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四
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「それって、ストーカー行為に近いでしょ」
祐真のことを話した後、豊崎さんがズバッと言った。
たしかに、朝の出勤を狙って、会社の前で待ち伏せされるというのは、ストーカーかもしれない。
「警察に相談した方がいいんじゃない?」
「そうかもしれません。でも……」
でも、私がはっきりと別れを伝えていれば、こんなことはしなかったかもしれない。
「エスカレートされる前に、できることは自分から動いて、しておきなさいね?子供じゃないんだから」
豊崎さんのアドバイスに、私は小さく頷いた。
「あの、豊崎さん」
今夜、五月女さんと会うんですか?
彼女に直接、聞いてしまいそうになって、慌てて口を噤む。
そんなこと決まっている。だって、二人が階段で話していたのを盗み聞きしたのだから。
朝のこともあって、気持ちは落ち着かなかったが、何とかその日の仕事業務は終えた。
「じゃあ、私は少し用事があるから、先に上がるわね」
少しご機嫌な豊崎さんが私に一言言って、会社を出る。
「お疲れ様です」
私はその姿を見送った。
行き場のない私は、また彼の家に帰って、ベッドに倒れるように入る。
今頃、五月女さんは豊崎さんといるのだろう。
二人でご飯を食べて、お酒も呑んで。もしかしたら、今夜はもう帰ってこない?なんて。
急に目から涙が浮かんできて、悲しくなる。
「……お風呂に入ろう」
私しかいない部屋に、ポツリとした呟きが溢れた。
湯張りをした湯船に肩まで沈めると、幾分か悲しみは安らいだ。
ここを出るのは、まだ少しの先だと思っていたけれど、それはもうすぐのことになるかもしれない。
豊崎さんが言っていた、警察への相談も真剣に考えてみることにする。
気がついたら、お風呂に入って一時間半ほどが経っていた。
逆上せそうになって、風呂場を出ると、ちょうど玄関のドアが開いた。
「五月女さん。お帰りなさい」
私は目を合わせないように、少し顔を伏せる。
彼の顔を見たら、また余計なことまで聞いてしまいそうになる。
「宮木さん、大丈夫?」
「気分が悪かったことなら、もう大丈夫です」
彼はきっと、そっちの方が聞いているのだと思った。
しかし、彼は「じゃなくて」と言って、首を横に振った。
「彼氏さんが、会社の前で待ち伏せしてたんでしょ?真希から聞いた」
真希という呼び方に、また胸のあたりに痛みを感じる。
「それも、豊崎さんに助けられて、大丈夫でした」
私は何もなかったように、彼に答えた。
「それなら、良かった」
五月女さんは心から安堵したように息を吐いた。
「あの、五月女さん。ありがとうございました」
そう口にすると、何かを感じ取った彼は、不審そうに私の顔を覗き込んできた。
一歩離れて、距離を取る。
「宮木さん?」
私は、伸ばされる手を払った。
「私に触らないでください。気づいてないと思いますが、五月女さんから女の香水の匂いがしてますよ」
香水の匂いがわかるほど、豊崎さんと何をしていたの?
でも、もうそんなこと、どうでも良かった。
「……」
私は彼に背中を向けて、部屋のドアを閉めた。
こんなのは、私らしくない。思うように振舞えない。どうしてこうなってしまったのだろう。
胸の痛みが強くなったような気がした。
私はいつもより早く起き、台所の床で眠る彼を起こさないようにして出た。
早く出れば、祐真が待ち伏せしてても、会うことはない。
コンビニで、朝食のパンと缶コーヒーを買って、会社の飲食スペースで、一人朝食をとる。
食事を終えて、欠伸をしていると、豊崎さんの出勤してくるのが見えた。その彼女の横には、五月女さんがいる。
「おはよう。宮木さん」
「おはようございます」
「宮木さん、ここで朝食たべてたの?」
「今日は偶々で」
そんな会話をしていると、豊崎さんの後ろにいる、五月女さんが私をじっと見てきた。そして、その目が何を言っているのかが、なんとなくわかる。
(何で黙って出て、こんな所で朝食を食べてるんだ?)
