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三
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髪を撫でられている感触に、意識がゆっくりと浮上し、目を開ける。
「おはようございます」
立てた腕に頬杖をついた五月女さんが、私の頭を優しく撫でていた。
五月女さんがベッドの中にいる。それがわかった途端、床の上での出来事を思い出してしまう。
「お、おはようござい……ます」
私は何となく、布団の中に顔を沈めた。
「あれ?昨日の宮木さんはあんなに積極的だったのに、どうしたんですか?」
これは、絶対わざとだ。彼はわざと、私が恥ずかしがるように言っている。
「昨日って何かありました?」
私もわざと、とぼける振りをすると、五月女さんが布団をひつペがした。
「この胸の跡はなーんだ?」
「跡?」
自分の胸を見下ろす。露になった胸には、くっきりとキスマークの跡がいくつも残されていた。
「嘘?!五月女さんつけたんですか?」
恥ずかしくなった私は、ひっぺがされた布団を取り返し、慌ててそれを被った。
彼が悪戯っ子のように笑う。
「俺、宮木さんが思うような、優しい男なんかじゃないよ」
「え?」
それはどういう意味なの?
急に変わった真剣な眼差しに、私はたじろぐ。
「もしかすると、俺は宮木さんと彼を別れさせて、自分に頼るよう、こうして仕向けたのかもしれないよ」
どうして、彼がそんなことを言うのか、わからなかった。
言葉を失っていると、五月女さんはベッドから降り、シャツに腕を通して仕事に出かける支度をする。
私も支度しなければいけない。でも……。
気になって、彼の顔を見てみるが、その顔はもう職場の上司のものであった。
職場にいても、私は一人で、悶々としていた。
あの後も普通に、朝食をとってから二人で家を出て、出勤してきた。お互い無言のままであったが。
やっぱり、私が来たこと迷惑だったのだろうか。
「宮木さん大丈夫?」
そう後ろから話しかけてきたのは、“豊崎真希”であった。彼女は私の指導係であり、二つ上の先輩上司だ。
「豊崎さん!お疲れ様です」
「お疲れ様。でも、宮木さんの方が疲れひどそうだけど?」
「そう…、ですかね?」
疲れるようなことはしていないつもりだ。昨日の祐真とのことを除けば。
「さっきから溜め息ばっかり吐いてるわよ」
しっかりしてよ?と言うように、豊崎さんに肩を叩かれる。
私は彼女に苦笑いをする。
「私、ちょっと、顔洗いに行ってきます」
気分を入れ替える為、お手洗いに立った。
入社して日が浅い私は、まだまだ新人だ。覚えることもやることも山ほどある。考え事ばかりしているわけにはいかない。
仕事に集中しようと決めた矢先に、廊下の向こうから歩いてくる五月女さんの姿があった。
彼も私には気がついている。
このまますれ違う……はずだった。
「五月女さん!あの!」
仕事が終わったら、隣町に食材を買いに行くことを伝えようと思ったのだ。だが、五月女さんが驚いた顔で振り返り、唇に人差し指を当てた。そして、辺りを見る。
廊下には、私たちの姿しかない。
「五月女さん?」
小声で聞くと、五月女さんは警戒心がある様子で、周囲を気にしている。
「宮木さん。言ってなかったけど、職場では俺と関係あることは秘密にしてください」
「どうして、ですか?」
ごく当たり前の質問をしたつもりであったが、五月女さんは何故か言いにくそうにし、
「真希に聞いてみて」
と早口で言って、歩いていってしまった。
真希って、私が知っているのは、豊崎さんしか知らない。
彼に対する悩みがまた一つ増え、結局、仕事に集中することができなくなった。
私は、パンパンに膨らんだ買い物袋を両手に持って、五月女さんの家に帰った。
家の近くにもスーパーはあるが、いつもそこで買い物をしているので、祐真に会う可能性がなくはない。だから、私は少し離れた隣町まで買い物に行った。
買ったものを冷蔵庫に入れていると、五月女さんが帰ってきた。
「あれ?宮木さんの分のご飯も買ってきたのに」
廊下ですれ違ったときに言えなかったから、メールを入れようとしたが、一緒に買い物するとなると、また気まずい雰囲気になりそうで、メールできなかったのだ。
「私が買ってきたのは日持ちするので、大丈夫です。今晩は、五月女さんが買ってきてくれたものをいただきます」
気まずくならないように、明るく普段通りに言ったつもりだった。
なのに……。
「別に無理しなくていいよ。せっかく買ってきたんだから、そっち食べな」
私はここに来てから、一度も無理なんてしていない。
五月女さんが優しい言い方で、私を遠ざけようとする。今はそれが辛い。
「宮木さん?」
五月女さんがそうするなら、私にだって考えがある。
私は彼の首を捉えると、背伸びをして、顔を近づけた。
「五月女さん。私は邪魔ですか?ここにいたら、迷惑ですか?もしそうなら、私からのキスを拒んでください」
たっぷり三秒ほど考える時間を与えて、私は彼の唇に、軽くキスをしようとした。
お願いだから、拒まないで。私を受け入れて!
