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守り屋に転職した彼女 前編
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ヴィル・カーティは、自身の左頬に手を当てた。
先程より腫れているらしい。熱を持って、じくりじくりとした痛みを感じる。
遡る事、一時間ほど前。
強く、硬い、まるで鉄球のような拳に、勢いよく殴られ、俺はそれを受け止める形で、後方に転がり倒れた。
すぐに立ち上がろうとしたが、受けた衝撃が強すぎたのか、しばらく平衡感覚がおかしくなり、視界が歪んでいた。口の中が切れ、血の味がする。
「彼女に撃たれようとしたって、どういうことよ?今度そんな真似したら、殴るだけじゃ済まないから。貴方には失望したワ、ヴィルちゃん」
俺を殴ったエミル・クイーンが言った。
クレイス・セアルに会うことを決めたとき、同時に自分の死も覚悟していた。俺の死で彼女が救われるのなら、それもまた守り屋としてするべきこと。そして、それが彼女の願いであり、一人にしてしまったことへの罪滅ぼしになるのならば。だから、俺は撃たれることを、受け入れようとした。
クイーンを失望させたことは申し訳なかった。しかし、解雇ではなく、殴り飛ばされただけで済んだことは、僥倖(ぎょうこう)であったと言える。
クレイスと交わした、“あの契約”の為に、俺はまだ守り屋を辞めるわけにはいかなかった。
クイーンは薄々とではあるが、こちらの隠し事に、気づいていたのかもしれない。
だが、クイーンにも彼女との契約内容については話す訳にはいかない。そのときが来るまでは。
その後、クイーンから少しの時間だけ暇をもらい、俺は街に出た。
彼女たちが会ったという、“ルキ”という少年に会えないかと思ったからだ。
その少年は、兄の最期を知っている。それに、リス・ライムについても聞きたいことがあった。
街の中を歩いていると、すれ違う人が皆、俺の顔を見て驚いていく。
もし、ルキという少年を見つけられたとしても、クイーンに殴られたこの顔では、怖がらせて逃げられてしまうかもしれない。
もう屋敷に戻ろうかと考え始めたとき、誰かに声をかけられた。
「あの!ヴィル様ではないですか?」
視線を下にすると、以前お世話になった女性がいた。
名前は確か、アリータ・ヤナン。ロマノフ・ダガの屋敷のメイドであった。
アリータは私服で、手に大きな鞄を一つ持っていた。
「こんな所でヴィル様に再びお会いできるなんて!奇跡です!運命です!きゃあー、運命なんてそんな私!」
と彼女は一人で興奮して叫び出す。
俺はそっと離れて、彼女から距離を取った。
「ヴィル様、顔のお怪我はどうされたのですか!?私に是非、手当させてくださいませ」
「……いえ、もう俺は屋敷に戻るので」
すると、今度は彼女、アリータは取っていた距離を縮め、こちらに迫ってきた。そして、俺の手を取り、懇願するように頭を下げた。
「ヴィル様!お願いします!私を屋敷に置いてくださいませんか!」
「…………」
きっと、これは悪夢なのだろう。実は、クイーンに殴られた後の俺は、まだあそこで気絶しており、そのまま眠ってしまったに違いない。
「メイドの仕事はもちろんのこと、スパイとしても、絶対に役に立ってみせます!だから、私を屋敷に置いてください!ヴィル様!」
「…………」
これ以上、街中で騒がせておく訳にもいかず、俺は仕方なく、本当に仕方なく、屋敷に連れ帰ることにした。
♢♢♢
私はヴィルとヴィルが連れ帰ってきた、アリータの顔を交互に見た。
「え?付き合ってるの?」
「きゃあー!そんなコナってば!」
「違う」
普段静かで大人しい、人畜無害な男が、苛立ちと殺意を顕にして否定してきた。
