一郎、次郎、三郎と音楽と貧乏

夫馬治之丞

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一郎、次郎、三郎と冬の夜

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時が過ぎるというのを理解することは、人間にできることであるのか。それがそこに在り続けたということか、春と冬と、朝と夜を重ねたということか。星が随分遠くに見える夜だった。
「なあ、いい顔してるよな」
「そうだね。いい顔だ。」
「お前も、随分とお金の匂いのするスーツを着てはいるけれど、目は変わらないね。」
「三郎こそ、今じゃロックスターってやつじゃないか。身なりが汚いのは相変わらずだけどね。」
「57歳か、、はやかったのか。長かったのか。」
「わからんね。でも、いい顔だよ。」
棺の中の一郎は、やわらかく、怒っているとも、笑っているともない、冷たいが、暖かい顔をしていた。酒をいくらか酌み交わし、次郎と三郎は再会の時を味わっていた。
「あの時一郎が公園で水を浴びていたのを見つけたことが、今日の夜に繋がっていると思うと、不思議だよ。」
「それは僕だって同じさ。次郎が俺に声をかけてくれなければ、バンドをやろうって言ってくれなければ、と思うと同じことさ。」
「一郎もそう思ってるかなあ。俺にはよくわからない。じっくりと見つめるのは怖いんだよ。」
「線香の匂い、嫌いじゃない。」
「三郎はそうやって、匂いとか、景色とか、たくさんの当たり前を見つめているんだよね。そんな三郎のおかげで、迷ったとき、ここに戻ってこれるんだ」次郎は自分の胸を叩きながら言った。
「俺はいつ死ぬのかなあ」
「ばかいえ、三郎はロックスターなんだから、そういう事は黙って考えていればいいんだよ。来週にも、何万人という人の前で歌ってくるんじゃないか。」
「そういう次郎も、その会場に1番お金を出しているのは君だろう!僕がロックスターなんじゃないよ。」
「僕ら、全然違うのに、あのバンドは、僕らがみんなひとつになって、あのバンドだったね。」
三郎と次郎、一郎はバンドを組んだ。
バンドは売れなかったが、その曲は、ライブは、確かに誰かの何かに触れ続けた。
三郎はロックスターに、次郎は経営者になって、それぞれが忙しく過ごしていた。
一郎は、時々綺麗な空をふと眺めながら、会社勤めを続けた。
そうして、今夜がある。
「もう、夜も更けてしまったね。」
次郎がそう言うと、
「誰も聞いてないロックンロールが、ここにもあるんだよ。」と、三郎は棺から目をそらしてつぶやいた。
「懐かしいな!その歌。公園で歌ってたやつ。」
「僕らを見ている人に、一郎は見えないけれど、でも確かに、僕らの中には一郎がいるんだ。誰にも見えない、誰にも聞こえないところに。」
一郎は死んだ。
三郎はあと少し生きる。
次郎はそれより、もうちょっと長く生きる。
それぞれのロックンロールを搔き鳴らして。

“こんなに汚いこの僕が、こんなに汚い公園で、こんなに綺麗な感傷を!綺麗なギターが買えなくっても、こんなに汚いロックンロール、誰も聞いてないロックンロール!”
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