唇が触れ合いそうになる瞬間、五月女さんの手が私の後頭部に回り、キスをされる。
「……んっ」
軽くするだけのつもりだったのに、それはすぐに深く探り合うものになり、お互いを激しく求める。
このままエッチする流れになるのかな。そう思った。しかし、彼は舌を抜くと、私に背を向けて、「ごめん」と言った。
「何の“ごめん”?」
五月女さんはそれには、答えてくれなかった。
その夜、私たちはベッドで、お互いに背を向けて眠った。
会社の昼休み時間。
私は上司の豊崎さんに、“相談”という体で、話を聞くことにした。
「豊崎さん。この会社は、社内恋愛は禁止とかになってるんですか?」
すると、豊崎さんの目が光った、ような気がした。
「え!なになに?早速、気になる異性とかいた?」
豊崎さんは机から身を乗り出し、私の話に興味を示す。
「えーっと、まあ、そんなところです」
五月女さんに秘密にして欲しいと言われていたことを思い出し、曖昧に濁した。
「禁止ってわけじゃないけど。皆、職場はあくまで仕事をする場所って認識してるから。プライベートなことは、家帰ってやりな、ってとこかな」
「な、なるほど」
これは、暗黙の裏ルールとでも思っておけばよいだろうか?
でも、五月女さんはどうして、それを豊崎さんに聞くのように言ったのかはわからなかった。
「まあ、そんなとこだけど、実際はやっぱり、社内で恋愛発展なんてあることよね。宮木さんもどこまでいってるの?告白とかした?」
豊崎さんって、結構ぐいぐい来る人なんだな、と思う。
「告白は……まだしていません」
告白を飛ばして、もうヤッてしまったけれど。していないのは、事実だ。
「じゃあ、片思いってところ?」
「そんなところです」
「そうなのね。私、その片思い応援してあげる。だけど」
豊崎さんはそう言うと、急に声のトーンを低くし、私の耳に口を寄せた。
「五月女玲司は、やめときなさいね」
思わず、どうして?と聞きそうになった。
そこで、休憩時間の終わりのベルが鳴り、その理由は聞けなかった。
仕事が終わり、廊下に出たところで、階段の方から話し声がした。
「玲司。今晩、空いてる?」
豊崎さんの声だった。
今、豊崎さんは“玲司”と呼ばなかっただろうか。
気になって、私は声がした階段を、こっそりと覗いてみた。
階段の踊り場には、豊崎さんと五月女さんが、向き合うようにして立っていた。
「今晩は、無理」
「じゃあ、いつなら大丈夫?」
「明日なら」
「わかった。じゃあ、いつもの場所で」
二人の親しげな会話を盗み聞きしてしまった私は、何だか複雑な気持ちになった。
お互いを名前で呼び合っているということは、そういう仲だということで。
それなら、昼休みに聞けなかった、あの理由の意味がわかる。
色々と考えていると、話を終えた豊崎さんがこちらに来た。
ここで盗み聞きしていたことがバレたら、不味いと思い、私は一目散に彼の家まで逃げ帰った。
玄関のドアを閉めて、ようやく息をつく。
普通に彼の家に帰ってきてしまったが、良かったのだろうか。
部屋に上がるのも忘れて、玄関で座り込んでいると、遅れて五月女さんも帰ってきた。
「こんなところで、何してるの?」
