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#1.独立オメガ-1-
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おまえと出逢ったとき、"運命の人"だと思った。
出会い方は運命と言えるほど、綺麗じゃなかったかもしれない。
少し優しくされただけ。
でもなんか、ビビッと来たんだ。
ああこれが運命なんだって、そう思った。
側から見たら、ただの傷の舐め合いだと、不毛な関係だと言われるだろう。
それでも、運命だと信じたかった。
渚琉志は、社会人七年目の会社員である。新入社員を迎える時期になり、仕事の引き継ぎなどで非常に忙しく、残業もあって疲れが溜まっていた。
それでも琉志は仕事が休みの土曜日は、恋人の相沢悠透と会う約束をしている。
琉志と悠透は、交際を始めてからもう八年が経った。琉志は彼のことを非常に好いていて、毎週のように会っている。
この日も会う約束をしていて、早めに行こう…そう思っていたはずなのに、目を覚まし時計を見ると、時刻はもう昼の十二時を過ぎていた。
寝不足続きのせいで、不覚にもアラームを止めて二度寝してしまったようだ。
どこかへ出かけるわけではなく、待ち合わせの時間も特に決めていないので、あまり焦る必要はなかった。しかし、一緒に過ごす時間がわずかに減ったことに気分は沈む。
家にあった菓子パンを胃に流し込み、悠透に連絡を入れたあとすぐに家を出た。
外に出ると、空気は穏やかな春の陽気に包まれていた。
向かう途中に桜の木があり、淡いピンク色の花びらが風に舞っている。
そんな春の雰囲気に影響を受け、立ち寄ったコンビニでつい新商品の桜味スイーツを買ってしまった。
二人で分けて食べようと、桜餅と桜味のロールケーキをそれぞれ一つずつ買い、浮かれた気持ちで悠透の家へ向かう。
悠透が住むマンションに着き、エントランスの鍵を開けようとした時、琉志は合鍵を忘れたことに気がついた。
戻るのはさすがに面倒で、悠透がすでに起きているのは確認済みだった為、迷わずインターホンを押す。
「鍵は?」
「今日忘れて来たんだよー」
「今開ける」
エントランスが無事開けられ、エレベーターで上へ上がり部屋の前に着くと、悠透はドアを開けて待っていてくれた。
インターホンを鳴らした時に出て来てくれればいいのに、こういう気遣いをしてくれることが素直に嬉しい。
家の中に入り、もう見慣れた部屋を見渡す。いつ来ても悠透の部屋は片付いていて綺麗だ。部屋が広い分、収納場所に困らないから散らからないのかもしれない。
高層マンションの上の方だし、家具も高そうだしリビングの窓も大きい。ホテルかよっていう雰囲気で、最初は落ち着かなかったのを覚えている。
「ユウト最近また痩せたんじゃないか?」
「え?そうかな、気のせいだよ」
「仕事キツい?」
「いや、大したことない」
「ご飯は食べてる?」
「うん」
「…なら、いいんだけど」
悠透は最近、本当に疲れているような気がする。
ガリガリというほどではないが、昔よりは確実に痩せたし、クマも濃くなり、会うたびに顔がやつれていっているように見える。
いつも大丈夫と返されるが、恋人なんだから心配してしまう。食欲がないのか、寝れていないのか、ストレスなのか…色々と考える。
でも、琉志といる時は普通にご飯を食べているし、なんとなくはぐらかされてる気がして、これ以上しつこく聞いたり、心配の言葉はかけられないでいる。
「何でずっと立ってんの」
「いや、特に」
「おいで」
部屋に入るなり突っ立ってそんな考え事をしていると、ソファに座る悠透が腕を広げてそう言う。
二重で大きい目に、まつげが長く、鼻筋が通っていて、唇は少し厚みがある。誰が見てもイケメンだと言うような顔。
そんな整った顔をした男が、少し微笑んだ表情で腕を広げながら、おいでなんて言ってきたら誰だって惚れるだろう。
もう十年も一緒にいるはずなのに、緊張とときめきで死にそうになる。
二十九にもなってこの程度でドキドキしてしまうのが、若干情けない。
「重くないか」
「いつも乗ってるじゃん。それに安心する」
「そうかよ」
膝の上に跨り、向かい合って相手の体に身を委ねる。この時間がとてつもない幸せな時間に感じる。
