俺たちに夏はない

カイトの冒険の中の人

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第二章

逃亡の果てに……

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 人気のない入り江には、何艇もの小さな漁船が浮かんでいた。

 陽光にキラキラと輝く海面には、数羽の水鳥がゆっくりと泳ぎ、その周囲に波紋を生み出していった。
 船着き場の静かな時間の流れの中に、随分とくたびれたペダル音の自転車がやってくる。
 幸村は疲れきった表情で自転車を止めると、残された最後の力でスタンドを立てた。
 息が上がって喉も乾ききっていた。もう一ミリもペダルを漕ぐ余力は残されていない。
 それとは対照的に沙苗は元気いっぱいで、自転車を降りると船着き場から海を眺め、大きく背伸びをした。

 「ここまでくれば、もう大丈夫よ」

 少女はニッコリと笑うとそう言った。幸村は激しい動機と呼吸を整えるので必死だったため、それに応えることは出来なかった。

 「あのお巡りさん、すごい形相で追いかけてくるからびっくりしちゃった。変なところで仕事熱心で驚きよね……」
 「そりゃあ、誘拐事件ともなれば追いかけてくるだろう。凶悪犯罪なんだから……」
 「まるで映画ね……私達、ボニーとクライドみたいじゃない?」

 少女は楽しそうに、半世紀もの前の映画のタイトルを口にしていた。
 ようやく呼吸が落ち着いた幸村は、隣で無邪気に笑う沙苗を、憤りに満ちた表情で見上げる。

 「なあ、俺に何の恨みがある?」
 「え?」

 少女はキョトンとした表情を浮かべた。幸村が何故怒っているのか、まったく見当もつかない様子だった。
 幸村は無条件に苛立つ。

 「どうして俺がお前に付き合わなきゃいけない? どうして警察から逃げ回らなきゃならないんだ?」
 「だって、私を庇ってくれたでしょ?」
 「あれは成り行き上そうなっただけだ」
 「それだけ?」

 上目遣いで問う少女に、幸村は大きく頷いてみせた。

 「他に意味は無い……下心があったとか、女性的に魅力を感じたとか、そういうのは一切……」

 無かった――と、締めようとした幸村の脳裏に、弱々しく懇願する少女の顔が浮かんだ。
 幸村に救い、あるいは希望を求めるような瞳を思い出し、何故か最後まで言葉を続けられなくなってしまう。

 「あ、赤くなってる」
 「ち、違う、これは……」
 「照れちゃって可愛い! そう言うの、運命っていうのよ……」
 「いい加減にしてくれ!」

 これ以上少女のペースに乗せられると、本当に自分の気持ちに自信が持てなくなる。
 そう思った幸村が自分でも驚くような大声で少女の声を……あるいは自身の迷いを立ち切った。
 予想外の幸村の態度に、沙苗が驚いたように目を見開いていた。

 「家出でも何でも一人で好きなようにやってくれ。お前のメルヘンチックな逃避行に付き合うのはもうたくさんだ!」

 幸村は乱暴に言い放つと、容赦なく沙苗に指を突きつける。

 「マシンガンで蜂の巣になりたきゃ一人どうぞ! 俺はまっぴらごめんだ!」

 彼女が『ボニーとクライド』の結末を知っているのかどうかわからなかったが、幸村は容赦なくラストシーンの悲劇を引き合いに出すと、勢いよく少女に背を向けた。

 「じゃあな……」

 後ろ手を振りながら、幸村は船着き場の入り口に向かって歩き出す。

 ――これで本当にオシマイだ……

 塩分に浸食されたコンクリートの上を二歩、三歩と足を進めていく幸村――
 少女からの抗議、あるいは罵声が投げつけられると覚悟していたが、幸村の背中にあるのは波の音と静寂だけだった。
 幸村は気になって振り向く。
 少女は自転車の隣でぽつんと立っていた。
 寂しげに瞳を落とし、今にも泣き出しそうな雰囲気だった。

 「…………」

 幸村は閉口し困惑する。
 自身がその原因が作ってしまった罪悪感もあった。
 だが、それとは別に、このまま放っておいてはいけないという思いも芽生えていた。

 「まったく……」

 幸村が唇を噛みながら意を決すると、ゆっくりと少女の元へ戻る。
 こういう状況の時に、どういって声をかけていいのかは皆目わからなかった。
 でも、このままだと少女が泣きだすのは時間の問題なので、とりあえず見切り発車で口を開く。

 「あのさ、さっきは……」
 「あなたのことが好き……」
 「へッ?」

 予想の範疇を遥かに超えたその告白に、思わず素っ頓狂な声を上げた。

 「ずっと好きだった。だから私と付き合ってください」
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