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マッチングアプリで出会った相手が推しアイドルで溺愛されてるとか誰が信じるの? 〜言質取られて逃げ場を無くした男の話〜
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「待った?」
そこに現れたのは紛れもない推しの子だった。あまりの出来事に走馬燈を見た気がする。
なぜこんな事になった?
それは数日前の事……。
「彼女ほしぃ……」
酔っぱらってつい本音がポロリ。
今思えばこれが運命の転機だった。
一緒に呑んでた友人にこの一言をもらした時、そいつは言った。
「マッチングアプリでも使えば? 俺はそれで彼女出来たぞ?」
驚天動地とはこの事である。その友人と俺はモテない仲間だったはずなのに。
裏切られた思いでその日は更に酒をガンガン摂取し肝臓に負担をかけた。
ベロンベロンになって帰宅し、誰も待つ人のない六畳一間へと転げ込む。
ベッドに横になりながら友人の言葉を思い出し、マッチングアプリとやらに登録してみた。
普段なら鼻で笑って流すところだが、彼女が出来たぞという奴の言葉の暴力たるや凄まじいまでの威力だったのだ。
部屋中に貼られたアイドルのポスターに見つめられながら、なんとも虚しい気持ちになる。
俺には推しの子さえいればいい。そう思っていたはずなのになんと意志の弱い事か。
彼女は伊藤 来美。いわゆる地下アイドルと言うやつで、俺はこの半年間ライブの度に彼女に会いに行き、それはもう熱狂的に推した。
ツインテールがチャームポイントであざといまでの可愛らしさ。
グッズは全て三セットずつ買い、観賞用保存用保存用とした。布教? そんな事はしない。遠くに行ってほしくなかったから。
でも彼女の人気に火がつくのはあっという間だった。
雑誌に取り上げられ、CDはインディーズチャート一位を獲得。
段々と手の届かない存在になっていった。
握手会も回を増すごとに短時間になり、やがて俺は気付いてしまった。
夢を見るのはこのくらいにしろ。
相手は俺なんて札束にしか見えてないんだ現実を見ろ。
それに気付いたら無性に寂しくなって、ライブに行けなくなってしまった。
そこであのポロリである。
彼女がほしい。俺だけを見つめ返してくれる彼女が。
マッチングアプリなんかでそんな運命的な出会いできるわけ無い。そう思っていた。
もやもやしながら寝落ちして、翌朝アプリに通知が来ていたのだが、俺は怒りに震えた。
だって推しアイドルと同姓同名の登録名。ふざけてる。友人のイタズラかと思ったくらいだ。
偶然同姓同名にしても伊藤はともかく来美なんてそんなに居るか?
課金式の出会い系サイトへ誘導されるに違いない。俺は騙されないぞ。
そんなふうに思いつつも、もしかしたらこの人も伊藤来美ファンかもしれないという可能性が頭をよぎる。
女性でも地下アイドルファンは多い。それなら共通の趣味があるだけ仲良くなりやすいのでは?
そんなちょっとした期待も含めて返事をしてみた。
そしたらどうだ。そいつは伊藤来美本人だと言い張る。更なる怒りが俺に満ちていった。
しかもそいつは尋常じゃないほどグイグイくるのである。
これは美人局というやつだろうか? でも、だとしてもどうしてこんな分かりやすい嘘を?
俺はその真意を知りたくて茶番に付き合い続けた。そして一週間。
会って話がしたいと連絡が来る。
迷った。会ってどうする? 俺はきっと怒鳴り散らしてしまうだろう。
でもここまで俺の推しアイドルを騙る奴の顔くらい見てやりたい気持ちが拭えなかった。
待ち合わせ場所に違う女が来たらその場で切り上げて帰ればいい。
そう思いOKの返事をして、実際待ち合わせをしたが相手は少し遅れるとの事。
ほら来たよ。なんて思っていたところで今に至る。
「待った? ごめんなさい遅くなっちゃって……」
「あ、えっ……? は? えぇぇ?? なんで!? 何がどうなってる?」
「ど、どうしたの? 大丈夫?」
現れた少女は間違いなく伊藤来美本人だった。髪は結んでないし服装も地味。サングラスに帽子スタイルだが俺には分かる。
半年間想い続けた相手の顔を間違えるはずが無い。
ホクロの位置や声まで同じなのだから疑いようがなかった。
俺は事故にでもあって夢を見てるんじゃないかとさえ思った。
でも彼女が俺の手を取り、耳元で呟いた瞬間現実に戻る。
「ここだと人目もあるし落ち着いたところいこ?」
俺は「あぁ」だか「うぅ」だか言いながら手を引かれ歩く。
そして気が付けば伊藤来美はゆったりとしたソファに座り、俺の隣にいた。
リアルに心が追いついてこない。
対面にもソファはあるのになぜ隣? しかもこんなに密着してるの?