「本当、くやしいワ。ちょっと街に出ただけで、女の子連れて帰ってきちゃうなんて。いつからそんな罪深き男になっちゃったのかしら?」
クイーンの言葉に、ヴィルは一層、怒りを込めた目で睨む。
「で、話を真面目に戻すけど、アリータはどうして、街中にいたのよ?」
私はアリータに聞いた。
アリータはクイーンが出した紅茶を飲みながら、話を始める。
「実は、コナたちが出ていった後、屋敷が襲われたの」
屋敷を襲ったのは、三十人ほどの屈強な男たちだったらしく、アリータとロマノフ以外の人は、応接間に閉じ込められたという。
それは、メイド長のマーヤ・ナタリが戻った直後のことだった。
襲撃者たちが去ると、部屋には殴り殺されたロマノフの死体が遺されていた。
「ロマノフへの怨恨ってことかしら?」
クイーンが言う。
私が侵入したときも、ロマノフは何かを非常に恐れていた。それも異常なほどに。
クイーンの考える、怨恨も有り得るかもしれないが、それだけの襲撃であったようには思えない。
「ロマノフの秘密の部屋」
ヴィルの呟きに、私はハッとなった。
鍵を探しに部屋へ忍び込んだとき、ロマノフの机の引き出しから、爆弾の作り方について書かれた紙束を見つけた。
「となると、襲撃した奴らの目的は、ロマノフが隠し持っていた爆薬が目的か」
きっかけは、私が盗み出した、秘密の部屋の鍵であったに違いない。
「まんまと使われてしまった訳ね。それなら、もっと請求額足しとけば良かったわ」
私は後味の悪さに、溜息を吐いた。
「“本当”の鍵の依頼者は、分からないのよね?」
「ええ」
私はクイーンに頷いた。
話が全く分からないアリータだけが、首を傾げている。
「わかったわ。次が決まるまでだけど、アリータにはここで働いてもらいましょう」
「は?」
ヴィルが不服そうな声を出した。
「屋敷の主が亡くなって、解雇されたアリータちゃんが可愛そうよ。ヴィルちゃんもお世話になったんだから、恩返しするのは当然じゃない」
クイーンはそう言いながら、ヴィルの背後で笑う。
ヴィルにはご免だろうが、アリータが来たことは、私にとって好都合であった。
「アリータには、ヴィルを守ってもらうわ」
「私やるわ!ヴィル様の護衛」
アリータは喜んで食いついた。
ルキの話によれば、ヴィルはリスに狙われているらしい。
本人に、狙われているから屋敷で大人しくしておけと命じても、たぶんそれは聞かないだろう。こっそり、クイーンを護衛につけることも考えていたが、ネアの代わりの仕事もあるので、クイーンの負担が心配であった。
しかし、アリータであれば、問題はない。
守ってもらうとは言ったが、実際は側にいて、見守っているだけで良い。危険があれば、私かクイーンですぐに対処するつもりだ。
「俺は守り屋だ。守りなんて必要ない」
ヴィルが怒気を含ませた声で言った。
私を見る目が、冗談じゃない、と訴えている。だが、それはこちらの台詞でしかない。
「文句あるなら、今すぐパパに言って、貴方を解雇するわよ」
私は教会でルキと約束をした。ーー“ヴィルは必ず守る”と。この約束だけは何があっても破りたくない。ルキの為にも、コルンの為にも。
ヴィルは暫く黙っていたが、もういい、と諦めて、私の部屋を出ていった。
アリータが慌てて彼の後をついていく。
「はっきり言ってあげても良かったんじゃない?ヴィルちゃんに、ヴィルちゃんのお兄さんみたいに死んでほしくないって。男って言われなきゃ、一生わからない生き物よ」
私はクイーンの言葉に笑った。
「生憎、そんな優しい言葉を言ってあげるほど、可愛い女じゃないわ」
「これから大変になるわね」
クイーンが誰に言うともなく、真剣な面持ちで呟いた。
♢♢♢
アリータを雇って一週間後のことだった。
私に、一通の仕事の依頼状がきた。