彼が驚いて言った。
「すいません。少し気分が悪くなって」
気分が悪いのは、きっとここまで全力疾走したせいだと。そう自分に言い聞かせた。
「私、このまま部屋で休ませてもらいます」
「うん。そうして」
私は彼から逃げるようにして、部屋のベッドの中に入った。
いつの間にか、そのまま眠ってしまい、次に目を開けると朝になっていた。
五月女さんの姿は既になく、テーブルにゼリー飲料と置き手紙だけがあった。
置き手紙には、“今晩は遅くなるから、先に食べて寝ておいてください”と書かれていた。
今晩、五月女さんは豊崎さんと会う。たぶん、二人っきりで。
会社に行ったら、どんな顔をして豊崎さんに会えばいいのだろう。
私はまた気分が悪くなり、口元を手で覆った。
職場はあくまで仕事をする場所だ。
その言葉を心の中で、繰り返し唱えながら、気分が悪いまま職場に向かった。
しかし、そこでさらに、気分を悪くすることが起きた。
「咲楽!」
会社に入ろうとしたところで、祐真に呼び止められる。
まさか、会社にまでくるとは思わなかった。
「どうして、祐真がここにいるの?」
祐真が笑みを浮かべて、私の手を取ろうとした。
「触らないで!」
私はそれを声でけん性する。
「どうしたんだ?咲楽。俺は、お前を迎えにきたんだよ?」
「迎えに?」
「そうだよ。言っただろ?逃さないって」
怖い。彼に対して危険を感じ、咄嗟の判断で逃げようとした。
けれど、先に感じてしまった恐怖に足がすくむ。
「もうお前を追い出したりしないし、他の女のことは捨てるよ。だから、咲楽。帰ってこい」
「……嫌だ」
祐真が聞こえなかったとでも言うように、ゆっくりと首を傾げた。
手を捕まれ、引っ張られそうになったとき、誰かの声が入ってきた。
「おはよう、宮木さん」
私はその豊崎さんの声に、安心した。
祐真は豊崎さんを見て、手を話すと、私から離れて去った。
「ありがとうございます。豊崎さん」
「うん?何が?どうしたの?」
豊崎さんは何もわかっていないが、彼女のおかげで助けられた。だけど、それが五月女さんだったら良かったのに、とほんの一瞬だけ思ってしまった。
続
「おはようございます」
立てた腕に頬杖をついた五月女さんが、私の頭を優しく撫でていた。
五月女さんがベッドの中にいる。それがわかった途端、床の上での出来事を思い出してしまう。
「お、おはようござい……ます」
私は何となく、布団の中に顔を沈めた。
「あれ?昨日の宮木さんはあんなに積極的だったのに、どうしたんですか?」
これは、絶対わざとだ。彼はわざと、私が恥ずかしがるように言っている。
「昨日って何かありました?」
私もわざと、とぼける振りをすると、五月女さんが布団をひつペがした。
「この胸の跡はなーんだ?」
「跡?」
自分の胸を見下ろす。露になった胸には、くっきりとキスマークの跡がいくつも残されていた。
「嘘?!五月女さんつけたんですか?」
恥ずかしくなった私は、ひっぺがされた布団を取り返し、慌ててそれを被った。
彼が悪戯っ子のように笑う。
「俺、宮木さんが思うような、優しい男なんかじゃないよ」
「え?」
それはどういう意味なの?
