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第三章

虹までは何マイル?

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 「見れるって、でも……」
 「虹は絶対にある。この向こう側に」

 そう断言すると、幸村は金網に手をかけて登りだした。

 「ちょ、ちょっと何やってるの?」
 「何って、虹を見に行くんだよ」
 「だって、ここは立ち入り禁止なんでしょ?」

 慌てて止めようとする沙苗に、幸村は五本の指を突き出すと、丁寧に一本ずつ折り曲げていった。

 「偽証罪、迷惑条例違反、窃盗に誘拐……不法侵入が一つ増えたところで、大して変わりはないだろ?」
 ひとつひとつ思い出すように罪状を読みあげていくと、他人事のように笑ってみせた。
 「コーイチ……」
 「来る来ないはお前の自由だ、どうする?」
 「……いくに決まってるでしょ!」

 少女は迷うこと無く即答すると、幸村の共犯になるべく金網を登り始めた。
 金網は何とか手をかける隙間があったので、比較的楽に登ることが出来た。

 「まさかこんな所でフリークライミングすることになるとは……そっちは大丈夫?」
 「何とか。スカートを履いてこなくって良かったわ」

 二人が金網の上の方に達した時に、不意に背中越しに声が聞こえた。

 「何をしてるんだ、お前ら!」

 二人は咄嗟に声の方を見る。
 声の主はどうやら発電所の関係者らしく、オレンジ色の作業着にヘルメットを被った中年の男だった。たまたま現場を歩いていて、敷地内に入ろうとしている二人の姿を発見したのだろう。
 男は急ぎ足で二人の方へやってくる。その距離は二十メートルと言ったところか。

 「やばい、急げ!」
 「やっぱりマズいんじゃない、これって」
 「マズかろうが何だろうが、もう後には戻れないんだ。賽は投げられたんだよ」

 先に金網の一番上に達した幸村が思い切って跳躍すると、金網の向こう側に降り立った。
 高さがあったせいか、さすがに着地した時には足元に痛みが走ったが、今はそんなことを言っている場合では無い。
 幸村はまだ金網にしがみついている沙苗の姿を見上げると、急ぐように促した。

 「何をしている、早く!」
 「そ、そんな無茶言わないでよ。これでも一応、女の子なんだから……」

 まだ金網の折り返し地点を過ぎたあたりでもたついている沙苗――すぐ近くにまで男が迫ってきていた。

 「お前ら、そこは立ち入り禁止なんだぞ。今すぐに戻ってこい!」

 男は金網までやってくると、手を伸ばして沙苗の足を捕まえようする。

 「捕まるぞ、今すぐ飛び降りろ!」
 「無理よッ、そんなの」
 「俺が絶対に受け止めてやる、だから飛び降りるんだ」
 「だって……」
 「いいから、俺を信じるんだ!」
 「コーイチ……」

 少女は覚悟を決めたようにこくりと頷く。 男の手が真っ白な足首を掴まえた。

 と、思ったその瞬間――

 沙苗は瞳を閉じて金網から跳躍していた。
 スローモーションのように落下する沙苗……幸村は両腕を伸ばすと、全神経を集中させて彼女の身体を受け止めた。
 ずしりと両腕に体重がかかりバランスを崩しそうになるが、両足で何とか踏ん張り堪えた。
 幸村の腕の中で固く目を閉じていた沙苗が、ゆっくりと目を開ける。

 「信じろって言ったろ?」
 「うん、ありがとう……」

 得意げに見下ろす幸村に感謝の瞳で応える。

 「凄い、お姫様だっこなんて生まれて初めて」
 「でも、ちょっとダイエットした方がいいかもな……」
 「失礼ね、こう見えても体重は平均以下よ!」

 地上に降ろしてもらったお姫様が唇を尖らかす。

 「重力補正がかかったから重く感じたのかな?」
 「王子様が軟弱すぎたのかも……」
 「オンラインRPGの世界では、かなりHP高いんだけどな……」

 二人の楽しげなやりとりを、ヘルメットの男は神妙な面持ちで見つめていた。
 その視線に幸村が気付く。

 「さ、急ごう……灯台はもうすぐそこだ」
 「うん」

 幸村は男に踵を返して駈け出す。 沙苗もそれに続こうとするが、ふと思い出したように立ち止まると金網の方を振り返る。

 「あの、私達急いでますので、これで失礼します。用が済んだらすぐに出ていきます……」

 金網の向こうにいる男にそう言うと礼儀正しく頭を下げる。

 「用って……この森の向こうには、一体何があるんだ?」

 少女は頭を上げ男の顔をまっすぐに見ると、静かな口調ではっきりと答えた。

 「希望です!」

 怪訝な表情を浮かべる男に微笑みを残すと、沙苗は幸村のあとを追いかけるように森の中へ消えていった。
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