仕事の内容は、さほど難しいものではなかったが、その差出人に不信感を持った。それは当然である。なぜならば、差出人のサインのロマノフ・ダガは、もうこの世にいるはずがない人物であったからだ。
私は依頼状を、ヴィルとクイーンにも見せた。
「この手紙は、ロマノフが死ぬ前に書いたってこと?」
「いや、消印有効が三日前だ」
「本当だワ。じゃあ、これは罠かもしれないってこと?」
そう考えるのが妥当だろう。
私がまだロマノフ・ダガの死を知らないと思っての依頼状なのか。はたまた、こちらが知っていることを把握した上で、挑戦状として送ってきたものなのか。
「どうせまた、この依頼を受けるとか言うんじゃないでしょうね?」
クイーンが顔をしかめる。
「当然。受けるわよ。これが、ロマノフの屋敷を襲撃した奴で、私に鍵を盗ませた人物だとしたら、ちょっと挨拶くらいはしておきたいじゃない」
「罠なのに?」
「罠でもよ」
この依頼状の目的はまだ分からない。だから、今回はヴィルの安全を優先とし、アリータと屋敷に残ってもらうつもりだった。
「今回は、俺が護衛に出る」
私が言おうとしていたことを見越したのか、ヴィルが押し切るように言った。
普段であれば、誰が護衛についてこようが構わない。しかし、今は狙われている人を連れて仕事するなんて、できるはずがない。
「ヴィルが護衛に出たら、アリータはどうするのよ?」
私はテーブルから身を乗り出し、ヴィルの胸ぐらを掴んだ。
「彼女は、クイーンと屋敷にいればいい」
彼は胸ぐらを掴まれたまま、私を見返してきた。
今度こそ、譲る気はないらしい。
私はその歯痒さに、舌打ちをした。
アリータは、部屋の扉を開けた。
「ヴィル様、お話は終わりま……え?」
そろそろ話が終わった頃だろうと、声をかけにきてみたが、タイミングを間違えてしまったらしい。
私は目の前の場面に、目を丸くした。
コナがヴィル様の胸ぐらを掴んで、すっごく恐い目で睨みつけていた。
喧嘩???
どうしよう、とおろおろする私に、扉の近くに立っていたクイーンさんが優しく声をかけてくれた。
「アリータちゃん、ごめんなさいね。あの二人、珍しく言い合い始めちゃって」
クイーンさんは、その“言い合い”をただ見ているだけであった。
「あの、止めなくていいんですか?」
私はコナのことも、ヴィル様のことも心配で、気が気ではなかった。
まさに、一触即発だ。
反対に、クイーンさんは落ち着いていて、何処か楽しんで見ているようにも見える。
「止めないワよ。だって、これはあの子たちの問題だから。今まで、こうならなかったのが不思議なくらいよ」
「……不思議、ですか?」
「そうよ」
私はまだコナのことも、ヴィル様のこともよく知らない。偶然、前の屋敷で出会っただけの、素性の知れない人たちだ。
けれど、この屋敷に来て、ヴィル様の護衛をして気づいたことがある。
ヴィル・カーティは、守り屋という仕事に、誰よりも真摯に向き合っている。
屋敷の警備と防犯対策は、毎日の業務。屋敷宛に届いた、新聞や郵便物に不審な物が入ってないかの確認。他にも、彼女の行動を常に把握し、庭などの事前の確認と周辺の警戒。
守り屋こそ、彼のプライドとも言える、働き振りであった。
「アリータちゃん、本当にヴィルちゃんのこと好きなのね。よく見てるワ」
クイーンさんは私にそう言うと、今回だけね、とウインクをした。
クイーンが手を叩いて、音を鳴らした。
「ほらほら、二人とも止めなさい。アリータちゃんが怖がってるワよ」
いつの間にか、部屋にアリータが入ってきていて、クイーンの横で小さくなっている。
私は掴んでいたヴィルの胸ぐらを離し、ソファーに座り直した。
「あなたたちが、話し合って決められないのなら、私が決めてあげるワ」
クイーンがテーブルを叩いた。
