私を抱いて…離さないで

真田晃

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第三章 パパ

67.

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「………返して、下さい」

鉛を飲み込んだ様に、心が重苦しい。
騒ぎ立てる訳でもなく。泣き寝入りする訳でもなく。ただ、感情を押し殺す様にして淡々と言葉を吐く。

「ねー、果穂ちゃん。こういうイケナイ事してんの、将生は知ってんのかなぁ?」

将生……安藤先輩の事だ。
ボブヘアの由美が勝ち気な表情で画面を見せる。
もう一人も、睨みつけるように私を見ながら口元を歪ませる。

「知ったらどーなるか、今から試してあげよっか」
「……いーね、それ!」

由美の提案に乗ったとばかりに、ロングヘアの子が口の両端を持ち上げる。取り出した携帯を両手で持つと、器用に2本の親指を高速で動かし、何やら打ち込み始めた。

「……」

別に、安藤先輩の事はどうだっていい。知られたって構わない。……けど。さっきから食堂にいる人達の視線が、チラチラと此方に注がれていて……それに耐えられそうにもない。
ざわめく空間。
嫌な汗。軽い眩暈。
早く携帯を奪い返して、さっさとこの場から立ち去りたいのに……


「………何を騒いでる」

突然声がし、私と取り巻き達の間にヌッと現れたのは──講師の菱沼。
細縁眼鏡の奥にある、目尻の吊り上がった瞳が由美に向けられる。
その冷たく射抜くような視線に、一瞬怯んだ表情を見せた由美が、誤魔化すように口元を緩ませる。

「……やだぁ、先生。見ないでよエッチ」
「これ、うちらのじゃなくて川口さんのだから」

もしかしたら見られただろう携帯を、押し付けるようにして私に返してくる。

「別に、君らが何をしてようが私にはどうでもいい。が……ここは騒ぐ所じゃない。もう少し静かにしてくれたまえ」
「はーい」
「すみませーん」

由美ともう一人が調子のいい返事をし、サッとその場を去っていく。それを見送った菱沼は、次に私の方へと顔を向ける。
相変わらず吊り上がった目尻のせいで、冷たい印象であるものの、由美に向けたそれよりも、何故か、柔らかくて温かみを感じた。

「君も。石原由美といい、大山美紀子といい……もう少し、交遊関係は選んだ方がいい」
「……」

その瞳が僅かに細められ、柔らかな光を含む。引き込まれるように暫く目が合った後、絡んだ視線がスッと外される。
何も答えなかった私に背を向け、菱沼が何の挨拶も合図もなく去っていく。

もしかして……助けてくれた……?



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