私はそれを無視をする。
無視されたのが気に食わなかったのか、五月女さんは彼女に話かけた。
「真希。この子が昨日言ってた、お前の“可愛い”後輩か?」
私と五月女さんはここでは、初対面ということになっている。
「そうそう。彼女が宮木さん。宮木さん、こいつが五月女玲司」
私は紹介された五月女さんに軽く会釈した。彼は上司の顔で、私に挨拶をする。
「何度か社内でお見かけしましたが、こうしてお話するのは初めてですね」
「そう……ですね」
五月女さん何を企んでいるのだろう。
「宮木さん。もしよければ、今日の昼、一緒にランチにでも出ませんか?」
その言葉の裏には、もしよければ、ではなくて、来いという圧力が感じられる。
「玲司が女の子をランチを誘うなんて、どうしちゃったの?」
豊崎さんが驚いた目で、五月女さんを見る。
「宮木さんが行くなら、私もついて行こうかな」
彼女がそう言うと、五月女さんは「無理だろ」と一蹴した。
「真希は、早めに昼食とって、得意先への訪問の予定が入ってるって、さっき言ってなかったか?」
「あ……」
と呟いて、豊崎さんは落胆した。
「では、昼に会社の玄関付近で」
まだ返事もしていないのに、約束だけ残し、五月女さんは行ってしまった。
「宮木さん。この前にも言ったけど。玲司には気をつけてね」
彼の姿が見えなくなると、豊崎さんがそっと耳打ちをしてきた。
昼休み時間になり、私は言われた玄関まで降りた。
「宮木さん。こっち」
五月女さんの声がしたのは、玄関の裏の方からだった。
「五月女さん?そんな人目のない所で何してるんですか?」
五月女さんは見るからに不機嫌そうであった。
「朝のことですよ。何ですか?あれ。ありがとうございましたって言われて、朝起きたらいなくなってて。普通に驚いたんですけど」
彼が不機嫌になっている理由に、ようやく合点する。
「あれは、祐真のこともあったからで……」
それに、最近は五月女さんといることが気まずくて、空気が悪い。
彼は私の前で、盛大に溜め息を吐いた。
「真希に聞けって言ったのに、聞いてないでしょう?」
そう言えば、廊下ですれ違ったときに、そんなことも言われていた。
「社内恋愛は控えましょうねー。っていう裏ルールのことですよね?」
「違う」
話がわからなくなって困惑していると、玄関から騒がしい人の声が聞こえてきた。
昼を食べて帰ってきた社員の人たちだ。
「宮木さん動かないで」
「え?」
気づいたときには、私は隠されるように、五月女さんの腕に抱かれていた。
「あの、五月女さん?」
せっかく忘れかけていたのに、彼の熱を思い出してしまう。
慌てて彼の腕から逃げようとした。
「動かないでって言ってるのに。こうしたら、大人しくなる?」
耳元の声に顔を上げた途端、唇を塞がれる。
「ーーっ」
息が苦しくなって、彼のシャツの袖を引くと、ようやく解放された。
騒がしかった声はいなくなり、自分の激しい鼓動が聞こえる。
「ごめん。これ以上、ここにいたらお昼食べ損ねますね」
私には、今、彼が何を考えているのか、全くわからなかった。
二人で適当な近場で昼をとり、デスクに戻ると、豊崎さんから電話がかかってきた。
どうやら、訪問が終わったらしい。
「宮木さん。お昼どうだった?」
一瞬、ドキリとした。
「特に何もありませんでした」
そう答えると、電話の向こうで彼女が呟いた。
「じゃあ、私の考え過ぎかしら」
「考え過ぎ?」
「ううん。何でもない」
豊崎さんは、何をそんなに警戒しているの?