付き合ってるんだ、ちゃんと恋人なんだという感じがするし、悠透の体温や匂い、心臓の音を感じられて好き。
基本琉志は悠透に甘やかされがちで、琉志本人もなぜか素直に甘えてしまう。昔の俺なら絶対にありえないなと、常日頃思っている。
というか、例えば会社の人とか、そういう悠透以外の人間からしたら、俺が甘える姿なんて想像できないだろう。
もちろん年齢もあるが、見た目だって童顔系でも犬系でも、中性的でもない。顔立ちは少しキツいし、身長もそれなり、体格も割とゴツい方だ。
それでいてこんな風に甘えてる、こんな姿悠透しか受け入れてくれない。
自分にとって悠透は唯一無二の存在なんだと改めて実感する。
「あっ、今日コンビニでデザート買ってきた!」
「んー?なんの?」
壁に掛けられた時計の針が三時を示していて、来る途中で買ってきたスイーツを陽気に取り出してみせた。
「桜餅と桜味のロールケーキ!」
「春っていう季節に飲まれすぎじゃないか?」
「なんか外出た瞬間にぶわーっと飲まれた」
「はは、可愛いな」
「バカにしたなこの」
「してないしてない」
悠透は笑顔を浮かべながらキッチンの方へ行き、飲み物を用意し始めた。そして、麦茶かカフェオレどっちがいいかを聞いてくれる。
悠透自身は緑茶かブラックコーヒーをよく飲んでいるが、琉志が苦いものをあまり好きではないと理解している為、麦茶とカフェオレも常備してくれているのだ。
その優しさに触れると胸がじんわり温かくなって、家の中にも和やかな雰囲気が流れる。
「リュウ」
悠透は琉志のことをリュウと呼ぶ。
親にも友達にも琉志としか呼ばれたことがなかったからか、悠透に初めてそう呼ばれたとき、若干の恥じらいがあった。だけどそれだけではなくて、特別感を感じて幸せな気持ちになったのもよく覚えている。
「ん?」
「見過ぎ」
いたずらの笑みを浮かべながらそう言われ、顔が熱くなる。
悠透はいつも琉志を揶揄って、照れている様子を見て楽しんでいる。でも別に嫌ではなくて、むしろ愛を感じるから好きでさえある。
「ロールケーキ激甘」
「甘いだけ?」
「食べてみ、口開けて」
「ん、あんま!」
「ふは、だよな。リュウ口にクリームついてる」
この胃もたれしそうな程の甘ったるい日常がとても心地よくて、この先も続けばいいのにと思う。
出会い方は運命と言えるほど、綺麗じゃなかったかもしれない。
少し優しくされただけ。
でもなんか、ビビッと来たんだ。
ああこれが運命なんだって、そう思った。
側から見たら、ただの傷の舐め合いだと、不毛な関係だと言われるだろう。
それでも、運命だと信じたかった。
渚琉志は、社会人七年目の会社員である。新入社員を迎える時期になり、仕事の引き継ぎなどで非常に忙しく、残業もあって疲れが溜まっていた。
それでも琉志は仕事が休みの土曜日は、恋人の相沢悠透と会う約束をしている。
琉志と悠透は、交際を始めてからもう八年が経った。琉志は彼のことを非常に好いていて、毎週のように会っている。
この日も会う約束をしていて、早めに行こう…そう思っていたはずなのに、目を覚まし時計を見ると、時刻はもう昼の十二時を過ぎていた。
寝不足続きのせいで、不覚にもアラームを止めて二度寝してしまったようだ。
どこかへ出かけるわけではなく、待ち合わせの時間も特に決めていないので、あまり焦る必要はなかった。しかし、一緒に過ごす時間がわずかに減ったことに気分は沈む。
家にあった菓子パンを胃に流し込み、悠透に連絡を入れたあとすぐに家を出た。
外に出ると、空気は穏やかな春の陽気に包まれていた。
向かう途中に桜の木があり、淡いピンク色の花びらが風に舞っている。
そんな春の雰囲気に影響を受け、立ち寄ったコンビニでつい新商品の桜味スイーツを買ってしまった。
二人で分けて食べようと、桜餅と桜味のロールケーキをそれぞれ一つずつ買い、浮かれた気持ちで悠透の家へ向かう。
悠透が住むマンションに着き、エントランスの鍵を開けようとした時、琉志は合鍵を忘れたことに気がついた。
戻るのはさすがに面倒で、悠透がすでに起きているのは確認済みだった為、迷わずインターホンを押す。
「鍵は?」
「今日忘れて来たんだよー」
「今開ける」
エントランスが無事開けられ、エレベーターで上へ上がり部屋の前に着くと、悠透はドアを開けて待っていてくれた。