上目遣いで俺を見て、手のひらを重ねてくるの?
そもそもここはどこだ。
心ここにあらず状態でついてきてしまったがここは噂に聞くラブなホテルなのでは?
「急にこんな所に連れてきてごめんね。軽い女だと思われちゃったかな……?」
ええ、そうですね。
俺は跳ね上がる心音とともに、頭の中に氷山が出来上がりつつあった。
推しのアイドルはこんなにも軽い女で、マッチングアプリで知り合った相手と即ラブなホテルに入ってしまうような子だった。
驚き、喜び、落胆。
感情がぐちゃぐちゃである。
「私も初めてだったから入るとき緊張しちゃった」
そう言いながら伊藤来美が笑う。
本当か? それは信じていいやつか?
だとしたらなぜ俺なんだ?
疑問に疑問が積み重なっていく。
「やっぱり信じてもらえない? でも私はいつもライブに来てくれて毎回熱い想いを語ってくれた貴方だから……」
伊藤来美は俺が自身のファンであると知っていた。多くのファンの中から俺が選ばれた?
現実味がなさすぎる。
「お、おかしい。絶対におかしい。確かに俺は君の事が大好きだ。でもあんなサイトで俺って特定できる訳が……」
そう。マッチングアプリに登録した名前は偽名だ。昔のあだ名であるチェキラゲバラというふざけた名前である。
「わかるよ。だってチェキラゲバラなんて名前使う人が他にいるわけないもん」
「……あ?」
頭真っ白。俺のあだ名がチェキラゲバラだと知っている?
「も、もしかして君は……」
「うん、初対面じゃないよ。私はずっと君の事が好きだったの。ライブ会場で会ったときすぐに分かったよ? 久しぶりに会って背も伸びてたし大人っぽくなってたけど、キラ君だなって」
吉良。本当はキチヨシというダサい名前なのだが、俺は小学生の頃周りに「キラと呼んでくれ!」なんて言っていた。
つまり、この子は小学生の頃の同級生……?
伊藤来美が? マジで?
こんな可愛い子いたか? 記憶にない。
俺が通っていた小学校は確かにクラスが多かったし、覚えてない相手なんか山ほどいる。
だとしても俺が伊藤来美ほど可愛い子を覚えてないなんて……。
「分かってると思うけど、伊藤来美は本名じゃないよ?」
芸名、というやつだろう。それなら名前を覚えてなくても当然だ。でもでも、外見も大きく変わっていると?
昔はそんなに可愛くなかったとか、太っていたとか??
「ち、ちなみに君はどうして俺の事が好きだったの……?」
「恥ずかしいなぁ。話さなきゃだめ?」
「頼む。それを聞かないと頭の整理がつかない」
伊藤来美ほ顔を赤くして少し悩んでから、俯きがちに語りだす。可愛すぎか。
「好きな理由は沢山あるよ。でもきっかけはね、私がクラスでイジメられてたのを助けてくれた事かな」
「……?? 悪いが記憶にないぞ」
そこまで接点があったのに覚えてないなんて事ある?
「……忘れちゃってても仕方ないよ。キラ君皆に優しかったし。でも隣の席になっていろんな話して、私はとっても幸せだった。結局気持ちを伝えられなかったけど、こうやってまた会えたのが本当に嬉しい」
「待て待て待て、隣の席だと?」
小学校の六年間に席替えは何度も経験している。その中で隣になった事がある奴……。
駄目だ、全然見当がつかない。余程外見が変わってるとしか思えないがこいついったい誰なんだ?
「私ね、来月末でアイドルやめるんだ」
「待て、情報が多すぎてマジ混乱中なんだが……ってやめんの!? なんで!?」
人気うなぎ登りの今彼女がアイドルやめる理由がない。
「家庭の事情……っていうのかな。どちらかというと私個人の事情かも」
それ以上はあまり聞いてほしくなさそうにしていたので深堀はできなかった。
「それでね、アイドルやめるからこれからは自由に恋愛もできるなーって思って……気まぐれで登録したんだ。最初は適当な名前で登録んだけど、キラ君見つけちゃったから……」
それで俺の気を引く為に伊藤来美の名前を使った??
