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どっさりクッキー4
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繋いだ手に突っ込まれたらなんて返すのが正解なんだろう。
ナオくんがいるという児童館に近づくにつれ、心の奥底に潜んでいた冷静な自分が浮上してくる。
表面は相変わらずてんぱっていて、汗ばむ一歩手前の手のひらに全神経が集中しているような錯覚すら催しているのに、妙に他者のことが気になるのは自意識の現れだろうか。
しかし、一方の晴人はそんな素振りを感じさせることもなく余裕綽綽で、それがまた僕を焦らせた。
児童館の敷地に入る前に僕から「放そう」と言うべきか。
それとも自然に振り解くべきなのか。
子供の頃を含めても親以外と手を繋ぐ機会なんてほとんどなかったから、本来悩まなくてもよいことを気にしすぎてしまう。
あっ、でも先々週はナオくんと手を繋いだっけ。
どうやって放したのかあんまり覚えていないけど、確かあの時は玄関を開けるからって成り行きだったはず。
つらつらと考えても、いまいち要領を得ないのは、
「いつもご馳走になって悪いから今度志音に何か奢るよ」
「えーいいよ、気にしないで。作るもののサイズとか一人の時と変わってないし」
こうして絶えず会話が繰り広げられているから。
気の利いた話題の一つすら提供できない僕に、晴人が話のタネをテンポよく蒔いてくれるので、人との関わりが苦手でも難なくラリーを続けられている。
ナオくんのお喋り上手は家系なのかも。
「でも、俺と直人ってすごい食べるからさ。やっぱり何かお礼させてよ」
すでにたくさんもらっている、なんて返したら晴人はどう反応するだろう。
僕の方こそ構ってもらって、爆盛りスイーツを共有できて、おまけに手まで繋いでもらっちゃっているんだ。
これ以上を望むとか、欲張りすぎて罰が当たっちゃいそう。
「でも、僕まだ晴人のお願いきいてないし」
話を逸らそうと口にしたのに、
「じゃあ、志音のしたいこと一緒にするってのは?」
これが落とし穴だったなんて。とんだ墓穴だ。
「いや、でも……いいの?」
それで晴人は楽しめるのだろうか。
「もちろん。で、何がしたい?」
友達ができたらやりたかったこと。
空想していたことはいくつもあったはずなのに、なぜだか全然思い出せなかった。
これまで一定の速度で喋れていたはずなのに、上手く言葉が出てこなくて、会話を止めてしまった罪悪感が一滴のインクを垂らした時みたいに胸にじんわりと広がっていく。
「あっ、うぅ……」
コツンと地面に転がっていた石ころに革靴のつま先が当たる。
詰まった声がその場を繋ぎ留められたのかは定かでない。
ただ、何か言わなきゃという意思の表れを精一杯込めた音だった。
それが晴人に伝わったとは到底思えないけれど、彼は僕の気を軽くするようにフッと笑った。
「そんな重く捉えなくていいから。ほら、映画とかさ。一人だと行きにくいようなやつ。そういうのとかないの?」
ボッチなのは今に始まったことでないし、僕が人と出かけることがないってことをなんとなく察していたのだろう。さりげない助け舟は見事効力を発揮し、僕は咄嗟に浮かんだものを口にすることに成功した。
「それならスイーツビュッフェとか、行きたいかも、です」
晴人のおいしい顔をもっと見たいから。
尻すぼみになる希望だったけれど、晴人は聞きこぼしはしなかった。
「いいね、行こうよ」
さっきよりもギュッと手に力が入ったのを感じる。しかし、それも束の間のこと。
立ち止まり、もうすっかり僕の熱が移った彼の大きな手がスルッとずれて、小指の指先が僕のものに引っ掛かる。
そのまま胸の前まで持ってきて、
「約束ね」
指切りさせられる。
子供がするみたいな、ささやかな儀式。だけど、絡まった指に走る緊張は大人な響きを伴っていた。
彼の紡いだ呪文にぎこちなく頷くと、その手はパッと離れていった。
あんなに困っていたはずなのに、いざ解放させると寂しいとかあまりのわがまま加減に自分で呆れる。
しかし、その余韻も長くは続かない。
僕が宙に取り残された手をそっと引っ込めるなり、晴人は正面を指さした。
「着いたよ、ここが児童館」
晴人に夢中で全然気がついていなかったけれど、結構な距離を移動してきたらしい。
目の前の平たく古い建物、そのカーテンの隙間と思しきところからは少量の光が漏れ出ている。
「児童館って来たことないかも」
