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Ep.2
しおりを挟むそれから僕達は何を話す訳でもなくアパートの階段を上り一番奥の角部屋へ向かう。
先に部屋へ入り女性を招くと、彼女は玄関で立ち止まった。
服から滴り落ちる水で彼女の足元には水溜まりが出来ていた。
僕は足早に靴を脱ぎ、脱衣場からタオルと洗濯したばかりのシャツを彼女に投げた。
「着替えれば?」
有難うと小さく聞こえ、僕は返事もせず部屋へ入る。
溜め息を吐きながらタオルでガシガシと髪を拭く。
徐々に冷静になった頭は自分への罵倒で一杯だった。誰一人侵入されたくないテリトリーに自分から他人を招くなんて。自分が了承したのだけど、今更後悔で押し潰されそうだ。
どういう風の吹き回しだろう。人間嫌いが、人間を匿おうだなんて。
コンコンとノックの音が聞こえた。
どうぞと返事をするとおずおずと彼女が入ってくる。
「あ、あの……」
びしょびしょのワンピースを抱え、どうしたら良いのか分からず彼女は困惑しているようだ。
「洗濯機の中に入れといて。後で洗うから」
素っ気なく返すと彼女は踵を返し洗濯機へワンピースを入れた。そしてまた扉の前で立ち尽くす。
俯いて、無言。完璧なまでの受け身。
僕は少し苛立ちながらまた声を掛ける。
「こっち来たら」
ぽんぽんと自分が座るソファーの横を叩くと、ゆっくり歩きだし横へちょこんと座った。
いじめられっ子体質、とでも言うのだろうか。常におどおどとし自己主張がまるでない。作られた人形のようだ。
流れる沈黙。沈黙は嫌いではないけれど誰かと居る空間の沈黙は中々居心地が悪いものだった。
呼吸の音や心臓の音。全てが筒抜けになるような気がして。
「あんた名前は?俺は青磁」
静寂に終止符を打ったのはとりとめのない会話。
自己紹介からなんて陳腐だ。
興味もない。下らない時間。
「黒紅…です」
名前も人形みたいなのか。ここまで来ると逆に滑稽だな。と、僕は心の中で呟いた。
ビクビクと何かに怯えるような話し方は元々なのか性格なのか。どちらにせよか細く聞き取るのも容易ではなかった。
「あんたさ、いつもそんななの?ビクビクして声小さいし。」
ちらりと彼女を見ると今にも泣きそうな顔をしていた。
目には沢山涙を溜めて一度瞬きをすれば溢れてしまいそうだ。
「あと、これ。死にたいわけ?」
黒紅の左腕を掴むと、びくりと身体を震わせた。
「あ…、わたし…そう言うわけじゃ……」
ぽろぽろと大きな彼女の瞳から涙が溢れる。
一直線に頬を伝い、ゆっくりと落ちていく。
女は本当すぐに泣く生き物だ。半ば呆れながらも、掴んだ左腕を見詰める。酷い傷痕だらけだ。
カサブタになりかけの傷もあるがまだ真新しいであろう傷は化膿していた。
「汚い手首、」
ぺろりと脈辺りを舌でなぞる。ざらざらと傷痕の触感がする。
体温が上がっているのだろうか、舌から伝わる脈の動きが早い気がした。
血は流れないようで鉄の味は全くしない。変わりに化膿した匂いが鼻腔にまとわりつく。
「う……っ、いた……、っ…」
真新しい傷には沁みるのだろうか。痛いとむせび泣く彼女に、酷く興奮した。
「黒紅、死にたくないならもうやめな?」
彼女の頬に流れる涙を一筋舐め、僕は微笑んだ。
「傷が欲しいなら僕があげるよ」
化膿した傷口へ爪を立て、更に肉を割る。
うっすらと血が肌へと滲みやがて滴り落ちる雫。
絶叫まではいかなくとも叫ぶ彼女。
雨の中よりも美しい。
頭がとろけてしまいそうだ。
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