急に変わった真剣な眼差しに、私はたじろぐ。
「もしかすると、俺は宮木さんと彼を別れさせて、自分に頼るよう、こうして仕向けたのかもしれないよ」
どうして、彼がそんなことを言うのか、わからなかった。
言葉を失っていると、五月女さんはベッドから降り、シャツに腕を通して仕事に出かける支度をする。
私も支度しなければいけない。でも……。
気になって、彼の顔を見てみるが、その顔はもう職場の上司のものであった。
職場にいても、私は一人で、悶々としていた。
あの後も普通に、朝食をとってから二人で家を出て、出勤してきた。お互い無言のままであったが。
やっぱり、私が来たこと迷惑だったのだろうか。
「宮木さん大丈夫?」
そう後ろから話しかけてきたのは、“豊崎真希”であった。彼女は私の指導係であり、二つ上の先輩上司だ。
「豊崎さん!お疲れ様です」
「お疲れ様。でも、宮木さんの方が疲れひどそうだけど?」
「そう…、ですかね?」
疲れるようなことはしていないつもりだ。昨日の祐真とのことを除けば。
「さっきから溜め息ばっかり吐いてるわよ」
しっかりしてよ?と言うように、豊崎さんに肩を叩かれる。
私は彼女に苦笑いをする。
「私、ちょっと、顔洗いに行ってきます」
気分を入れ替える為、お手洗いに立った。
入社して日が浅い私は、まだまだ新人だ。覚えることもやることも山ほどある。考え事ばかりしているわけにはいかない。
仕事に集中しようと決めた矢先に、廊下の向こうから歩いてくる五月女さんの姿があった。
彼も私には気がついている。
このまますれ違う……はずだった。
「五月女さん!あの!」
仕事が終わったら、隣町に食材を買いに行くことを伝えようと思ったのだ。だが、五月女さんが驚いた顔で振り返り、唇に人差し指を当てた。そして、辺りを見る。
廊下には、私たちの姿しかない。
「五月女さん?」
小声で聞くと、五月女さんは警戒心がある様子で、周囲を気にしている。
「宮木さん。言ってなかったけど、職場では俺と関係あることは秘密にしてください」
「どうして、ですか?」
ごく当たり前の質問をしたつもりであったが、五月女さんは何故か言いにくそうにし、
「真希に聞いてみて」
と早口で言って、歩いていってしまった。
真希って、私が知っているのは、豊崎さんしか知らない。
彼に対する悩みがまた一つ増え、結局、仕事に集中することができなくなった。
私は、パンパンに膨らんだ買い物袋を両手に持って、五月女さんの家に帰った。
家の近くにもスーパーはあるが、いつもそこで買い物をしているので、祐真に会う可能性がなくはない。だから、私は少し離れた隣町まで買い物に行った。
買ったものを冷蔵庫に入れていると、五月女さんが帰ってきた。
「あれ?宮木さんの分のご飯も買ってきたのに」
廊下ですれ違ったときに言えなかったから、メールを入れようとしたが、一緒に買い物するとなると、また気まずい雰囲気になりそうで、メールできなかったのだ。
「私が買ってきたのは日持ちするので、大丈夫です。今晩は、五月女さんが買ってきてくれたものをいただきます」
気まずくならないように、明るく普段通りに言ったつもりだった。
なのに……。
「別に無理しなくていいよ。せっかく買ってきたんだから、そっち食べな」
私はここに来てから、一度も無理なんてしていない。
五月女さんが優しい言い方で、私を遠ざけようとする。今はそれが辛い。
「宮木さん?」
五月女さんがそうするなら、私にだって考えがある。
私は彼の首を捉えると、背伸びをして、顔を近づけた。
「五月女さん。私は邪魔ですか?ここにいたら、迷惑ですか?もしそうなら、私からのキスを拒んでください」
たっぷり三秒ほど考える時間を与えて、私は彼の唇に、軽くキスをしようとした。
お願いだから、拒まないで。私を受け入れて!
