シンクロ -アゲハ舞い飛ぶ さくら舞い散る5-

真田晃

文字の大きさ
103 / 559
ハイジ編

103.

しおりを挟む

僕に背を向ける吉岡。
来た、というのは、バーカウンター越しにいる女性店員の事では無いらしい。
僕を気に留める様子も無く、その場から去っていく。軽快な足取りで。

ガールズバーで誰かと待ち合わせ……なんて。あるのかは解らないけれど、そういう類いらしい。

前屈みで談笑する隣のサラリーマンとバー店員の間から、遠くに見える店のドアへと向かう吉岡の姿が視界に映る。
それを何となく見届けた後、残ったお茶漬けを平らげようと視線を戻しかけた──その時。


「………!!」


ドア前に立ち止まった吉岡に、今し方入店した男性が近付く。
髪を全て後ろに流し、高級そうなスーツを身に纏い……他の客とは違うオーラと、何処か色気を含む大人の雰囲気を漂わせる、その人物は──



………りゅう、いち……?



目を、見張る。

見紛える筈なんて、ない。


「………」


瞬間──全ての音が消える。
店内に流れる音楽BGMも。人々の会話も。革靴やハイヒールの音も。
流れる時間はやけにゆっくりで。店員も客も……何もかもが薄ぼんやりとしたシルエットにしか感じられない。



───ドクンッ



心臓が、大きな鼓動を打つ。


ドクン……ドクン……


次第に速くなり、全身が震え、火傷したように熱くなっていく。


……竜一……


愛しさが容赦なく胸の奥から沸き上がり、全身を駆け巡って指先を痺れさせる。


……竜一……


目頭が熱くなり、乱れた呼吸の音が耳の中でくぐもって響く。



………どうして……僕は……

どうして僕は、今まで……竜一を……



一瞬で、目が醒める。
世界が反転する。


「……」


服の下に隠れている、幾つもの赤い痕。
重ねた温もり。


あの日の、夜──ハイジに抱かれながら、僕は……僕は……


『強いショックを与えられた後に優しくされると……特別な感情が芽生える 』

『ストックホルム症候群って、知ってる? 』


指先から、熱が引いていく。
息さえ、上手くできない。


……僕は、ずっと……竜一のモノだったのに……


頭の芯がジリジリと痺れ、痛い程の耳鳴りが襲う。
身体が強張って………動けない。


……竜一……


顔を合わせ、何やら親しげに会話を交わす二人。並んで此方に背を向けると、竜一の手が吉岡の背中に当てられる。


「……」


幻覚、なんかじゃない……

……なん、で……
何で竜一が……吉岡と……


茫然自失に陥る。
瞬きの仕方も、忘れてしまった。



……どうし、て……


息を飲み、カウンターに置いていた両手を握る。


『……どうして、逃げないんでしょう?』


吉岡の言葉が、脳内に渦巻きながらやけに響き渡る。まるで、僕を嘲笑うかのように。

ドアを開け、闇夜へと吸い込まれていく二つの背中。僕との間を遮るように、ゆっくりと閉まっていく。



……待って。

待って、竜一……!!



痺れて感覚を失いそうになる下肢に、何とか力を籠める。

カウンターに両手を付き、腰を浮かせようとして──



しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

身体検査その後

RIKUTO
BL
「身体検査」のその後、結果が公開された。彼はどう感じたのか?

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...