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五十嵐編
286.
しおりを挟む──五十嵐
いつから、そこに……
嫌な感覚が、喉奥に広がっていく。
正座を崩したような格好のまま、無意識に服の裾を引っ張り下げた。
「………まだ解んないかなぁ。
何で五十嵐が電話を掛けたがったのか。何で五十嵐の携帯から、すんなり俺に繋がったのか」
「……」
「俺の番号、そんなに覚えやすかった?」
「──!」
まさか──二人は、水面下で繋がっていた……?
あの時、麗夜に辿り着くよう誘導した後、僕に適当な番号を言わせて、さり気なく麗夜の番号を掛けた……って事だよね。
……でも、なんでそんな事……
一体、何の為に……?
嫌な感覚に襲われ、心臓がバクバクと激しく打つ。次にじわじわと肌が汗ばみ、熱くなった体温を奪っていく……
「──どう?
信頼してた相手に、裏切られた気分は」
言い終わるか終わらないかのうちに、卑下た笑い声を上げる。
この状況を楽しんでいるかのような、酷く悪い顔ながら──蒼いコンタクトレンズの下にある黒眼からは、深沢の時の様なドス黒さは感じられない。
寧ろ、その逆。……感情が、見えない。
「知り合いに、闇金やってる奴がいてね。五十嵐の事、世話してやってくれって頼まれたんだよ。
『ソープに沈められそうな妹を助ける為なら、何だってします』ってさぁ……健気に俺の前に跪いて、額を床に擦りつけて土下座したんだよ。靴先を目の前に出したら、何の抵抗もなく丁寧に舐めるんだぜ。
そこまでされたら、……無下にはできないだろ?
俺の従順な犬になった五十嵐には、菊地の元に送り込んで色々動いて貰ってたって訳だよ」
「……」
……そんな……
その時の光景を思うと、いたたまれない気持ちになる。
一体どんな思いで、その屈辱に耐えたのか。どんな気持ちで、悪事の片棒を担いできたのか……
そう思えば、五十嵐を責める気持ちが段々と薄れていく。
「……」
「君の前では、どういう訳か細かなヘマばかりやらかしてたけど。……君が低能で騙され易い人間で助かったよ。
お陰で当初の思惑通り、菊地を始末し、君をここに連れ出す事ができたんだからね」
「……え……」
ピンッと張り詰める空気。
まるで、僕だけが薄氷のガラスケースに閉じ込められ、時が止まったかよう。
……始末……って……?
心臓が刳り抜かれる。
呼吸が上手くできない……
麗夜が何か続きを話しているけれど、水中に沈んでいるみたいに……くぐもってよく聞こえない。
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