ハロー ジュリアン!!

黄丸

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ハロー ファーストラブ!!

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 店内は意外にも広く、奥にはテーブル席が二つとカウンター席が四つ配置されており、天井にはシーリングファンがごうんごうん、と音をたてて回っている。
 淡いオレンジの光を放つ照明が先ほど声を発した店員の姿を浮かび上がらせた。

「ようこそ。お客さんが来るなんて珍しくってね、ちょっと驚いてしまって……」

 そうジュリアンに謝る茶色のエプロン姿の男性は、癖なのか見事にカールした黒髭を触りながら話を続ける。

「さて、お客様。……もしや、カフェと知らずにご入店されましたか?」

「えっ、あ、はい。ごめんなさい……もしかして会員制とかのカフェでしたか?」

 ジュリアンが恐る恐る尋ねると、店員は柔らかく微笑み、頭を振った。

「いえいえ、滅相もない。こちらこそ紛らわしい外見で惑わせてしまって」

 ジュリアンが相手とぎこちなく会話を続けていると、カウンター席から咳き込む声が聞こえてきた。
 そこでジュリアンは、店員ばかりを気にしていたが、もう一つの人影を見たことを思い出した。
 カウンター席に目をやると、手前から三番目の椅子に小さく肩を震わせる男が座っていた。

「ふふっ……あぁ、続けて。いや、つい面白くって……」

 ジュリアンはその言葉を聞いて顔が熱くなるのを感じた。それと同時に、なんて失礼な人なのかしら、一言言ってやらなきゃ、という怒りが沸沸とこみ上げてきた。
 店員を押し退け、ずんずんと未だに笑っている男へと歩む。
 バンッ、とカウンターに手を当て、息を吸い込む。

「あなたねぇ……!!」

 と、言いかけてジュリアンはそこで初めて男の顔を見てとれた。
 同年代とおぼしき男は、そんなジュリアンを見て肩をすくめる。

「悪意があったわけじゃないんだけど……気に障ったのなら謝るよ」

 ごめん、と涼やかな目元に謝罪の色を滲ませる男は、世間で言えばイケメンの部類に入るのだろう。
 ジュリアンはしばしその端整な顔立ちに目を奪われた。
 先の怒りはとうに頭から抜け出て、一気に現実に引き戻される。

「いや……いいわよ、別に……私も大きな音たてて申し訳ないわ」

 ジュリアンは叩いてしまったアンティーク調のカウンターを撫でる。
 この時とばかりに、ジュリアンは己の性格を呪った。

「そう?なら良かった」

 男はジュリアンに向かって首を傾げ、人懐っこそうに笑った。
 そして、考え込むように顎に手を当てる。

「そうだな……失礼なことをしてしまったお詫びに、僕の奢りで好きなもの頼んでいいよ」

「え!?そんな……そこまでしなくてもいいのよ?」

 ジュリアンは驚き、断ろうとした。
 しかし男はそんなジュリアンを見て、懇願するように言った。

「ううん。僕がしたいからするのさ。君はただ頷いてこの誘いに甘えて欲しい」

 そんなことを言われたら頷かないわけがない。
 男に座るよう促されるまま、ジュリアンは隣に腰を下ろした。
 カウンター内にはいつの間に移動したのか、店員がそそくさと二人の客をもてなす準備を進めている。

「ここのキャンディ(お菓子)たちはどれも美味しくてね……僕はこれにしようかな。君は?」

 男が手元のメニューをジュリアンが見やすいようにと体を寄せる。
 肩と肩が軽く当たる感触がダイレクトに伝わり、ジュリアンはその部分だけ火傷したように熱が集まるのを感じた。

「……大丈夫?」

「え?あ、どれもすごく美味しそうで、可愛くて、迷っちゃって……」

 男の声で慌ててメニューに目を通す。どうやら表がドリンク類、裏がケーキやサンドイッチなどの軽食類が載っているらしい。

「じゃあレモネードと、そうね……シフォンケーキにしようかしら」

 ジュリアンはあまり男の負担を掛けぬよう、一番安いものを選ぶことにした。

「よし、決まり!!」

 男はマスター(店員)を呼びつけ、ジュリアンと自分の注文を伝える。
 マスターがかしこまりました、と小さく頷き、機敏な動きでグラスや皿を取り出す。
 男はどうやらコーヒーのおかわりを頼んだようで、マスターが男の空になったカップにコーヒーを注いだ。
 男が小さく礼を述べ、満たされた液体を唇に運ぶ動作をジュリアンは呆けた顔で眺めていた。

