シンクロ -アゲハ舞い飛ぶ さくら舞い散る5-

真田晃

文字の大きさ
268 / 559
五十嵐編

268.

しおりを挟む


「……工藤」

突然の声にハッとし、顔を上げる。
真剣な顔つき。此方をじっと見据える五十嵐の眼が、何時になく尖って見えた。

「……」

声を掛けようとして……止める。
何故かは解らない。けど、踏み込んだらいけないような気がして。

思い詰めた色を孕む双眸。
あの現場にいたのは、僕だけじゃない。
あの時は動じる様子は無かったけど、今になって堪えているのかもしれない……

一変する空気。
それまで和やかだったそれが張り詰め、目が合ったまま外せない。
瞬きさえ、息さえ……出来ない。

「……」

僅かに見開かれた後、五十嵐の黒眼が微かに左右に揺れる。
憂いを帯びたその瞳がスッと外され、ゆっくりと瞬きをひとつすれば、空気に曝された角膜が微かに潤む。

「………いや、何でもない」

視線を外したまま、五十嵐が片手で口元を隠す。

「それ……ちゃんと食うんだぞ」
「……」

そう言い放った後、顔を合わせる事無く立ち上がり、丸めた背中を僕に向ける。
持っていたおにぎりを口に押し込めたのだろうか。そうしながら一度も振り返らず、五十嵐が部屋を出て行く。

「……」

五十嵐に、一体何が起こったんだろう……
訳も解らず、手中にあるおにぎりに視線を落とす。






電車を乗り継ぎ、繁華街へと移動する。
人の多さや巨大な商業ビルに圧倒されていると、迷子になりそうな僕の手を隣にいた五十嵐がぎゅっと握る。

寂れた雰囲気の裏通り。
人通りの少ない、表の喧騒からかけ離れた通りを暫く歩いていると、ふと以前ここを通った覚えがある事に気付く。

──そうだ。
ハルオに連れて来られた所だ。
確か、ずっと喋らない僕を疲れたんだと勘違いして……そこのこじんまりとした喫茶店に引っ張られたんだっけ……

「……」

あの頃……ハルオに頼りきってしまったとはいえ、あんな風に束縛されるなんて思ってもみなかった。
異常な程の執着心は、怖い位で……だけど、最後は傷付けてしまった。
凌が危険な人物だと伝えに来てくれたのに、僕はストーカーだと罵って、その忠告を聞き入れずに突き放してしまった。

もし、あの時──ハルオを頼って同居なんてしなかったら。今頃ハルオは、響平と幸せに暮らしていたかもしれない。
凌と出会う事も無かったし、殺された兄の復讐をする響平に、vaɪpərヴァイパーが狙われる事もなかった。


──寛司だって、死なずに済んだ。


僕の、せいだ。
吉岡に言われるまで、全然気付かなかった。
僕が存在するせいで……関わった人達が、みんな傷付いてる。

だったら僕は、必要ない。
この世に要らない人間なんだ……


「……!」


感傷に浸る僕の手を、五十嵐がグイッと引っ張る。
いつの間にか、交互に踏み出す自分の足先ばかりを見ていた僕は、ハッと我に返り、引き寄せられるように顔を上げる。

「ここ、寄ってみようぜ!」



しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

身体検査その後

RIKUTO
BL
「身体検査」のその後、結果が公開された。彼はどう感じたのか?

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...