インターホンを鳴らした時に出て来てくれればいいのに、こういう気遣いをしてくれることが素直に嬉しい。
家の中に入り、もう見慣れた部屋を見渡す。いつ来ても悠透の部屋は片付いていて綺麗だ。部屋が広い分、収納場所に困らないから散らからないのかもしれない。
高層マンションの上の方だし、家具も高そうだしリビングの窓も大きい。ホテルかよっていう雰囲気で、最初は落ち着かなかったのを覚えている。
「ユウト最近また痩せたんじゃないか?」
「え?そうかな、気のせいだよ」
「仕事キツい?」
「いや、大したことない」
「ご飯は食べてる?」
「うん」
「…なら、いいんだけど」
悠透は最近、本当に疲れているような気がする。
ガリガリというほどではないが、昔よりは確実に痩せたし、クマも濃くなり、会うたびに顔がやつれていっているように見える。
いつも大丈夫と返されるが、恋人なんだから心配してしまう。食欲がないのか、寝れていないのか、ストレスなのか…色々と考える。
でも、琉志といる時は普通にご飯を食べているし、なんとなくはぐらかされてる気がして、これ以上しつこく聞いたり、心配の言葉はかけられないでいる。
「何でずっと立ってんの」
「いや、特に」
「おいで」
部屋に入るなり突っ立ってそんな考え事をしていると、ソファに座る悠透が腕を広げてそう言う。
二重で大きい目に、まつげが長く、鼻筋が通っていて、唇は少し厚みがある。誰が見てもイケメンだと言うような顔。
そんな整った顔をした男が、少し微笑んだ表情で腕を広げながら、おいでなんて言ってきたら誰だって惚れるだろう。
もう十年も一緒にいるはずなのに、緊張とときめきで死にそうになる。
二十九にもなってこの程度でドキドキしてしまうのが、若干情けない。
「重くないか」
「いつも乗ってるじゃん。それに安心する」
「そうかよ」
膝の上に跨り、向かい合って相手の体に身を委ねる。この時間がとてつもない幸せな時間に感じる。
付き合ってるんだ、ちゃんと恋人なんだという感じがするし、悠透の体温や匂い、心臓の音を感じられて好き。
基本琉志は悠透に甘やかされがちで、琉志本人もなぜか素直に甘えてしまう。昔の俺なら絶対にありえないなと、常日頃思っている。
というか、例えば会社の人とか、そういう悠透以外の人間からしたら、俺が甘える姿なんて想像できないだろう。
もちろん年齢もあるが、見た目だって童顔系でも犬系でも、中性的でもない。顔立ちは少しキツいし、身長もそれなり、体格も割とゴツい方だ。
それでいてこんな風に甘えてる、こんな姿悠透しか受け入れてくれない。
自分にとって悠透は唯一無二の存在なんだと改めて実感する。
「あっ、今日コンビニでデザート買ってきた!」
「んー?なんの?」
壁に掛けられた時計の針が三時を示していて、来る途中で買ってきたスイーツを陽気に取り出してみせた。
「桜餅と桜味のロールケーキ!」
「春っていう季節に飲まれすぎじゃないか?」
「なんか外出た瞬間にぶわーっと飲まれた」
「はは、可愛いな」
「バカにしたなこの」
「してないしてない」
悠透は笑顔を浮かべながらキッチンの方へ行き、飲み物を用意し始めた。そして、麦茶かカフェオレどっちがいいかを聞いてくれる。
悠透自身は緑茶かブラックコーヒーをよく飲んでいるが、琉志が苦いものをあまり好きではないと理解している為、麦茶とカフェオレも常備してくれているのだ。
その優しさに触れると胸がじんわり温かくなって、家の中にも和やかな雰囲気が流れる。
「リュウ」
悠透は琉志のことをリュウと呼ぶ。
親にも友達にも琉志としか呼ばれたことがなかったからか、悠透に初めてそう呼ばれたとき、若干の恥じらいがあった。だけどそれだけではなくて、特別感を感じて幸せな気持ちになったのもよく覚えている。
「ん?」
「見過ぎ」
いたずらの笑みを浮かべながらそう言われ、顔が熱くなる。
悠透はいつも琉志を揶揄って、照れている様子を見て楽しんでいる。でも別に嫌ではなくて、むしろ愛を感じるから好きでさえある。
「ロールケーキ激甘」
「甘いだけ?」
「食べてみ、口開けて」
「ん、あんま!」
「ふは、だよな。リュウ口にクリームついてる」
この胃もたれしそうな程の甘ったるい日常がとても心地よくて、この先も続けばいいのにと思う。
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