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菊地編
147.
しおりを挟むあれだけ饒舌だった奴が、途端に閉口する。
驚き見開いた黒い瞳。そこに、妖しい笑みを浮かべる僕が映り込む。
「……く、どう………」
瞬きを忘れた男が、顎下に触れる僕の手首を徐に掴む。僕の様子をじっと見据えたまま……
「ん、なぁに……?」
その手のひらが次第に汗ばむ。しっとりと湿り気を帯び、ベタついて……気持ち悪い。
「………だ、ダメだよ……そんな事……したら……」
「どうして……?」
口が勝手に動く。
コイツの手を振り払って、さっさと部屋から追い出してやりたいのに……
「……僕がどんな反応するのか、知りたいんでしょ……?」
「……」
「素直になってみたら? もう少し。……ねぇ」
首を少し傾げチラリと舌先を覗かせれば、男の喉仏が上下に動いた。
握られた手に籠められる力。
もう片方の手がゆっくりと伸び、僕の肩に触れた──瞬間。
バタンッ、
入り口のドアが勢いよく開き、ハッと我に返る。
そこから吹き込んだ風によって空気が動き、僕と男を取り巻く妖しい雰囲気が取り払われる。
「……オイ、五十嵐」
目の前の男が、冷や水を浴びせられたような表情に変わった。
「何やってんだ、お前」
「………菊地、さん……」
僕からパッと手を離し、慌てふためきながらベットから降りる。
菊地──
その視線の先──ドア前に立つ男、菊地が、五十嵐と呼ばれた目の前の男に威圧感を与えていた。
もし五十嵐が挑発に乗って、僕を押し倒していたとしたら……
或いは、それ以上の事になっていたら……
そう思った途端、背筋に寒気が走った。
「勝手に上がり込んでんじゃねぇ」
「……す、すみません」
「いいから、持ち場に戻ってろ」
深々と頭を下げた五十嵐に、菊地は訝しげな表情を浮かべる。
「……はい」
頭を下げたまま、五十嵐が僕の方へと視線を向ける。
惜しむような、同情するような、何とも言いようのない複雑な眼……
五十嵐と入れ違いに履物を脱いで部屋に上がった菊地が、此方へと近付く。
身形。背格好。
それはあまりに普通すぎて、想像していた菊地像を悉く覆された。
「……」
確かに、纏うオーラはそれなりのものを感じる。けど、龍成を世話したという程の人物とはとても思えない。
どんな凶悪で凄いオーラの持ち主なのだろうかと、心の何処かで身構えていたというのに──
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