはなぜだろうか。悟空のすべてが知りたい、そのすべてを独占したいと思うのはあまりにも自己中心的な考えで我が身が浅ましくなる。
「お師匠様だって、おれのことを一番弟子と呼んでくださるけど、本当はおれと出会う前、長安にいた頃だってたくさんの弟子を抱えていたでしょう。」
それと一緒ですよ、と悟空は頰をかいて言う。
「しかし……長安の弟子たちは寺の規律として弟子と名乗っていただけで、我が一身の弟子とは言いきれぬゆえ……。」
「実態はどうであれ、おれはお師匠様がおれのことを一番弟子と称してくれる、その意志が嬉しいです。」
「過去より現時点における自分の意志が重要と言いたいのか。」
「仰る通りです。」
頭では理解しているのだが、やはり三蔵の胸のつかえは下りないままである。納得しきらない三蔵の表情を見て、悟空は朗らかに言った。
「もしかして、お師匠様、おれの過去に嫉妬しちまったんですか。」
即座に否定されるか、怒鳴りとばされると思っていた悟空は肩すかしをくらった。三蔵は悟空の言葉に目を見開いたままで動きを止めたのである。
「嫉妬……。嫉妬……か。」
三蔵の穏やかな声が反芻する。思いもよらぬ反応に戸惑ったのは悟空の方である。
「ま、まさか、お師匠様に限って、おれなんかに嫉妬ってそんなことあるはずないですよね。」
ははは、と乾いた笑いでごまかそうとしたが、三蔵の鋭い瞳で射抜かれた。
「そうだ、私はそなたの過去に嫉妬しておる。」
悟空の息は止まった。
「私の知らぬ悟空を他の誰かが知っていると思うだけで苦しい。私にこのような欲深い一面があったことに自己の至らなさを突きつけられる思いだ。」
三蔵の瞳に珍しく燃えるような炎が見える。悟空は息を呑んだ。
「しかし、修行の身である我らは過去に囚われてはならぬこともよくわかっておる。過去を詮索するつもりもない。ただ、これだけは約束してほしい。私もいつまで生きられるかわからぬが、私の生のある間はそなたの師は私だけ、私の一番弟子も悟空、そなただけだ。よいな。」
「……はい。お師匠様の命ある限り、この悟空、お傍におる覚悟はできております。」
悟空は言葉の重みを噛みしめながら言った。
三蔵は凡胎の身である。天竺にいけば解脱し不老不死の仙になるのやもしれぬがそれでもおそらく元々天地の生まれである悟空の方が長く生きる見込みが高い。
(こんなに簡単にただの言葉で縛りつけやがって。この人は自分が逝った後、残されたおれがどんな気持ちではてしなく長い年月を生きるかなんて、全然考えていないんだろう。)
それでも三蔵からの申し出は心が震えるほど嬉しいのだから始末に負えないのは悟空も一緒である。
「よし、では続きをしよう。」
三蔵は行為に似合わないほどの高潔さで笑って頷いた。緊張を保ったままの悟空の陰茎は細いせいか持久性が高いようである。まだぴんとはりつめている。
今度は両足で挟んで擦ってほしい、とおずおず頼んできた悟空の要望に応えるため、三蔵は腰を下ろして両脚を前に出した。
「しかしそなたが床に尻をつけて動けば、尻の文字が消えてしまうではないか。」
「大丈夫です、お師匠様。」
悟空は筋斗雲を呼び寄せ、その上に乗った。雲は床の数寸上をふわりと漂っている。
「法力が弱まってるから、ちょうど良い高さですよ。」
三蔵は足を持ち上げ、両足で悟空のそれを挟んでやった。三蔵の足の裏は旅人とは思えないほど、赤ん坊のように柔らかい。
「ふぅ……んっ、っく……。」
ふくふくと包まれる感触に悟空が思わずといった様子で息を漏らす。三蔵は力加減ができずに両足でキュッと挟み込んでいる。
「いいのか。」
「ええ、……もっと、欲しいです。」
三蔵は必死に両足を蛙のように曲げて上下に揺らす。自分の行為が熱を帯びる毎に確実に悟空の反応が高まっていくことに、三蔵は満たされた気持ちになる。三蔵は想いを込めて足を動かす。
「んっ、……ん、っあ…………。」
経験のない三蔵であるがゆえ行為自体は拙いが、悟空にとっては三蔵に包まれているという感動が肉体の絶頂を押し上げている。
悟空も三蔵の負担を減らそうと、筋斗雲を上下に揺らしてゆるゆると自分で動き出す。二人の振動が相まって不規則な律動が、悟空の愉悦を高めていく。いつしか三蔵の内面にも炎が宿り始めている。三蔵の赤く蒸気した肌と荒い息を見ては、悟空は抱きしめたくなる衝動を必死で抑えて身体を揺らし続ける。
「…………くっ、はっ……ん………………。」
「はぁ……はぁ……。」