「でも勘違いしないで。登録したのはほんとに気まぐれで、誰でも良かったとかじゃないから! 最近キラ君ライブ来なくなったでしょ? それで、私以外の子を好きになっちゃったのかなって悲しくなって……」
確かに、俺はここ二回ほどライブには行ってなかった。でも二回だけだぞ?
「毎回、それもファーストライブから来てくれてたのに二度も来ないなんてきっと私の事嫌いになっちゃったんだって思って……それでヤケクソ気味に登録したんだけど、チェキラゲバラって名前見て運命感じちゃった。もうここで押すしかない! って」
「お、おう……だいたいの流れは理解した」
「で、どう? 私じゃ駄目かな?」
どう答えればいい?
本当にいいのか??
「駄目って……どういう意味で聞いてるの?」
「もう、いじわる! ……私じゃ、恋人にしてもらえない?」
伊藤来美が俺の胸に体重を預けて上目遣いで見つめてくる。
脳みそが溶けてしまいそうだった。
断る理由なんて0.00000001%も存在しない。
「お、俺で良ければつ、つつ付き合って下さい!」
「ほんとに? 私と、付き合ってくれる? 嘘ついたら許さないよ……?」
俺のシャツをグッと掴みながら彼女の手が震えた。
「絶対に嘘はつかない。何があっても俺は君と添い遂げると誓う」
添い遂げるとか言ってしまった。恥ずかしい……。
「嬉しい……今、言質とったからね?」
そう言って彼女はスマホを取り出し、先程の俺の言葉をリピートする。
録音していたらしい。そこまでする?
でもその相手が伊藤来美なのだから全て許せてしまう不思議。
「ねぇ、こんな事言ったら嫌われちゃうかもだけど、嫌いにならない?」
「な、何を? 俺は何言われても嫌ったりしないし、もう恋人だろ? 絶対に君から離れないよ。安心して言ってごらん」
なんだろう? 実は借金がめっちゃあるとかかな? 少し不安だけど、俺はもう心に誓ったのだ。何があってもこの子を守る。
「あのね、その……」
彼女は恥ずかしそうに指をくっつけたり離したりしている。可愛すぎて辛い。
「一緒に……お風呂入ろ?」
「なんですって?」
聞き間違いかもしれない。
「もう、やっぱりいじわるだぁ……何度も言わせないでよ。一緒にお風呂入ろ? ここは、そういうところだよ?」
マジで?
俺、推しと風呂に入るの?
そういう所って、その後もって事??
気が動転しすぎて声が震える。
「お、おおお、俺でよろしければぜひおともつかまつる!」
「なにそれぇ♫ キラ君ってやっぱり可愛いなぁ☆彡」
可愛いのはあなたです!
「じゃあ……いこ?」
伊藤来美は俺の手を取り、立ち上がらせる。足が震えて生まれたばかりの子鹿同然の俺に密着して、支えてくれた。
「緊張してる? ……私も、だよ」
つれーっ! マジで可愛すぎて死ぬ!
伊藤来美が、あの伊藤来美がぁっ!!
……待て、結局この子、誰?
「あのさ、君の事俺本当に思い出せなくて……その、気を悪くしないでほしいんだけど、名前を教えてくれないか?」
「聞いても約束は守ってくれる?」
「大事なのは今だろ? 君が誰でも俺の気持ちは変わらないよ」
推しのアイドルと付き合える事を考えたらこの子の過去なんてどうだっていい。
ただ俺は名前を知りたい。
「ありがとう……」
そう言って彼女は背伸びをした。
俺の唇に柔らかい物が触れる。
ふ、ふぉぉぉぉ!?
「私の名前は伊藤 雷蔵だよ」
ふぉぉぉぉぉ!!!
………お??
「なんですって?」
「だから、伊藤雷蔵」
伊藤雷蔵、伊藤雷蔵。
記憶を辿る。俺の記憶が正しければ確かに隣の席になったしいろいろ話もした。イジメから庇った事もある。
だが男だ。
「ら、らいぞう? あの、らいぞう?」
「うん♪ キラ君、大好きだよ☆彡」
今度はシャツの胸元をグイっと引っ張られ、再びキスされた。
俺は呆然としながらも、その細い腕に似つかわしくないたくましさを感じていた。
――――――――――――――――――――――
ほら、純愛だったでしょう?