「今回は、ヴィルちゃんとアリータちゃんを、連れていきなさい」
「ちょ、クイーン?!」
私は、クイーンがこちら側だと思っていたので、心底驚いた。
しかも、アリータも一緒に、とはどういうことだろうか。
クイーンは有無を言わせない、鋭い目で私を見た。
「悪いけどね。こっちもそんな脆弱な男に守り屋やらせてるつもりはないワ。死んだらそれは自己責任。それに、屋敷だからって安全の保証もない。ヴィルちゃんを甘やかさないで頂戴」
クイーンを相手に、反論できるはずがない。完全な敗北であった。
ソファーの背に体を預けて、天井を仰ぐ。
「アリータは?彼女も連れて行く意味は?」
クイーンが微笑んだ。
「引き続き、ヴィルちゃんの護衛もあるけど。今のあなたたちじゃあ、ギスギスし合ってて、上手くやれるものもやれなくなっちゃいそうだから、見張りよ」
私は項垂れて白旗をあげた。
♢♢♢
依頼状の内容には、とある大学の教員の男、サモンド・ロベルタについて調べろとあった。
私の父の顔もあり、大学に入ることは難なくできた。
私とアリータは生徒に、ヴィルは新人教員として、扮している。
「ロベルタ先生は、何の先生でしょうか?」
アリータが教員の格好をしたヴィルを、チラチラと横目で見ながら言った。
私にはよくわからないが、アリータが言うには、『生徒と先生の関係なんて、おいしすぎる!』だ、そうだ。
「アリータ、わかっているわよね?ここでの私は、“ラゼッタ・ミランダ”よ」
この調子で大丈夫なのか、と心配になり、私は彼女に念を押す。
「わかっているわ!ラゼッタ」
親指を立てるアリータ。
不安でしかない。
「じゃあ、ここからヴィルとは別行動ね」
私は職員室の前で、彼に小声で言った。
「ああ。わかった」
「え!カーティ先生は一緒じゃないの?」
せっかく小声で話したのに、アリータが大きな声を出して驚く。
早くも頭が痛い。
私は嫌々と、駄々をこねる彼女を引っ張って、一つの研究室へと向かった。
サモンド・ロベルタは大学で、物理化学の教鞭をとり、薬学を専門に研究している。
彼が、職員室にいないときは、自分の研究室に籠もっているはずだ。
私は薬品の匂いが、鼻をつく廊下を進んで、“薬学研究室”と札がかかったドアを叩いた。
「はい」
と年配の男の声が、中から返事をした。
「失礼します。ロベルタ教授」
私はドアを開けて、アリータと研究室に入った。
研究室には、一人の男しかいなかった。歳と風貌から考えて、この男がサモンド・ロベルタらしかった。
サモンドはマスクで顔全体を覆っていた。
「君たちは誰だろう?」
彼の問いかけに、予め決めていた台詞で答える。
「私たちは薬学に興味があり、研究室で是非、ロベルタ教授から勉強させてもらいたいのです。研究員は足りていますか?私は、ラゼッタ・ミランダと申します。隣の彼女が、友人のアリータ・ヤナンです」
アリータが、ぎこちなく頭を下げて、挨拶をする。
「そうか、研究員志望の子たちだね。すまないが、私は昔、薬品で顔に火傷を負い、目もあまり見えていないんだ」
サモンドは、私たちが立つ位置から少しズレた所に向かって、話をしていた。
目が見えていないというのは、本当かもしれない。まだ確証はないが。
私は、サモンドの身の回りの補助をする代わりに、研究員として、彼の研究室の入室許可を求めた。
それはあっさりと、二つ返事で承諾された。
研究室を出ると、アリータは真っ先に職員室に行くと、鼻息を荒くした。
「だって、ヴィル様を見ることも私の仕事なんですもの!」
私は溜息を吐いた。
何だか趣旨が代わっているのは気のせいだろうか。
「ヴィルへの連絡は任せたわ。だけど、周りから目立たないようにね」
それを聞くや否や、アリータは一目散に、職員室に向かって、廊下を走っていった。