「……そんなに見つめられると、ちょっと飲みにくいかな」

 カップを降ろし、男は困ったような顔を向ける。

「あっ、ごめんなさい……目を惹かれてしまって……」

 ジュリアンはすぐさま我に返り、男は再びコーヒーを口に含む。
 気まずい空気が流れる。

「……はい、お待ちどおさま。レモネードにシフォンケーキだよ」

 そんな静寂を掻き消すかのようにマスターがジュリアンの前に注文の品を置いた。

「わあっ……すごい、美味しそう!!」

 グラスに並々と注がれたレモネードと写真より明らかに大きいシフォンケーキがジュリアンの食欲をそそった。

「……あら?メニューには生クリームとラズベリーなんてなかったけど……」

 ジュリアンがそう呟くと、マスターは親指と人差し指をくっつけ、唇の前でファスナーを閉じる仕草(内緒だよ)をして、ついでにウィンクもしてみせた。
 そういうことなら、とジュリアンは微笑み、いよいよケーキに手をつけた。

「いただきまーす!!」

「おぉ!やっぱりいつ見ても美味しそうだなぁ」

 男はジュリアンが頼んだ品を覗きこみ、賞賛の言葉を贈る。
 マスターはいやいやそんな、などと謙遜しながらも心なしか嬉しそうだった。
 ジュリアンは舌鼓を打ちながらケーキを堪能する。

「んー、フワッとしてて、でもしつこくなくて……」

「……ねぇ、僕にも一口くれない?」

 男からの爆弾発言に、ジュリアンは喉を詰まらせ激しく咳き込んだ。
 グラスを掴み取りレモネードを一気に胃に流し込む。
 口内で泡が弾けて痛い。

「うっ……今、なんて……?」

「ん?一口くれないって言ったんだけど……ダメかな?」

「いっ、いえ。もちろん!!」

 焦って声が上擦る。
 ジュリアンは男が言った言葉を反芻する。
 そもそもこれは男の金で払っているものであって、もちろん男に食べる権利がある。
 深い意味もない。
 フォークとナイフを渡せばいいだけの話だ。

「はい!どうぞ!!」

 ジュリアンはまだ残っているシフォンケーキを切り分け、フォークに刺し、銀の柄ごと相手に渡そうとした時だった。
 するりと男の手がジュリアンのフォークを持つ手首を掴み、そのまま自らの口元へと運ぶ。
 男の歯がフォークに当たり、その振動が手に伝わる。 

「……んー、甘いなぁ……」

 口の端についたクリームをナプキンで拭き取りながら満足げに溜め息をつく。
 一方、ジュリアンは今起きた行動に理解が追いつかず、フォークをゆっくりと皿に戻すことでなんとか頭を働かせていた。
 そんな努力はいざ知らず、男は無邪気な顔でジュリアンに問いかける。

「あれ?まだケーキ残ってるけど、食べないの?」

「……うん。朝ご飯、食べ過ぎちゃったかも……よかったらどうぞ」

 ジュリアンは半ば強引に皿を男へ押しやり、気を鎮めるためレモネードをちびちびと飲んだ。
 男はジュリアンの言葉に目を輝かせながらシフォンケーキを頬張る。
 ジュリアンのグラスも残りわずかになり、ケーキも一欠片になったところで、そういえば、とマスターが切り出した。

「よくこのカフェを見つけられましたね。何も目印なんてつけてないのに……もしかして、この先に有名人でも来ていましたか?」

 冗談めかした物言いに、ジュリアンは笑いながら答える。

「いいえ。たまたま大学の方向だったので……」

 ジュリアンはそこで勢いよく席を立った。椅子がひっくり返り床に鈍い衝撃が走る。
 二人が唖然としているのも意に介さず、スマホを起動すると、電子時計はすでに10時を超していた。
 ジュリアンは悲鳴を上げ、すぐさまリュックを担いだ。

「すっ、すみません……!!遅刻してたの、すっかり忘れていました……!!」

「そ、そうだったんですね……」

「レモネードとケーキ、とても美味しかったです!!奢ってくれて、ありがとうございます!!」

「いや、僕こそ、君のおかげで楽しかったよ」

 倒れた椅子を起き上がらせながら、ジュリアンは引き気味のマスターと男に手短に感謝の言葉を告げる。
 二人に手を振りながら、慌ただしくドアを開ける彼女を呼び止める声が聞こえた。
 なにか、と言う風の表情で振り向けば、男が一際大きな声で、

「いってらっしゃい。また来てね」

 その言葉が、その笑顔が、ジュリアンの胸を締めつける。

「……いってきます……!!」

 店を出て、路地を抜け出て、ジュリアンはさらに走る。
 心臓が強く鳴っているのを感じる。
 熱くなった体を冷ますように吹く風が心地よい。
 あの男の声が脳内でこだまする。

「……また来てもいいんだ……」

 嬉しい。
 こんなに幸せな気分になるなんて、何年ぶりだろう。
 早く大学を終わらせて、あの人に会いたい。
 またあの時間に戻りたい。

 もしかして、これが。

「……恋っていうもの……かしら?」




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