My heart is a secret

幸花

文字の大きさ
3 / 5

しおりを挟む
髪を撫でられている感触に、意識がゆっくりと浮上し、目を開ける。
「おはようございます」
立てた腕に頬杖をついた五月女さんが、私の頭を優しく撫でていた。
五月女さんがベッドの中にいる。それがわかった途端、床の上での出来事を思い出してしまう。
「お、おはようござい……ます」
私は何となく、布団の中に顔を沈めた。
「あれ?昨日の宮木さんはあんなに積極的だったのに、どうしたんですか?」
これは、絶対わざとだ。彼はわざと、私が恥ずかしがるように言っている。
「昨日って何かありました?」
私もわざと、とぼける振りをすると、五月女さんが布団をひつペがした。
「この胸の跡はなーんだ?」
「跡?」
自分の胸を見下ろす。露になった胸には、くっきりとキスマークの跡がいくつも残されていた。
「嘘?!五月女さんつけたんですか?」
恥ずかしくなった私は、ひっぺがされた布団を取り返し、慌ててそれを被った。
彼が悪戯っ子のように笑う。
「俺、宮木さんが思うような、優しい男なんかじゃないよ」
「え?」
それはどういう意味なの?
急に変わった真剣な眼差しに、私はたじろぐ。
「もしかすると、俺は宮木さんと彼を別れさせて、自分に頼るよう、こうして仕向けたのかもしれないよ」
どうして、彼がそんなことを言うのか、わからなかった。
言葉を失っていると、五月女さんはベッドから降り、シャツに腕を通して仕事に出かける支度をする。
私も支度しなければいけない。でも……。
気になって、彼の顔を見てみるが、その顔はもう職場の上司のものであった。

職場にいても、私は一人で、悶々としていた。
あの後も普通に、朝食をとってから二人で家を出て、出勤してきた。お互い無言のままであったが。
やっぱり、私が来たこと迷惑だったのだろうか。
「宮木さん大丈夫?」
そう後ろから話しかけてきたのは、“豊崎真希”であった。彼女は私の指導係であり、二つ上の先輩上司だ。
「豊崎さん!お疲れ様です」
「お疲れ様。でも、宮木さんの方が疲れひどそうだけど?」
「そう…、ですかね?」
疲れるようなことはしていないつもりだ。昨日の祐真とのことを除けば。
「さっきから溜め息ばっかり吐いてるわよ」
しっかりしてよ?と言うように、豊崎さんに肩を叩かれる。
私は彼女に苦笑いをする。
「私、ちょっと、顔洗いに行ってきます」
気分を入れ替える為、お手洗いに立った。
入社して日が浅い私は、まだまだ新人だ。覚えることもやることも山ほどある。考え事ばかりしているわけにはいかない。
仕事に集中しようと決めた矢先に、廊下の向こうから歩いてくる五月女さんの姿があった。
彼も私には気がついている。
このまますれ違う……はずだった。
「五月女さん!あの!」
仕事が終わったら、隣町に食材を買いに行くことを伝えようと思ったのだ。だが、五月女さんが驚いた顔で振り返り、唇に人差し指を当てた。そして、辺りを見る。
廊下には、私たちの姿しかない。
「五月女さん?」
小声で聞くと、五月女さんは警戒心がある様子で、周囲を気にしている。
「宮木さん。言ってなかったけど、職場では俺と関係あることは秘密にしてください」
「どうして、ですか?」
ごく当たり前の質問をしたつもりであったが、五月女さんは何故か言いにくそうにし、
「真希に聞いてみて」
と早口で言って、歩いていってしまった。
真希って、私が知っているのは、豊崎さんしか知らない。
彼に対する悩みがまた一つ増え、結局、仕事に集中することができなくなった。

私は、パンパンに膨らんだ買い物袋を両手に持って、五月女さんの家に帰った。
家の近くにもスーパーはあるが、いつもそこで買い物をしているので、祐真に会う可能性がなくはない。だから、私は少し離れた隣町まで買い物に行った。
買ったものを冷蔵庫に入れていると、五月女さんが帰ってきた。
「あれ?宮木さんの分のご飯も買ってきたのに」
廊下ですれ違ったときに言えなかったから、メールを入れようとしたが、一緒に買い物するとなると、また気まずい雰囲気になりそうで、メールできなかったのだ。
「私が買ってきたのは日持ちするので、大丈夫です。今晩は、五月女さんが買ってきてくれたものをいただきます」
気まずくならないように、明るく普段通りに言ったつもりだった。
なのに……。
「別に無理しなくていいよ。せっかく買ってきたんだから、そっち食べな」
私はここに来てから、一度も無理なんてしていない。
五月女さんが優しい言い方で、私を遠ざけようとする。今はそれが辛い。
「宮木さん?」
五月女さんがそうするなら、私にだって考えがある。
私は彼の首を捉えると、背伸びをして、顔を近づけた。
「五月女さん。私は邪魔ですか?ここにいたら、迷惑ですか?もしそうなら、私からのキスを拒んでください」
たっぷり三秒ほど考える時間を与えて、私は彼の唇に、軽くキスをしようとした。
お願いだから、拒まないで。私を受け入れて!
唇が触れ合いそうになる瞬間、五月女さんの手が私の後頭部に回り、キスをされる。
「……んっ」
軽くするだけのつもりだったのに、それはすぐに深く探り合うものになり、お互いを激しく求める。
このままエッチする流れになるのかな。そう思った。しかし、彼は舌を抜くと、私に背を向けて、「ごめん」と言った。
「何の“ごめん”?」
五月女さんはそれには、答えてくれなかった。
その夜、私たちはベッドで、お互いに背を向けて眠った。