このとき既に、私たちに魔の手が、差し迫っていたのだった。
(「守り屋に転職した彼女 前編」終)
先程より腫れているらしい。熱を持って、じくりじくりとした痛みを感じる。
遡る事、一時間ほど前。
強く、硬い、まるで鉄球のような拳に、勢いよく殴られ、俺はそれを受け止める形で、後方に転がり倒れた。
すぐに立ち上がろうとしたが、受けた衝撃が強すぎたのか、しばらく平衡感覚がおかしくなり、視界が歪んでいた。口の中が切れ、血の味がする。
「彼女に撃たれようとしたって、どういうことよ?今度そんな真似したら、殴るだけじゃ済まないから。貴方には失望したワ、ヴィルちゃん」
俺を殴ったエミル・クイーンが言った。
クレイス・セアルに会うことを決めたとき、同時に自分の死も覚悟していた。俺の死で彼女が救われるのなら、それもまた守り屋としてするべきこと。そして、それが彼女の願いであり、一人にしてしまったことへの罪滅ぼしになるのならば。だから、俺は撃たれることを、受け入れようとした。
クイーンを失望させたことは申し訳なかった。しかし、解雇ではなく、殴り飛ばされただけで済んだことは、僥倖(ぎょうこう)であったと言える。
クレイスと交わした、“あの契約”の為に、俺はまだ守り屋を辞めるわけにはいかなかった。
クイーンは薄々とではあるが、こちらの隠し事に、気づいていたのかもしれない。
だが、クイーンにも彼女との契約内容については話す訳にはいかない。そのときが来るまでは。
その後、クイーンから少しの時間だけ暇をもらい、俺は街に出た。
彼女たちが会ったという、“ルキ”という少年に会えないかと思ったからだ。
その少年は、兄の最期を知っている。それに、リス・ライムについても聞きたいことがあった。
街の中を歩いていると、すれ違う人が皆、俺の顔を見て驚いていく。
もし、ルキという少年を見つけられたとしても、クイーンに殴られたこの顔では、怖がらせて逃げられてしまうかもしれない。
もう屋敷に戻ろうかと考え始めたとき、誰かに声をかけられた。
「あの!ヴィル様ではないですか?」
視線を下にすると、以前お世話になった女性がいた。
名前は確か、アリータ・ヤナン。ロマノフ・ダガの屋敷のメイドであった。
アリータは私服で、手に大きな鞄を一つ持っていた。
「こんな所でヴィル様に再びお会いできるなんて!奇跡です!運命です!きゃあー、運命なんてそんな私!」
と彼女は一人で興奮して叫び出す。
俺はそっと離れて、彼女から距離を取った。
「ヴィル様、顔のお怪我はどうされたのですか!?私に是非、手当させてくださいませ」
「……いえ、もう俺は屋敷に戻るので」
すると、今度は彼女、アリータは取っていた距離を縮め、こちらに迫ってきた。そして、俺の手を取り、懇願するように頭を下げた。
「ヴィル様!お願いします!私を屋敷に置いてくださいませんか!」
「…………」
きっと、これは悪夢なのだろう。実は、クイーンに殴られた後の俺は、まだあそこで気絶しており、そのまま眠ってしまったに違いない。
「メイドの仕事はもちろんのこと、スパイとしても、絶対に役に立ってみせます!だから、私を屋敷に置いてください!ヴィル様!」
「…………」
これ以上、街中で騒がせておく訳にもいかず、俺は仕方なく、本当に仕方なく、屋敷に連れ帰ることにした。
♢♢♢
私はヴィルとヴィルが連れ帰ってきた、アリータの顔を交互に見た。
「え?付き合ってるの?」
「きゃあー!そんなコナってば!」
「違う」
普段静かで大人しい、人畜無害な男が、苛立ちと殺意を顕にして否定してきた。
「本当、くやしいワ。ちょっと街に出ただけで、女の子連れて帰ってきちゃうなんて。いつからそんな罪深き男になっちゃったのかしら?」
クイーンの言葉に、ヴィルは一層、怒りを込めた目で睨む。
