女スパイが雇った守り屋は、無口で少し変わり者の男だった。

幸花

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秘密の扉の鍵を手に入れろ 前編

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私は大きな屋敷を見上げて感嘆した。
「それにしても、凄いわね。私の屋敷の二倍はあるかしら」
隣に立つヴィルも口では何も言わないが、同じようにじっと見上げている。
この屋敷は、ロマノフ・ダガの屋敷であり、今回の潜入場所となる。
ロマノフは独身で高齢。我儘でプライドの高い性格だと聞く。その上、人を疑り深く、信頼関係を築くのは至難の業だ。
ロマノフに疑われることなく、この屋敷に入り込み、屋敷の何処かにある隠し部屋の鍵を奪うことが私の目的となる。
「ヴィル、いつもどおりについてきてるけど、パパとママのところに居なくて大丈夫なの?」
私の屋敷は、リス・ライムから襲撃を受けたばかりであった。それと、同時のタイミングで、屋敷を守ってくれていたネアが守り屋を辞めてしまった。
だから、今回の依頼の仕事は、私一人で行くと言ったのだが、ヴィルは賛成しなかった。
「対策は……してきた」
「対策?」
何だかもの凄く、嫌な予感がする。
「その……“まさか”よね?」
「……」
無言の肯定と捉えるべきだろう。
今のこの状況であれば、“あれ”が最善策だと言えなくもない気もするが……。
「一日でも早く終わらせて帰るわよ」
「嗚呼」
私とヴィルは兄妹という設定にすることにした。そうすれば、屋敷内で会話をしていても、変な誤解を受けたり、怪しまれたりはしないはずだからだ。

屋敷の中も外見通りのものだった。
まず一つ一つの部屋が広く、直線となる廊下がとても長い。
先を歩くメイド長、マーヤ・ナタリに、私たちはついて歩いていた。
「コナ・カーティさん、でしたっけ?」
ナタリが顔だけ振り返り、私を見た。
「はい、何でしょう?ナタリさん」
愛想よく見えるよう、ニコニコと笑みを浮かべて返事をする。
「コナさんにはメイドを、ヴィルさんには、屋敷の警備をしてもらいます」
ナタリは、淡々とした口調で言った。
彼女の真意はわからないが、あまり歓迎はしていないようだ。
私たちは、それぞれに与えられた部屋で制服に着替え、ナタリに指示された持ち場についた。
「ナタリは、この屋敷の隠し部屋のこと知ってると思う?」
私は部屋の掃除をしながら、窓の外に立つヴィルに小声で聞く。
今は一部屋の掃除を一人で任されている。
「まだわからないな」
ヴィルと同意見であった。だから、私は直接、彼女に聞てみることにした。
掃除のチェックに回ってきたナタリに、さり気なくといった感じで言う。
「ここの屋敷は、一つの部屋が広いので、お掃除が大変でした。これだけ部屋があるなら、もしかしたら、ご主人様の秘密の隠し部屋とか、もありそうですね」
彼女の変化を見てみたが、それらしい反応は示さなかった。たぶん、知らない可能性が高い。
ナタリが窓硝子を指でなぞる。
「秘密の部屋なんかありません。それより、埃がしっかり取れていません。やり直し」
掃除のやり直しを言い渡された。
今まで掃除はしたことがなかったので、当然の結果といえば当然なのだが、少し厳しくないだろうか。
これでは、掃除だけで半日が終わってしまいそうだ。鍵の捜索どころではない。
どうしたものか……。
その日は、ロマノフ・ダガに会うことはできなかった。
会えたのは三日後であった。最初に接触できたのは、私ではなく、ヴィルだった。
屋敷内を警備して見回っていると、ロマノフから声をかけてきたという。
「お前は新人か?ワシの屋敷でおかしな行動をしたら、すぐに追い出してやるからな」
と言われたそうだ。
「単に疑り深い性格からか。または、何かに警戒しているのか」
屋敷内には、あちらこちらに防犯カメラがあり、警備員も雇っているところから、後者の方が強い気がする。やはり、隠し部屋のためなのか。
私はベッドの上に横たわりながら唸った。
「それより、ヴィル。もう少し優しくできないの?」
「ここが狭いんだ。仕方がない」
「痛い!」
ヴィルが私の部屋を出た後、同じメイドのアリータ・ヤナンがドアから顔を出した。
「ねえ、コナ!ヴィル様と何をしていたの?」
アリータ・ヤナンの顔が、耳の先まで赤かった。
ヴィル『様』??
掃除で腰を痛めたので、マッサージをしてもらっていたのだと、正直に答えたのに、アリータは「本当に?本当に、ただのマッサージなの?」としつこく聞いてきた。
「だって、ヴィル様が『狭い』って言ってらっしゃったから」
確かに狭いと彼は言ったが、それはこのベッドが、である。一人用ベッドなので、彼が乗ると必然的に狭くなる。
「部屋を覗いたら、その…あの…そういうふうに見えたから」
彼女はゴニョゴニョとばつが悪そうに呟いた。
個人の部屋であれば、防犯カメラもないので、今後の計画の話をするにはいいと思っていたが、別の問題がありそうだ。