会社の昼休み時間。
私は上司の豊崎さんに、“相談”という体で、話を聞くことにした。
「豊崎さん。この会社は、社内恋愛は禁止とかになってるんですか?」
すると、豊崎さんの目が光った、ような気がした。
「え!なになに?早速、気になる異性とかいた?」
豊崎さんは机から身を乗り出し、私の話に興味を示す。
「えーっと、まあ、そんなところです」
五月女さんに秘密にして欲しいと言われていたことを思い出し、曖昧に濁した。
「禁止ってわけじゃないけど。皆、職場はあくまで仕事をする場所って認識してるから。プライベートなことは、家帰ってやりな、ってとこかな」
「な、なるほど」
これは、暗黙の裏ルールとでも思っておけばよいだろうか?
でも、五月女さんはどうして、それを豊崎さんに聞くのように言ったのかはわからなかった。
「まあ、そんなとこだけど、実際はやっぱり、社内で恋愛発展なんてあることよね。宮木さんもどこまでいってるの?告白とかした?」
豊崎さんって、結構ぐいぐい来る人なんだな、と思う。
「告白は……まだしていません」
告白を飛ばして、もうヤッてしまったけれど。していないのは、事実だ。
「じゃあ、片思いってところ?」
「そんなところです」
「そうなのね。私、その片思い応援してあげる。だけど」
豊崎さんはそう言うと、急に声のトーンを低くし、私の耳に口を寄せた。
「五月女玲司は、やめときなさいね」
思わず、どうして?と聞きそうになった。
そこで、休憩時間の終わりのベルが鳴り、その理由は聞けなかった。

仕事が終わり、廊下に出たところで、階段の方から話し声がした。
「玲司。今晩、空いてる?」
豊崎さんの声だった。
今、豊崎さんは“玲司”と呼ばなかっただろうか。
気になって、私は声がした階段を、こっそりと覗いてみた。
階段の踊り場には、豊崎さんと五月女さんが、向き合うようにして立っていた。
「今晩は、無理」
「じゃあ、いつなら大丈夫?」
「明日なら」
「わかった。じゃあ、いつもの場所で」
二人の親しげな会話を盗み聞きしてしまった私は、何だか複雑な気持ちになった。
お互いを名前で呼び合っているということは、そういう仲だということで。
それなら、昼休みに聞けなかった、あの理由の意味がわかる。
色々と考えていると、話を終えた豊崎さんがこちらに来た。
ここで盗み聞きしていたことがバレたら、不味いと思い、私は一目散に彼の家まで逃げ帰った。
玄関のドアを閉めて、ようやく息をつく。
普通に彼の家に帰ってきてしまったが、良かったのだろうか。
部屋に上がるのも忘れて、玄関で座り込んでいると、遅れて五月女さんも帰ってきた。
「こんなところで、何してるの?」
彼が驚いて言った。
「すいません。少し気分が悪くなって」
気分が悪いのは、きっとここまで全力疾走したせいだと。そう自分に言い聞かせた。
「私、このまま部屋で休ませてもらいます」
「うん。そうして」
私は彼から逃げるようにして、部屋のベッドの中に入った。
いつの間にか、そのまま眠ってしまい、次に目を開けると朝になっていた。
五月女さんの姿は既になく、テーブルにゼリー飲料と置き手紙だけがあった。
置き手紙には、“今晩は遅くなるから、先に食べて寝ておいてください”と書かれていた。
今晩、五月女さんは豊崎さんと会う。たぶん、二人っきりで。
会社に行ったら、どんな顔をして豊崎さんに会えばいいのだろう。
私はまた気分が悪くなり、口元を手で覆った。

職場はあくまで仕事をする場所だ。
その言葉を心の中で、繰り返し唱えながら、気分が悪いまま職場に向かった。
しかし、そこでさらに、気分を悪くすることが起きた。
「咲楽!」
会社に入ろうとしたところで、祐真に呼び止められる。
まさか、会社にまでくるとは思わなかった。
「どうして、祐真がここにいるの?」
祐真が笑みを浮かべて、私の手を取ろうとした。
「触らないで!」
私はそれを声でけん性する。
「どうしたんだ?咲楽。俺は、お前を迎えにきたんだよ?」
「迎えに?」
「そうだよ。言っただろ?逃さないって」
怖い。彼に対して危険を感じ、咄嗟の判断で逃げようとした。
けれど、先に感じてしまった恐怖に足がすくむ。
「もうお前を追い出したりしないし、他の女のことは捨てるよ。だから、咲楽。帰ってこい」
「……嫌だ」
祐真が聞こえなかったとでも言うように、ゆっくりと首を傾げた。
手を捕まれ、引っ張られそうになったとき、誰かの声が入ってきた。
「おはよう、宮木さん」
私はその豊崎さんの声に、安心した。
祐真は豊崎さんを見て、手を話すと、私から離れて去った。
「ありがとうございます。豊崎さん」
「うん?何が?どうしたの?」
豊崎さんは何もわかっていないが、彼女のおかげで助けられた。だけど、それが五月女さんだったら良かったのに、とほんの一瞬だけ思ってしまった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

女性が少ない世界に転移しちゃったぁ!?

4036(シクミロ)
恋愛
男女比40:1の世界に転移した主人公 人のようで人ではなかった主人公が様々な人と触れ合い交流し、人になる話 温かい目で読んでいただけたら嬉しいですm(__)m  ※わかりにくい話かもです 

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...