私は、五月女さんが言っていたこともはっきりさせたくて、電話のまま彼女に聞いた。
「あの、二人の関係って教えてもらってもいいですか?」
「二人って、玲司と私の?」
「はい」
数分ほど沈黙になってから、彼女は答えた。
「恋人」
「?!」
「……の設定かな」
「設定?」
電話では長くなるからと、詳しい話は、豊崎さんが戻ってきてから聞くことになった。
テーブルの上に、ビールが並々となったグラスを置かれる。
仕事後、私と豊崎さんと居酒屋にいた。
豊崎さんと呑みに来ていることは、五月女さんにメールで伝えている。
「最初に聞いておくけど。片思いの相手って、五月女玲司じゃないわよね?」
「……はい」
五月女さんとは、もう離れようと思ってるし、嘘ではない。
「それなら、話すけど。宮木さんがくる一年ほど前に、ちょっと困った後輩がいたのよ」
豊崎さんが言うその困った後輩は、五月女さんにべったりで、いつもついて歩いていたそうだ。
当然、五月女さんも、後輩の彼女の気持ちに気づいていた。
「玲司は、はっきり断ったんだけど、彼女はしつこいタイプだったというか。それだけ、彼女も惚れてたんでしょうね。それに、玲司も何だかんだ言って面倒見がいいでしょ?」
面倒見がいいのは、わかる。でなければ、誰もこんな面倒くさい状態の女を普通、家にはおかない。
豊崎さんは、串についた焼き鳥にかぶりついた。
「それで、玲司がその困った彼女のことを相談してきて。私が提案したの。私と玲司は付き合っている設定にすればいいって。つまり、振りね」
「なるほど。そうすれば、その後輩の方は諦めると」
「そのはずだったんだけどね」
「え?」
私はグラスを持ち上げようとした手を止め、豊崎さんを見た。
「それが余計、彼女を焦らせちゃって。彼女、職場で彼に体関係を迫ったのよ」
豊崎さんは淡々と話しているが、私がこのまま聞いてもいいのだろうか。
でも、聞けと言ったのは五月女さんだし。
迷っている間にも、話は続く。
「それでも、玲司は何もしてないんだけどね。それを見てた人がいて、当然、会社全体にその話は広がり。二人は会社を辞めさせられそうになったの」
「で、五月女さんはどうしたんですか?」
今でも五月女さんは会社で働いているのだから、辞職は免れたのだろうけど、話が会社の中で広がったのならば、さぞかし居辛くなったに違いない。
「私が社長に言ったの。本当は私と玲司が付き合っていたんだけど、彼女が無理矢理に、自分に向かせようとした。五月女玲司は被害者であり、何も悪いことはしていないって」
「じゃあ、豊崎さんは五月女さんの恩人?」
「まあ、そういうとこかしら」
だから、彼は私との関係を周りに隠そうとしたのだ。
私が過去にいた後輩と同じだと思われて、会社で居辛くならないように。
「そんなの言ってくれないと、わからないじゃないですか」
私は彼への不満を呟き、苦いビールを喉の奥に、一気に流し込んだ。
続
祐真のことを話した後、豊崎さんがズバッと言った。
たしかに、朝の出勤を狙って、会社の前で待ち伏せされるというのは、ストーカーかもしれない。
「警察に相談した方がいいんじゃない?」
「そうかもしれません。でも……」
でも、私がはっきりと別れを伝えていれば、こんなことはしなかったかもしれない。
「エスカレートされる前に、できることは自分から動いて、しておきなさいね?子供じゃないんだから」
豊崎さんのアドバイスに、私は小さく頷いた。
「あの、豊崎さん」
今夜、五月女さんと会うんですか?
彼女に直接、聞いてしまいそうになって、慌てて口を噤む。
そんなこと決まっている。だって、二人が階段で話していたのを盗み聞きしたのだから。
朝のこともあって、気持ちは落ち着かなかったが、何とかその日の仕事業務は終えた。
「じゃあ、私は少し用事があるから、先に上がるわね」
少しご機嫌な豊崎さんが私に一言言って、会社を出る。
「お疲れ様です」
私はその姿を見送った。
行き場のない私は、また彼の家に帰って、ベッドに倒れるように入る。
今頃、五月女さんは豊崎さんといるのだろう。
二人でご飯を食べて、お酒も呑んで。もしかしたら、今夜はもう帰ってこない?なんて。
急に目から涙が浮かんできて、悲しくなる。
「……お風呂に入ろう」
私しかいない部屋に、ポツリとした呟きが溢れた。
湯張りをした湯船に肩まで沈めると、幾分か悲しみは安らいだ。
ここを出るのは、まだ少しの先だと思っていたけれど、それはもうすぐのことになるかもしれない。
豊崎さんが言っていた、警察への相談も真剣に考えてみることにする。
気がついたら、お風呂に入って一時間半ほどが経っていた。
逆上せそうになって、風呂場を出ると、ちょうど玄関のドアが開いた。
「五月女さん。お帰りなさい」
私は目を合わせないように、少し顔を伏せる。
彼の顔を見たら、また余計なことまで聞いてしまいそうになる。
「宮木さん、大丈夫?」
「気分が悪かったことなら、もう大丈夫です」
彼はきっと、そっちの方が聞いているのだと思った。
しかし、彼は「じゃなくて」と言って、首を横に振った。
「彼氏さんが、会社の前で待ち伏せしてたんでしょ?真希から聞いた」
真希という呼び方に、また胸のあたりに痛みを感じる。
「それも、豊崎さんに助けられて、大丈夫でした」
私は何もなかったように、彼に答えた。
「それなら、良かった」
五月女さんは心から安堵したように息を吐いた。
「あの、五月女さん。ありがとうございました」
そう口にすると、何かを感じ取った彼は、不審そうに私の顔を覗き込んできた。
一歩離れて、距離を取る。
「宮木さん?」
私は、伸ばされる手を払った。
「私に触らないでください。気づいてないと思いますが、五月女さんから女の香水の匂いがしてますよ」
香水の匂いがわかるほど、豊崎さんと何をしていたの?