  ♢♢♢

窓の外を見ると、ポツリ、ポツリ、と雨が降ってきていた。
庭には、衣服だけではなく、たくさんのシーツが干してある。
屋敷から一人のメイドが飛び出してきた。そして、干してある洗濯を取り込もうとするが、彼女は背が低かった。
一枚のシーツを引きずり下ろすだけで精一杯といった感じであった。これでは、せっかく洗ったものが汚れてしまい兼ねない。
仕方がないので、俺は彼女を助けに出た。
「何か籠を持ってきてくれないか」
彼女にそう言うと、何故か、彼女は顔を赤くして固まった。
「あの、籠を」
「は!は、は、はいっ!!」
彼女は、ハッ、となると、慌てた様子で籠を取りに戻る。
少し変わったメイドだ。
物干し竿から洗濯物を外し、持ってきてもらった籠に入れていく。全ての取り込みが完了したとき、口をパクパクさせていた彼女が、上擦った声で言った。
「あの!お名前は!是非、お名前を教えてくださいませ」
そう言えば、新人として入ってから、まだ誰にも名乗っていなかった。
「この屋敷の警備をしている、ヴィル・カーティ……です」
すると、彼女は目をキラキラと輝かせ、「……ヴィル様」と呟いた。
「私、アリータ・ヤナンと申します!その、まずは、お、お友達になってください!」
深々と頭を下げて出された手を、どうしたらよいのか、俺は悩んだ。
「まあ、友達なら」
彼女の手を掴むと、急に彼女が「きゃあーっ」と奇声を上げて後ろに倒れそうになる。慌てて掴んでいた手を引くと、アリータ・ヤナンは籠につまずき、盛大に洗濯物をぶちまけた。
取り込んだばかりの洗濯物が、ぐしゃぐしゃになってしまったというのに、主人の下着を頭につけた彼女はとても嬉しそうであった。