「で、話を真面目に戻すけど、アリータはどうして、街中にいたのよ?」
私はアリータに聞いた。
アリータはクイーンが出した紅茶を飲みながら、話を始める。
「実は、コナたちが出ていった後、屋敷が襲われたの」
屋敷を襲ったのは、三十人ほどの屈強な男たちだったらしく、アリータとロマノフ以外の人は、応接間に閉じ込められたという。
それは、メイド長のマーヤ・ナタリが戻った直後のことだった。
襲撃者たちが去ると、部屋には殴り殺されたロマノフの死体が遺されていた。
「ロマノフへの怨恨ってことかしら?」
クイーンが言う。
私が侵入したときも、ロマノフは何かを非常に恐れていた。それも異常なほどに。
クイーンの考える、怨恨も有り得るかもしれないが、それだけの襲撃であったようには思えない。
「ロマノフの秘密の部屋」
ヴィルの呟きに、私はハッとなった。
鍵を探しに部屋へ忍び込んだとき、ロマノフの机の引き出しから、爆弾の作り方について書かれた紙束を見つけた。
「となると、襲撃した奴らの目的は、ロマノフが隠し持っていた爆薬が目的か」
きっかけは、私が盗み出した、秘密の部屋の鍵であったに違いない。
「まんまと使われてしまった訳ね。それなら、もっと請求額足しとけば良かったわ」
私は後味の悪さに、溜息を吐いた。
「“本当”の鍵の依頼者は、分からないのよね?」
「ええ」
私はクイーンに頷いた。
話が全く分からないアリータだけが、首を傾げている。
「わかったわ。次が決まるまでだけど、アリータにはここで働いてもらいましょう」
「は?」
ヴィルが不服そうな声を出した。
「屋敷の主が亡くなって、解雇されたアリータちゃんが可愛そうよ。ヴィルちゃんもお世話になったんだから、恩返しするのは当然じゃない」
クイーンはそう言いながら、ヴィルの背後で笑う。
ヴィルにはご免だろうが、アリータが来たことは、私にとって好都合であった。
「アリータには、ヴィルを守ってもらうわ」
「私やるわ!ヴィル様の護衛」
アリータは喜んで食いついた。
ルキの話によれば、ヴィルはリスに狙われているらしい。
本人に、狙われているから屋敷で大人しくしておけと命じても、たぶんそれは聞かないだろう。こっそり、クイーンを護衛につけることも考えていたが、ネアの代わりの仕事もあるので、クイーンの負担が心配であった。
しかし、アリータであれば、問題はない。
守ってもらうとは言ったが、実際は側にいて、見守っているだけで良い。危険があれば、私かクイーンですぐに対処するつもりだ。
「俺は守り屋だ。守りなんて必要ない」
ヴィルが怒気を含ませた声で言った。
私を見る目が、冗談じゃない、と訴えている。だが、それはこちらの台詞でしかない。
「文句あるなら、今すぐパパに言って、貴方を解雇するわよ」
私は教会でルキと約束をした。ーー“ヴィルは必ず守る”と。この約束だけは何があっても破りたくない。ルキの為にも、コルンの為にも。
ヴィルは暫く黙っていたが、もういい、と諦めて、私の部屋を出ていった。
アリータが慌てて彼の後をついていく。
「はっきり言ってあげても良かったんじゃない?ヴィルちゃんに、ヴィルちゃんのお兄さんみたいに死んでほしくないって。男って言われなきゃ、一生わからない生き物よ」
私はクイーンの言葉に笑った。
「生憎、そんな優しい言葉を言ってあげるほど、可愛い女じゃないわ」
「これから大変になるわね」
クイーンが誰に言うともなく、真剣な面持ちで呟いた。
♢♢♢
アリータを雇って一週間後のことだった。
私に、一通の仕事の依頼状がきた。
仕事の内容は、さほど難しいものではなかったが、その差出人に不信感を持った。それは当然である。なぜならば、差出人のサインのロマノフ・ダガは、もうこの世にいるはずがない人物であったからだ。