唇が触れ合いそうになる瞬間、五月女さんの手が私の後頭部に回り、キスをされる。
「……んっ」
軽くするだけのつもりだったのに、それはすぐに深く探り合うものになり、お互いを激しく求める。
このままエッチする流れになるのかな。そう思った。しかし、彼は舌を抜くと、私に背を向けて、「ごめん」と言った。
「何の“ごめん”?」
五月女さんはそれには、答えてくれなかった。
その夜、私たちはベッドで、お互いに背を向けて眠った。
会社の昼休み時間。
私は上司の豊崎さんに、“相談”という体で、話を聞くことにした。
「豊崎さん。この会社は、社内恋愛は禁止とかになってるんですか?」
すると、豊崎さんの目が光った、ような気がした。
「え!なになに?早速、気になる異性とかいた?」
豊崎さんは机から身を乗り出し、私の話に興味を示す。
「えーっと、まあ、そんなところです」
五月女さんに秘密にして欲しいと言われていたことを思い出し、曖昧に濁した。
「禁止ってわけじゃないけど。皆、職場はあくまで仕事をする場所って認識してるから。プライベートなことは、家帰ってやりな、ってとこかな」
「な、なるほど」
これは、暗黙の裏ルールとでも思っておけばよいだろうか?
でも、五月女さんはどうして、それを豊崎さんに聞くのように言ったのかはわからなかった。
「まあ、そんなとこだけど、実際はやっぱり、社内で恋愛発展なんてあることよね。宮木さんもどこまでいってるの?告白とかした?」
豊崎さんって、結構ぐいぐい来る人なんだな、と思う。
「告白は……まだしていません」
告白を飛ばして、もうヤッてしまったけれど。していないのは、事実だ。
「じゃあ、片思いってところ?」
「そんなところです」
「そうなのね。私、その片思い応援してあげる。だけど」
豊崎さんはそう言うと、急に声のトーンを低くし、私の耳に口を寄せた。
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思わず、どうして?と聞きそうになった。
そこで、休憩時間の終わりのベルが鳴り、その理由は聞けなかった。
仕事が終わり、廊下に出たところで、階段の方から話し声がした。
「玲司。今晩、空いてる?」
豊崎さんの声だった。
今、豊崎さんは“玲司”と呼ばなかっただろうか。
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「今晩は、無理」
「じゃあ、いつなら大丈夫?」
「明日なら」
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お互いを名前で呼び合っているということは、そういう仲だということで。
それなら、昼休みに聞けなかった、あの理由の意味がわかる。
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ここで盗み聞きしていたことがバレたら、不味いと思い、私は一目散に彼の家まで逃げ帰った。
玄関のドアを閉めて、ようやく息をつく。
普通に彼の家に帰ってきてしまったが、良かったのだろうか。
部屋に上がるのも忘れて、玄関で座り込んでいると、遅れて五月女さんも帰ってきた。
「こんなところで、何してるの?」
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「すいません。少し気分が悪くなって」
気分が悪いのは、きっとここまで全力疾走したせいだと。そう自分に言い聞かせた。
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「うん。そうして」
私は彼から逃げるようにして、部屋のベッドの中に入った。
いつの間にか、そのまま眠ってしまい、次に目を開けると朝になっていた。
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今晩、五月女さんは豊崎さんと会う。たぶん、二人っきりで。
会社に行ったら、どんな顔をして豊崎さんに会えばいいのだろう。
私はまた気分が悪くなり、口元を手で覆った。
職場はあくまで仕事をする場所だ。
その言葉を心の中で、繰り返し唱えながら、気分が悪いまま職場に向かった。
しかし、そこでさらに、気分を悪くすることが起きた。
「咲楽!」
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まさか、会社にまでくるとは思わなかった。
「どうして、祐真がここにいるの?」
祐真が笑みを浮かべて、私の手を取ろうとした。
「触らないで!」
私はそれを声でけん性する。
「どうしたんだ?咲楽。俺は、お前を迎えにきたんだよ?」
「迎えに?」
「そうだよ。言っただろ?逃さないって」
怖い。彼に対して危険を感じ、咄嗟の判断で逃げようとした。
けれど、先に感じてしまった恐怖に足がすくむ。
「もうお前を追い出したりしないし、他の女のことは捨てるよ。だから、咲楽。帰ってこい」
「……嫌だ」
祐真が聞こえなかったとでも言うように、ゆっくりと首を傾げた。
手を捕まれ、引っ張られそうになったとき、誰かの声が入ってきた。
「おはよう、宮木さん」
私はその豊崎さんの声に、安心した。
祐真は豊崎さんを見て、手を話すと、私から離れて去った。
「ありがとうございます。豊崎さん」
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