伊藤来美という名前の時点でオチに気付いた人とは多分仲良くなれる。
毎日投稿してるファンタジーもよろしくなのです!
そこに現れたのは紛れもない推しの子だった。あまりの出来事に走馬燈を見た気がする。
なぜこんな事になった?
それは数日前の事……。
「彼女ほしぃ……」
酔っぱらってつい本音がポロリ。
今思えばこれが運命の転機だった。
一緒に呑んでた友人にこの一言をもらした時、そいつは言った。
「マッチングアプリでも使えば? 俺はそれで彼女出来たぞ?」
驚天動地とはこの事である。その友人と俺はモテない仲間だったはずなのに。
裏切られた思いでその日は更に酒をガンガン摂取し肝臓に負担をかけた。
ベロンベロンになって帰宅し、誰も待つ人のない六畳一間へと転げ込む。
ベッドに横になりながら友人の言葉を思い出し、マッチングアプリとやらに登録してみた。
普段なら鼻で笑って流すところだが、彼女が出来たぞという奴の言葉の暴力たるや凄まじいまでの威力だったのだ。
部屋中に貼られたアイドルのポスターに見つめられながら、なんとも虚しい気持ちになる。
俺には推しの子さえいればいい。そう思っていたはずなのになんと意志の弱い事か。
彼女は伊藤 来美。いわゆる地下アイドルと言うやつで、俺はこの半年間ライブの度に彼女に会いに行き、それはもう熱狂的に推した。
ツインテールがチャームポイントであざといまでの可愛らしさ。
グッズは全て三セットずつ買い、観賞用保存用保存用とした。布教? そんな事はしない。遠くに行ってほしくなかったから。
でも彼女の人気に火がつくのはあっという間だった。
雑誌に取り上げられ、CDはインディーズチャート一位を獲得。
段々と手の届かない存在になっていった。
握手会も回を増すごとに短時間になり、やがて俺は気付いてしまった。
夢を見るのはこのくらいにしろ。
相手は俺なんて札束にしか見えてないんだ現実を見ろ。
それに気付いたら無性に寂しくなって、ライブに行けなくなってしまった。
そこであのポロリである。
彼女がほしい。俺だけを見つめ返してくれる彼女が。
マッチングアプリなんかでそんな運命的な出会いできるわけ無い。そう思っていた。
もやもやしながら寝落ちして、翌朝アプリに通知が来ていたのだが、俺は怒りに震えた。
だって推しアイドルと同姓同名の登録名。ふざけてる。友人のイタズラかと思ったくらいだ。
偶然同姓同名にしても伊藤はともかく来美なんてそんなに居るか?
課金式の出会い系サイトへ誘導されるに違いない。俺は騙されないぞ。
そんなふうに思いつつも、もしかしたらこの人も伊藤来美ファンかもしれないという可能性が頭をよぎる。
女性でも地下アイドルファンは多い。それなら共通の趣味があるだけ仲良くなりやすいのでは?
そんなちょっとした期待も含めて返事をしてみた。
そしたらどうだ。そいつは伊藤来美本人だと言い張る。更なる怒りが俺に満ちていった。
しかもそいつは尋常じゃないほどグイグイくるのである。
これは美人局というやつだろうか? でも、だとしてもどうしてこんな分かりやすい嘘を?
俺はその真意を知りたくて茶番に付き合い続けた。そして一週間。
会って話がしたいと連絡が来る。
迷った。会ってどうする? 俺はきっと怒鳴り散らしてしまうだろう。
でもここまで俺の推しアイドルを騙る奴の顔くらい見てやりたい気持ちが拭えなかった。
待ち合わせ場所に違う女が来たらその場で切り上げて帰ればいい。
そう思いOKの返事をして、実際待ち合わせをしたが相手は少し遅れるとの事。
ほら来たよ。なんて思っていたところで今に至る。
「待った? ごめんなさい遅くなっちゃって……」
「あ、えっ……? は? えぇぇ?? なんで!? 何がどうなってる?」
「ど、どうしたの? 大丈夫?」
現れた少女は間違いなく伊藤来美本人だった。髪は結んでないし服装も地味。サングラスに帽子スタイルだが俺には分かる。
半年間想い続けた相手の顔を間違えるはずが無い。
ホクロの位置や声まで同じなのだから疑いようがなかった。
俺は事故にでもあって夢を見てるんじゃないかとさえ思った。
でも彼女が俺の手を取り、耳元で呟いた瞬間現実に戻る。
「ここだと人目もあるし落ち着いたところいこ?」
俺は「あぁ」だか「うぅ」だか言いながら手を引かれ歩く。
そして気が付けば伊藤来美はゆったりとしたソファに座り、俺の隣にいた。
リアルに心が追いついてこない。
対面にもソファはあるのになぜ隣? しかもこんなに密着してるの?