「んっ……。」
「悟空……、んっ、ふぅ、はぁはぁ……もう、足が上がらぬ。」
息も絶え絶えになった三蔵はついに足を下ろしてしまった。両足を宙に浮かせたまま、上下運動をさせるのは三蔵には重労働だったようである。刺激が中断され悟空は物足りなさそうな目をしながらも、口では謝罪を口にした。
「んっ、……申し訳ないですが……まだ出ないようです。あとちょっとなんですが。」
「仕方がない。」
三蔵は膝を崩したような格好で上半身を前のめりに出し、両手でそれを握った。悟空は蒸しあげたばかりの饅頭に包まれている気分であった。
「お、……お師匠様……。」
「先も布越しに触れたのだからさほど変わりあるまい。出してしまわねば経が書けぬ。」
三蔵は両手を筒のようにして、悟空の陰茎を握った。三蔵の拳二個分よりも悟空のそれは短かった。
「先端もあの……抑えるようにして……そうです。擦ってください。んっ……もう少し速くしても大丈夫です。」
三蔵は疼き始めた身体の熱を伝えるようにして、手のひらを密着させて動かした。
「んっ……いい……いいです。もっと……。もっと擦って。」
悟空は顎を天に向けて、荒々しい息をあげている。あまりにも悟空が快楽に酔っているため、三蔵は自分の行為が完璧であり、まるで性技の神になったように誤解している。
「他に……んっ、して欲しいことは何ぞないのか……。何でも言ってみろ。」
自称性技の神三蔵はいつも滅私の精神で尽くしてくれるばかりの悟空に、何かをしてやりたくなったようである。
「えっと……あの、先っぽだけでいいので……、少しだけ舐めて……いや、あの、少しだけ口に含んでください。」
「口に……これを……。」
三蔵は驚いて手の動きを止めた。悟空は青ざめて否定する。
「あ、……冗談ですよ。まさかそんなこと、お師匠様にさせるわけに……。」
「口に入れればいいのだな。」
四つ這いになっている三蔵の眼前に屹立が鎮座している。少し顔の位置をずらせばいいだけだ。三蔵はその三日月のように麗しい唇を開いて、かぷりとそれを咥えた。
「んっ、……んふっ……くう………あっはぁ。」
「ほれでどうふればよい……。」
悟空を口に含んだまま三蔵は尋ねた。低い姿勢から悟空の顔を伺ったので自然と上目遣いになる。あの師父が我が身の中心を握り、あまつさえ口に含み、頼りなさそうな顔で自分に教えを乞うている。その事実に悟空の丹田では溶岩のような激流が迸り、爆ぜるのを感じた。
「んっ、……ああああっ…………。」
突然口の中に液体が飛び出して驚いたのは三蔵である。驚いた衝撃で口を離してしまい、鼻から口にかけて白濁がかかった。
「……ん、ふぅふぅ……お師匠様……。申し訳ありません。」
果てたばかりの悟空は驚くばかりの精神力ですぐに我に返り、慌てて薄布の綺麗な部分を見計らって三蔵の口元を拭いた。
「ん……いいのだ、出たな。」
悟空は気まずそうな顔をした。
「出ましたけど……。」
悟空のそれはまだ天を向いていた。
「まだおさまらぬのか……。」
流石に疲れてきた三蔵は天を仰いだ。
「い……や、あの、二回出して大分と落ち着きましたから。もう経を書いても途中で出る事はないのではと思います。」
「そうは言っても。」
すでに小窓から見えるほど月は高く昇り、夜半を回った。あと一刻もしないうちに朔の日がやってくる。迷っている暇はなかった。
「それで兄貴たちは結局丸一日も二人きりで蔵に閉じこもって何をやってたんだよ。腹減らなかったのか。」
疲れきった悟空と三蔵が重たい蔵の扉を開けたのは、翌日の夜遅くであった。なぜか二人とも全身が 墨だらけでそこかしこが黒くなっている。
あけすけに尋ねる八戒の袖を、悟浄は引いて留める。
「そういうものは外野が詮索するものではなかろう。二人とも疲れておられるようだ。水分だけとって休んでください。」
悟空の腕に支えられて歩く三蔵の足元はふらついていた。
「それよりもまず禊をしたいのだが。」
「おれがお背中流します。」
「いい、それくらい自分でできる。」
「させてください。……いいですよね。」
悟空はしっかと三蔵の身体に腕を回して離さない。悟空の真摯な瞳に気圧されて黙る三蔵を見て、二人の関係はこの一晩で変化があったようだと悟浄は思った。
「では拙者は水を運んでこよう。八戒兄者は衝立を用意してくだされ。二人ともどうぞごゆっくり。」
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