俺たちに夏はない

カイトの冒険の中の人

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第一章

賽は投げられた

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 「な、何を……!?」

 驚愕の事態に幸村の思考回路が停止する。
 店先で起こった非日常のドラマに、コンビニの客、店員が一斉に色めき立つ。


 「誰か、今すぐ警察を呼んでください。この人、女の敵なんです!」

 ガラス越しの群衆に、少女は今にも泣き出しそうな顔でアピールした。

 「お前なぁ……」

 事態の収拾はもはや不可能だった。
 相手が誰であれ、痴漢は容疑をかけられた方が圧倒的に不利であったし、まして相手が涙を浮かべた女子高生ともなれば、幸村に味方する存在など皆無に等しいだろう。
 下手に弁明をするとかえって不利になると判断した幸村は、沙苗を無視して逃亡することにした。

 ――逃亡? 何一つやましいことはしてないのに……?

 コンビニの中にいる陪審員に悲しげな目で無実を訴えかけると、幸村は一目散に改札口を目指す。

 「何よ? 逃げるつもり?」

 背後で非難の声が上がったが、完全無視を決め込んだ。
 あの改札口にさえたどり着ければこの惨状から解放される。
 電車に乗ってしまえば、もう二度とあの少女に顔を合わせることもない。
 そんな幸村の儚い希望は次の瞬間に崩れ去った。
 前の方から先ほどの警察官が歩いてきたのだ。
 幸村と警察官の目があった瞬間、少女が大声で叫んだ。

 「お巡りさん、助けてッ!」

 警察官は何が起こったのか、さっぱりわからないというように少女と幸村を交互に見た。

 「この人お兄ちゃんでも何でもないの、ただの痴漢なの。さっきは無理矢理に脅されて妹だって嘘ついたの!」

 少女は幸村に指を突きつけそう言い放つと、さらに追い打ちをかける。

 「痴漢だけじゃないわ! 今、私を誘拐しようとしてたの! 助けてお巡りさん!」
 『痴漢』『誘拐』というキーワードに反応したのか、警察官は本来の職務を思い出すと、足早に幸村に向かってきた。

 「ち、違うんです、僕は何も……」
 「いいから一歩も動くな! そこにいろよッ」

 その形相と口調から、警察官が幸村の話を信じる可能性は限りなくゼロであった。
 コンビニの中の連中も、幸村の味方につくとは到底思えない……
 完全にアウェイの洗礼の中、幸村は途方に暮れたように、ふと沙苗に目をやった。
 彼女は幸村と目があった瞬間、優しい笑みを浮かべてみせた。

 「…………」

 その微笑みが幸運の女神だとは到底思えなかったが、今の限られた選択肢の中では、最良の結果に導いてくれそうな気がした。
 幸村は脱兎の如く少女の元へ駆け戻ると、勢いよく自転車のスタンドを外した。

 「乗れッ!」

 自らが運転席に座ると急いで沙苗を促す。
 少女は躊躇うこと無く後部座席に飛び乗ると、幸村の耳元で囁いた。

 「賽は投げられたわ」

 その言葉と同時に、幸村は勢いよくペダルを漕ぎだした。
 幸村が自暴自棄になって、少女を強引に誘拐したのだと都合よく自己解釈した警察官は、全速力で自転車を追いかけ出す。

 「待ってろ、凶悪犯から助けてやるからな」

 それが正義感なのか、分泌されたアドレナリンなのか本人にもわかっていないのだろうが、内村の走るスピードは想像以上に早く、見る見るうちに自転車との距離を縮めていった。

 「もっと速くッ、追いつかれちゃうよ」
 「これでも精いっぱいなんだ!」

 必死にスピードを上げようとする幸村だが、もう限界だった。
 普段の運動不足もたたって、ペダルを漕ぐスピードを上げるどころか、今の速度をキープすることさえも困難になっていた。
 警察官はもう沙苗の目と鼻の先に迫っている。その手が届くのは時間の問題だった。

 「俺から逃げられるとでも思ってるのか?」

 全速力で追いかけてくるゾンビのような手が、自転車に届こうとした、その瞬間――

 「あッ!!」

 内村の足が何かに躓くと転倒した。
 スキージャンプに失敗した選手みたいに、内村の身体は派手に何度も回転する。
 したたか道路に身体を打ちつけた内村は、痛みに顔を歪ませながらも何とか起き上ると、遠ざかっていく自転車の姿を目で追った。
 後部座先にいる少女と目が合う。

 「待ってろ、必ず助けてやるからな!」

 少女はそれに応える代わりに満面の笑みを浮かべると、呆然としている警察官にアッカンベーをしてみせた。
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