  ♢♢♢

私にもチャンスの機会は訪れた。
部屋の掃除にも慣れ、窓も硝子がないと錯覚させてしまうほどに、ピカピカに磨いた。
「次は、風呂場掃除に行きなさい」
とナタリに言われ、私は掃除道具を持って風呂場に行った。
そして、脱衣所である物を拾った。ーー男性がするお洒落な指輪だ。裏には、R.Dのイニシャルが彫られており、ロマノフ・ダガの物だと確信した。
これを使えば、ロマノフに接触することができる。
「コナ。何してるの?」
いつの間にか、アリータが脱衣所にいた。
どうやら、アリータもナタリに風呂場掃除を命じられたらしい。
それもそうだ。これだけ広い風呂場の掃除を、一人でやれるはずがない。部屋の倍はある。
私は指輪をエプロンのポケットに隠した。
「何もないわ。それより、早くお掃除を済ませちゃいましょう」
アリータは三年前からこの屋敷で働いている。なので、私の先輩になるのだが、彼女はあまり先輩後輩という意識は持っていないようだ。とても親しく接してくれる。
もしかしたら、彼女からロマノフの生活の行動や話の糸口を聞けるかもしれない。
「あのね、ア」
「ねえ!コナに聞きたいことがあるの」
アリータと呼びかけようとしたが、先を越され、私の声は彼女のいつも“勢い”にかき消されてしまう。
「え、何?」
怯んだ私は一歩さがる。
「コナは、ヴィル様とご兄妹って本当なの?」
「ええ、兄妹よ」
一応、設定上ではそうなっている。
「羨ましい!普段のヴィル様は何をされているの?好きなものは?ご趣味は?どうしてここで働いているの?どうしたら彼に気に入ってもらえる?!」
「……は?」
思わず素が出そうになり、慌てて笑顔を取り繕った。
真逆とは思うが……。
「アリータ、もしかしてヴィルが好き?」
そう聞いた途端、彼女は一気に顔を真っ赤にさせ、近くにあった桶で私を叩いた。叩かれた衝撃で軽くよろめく。
「もお、やだやだ!ヴィル様とは、まだ友達よ!!」
その様子を見て、乾いた笑いしか出なかった。
あの男、彼女に一体何をしたのだろう。
結局、その後も彼女から話を聞ける状態ではなくなり、何の策もないままに、私はロマノフがいる部屋に向かった。
部屋の扉をノックすると、中から面倒くさそうな返事が聞こえた。
だが、私が部屋に入ると、彼は一変した。
彼は目をギョロッと見開き、髪を逆撫で、全身で警戒心を顕にする。
「お前!一体、ワシに何の用だ?!」
ロマノフが怒鳴った。
その剣幕に体がすくみそうになる。
「あの、脱衣所で指輪を拾ったものですから、お届けに参りました」
私は指輪を出そうとポケットに手を入れた。それだけだったのに、その動作を見たロマノフは、さらに声を荒げた。
「それは、何のつもりだ?!すぐにこの部屋から出ていけ!さもなくば、クビにするぞ!」
これでは、取り付く島もない。
取り敢えず、部屋から出るべきかと悩んでいると、私のすぐ後ろで扉が叩かれた。
「警備の者です。ご主人様、どうされましたか?」
ヴィルの声であった。
おや?とヴィルは今、私の存在に気がついた振りをする。
「彼女、コナはわたしの妹です。妹が何かしましたか?」
ヴィルはロマノフに頭を下げたまま、そう聞いた。
「こいつはお前の妹なのか。とっとと何処かに連れていけ」
警備員であるヴィルの顔を見て、ロマノフが冷静さを取り戻していくのがわかった。
あと少しで、鍵を見つける前に、屋敷から追い出されてしまうところであった。
あまり言いたくないが、今回ばかりは、彼に感謝せざるを得ない。
指輪を直接返すことは諦め、明日にでも、ナタリに渡しておくとしよう。
ロマノフの部屋を出された後、私たちは庭へ出た。
「どうして、あそこまで警戒するのかしら、あの爺さん」
人に対する警戒心が強いとは聞いていたが、少し異常すぎる気がする。
これは接触しない方法で、鍵を探す作戦に切り替えたほうが良さそうだ。
「貴女は、隠し部屋については知らないのか?」
ヴィルの質問に、私は首を振る。
「残念ながら。聞いたのは、大きめの銀色をした鍵を盗ってこい、とだけ」
勿論、依頼者に隠し部屋には何があるのか、詳しく聞こうとしたが、全く教えてもらえなかった。
「こうなったら、一度、あの爺さんの部屋に忍び込んでみるしかないか」
私は嘆息をついて言った。
「防犯カメラはどうする?」
「そうなのよね。防犯カメラがあちこちにありすぎて、何処にどれだけあるのか、まだ把握できてないわ」
そのときであった。私の頭に名案が浮かんだのは。
防犯カメラがわからないのあれば、わざと映ればよい。
私は不敵な笑みを浮かべた。

  ♢♢♢

彼女がこういう表情をしたときは、十中八九、無茶を思いついたときだ。
その予想は見事に的中してしまう。
「防犯カメラに映って、堂々と爺さんの部屋に入ればいいんだわ!」
と、自信ありげに彼女が言い出した。
俺はなんとも言えない気持ちになる。強いて言うなら、彼女は正しく、“飛んで火に入る夏の虫”。
彼女は思いついたばかりの作戦を話す。
「私が鍵を探している間、ヴィルはアリータとお話していて欲しいのよ」
これの何処が作戦なのか。脳を可能な限り回転させてみるが、構想が全く見えてこない。
「俺は話しをするだけか?」
「ええ、それだけでいいわ」
彼女の仕事を邪魔するつもりも、計画を止めるつもりもない。しかし、説明ぐらいはしっかりして貰いたいものだ。
アリータといったら、この前、雨の中で洗濯物を取り込んだときに会った、変わったメイドではないか。
あのメイドと何を話せと言うのだろう。
俺は内心で盛大に、ため息をついたのだった。



(「秘密の扉の鍵を手に入れろ 前編」終)
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