上目遣いで俺を見て、手のひらを重ねてくるの?
そもそもここはどこだ。
心ここにあらず状態でついてきてしまったがここは噂に聞くラブなホテルなのでは?
「急にこんな所に連れてきてごめんね。軽い女だと思われちゃったかな……?」
ええ、そうですね。
俺は跳ね上がる心音とともに、頭の中に氷山が出来上がりつつあった。
推しのアイドルはこんなにも軽い女で、マッチングアプリで知り合った相手と即ラブなホテルに入ってしまうような子だった。
驚き、喜び、落胆。
感情がぐちゃぐちゃである。
「私も初めてだったから入るとき緊張しちゃった」
そう言いながら伊藤来美が笑う。
本当か? それは信じていいやつか?
だとしたらなぜ俺なんだ?
疑問に疑問が積み重なっていく。
「やっぱり信じてもらえない? でも私はいつもライブに来てくれて毎回熱い想いを語ってくれた貴方だから……」
伊藤来美は俺が自身のファンであると知っていた。多くのファンの中から俺が選ばれた?
現実味がなさすぎる。
「お、おかしい。絶対におかしい。確かに俺は君の事が大好きだ。でもあんなサイトで俺って特定できる訳が……」
そう。マッチングアプリに登録した名前は偽名だ。昔のあだ名であるチェキラゲバラというふざけた名前である。
「わかるよ。だってチェキラゲバラなんて名前使う人が他にいるわけないもん」
「……あ?」
頭真っ白。俺のあだ名がチェキラゲバラだと知っている?
「も、もしかして君は……」
「うん、初対面じゃないよ。私はずっと君の事が好きだったの。ライブ会場で会ったときすぐに分かったよ? 久しぶりに会って背も伸びてたし大人っぽくなってたけど、キラ君だなって」
吉良。本当はキチヨシというダサい名前なのだが、俺は小学生の頃周りに「キラと呼んでくれ!」なんて言っていた。
つまり、この子は小学生の頃の同級生……?
伊藤来美が? マジで?
こんな可愛い子いたか? 記憶にない。
俺が通っていた小学校は確かにクラスが多かったし、覚えてない相手なんか山ほどいる。
だとしても俺が伊藤来美ほど可愛い子を覚えてないなんて……。
「分かってると思うけど、伊藤来美は本名じゃないよ?」
芸名、というやつだろう。それなら名前を覚えてなくても当然だ。でもでも、外見も大きく変わっていると?
昔はそんなに可愛くなかったとか、太っていたとか??
「ち、ちなみに君はどうして俺の事が好きだったの……?」
「恥ずかしいなぁ。話さなきゃだめ?」
「頼む。それを聞かないと頭の整理がつかない」
伊藤来美ほ顔を赤くして少し悩んでから、俯きがちに語りだす。可愛すぎか。
「好きな理由は沢山あるよ。でもきっかけはね、私がクラスでイジメられてたのを助けてくれた事かな」
「……?? 悪いが記憶にないぞ」
そこまで接点があったのに覚えてないなんて事ある?
「……忘れちゃってても仕方ないよ。キラ君皆に優しかったし。でも隣の席になっていろんな話して、私はとっても幸せだった。結局気持ちを伝えられなかったけど、こうやってまた会えたのが本当に嬉しい」
「待て待て待て、隣の席だと?」
小学校の六年間に席替えは何度も経験している。その中で隣になった事がある奴……。
駄目だ、全然見当がつかない。余程外見が変わってるとしか思えないがこいついったい誰なんだ?
「私ね、来月末でアイドルやめるんだ」
「待て、情報が多すぎてマジ混乱中なんだが……ってやめんの!? なんで!?」
人気うなぎ登りの今彼女がアイドルやめる理由がない。
「家庭の事情……っていうのかな。どちらかというと私個人の事情かも」
それ以上はあまり聞いてほしくなさそうにしていたので深堀はできなかった。
「それでね、アイドルやめるからこれからは自由に恋愛もできるなーって思って……気まぐれで登録したんだ。最初は適当な名前で登録んだけど、キラ君見つけちゃったから……」
それで俺の気を引く為に伊藤来美の名前を使った??