私は依頼状を、ヴィルとクイーンにも見せた。
「この手紙は、ロマノフが死ぬ前に書いたってこと?」
「いや、消印有効が三日前だ」
「本当だワ。じゃあ、これは罠かもしれないってこと?」
そう考えるのが妥当だろう。
私がまだロマノフ・ダガの死を知らないと思っての依頼状なのか。はたまた、こちらが知っていることを把握した上で、挑戦状として送ってきたものなのか。
「どうせまた、この依頼を受けるとか言うんじゃないでしょうね?」
クイーンが顔をしかめる。
「当然。受けるわよ。これが、ロマノフの屋敷を襲撃した奴で、私に鍵を盗ませた人物だとしたら、ちょっと挨拶くらいはしておきたいじゃない」
「罠なのに?」
「罠でもよ」
この依頼状の目的はまだ分からない。だから、今回はヴィルの安全を優先とし、アリータと屋敷に残ってもらうつもりだった。
「今回は、俺が護衛に出る」
私が言おうとしていたことを見越したのか、ヴィルが押し切るように言った。
普段であれば、誰が護衛についてこようが構わない。しかし、今は狙われている人を連れて仕事するなんて、できるはずがない。
「ヴィルが護衛に出たら、アリータはどうするのよ?」
私はテーブルから身を乗り出し、ヴィルの胸ぐらを掴んだ。
「彼女は、クイーンと屋敷にいればいい」
彼は胸ぐらを掴まれたまま、私を見返してきた。
今度こそ、譲る気はないらしい。
私はその歯痒さに、舌打ちをした。
アリータは、部屋の扉を開けた。
「ヴィル様、お話は終わりま……え?」
そろそろ話が終わった頃だろうと、声をかけにきてみたが、タイミングを間違えてしまったらしい。
私は目の前の場面に、目を丸くした。
コナがヴィル様の胸ぐらを掴んで、すっごく恐い目で睨みつけていた。
喧嘩???
どうしよう、とおろおろする私に、扉の近くに立っていたクイーンさんが優しく声をかけてくれた。
「アリータちゃん、ごめんなさいね。あの二人、珍しく言い合い始めちゃって」
クイーンさんは、その“言い合い”をただ見ているだけであった。
「あの、止めなくていいんですか?」
私はコナのことも、ヴィル様のことも心配で、気が気ではなかった。
まさに、一触即発だ。
反対に、クイーンさんは落ち着いていて、何処か楽しんで見ているようにも見える。
「止めないワよ。だって、これはあの子たちの問題だから。今まで、こうならなかったのが不思議なくらいよ」
「……不思議、ですか?」
「そうよ」
私はまだコナのことも、ヴィル様のこともよく知らない。偶然、前の屋敷で出会っただけの、素性の知れない人たちだ。
けれど、この屋敷に来て、ヴィル様の護衛をして気づいたことがある。
ヴィル・カーティは、守り屋という仕事に、誰よりも真摯に向き合っている。
屋敷の警備と防犯対策は、毎日の業務。屋敷宛に届いた、新聞や郵便物に不審な物が入ってないかの確認。他にも、彼女の行動を常に把握し、庭などの事前の確認と周辺の警戒。
守り屋こそ、彼のプライドとも言える、働き振りであった。
「アリータちゃん、本当にヴィルちゃんのこと好きなのね。よく見てるワ」
クイーンさんは私にそう言うと、今回だけね、とウインクをした。
クイーンが手を叩いて、音を鳴らした。
「ほらほら、二人とも止めなさい。アリータちゃんが怖がってるワよ」
いつの間にか、部屋にアリータが入ってきていて、クイーンの横で小さくなっている。
私は掴んでいたヴィルの胸ぐらを離し、ソファーに座り直した。
「あなたたちが、話し合って決められないのなら、私が決めてあげるワ」
クイーンがテーブルを叩いた。
「今回は、ヴィルちゃんとアリータちゃんを、連れていきなさい」
「ちょ、クイーン?!」
私は、クイーンがこちら側だと思っていたので、心底驚いた。
しかも、アリータも一緒に、とはどういうことだろうか。