でも、もうそんなこと、どうでも良かった。
「……」
私は彼に背中を向けて、部屋のドアを閉めた。
こんなのは、私らしくない。思うように振舞えない。どうしてこうなってしまったのだろう。
胸の痛みが強くなったような気がした。
私はいつもより早く起き、台所の床で眠る彼を起こさないようにして出た。
早く出れば、祐真が待ち伏せしてても、会うことはない。
コンビニで、朝食のパンと缶コーヒーを買って、会社の飲食スペースで、一人朝食をとる。
食事を終えて、欠伸をしていると、豊崎さんの出勤してくるのが見えた。その彼女の横には、五月女さんがいる。
「おはよう。宮木さん」
「おはようございます」
「宮木さん、ここで朝食たべてたの?」
「今日は偶々で」
そんな会話をしていると、豊崎さんの後ろにいる、五月女さんが私をじっと見てきた。そして、その目が何を言っているのかが、なんとなくわかる。
(何で黙って出て、こんな所で朝食を食べてるんだ?)
私はそれを無視をする。
無視されたのが気に食わなかったのか、五月女さんは彼女に話かけた。
「真希。この子が昨日言ってた、お前の“可愛い”後輩か?」
私と五月女さんはここでは、初対面ということになっている。
「そうそう。彼女が宮木さん。宮木さん、こいつが五月女玲司」
私は紹介された五月女さんに軽く会釈した。彼は上司の顔で、私に挨拶をする。
「何度か社内でお見かけしましたが、こうしてお話するのは初めてですね」
「そう……ですね」
五月女さん何を企んでいるのだろう。
「宮木さん。もしよければ、今日の昼、一緒にランチにでも出ませんか?」
その言葉の裏には、もしよければ、ではなくて、来いという圧力が感じられる。
「玲司が女の子をランチを誘うなんて、どうしちゃったの?」
豊崎さんが驚いた目で、五月女さんを見る。
「宮木さんが行くなら、私もついて行こうかな」
彼女がそう言うと、五月女さんは「無理だろ」と一蹴した。
「真希は、早めに昼食とって、得意先への訪問の予定が入ってるって、さっき言ってなかったか?」
「あ……」
と呟いて、豊崎さんは落胆した。
「では、昼に会社の玄関付近で」
まだ返事もしていないのに、約束だけ残し、五月女さんは行ってしまった。
「宮木さん。この前にも言ったけど。玲司には気をつけてね」
彼の姿が見えなくなると、豊崎さんがそっと耳打ちをしてきた。
昼休み時間になり、私は言われた玄関まで降りた。
「宮木さん。こっち」
五月女さんの声がしたのは、玄関の裏の方からだった。
「五月女さん?そんな人目のない所で何してるんですか?」
五月女さんは見るからに不機嫌そうであった。
「朝のことですよ。何ですか?あれ。ありがとうございましたって言われて、朝起きたらいなくなってて。普通に驚いたんですけど」
彼が不機嫌になっている理由に、ようやく合点する。
「あれは、祐真のこともあったからで……」
それに、最近は五月女さんといることが気まずくて、空気が悪い。
彼は私の前で、盛大に溜め息を吐いた。
「真希に聞けって言ったのに、聞いてないでしょう?」
そう言えば、廊下ですれ違ったときに、そんなことも言われていた。
「社内恋愛は控えましょうねー。っていう裏ルールのことですよね?」
「違う」
話がわからなくなって困惑していると、玄関から騒がしい人の声が聞こえてきた。
昼を食べて帰ってきた社員の人たちだ。
「宮木さん動かないで」
「え?」
気づいたときには、私は隠されるように、五月女さんの腕に抱かれていた。
「あの、五月女さん?」
せっかく忘れかけていたのに、彼の熱を思い出してしまう。
慌てて彼の腕から逃げようとした。
「動かないでって言ってるのに。こうしたら、大人しくなる?」
