暗転、そして

鴨緑 枝垂

文字の大きさ
1 / 4

Ep.1

しおりを挟む



曇天の空がある。

陰鬱とした気持ちを抱え、僕は家路に付く。
梅雨は終わる見込みもなく雨は朝からシトシトと降り続いていた。
右手に持つ黒い傘を握り締め、誰とも顔を合わせないように深く傘を下げながら足早に歩いた。

一人暮らしをしてからもう何年も経った。
僕のアパートの近くには、簡素な公園がある。
簡易的な滑り台にブランコ。小さな砂場とベンチが幾つかあった。この公園へ入るとアパートまでの近道になる。
けれど僕は公園が嫌いだ。
公園と言うよりも、そこに集まる人と言う集団が嫌いだった。
奇声を発してけらけらと笑う子供も、噂話に気を取られ子供を無視する母親も。
世界で一番辛いのは自分だと言わんばかりのサラリーマンがちらほらと居て、見掛ける度に腹立たしくなった。
本当に吐き気がする程嫌いだった。感情の昂りに従ったらそれこそ一人残らず殺せる程。顔の判別が付かなくなる程壊せる程。
何がそこまで嫌なのかは自分でも分からなかった。
今日は生憎の雨。それが少しの支えだった。
こんな雨の中で、外出する人なんて居ないだろう。
目を背けたくなる自分の汚さや醜さ。人が居なければ何も思わない。何も沸き上がらない。
少しの覚悟を決めて僕はゆっくり公園へ入り、誰も居ないことを確認しようと辺りを見渡す。

「………?」

水溜まりが広がる砂場の手前にある二つのブランコ。
そこに誰かが座っていた。
犬や猫とは違うシルエット。多分人間だろう。
もしかしたら幽霊かも知れないけれど。そこに誰が座ってても興味はなかった。
軽く溜め息を吐いて公園を抜けようとした時、更に雨足が強くなる。バケツを引っくり返したような猛烈な粒。
ふとブランコに視線を向ける。この雨にも微動だにしない。
今度は深く溜め息を吐いて、ブランコへ近寄る。

「ねえ、生きてる?」

遠目からは分からなかったが、華奢な女性だった。
真っ赤なワンピースを纏っていた。真っ黒な髪が濡れて額にぴたりと張り付いている。

「何やってんの?家出?」

女性は何も話そうとはしないが、瞳だけは僕を直視していた。
気味が悪い。幽霊のように覇気がない。
本当に幽霊なのか。一瞬そんな馬鹿な考えが頭を過った。
真っ白な肌、ブラウン掛かった瞳。薄桃色の唇。漆黒の髪。
細い腕には無数の傷跡。あぁ、

「リストカット?」

思わず口に出してしまった。ぴくりと女性の肩が揺れる。震えているのか。泣き出しそうだった。
何に怯えているんだろう。何かが怖いのだろうか。
何とも言えない泣き出しそうな表情がとても綺麗で、何故か震える位興奮した。

「お願いがあります……」

囁くように紡がれる言葉。
僕は傘を少し女性の方へ傾け、耳を澄ます。

「暫く…匿って頂けませんか…。」

匿う、とは。何かに追われているのか。面倒な事は好きじゃない。ましてや人間なんてもっと好きじゃない。

なのに口を突いたのは自分でも信じられない言葉だった。

「いいよ。」

有難う御座います、細く呟いた女性の表情はやはり美しかった。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

恋と首輪

山猫
恋愛
日本屈指の名門・城聖高校には、生徒たちが逆らえない“首輪制度”が存在する。 絶対的支配者・東雲財閥の御曹司、東雲 蓮の「選んだ者」は、卒業まで彼の命令に従わなければならない――。 地味で目立たぬ存在だった月宮みゆは、なぜかその“首輪”に選ばれてしまう。 冷酷非情と思っていた蓮の、誰にも見せない孤独と優しさに触れた時、みゆの心は静かに揺れはじめる。 「おめでとう、今日から君は俺の所有物だ。」 イケメン財閥御曹司 東雲 蓮 × 「私はあなたが嫌いです。」 訳あり平凡女子 月宮 みゆ 愛とか恋なんて馬鹿らしい。 愚かな感情だ。 訳ありのふたりが、偽りだらけの学園で紡ぐカーストラブ。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

盗み聞き

凛子
恋愛
あ、そういうこと。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

兄皇帝は妹皇女を深く愛する

青空一夏
恋愛
皇女のエリザベスは正妃ナタリーと王のアンソニーの間に生まれた王女で溺愛されて育った。 兄のアレクサンダーは下層民出身の愛妾サバンナと皇帝の間にうまれた皇子で周りからは冷遇されていた。 エリザベスはアレクサンダーに憧れていたが腹違いの兄妹なのでその気持ちを隠していた。 ある日、旅の魔法使いがこの国に立ち寄りエリザベスが皇帝の子ではないと言ってしまう。 皇帝はショックを受け王妃に辛く当たり、王妃は心労のため病死しエリザベスは皇帝から憎まれる存在になる。 皇帝はだんだんと狂っていき、エリザベスを高級娼館に売るといい、エリザベスは その夜、アレクサンダーの部屋に侍女の助けを借りて忍び込む。 売られる前に兄に抱いてもらったエリザベスは娼館に売られて行くのだが‥‥

処理中です...