4 / 80
4.
しおりを挟む強制退去の理由。
それは──名義人以外の人物が住んでいる事。又、名義人が反社会勢力の人員である事。
この二点が契約違反に当たる為、ここを引き払わなければならない。
その期日は、今月半ば。
つまり、あと一週間。
「……」
紙を持つ指先が……震える。
小型のテレビや家具、布団……その他諸々の生活必需品は、凌が取り揃えてくれていたもの。僕が元々持っていた荷物なんて、通学用のショルダーバッグに収まる分しかない。
出ていけと言われれば、直ぐに出ていける程身軽だけれど……他に住むアテなんてない。
お金もなければ、拠り所もない。
名義人になってくれる人もいない。
ゲイの集まるパーティに参加した時のような、捨て身の勇気も……今はない。
……ぐぅぅ、
陽が傾き、部屋全体が仄暗く手元の文字が読みにくくなった頃。無情にも僕の腹が小さく鳴った。
どうしてこんな時でも、お腹は空いてしまうんだろう……
『こんな時だからこそ、ちゃんと食べないといけないよ』
やり場のないまま瞬きをすれば、幼い頃の記憶──折檻部屋で背中を丸め、静かに涙を流す僕を引っ張り出し、台所で一緒に料理を作ってくれたおばあちゃんがぼんやりと浮かぶ。
「……」
だけど。何かを作る気力なんて無くて。パーカーを羽織ったまま、マフラーを巻いてアパートを出る。
既に陽は沈み、夕焼け空に浮かぶ数多の薄雲が、輪郭を濃くしながら鮮やかな茜色に染まる。時折吹きつける向かい風。剥き出しの肌から容赦なく体温を奪っていく。
マフラーを巻き直し、ぼんやりしながら細い路地を歩き出す。次第に灯る家々の窓。チカチカと光る、等間隔に並んだ外灯。そのせいで、刻一刻と辺りが暗くなっていくのが見て取れる。
フォグランプやヘッドライトを点けた車が行き交う大通り。先程までの侘しさは消え、街に溢れる喧騒と光の多さに、少しだけ救われた気持ちになる。
「……」
車道を挟んだ向こう側──数百メートル先にある横断歩道の向こうに見える、凌の高層マンション。その上空には、藍色を更に深くしたような闇夜が迫っていた。
『それとも貴方は、朝食を作るだけのバイトで生計を立てられるとでも思っていたのですか?』──水神の容赦ない言葉が思い出され、胸の奥が深く抉られる。
未成年の僕が一人で生きていく為には……やっぱり、それなりの代償を払わなくちゃいけないんだ。
「……」
悔しさと情けなさが入り混じった感情が込み上げ、頼りない手をギュッと握り締める。吹き付ける冷たい風の中で。
0
あなたにおすすめの小説
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
あなたの隣で初めての恋を知る
彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる