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第四章 永遠の凍雨

険しい横顔2

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思えば、あの時だけだった。
父が、僕の目をちゃんと見て、僕の言葉に耳を傾けて、僅かでも微笑みかけてくれたのは。


『実雨、おいで』

………温かかった。
胸の奥が苦しくなる位、きゅっと柔らかく締めつけられて。穏やかで、切ない程優しくて……
たった、10日程の短い間だったけど──あの時は、何もかもがキラキラと煌めいて見えた。
父と一緒にご飯を作って。一緒に食べて。ぎこちないながら、話もして。一緒にお風呂にも入って……


「……後ろから抱きしめられながら、一緒の布団で眠った時は……涙が出る程嬉しかった……」
「……」

もしそれが、母が居なくなった寂しさを埋めるだけのものだったとしても──


「……でも、突然また父が……僕を避けるようになって。
近付こうものなら、睨まれて……時には、物を投げつけられたり。
僕の、一体何がいけなかったのか、全然解らなくて。怖くて。
……それからずっと、一定の距離を保ったまま……まともに会話もしてないし、顔も合わせてない。
……今は、もう、まるで僕なんて最初から……:この世(ここ)に、存在していなかったみたいに──」
「──ごめん、」

少し強い口調で、ぴしゃりと話を遮られる。
それに驚いて、樹さんに顔を向けた。

「ごめん。これ以上聞いたら、平常心ではいられなくなるから──」

険しい横顔。
少し吊り上がった目尻。きゅっと引き結んだ唇。
こんなに怒った顔の樹さんを、今まで見た事がない……
何者も寄せ付けないオーラを醸し出し、あの穏やかで優しい樹さんは何処にも見当たらない。

「……」

──ごめんなさい。
そう思っても、それすら言えない程、ピンと張り詰めた空気。

車内の雰囲気が重苦しくなってしまったのを感じ、勝手に話してしまった事を後悔した。


ラジオも何も掛かっていないせいか──パチパチと、雨粒がフロントガラスに当たる小さな音と規則的に動くワイパーの音だけが、やけに響いて聞こえる。









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