クイーンは有無を言わせない、鋭い目で私を見た。
「悪いけどね。こっちもそんな脆弱な男に守り屋やらせてるつもりはないワ。死んだらそれは自己責任。それに、屋敷だからって安全の保証もない。ヴィルちゃんを甘やかさないで頂戴」
クイーンを相手に、反論できるはずがない。完全な敗北であった。
ソファーの背に体を預けて、天井を仰ぐ。
「アリータは?彼女も連れて行く意味は?」
クイーンが微笑んだ。
「引き続き、ヴィルちゃんの護衛もあるけど。今のあなたたちじゃあ、ギスギスし合ってて、上手くやれるものもやれなくなっちゃいそうだから、見張りよ」
私は項垂れて白旗をあげた。
♢♢♢
依頼状の内容には、とある大学の教員の男、サモンド・ロベルタについて調べろとあった。
私の父の顔もあり、大学に入ることは難なくできた。
私とアリータは生徒に、ヴィルは新人教員として、扮している。
「ロベルタ先生は、何の先生でしょうか?」
アリータが教員の格好をしたヴィルを、チラチラと横目で見ながら言った。
私にはよくわからないが、アリータが言うには、『生徒と先生の関係なんて、おいしすぎる!』だ、そうだ。
「アリータ、わかっているわよね?ここでの私は、“ラゼッタ・ミランダ”よ」
この調子で大丈夫なのか、と心配になり、私は彼女に念を押す。
「わかっているわ!ラゼッタ」
親指を立てるアリータ。
不安でしかない。
「じゃあ、ここからヴィルとは別行動ね」
私は職員室の前で、彼に小声で言った。
「ああ。わかった」
「え!カーティ先生は一緒じゃないの?」
せっかく小声で話したのに、アリータが大きな声を出して驚く。
早くも頭が痛い。
私は嫌々と、駄々をこねる彼女を引っ張って、一つの研究室へと向かった。
サモンド・ロベルタは大学で、物理化学の教鞭をとり、薬学を専門に研究している。
彼が、職員室にいないときは、自分の研究室に籠もっているはずだ。
私は薬品の匂いが、鼻をつく廊下を進んで、“薬学研究室”と札がかかったドアを叩いた。
「はい」
と年配の男の声が、中から返事をした。
「失礼します。ロベルタ教授」
私はドアを開けて、アリータと研究室に入った。
研究室には、一人の男しかいなかった。歳と風貌から考えて、この男がサモンド・ロベルタらしかった。
サモンドはマスクで顔全体を覆っていた。
「君たちは誰だろう?」
彼の問いかけに、予め決めていた台詞で答える。
「私たちは薬学に興味があり、研究室で是非、ロベルタ教授から勉強させてもらいたいのです。研究員は足りていますか?私は、ラゼッタ・ミランダと申します。隣の彼女が、友人のアリータ・ヤナンです」
アリータが、ぎこちなく頭を下げて、挨拶をする。
「そうか、研究員志望の子たちだね。すまないが、私は昔、薬品で顔に火傷を負い、目もあまり見えていないんだ」
サモンドは、私たちが立つ位置から少しズレた所に向かって、話をしていた。
目が見えていないというのは、本当かもしれない。まだ確証はないが。
私は、サモンドの身の回りの補助をする代わりに、研究員として、彼の研究室の入室許可を求めた。
それはあっさりと、二つ返事で承諾された。
研究室を出ると、アリータは真っ先に職員室に行くと、鼻息を荒くした。
「だって、ヴィル様を見ることも私の仕事なんですもの!」
私は溜息を吐いた。
何だか趣旨が代わっているのは気のせいだろうか。
「ヴィルへの連絡は任せたわ。だけど、周りから目立たないようにね」
それを聞くや否や、アリータは一目散に、職員室に向かって、廊下を走っていった。
このとき既に、私たちに魔の手が、差し迫っていたのだった。
(「守り屋に転職した彼女 前編」終)
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