耳元の声に顔を上げた途端、唇を塞がれる。
「ーーっ」
息が苦しくなって、彼のシャツの袖を引くと、ようやく解放された。
騒がしかった声はいなくなり、自分の激しい鼓動が聞こえる。
「ごめん。これ以上、ここにいたらお昼食べ損ねますね」
私には、今、彼が何を考えているのか、全くわからなかった。
二人で適当な近場で昼をとり、デスクに戻ると、豊崎さんから電話がかかってきた。
どうやら、訪問が終わったらしい。
「宮木さん。お昼どうだった?」
一瞬、ドキリとした。
「特に何もありませんでした」
そう答えると、電話の向こうで彼女が呟いた。
「じゃあ、私の考え過ぎかしら」
「考え過ぎ?」
「ううん。何でもない」
豊崎さんは、何をそんなに警戒しているの?
私は、五月女さんが言っていたこともはっきりさせたくて、電話のまま彼女に聞いた。
「あの、二人の関係って教えてもらってもいいですか?」
「二人って、玲司と私の?」
「はい」
数分ほど沈黙になってから、彼女は答えた。
「恋人」
「?!」
「……の設定かな」
「設定?」
電話では長くなるからと、詳しい話は、豊崎さんが戻ってきてから聞くことになった。
テーブルの上に、ビールが並々となったグラスを置かれる。
仕事後、私と豊崎さんと居酒屋にいた。
豊崎さんと呑みに来ていることは、五月女さんにメールで伝えている。
「最初に聞いておくけど。片思いの相手って、五月女玲司じゃないわよね?」
「……はい」
五月女さんとは、もう離れようと思ってるし、嘘ではない。
「それなら、話すけど。宮木さんがくる一年ほど前に、ちょっと困った後輩がいたのよ」
豊崎さんが言うその困った後輩は、五月女さんにべったりで、いつもついて歩いていたそうだ。
当然、五月女さんも、後輩の彼女の気持ちに気づいていた。
「玲司は、はっきり断ったんだけど、彼女はしつこいタイプだったというか。それだけ、彼女も惚れてたんでしょうね。それに、玲司も何だかんだ言って面倒見がいいでしょ?」
面倒見がいいのは、わかる。でなければ、誰もこんな面倒くさい状態の女を普通、家にはおかない。
豊崎さんは、串についた焼き鳥にかぶりついた。
「それで、玲司がその困った彼女のことを相談してきて。私が提案したの。私と玲司は付き合っている設定にすればいいって。つまり、振りね」
「なるほど。そうすれば、その後輩の方は諦めると」
「そのはずだったんだけどね」
「え?」
私はグラスを持ち上げようとした手を止め、豊崎さんを見た。
「それが余計、彼女を焦らせちゃって。彼女、職場で彼に体関係を迫ったのよ」
豊崎さんは淡々と話しているが、私がこのまま聞いてもいいのだろうか。
でも、聞けと言ったのは五月女さんだし。
迷っている間にも、話は続く。
「それでも、玲司は何もしてないんだけどね。それを見てた人がいて、当然、会社全体にその話は広がり。二人は会社を辞めさせられそうになったの」
「で、五月女さんはどうしたんですか?」
今でも五月女さんは会社で働いているのだから、辞職は免れたのだろうけど、話が会社の中で広がったのならば、さぞかし居辛くなったに違いない。
「私が社長に言ったの。本当は私と玲司が付き合っていたんだけど、彼女が無理矢理に、自分に向かせようとした。五月女玲司は被害者であり、何も悪いことはしていないって」
「じゃあ、豊崎さんは五月女さんの恩人?」
「まあ、そういうとこかしら」
だから、彼は私との関係を周りに隠そうとしたのだ。
私が過去にいた後輩と同じだと思われて、会社で居辛くならないように。
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