「でも勘違いしないで。登録したのはほんとに気まぐれで、誰でも良かったとかじゃないから! 最近キラ君ライブ来なくなったでしょ? それで、私以外の子を好きになっちゃったのかなって悲しくなって……」
確かに、俺はここ二回ほどライブには行ってなかった。でも二回だけだぞ?
「毎回、それもファーストライブから来てくれてたのに二度も来ないなんてきっと私の事嫌いになっちゃったんだって思って……それでヤケクソ気味に登録したんだけど、チェキラゲバラって名前見て運命感じちゃった。もうここで押すしかない! って」
「お、おう……だいたいの流れは理解した」
「で、どう? 私じゃ駄目かな?」
どう答えればいい?
本当にいいのか??
「駄目って……どういう意味で聞いてるの?」
「もう、いじわる! ……私じゃ、恋人にしてもらえない?」
伊藤来美が俺の胸に体重を預けて上目遣いで見つめてくる。
脳みそが溶けてしまいそうだった。
断る理由なんて0.00000001%も存在しない。
「お、俺で良ければつ、つつ付き合って下さい!」
「ほんとに? 私と、付き合ってくれる? 嘘ついたら許さないよ……?」
俺のシャツをグッと掴みながら彼女の手が震えた。
「絶対に嘘はつかない。何があっても俺は君と添い遂げると誓う」
添い遂げるとか言ってしまった。恥ずかしい……。
「嬉しい……今、言質とったからね?」
そう言って彼女はスマホを取り出し、先程の俺の言葉をリピートする。
録音していたらしい。そこまでする?
でもその相手が伊藤来美なのだから全て許せてしまう不思議。
「ねぇ、こんな事言ったら嫌われちゃうかもだけど、嫌いにならない?」
「な、何を? 俺は何言われても嫌ったりしないし、もう恋人だろ? 絶対に君から離れないよ。安心して言ってごらん」
なんだろう? 実は借金がめっちゃあるとかかな? 少し不安だけど、俺はもう心に誓ったのだ。何があってもこの子を守る。
「あのね、その……」
彼女は恥ずかしそうに指をくっつけたり離したりしている。可愛すぎて辛い。
「一緒に……お風呂入ろ?」
「なんですって?」
聞き間違いかもしれない。
「もう、やっぱりいじわるだぁ……何度も言わせないでよ。一緒にお風呂入ろ? ここは、そういうところだよ?」
マジで?
俺、推しと風呂に入るの?
そういう所って、その後もって事??
気が動転しすぎて声が震える。
「お、おおお、俺でよろしければぜひおともつかまつる!」
「なにそれぇ♫ キラ君ってやっぱり可愛いなぁ☆彡」
可愛いのはあなたです!
「じゃあ……いこ?」
伊藤来美は俺の手を取り、立ち上がらせる。足が震えて生まれたばかりの子鹿同然の俺に密着して、支えてくれた。
「緊張してる? ……私も、だよ」
つれーっ! マジで可愛すぎて死ぬ!
伊藤来美が、あの伊藤来美がぁっ!!
……待て、結局この子、誰?
「あのさ、君の事俺本当に思い出せなくて……その、気を悪くしないでほしいんだけど、名前を教えてくれないか?」
「聞いても約束は守ってくれる?」
「大事なのは今だろ? 君が誰でも俺の気持ちは変わらないよ」
推しのアイドルと付き合える事を考えたらこの子の過去なんてどうだっていい。
ただ俺は名前を知りたい。
「ありがとう……」
そう言って彼女は背伸びをした。
俺の唇に柔らかい物が触れる。
ふ、ふぉぉぉぉ!?
「私の名前は伊藤 雷蔵だよ」
ふぉぉぉぉぉ!!!
………お??
「なんですって?」
「だから、伊藤雷蔵」
伊藤雷蔵、伊藤雷蔵。
記憶を辿る。俺の記憶が正しければ確かに隣の席になったしいろいろ話もした。イジメから庇った事もある。
だが男だ。
「ら、らいぞう? あの、らいぞう?」
「うん♪ キラ君、大好きだよ☆彡」
今度はシャツの胸元をグイっと引っ張られ、再びキスされた。
俺は呆然としながらも、その細い腕に似つかわしくないたくましさを感じていた。
――――――――――――――――――――――
ほら、純愛だったでしょう?
伊藤来美という名前の時点でオチに気付いた人とは多分仲良くなれる。
毎日投稿してるファンタジーもよろしくなのです!
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