俺たちに夏はない

カイトの冒険の中の人

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第三章

二人なら宇宙にでも

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 海を右手に見ながら、幸村は涼しげに自転車を走らせていた。

 午後の日差しを浴びた海原は目に優しく、紺碧の中に太陽の光が鮮やかに跳ねあがっている。
 誰からも追いかけられることの無いサイクリングはとても快適で、頬に当たる風はとても心地良く、背中からは沙苗が口ずさむ鼻歌が聞こえていた。
 その透き通った歌声に耳を傾けながらゆっくりとペダルを漕いでいると、少女が歌を中断して声をかけてきた。

 「コーイチって大学生なんでしょ?」
 「まあいちおう、そうなるかな」
 「大学では何を習ってるの?」
 「物理学を専攻している」

 別に隠す必要もなかったので淡々とそう答えると、沙苗が小さく感嘆の声を上げる。

 「凄い……天才じゃない。学者にでもなるつもり?」

 僅かに尊敬の念が込められたその問いかけに、幸村は、少年のように瞳を輝かせながら答えていた。

 「宇宙飛行士になるんだ」
 「…………」

 物理学という堅いイメージから大きく乖離した幸村の解答に、少女は言葉を失ったように小さく口を開ける。
 背中越しに感じるこそばゆい沈黙に、少し恥ずかしいことを口走ったのでは? と気がついた幸村は慌てて補足するように続けた。

 「小さい頃からSF小説が好きで、その影響っていうか夢って言うか……漠然と宇宙に行けたらいいな、なんて思って……」

 後ろにいる沙苗がどんな顔をしているのか想像もつかないまま説明を終える。
 しばしの間、何も返さずに黙っていた少女が、ぽつりと素直な感想を口にしていた。

 「素敵……」
 「そ、そう……」

 最悪、笑い飛ばされることも覚悟していた幸村は、ほっと胸を撫で下ろす。
 「こんなちっぽけな世界を飛び出して宇宙に行くなんて……最高なことじゃない」
 「まあ、確かに……」
 彼女の描く宇宙は現実逃避のための空間であったが、それでも自分の夢に共感を抱いていてくれたことが素直に嬉しかった。

 「私も行きたいな、宇宙に……」

 夢を追いかけている幸村の背中が遠く感じたのか――少女が寂しげに呟く。

 「大学に入って物理学か天文学を専攻すればいい。競争率は激高だけど可能性はゼロじゃないから」
 「無理よ……私、あなたみたいに頭、良くないし」

 少女が寂しげに即答する。

 「俺もそれほど優等生だったわけでもないんだけどな……」
 「私には無理……だって、努力するのが苦手なんだもん。でも……」
 「でも?」
 「でも、あなたが宇宙にいけるよう、一生懸命応援するね」

 澄み切った瞳を輝かせると、少女は一片の迷いもなくそう言っていた。
 
 「ありがとう」

 その気持ちが素直に嬉しかった。幸村は沙苗に礼を言うと、その流れのままに少女に問いかけた。

 「お前もなりたいもの、何かあるんだろの?」
 「私?」
 「ああ、高校を卒業した後とか、将来になりたい職業とか……」

 幸村の質問に、少女は少し思案すると、ふと思い出したように口を開く。

 「そう言えば、一つだけあったわ……」
 「お嫁さんになりたいとか?」

 少し茶化したような幸村の問いかけに小さく首を振ると、少女は冗談とも本気ともつかない口調で答えを口にしていた。

 「幸せになりたい」


 山道を少し奥に入ったところで自転車を止めると、目の前には大きな森が広がっていた。
 童話にでも出てきそうな鬱蒼と生い茂ったその森を抜ければ、向こうに虹の見える灯台の跡がある。
 子供の頃に来た時は、この森の前で自転車を止め、歩いて行ったのだが……
 幸村は、森を分断するように張られた金網の前で呆然と立ち尽くす。

 「発電所建設予定、立ち入り禁止だって?」

 信じられないと言いたげに、金網にかけられた看板を読み上げた。

 「いったい、いつから……」

 張り巡らされた金網は幸村の身長より高く、隙間なく灯台への道となる森への侵入を遮断していた。
 十年以上の歳月が、無情にも幸村の大切な場所を奪い去っていたのだ。 
 落胆の溜息をつく幸村の隣で、沙苗が瞳を曇せる。

 「虹、見れないの……?」

 その問いかけにどう答えていいかわからない幸村であったが、悲しみを宿す少女の瞳を見た瞬間、スイッチが入ったように自分が何をすべきかを理解した。
 幸村は自信に満ちた笑みを浮かべると、沙苗に力強く言った。

 「見れるさ」
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