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空 迷信 魅惑
「んな顔すんなって」
悠が、目の前に立つ。
僕と同じ低身長ながら勝ち気なその表情に、可愛らしさは微塵も感じられない。
僅かに熱を宿した瞳が、僕を覗き込む。悪戯っ子のように笑みを浮かべる唇。距離を詰め、スッと僕の耳元に寄せる。
「……キス、したくなるだろ」
「──!」
毛先から耳朶に掛かる、悠の柔い吐息。
『 ……俺の名前を呼ぶ度、唇がキスの形になってる』──あの時の台詞が、脳内でフラッシュバックする。
耳に吹き込まれる、熱い吐息。恥ずかしさが込み上げ、顔まで熱が伝わっていく。
手で耳を覆い、悠から一歩後退った。
新しい恋を始めようとすると、元彼から連絡が来る、なんて──そんな迷信じみた話を、何処かで聞いた事があったけれど……
一体悠は、どういうつもりで僕に連絡してきたんだろう。
僕に、どうしたいと思って……
「番号、変わってなくて助かったぜ」
徐に取り出した携帯を、掲げてみせる。その左手の薬指には、キラッと光るマリッジリング。
視界に映るそれを複雑な気持ちで見つめた後、直ぐに視線を逸らす。
「……」
「それより、腹空かねぇ?」
携帯を再びポケットに仕舞いながら、僕の顔色を伺うように覗き込む。
近すぎる距離。悠の首元から微かに漂う、魅惑的な香り。悠の匂い。
懐かしさが込み上げ、きゅんと胸が締め付けられる。
「オムライス、食いに行こうぜ」
「……え」
「いつも行ってた店あんだろ。……そこいこ」
僕の意見も聞かず、悠が僕の手を掴んで引っ張る。
「……え、ちょっと……悠……待って……、」
それに抵抗してみせれば、振り返った悠が意地悪く笑い、チラリと八重歯を僕に見せる。指を交差させて握り直し、ギュッと強く握り込む。
「……」
こういう……力強くて、強引に僕を引っ張っていってくれる所が……好きだった──
悠の隣は、いつだって居心地が良くて……明るくて、温かくて、まるで陽だまりの中にいるようで……
あの時の僕は、この先もずっと……悠の隣に居られると、思ってたんだよ……
「………待って、悠……」
……でも、突然。理由も解らず切り捨てられて。
今までずっと、どんな思いで……
どうやって心の整理をして、悠を諦めたかなんて……解ってない……
全然、解ってない。
……ずるいよ、悠……
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