「そう呼んでいるだけで、まあ実際は学童保育みたいなものだから」
ちょうど表の扉が開き、職員らしき人が母子に手を振って見送っているのが目に入る。
「俺らも行こうか」
促されて歩き出す。
その間にも、まるで灯りに群がる虫のように何人かの母親が児童館の入り口に吸い込まれていく。
その流れに僕たちも組み込まれて中に入ると、すぐにナオくんの姿が視界に飛び込んできた。
ナオくんが目立つからとか、そんな単純な理由ではない。
遠くからでもわかる。
なんとナオくん、お友達らしき男の子と口論していたのである。
さすがに暴力とかはないみたいだけど、あの穏便なナオくんが言い合い!? という驚きがまず先に来た。
「うそぉ」
絵本やおもちゃが散乱している室内で、多くの子供たちが彼らに注目しているが、時間帯ゆえ職員さんたちはお迎えの応対で忙しいらしく、てんやわんやで手が回っていないようだ。
「あれって……」
不安を滲ませながら晴人の方を窺い見る。
兄の顔をした彼は、
「大丈夫だよ」
僕の頭をポンッと撫でると靴を脱いで中にあがった。
ナオくんがいるという児童館に近づくにつれ、心の奥底に潜んでいた冷静な自分が浮上してくる。
表面は相変わらずてんぱっていて、汗ばむ一歩手前の手のひらに全神経が集中しているような錯覚すら催しているのに、妙に他者のことが気になるのは自意識の現れだろうか。
しかし、一方の晴人はそんな素振りを感じさせることもなく余裕綽綽で、それがまた僕を焦らせた。
児童館の敷地に入る前に僕から「放そう」と言うべきか。
それとも自然に振り解くべきなのか。
子供の頃を含めても親以外と手を繋ぐ機会なんてほとんどなかったから、本来悩まなくてもよいことを気にしすぎてしまう。
あっ、でも先々週はナオくんと手を繋いだっけ。
どうやって放したのかあんまり覚えていないけど、確かあの時は玄関を開けるからって成り行きだったはず。
つらつらと考えても、いまいち要領を得ないのは、
「いつもご馳走になって悪いから今度志音に何か奢るよ」
「えーいいよ、気にしないで。作るもののサイズとか一人の時と変わってないし」
こうして絶えず会話が繰り広げられているから。
気の利いた話題の一つすら提供できない僕に、晴人が話のタネをテンポよく蒔いてくれるので、人との関わりが苦手でも難なくラリーを続けられている。
ナオくんのお喋り上手は家系なのかも。
「でも、俺と直人ってすごい食べるからさ。やっぱり何かお礼させてよ」
すでにたくさんもらっている、なんて返したら晴人はどう反応するだろう。
僕の方こそ構ってもらって、爆盛りスイーツを共有できて、おまけに手まで繋いでもらっちゃっているんだ。
これ以上を望むとか、欲張りすぎて罰が当たっちゃいそう。
「でも、僕まだ晴人のお願いきいてないし」
話を逸らそうと口にしたのに、
「じゃあ、志音のしたいこと一緒にするってのは?」
これが落とし穴だったなんて。とんだ墓穴だ。
「いや、でも……いいの?」
それで晴人は楽しめるのだろうか。
「もちろん。で、何がしたい?」
友達ができたらやりたかったこと。
空想していたことはいくつもあったはずなのに、なぜだか全然思い出せなかった。
これまで一定の速度で喋れていたはずなのに、上手く言葉が出てこなくて、会話を止めてしまった罪悪感が一滴のインクを垂らした時みたいに胸にじんわりと広がっていく。
「あっ、うぅ……」
コツンと地面に転がっていた石ころに革靴のつま先が当たる。
詰まった声がその場を繋ぎ留められたのかは定かでない。
ただ、何か言わなきゃという意思の表れを精一杯込めた音だった。
それが晴人に伝わったとは到底思えないけれど、彼は僕の気を軽くするようにフッと笑った。
「そんな重く捉えなくていいから。ほら、映画とかさ。一人だと行きにくいようなやつ。そういうのとかないの?」
ボッチなのは今に始まったことでないし、僕が人と出かけることがないってことをなんとなく察していたのだろう。さりげない助け舟は見事効力を発揮し、僕は咄嗟に浮かんだものを口にすることに成功した。
「それならスイーツビュッフェとか、行きたいかも、です」
晴人のおいしい顔をもっと見たいから。
尻すぼみになる希望だったけれど、晴人は聞きこぼしはしなかった。
「いいね、行こうよ」
さっきよりもギュッと手に力が入ったのを感じる。しかし、それも束の間のこと。
立ち止まり、もうすっかり僕の熱が移った彼の大きな手がスルッとずれて、小指の指先が僕のものに引っ掛かる。
そのまま胸の前まで持ってきて、
「約束ね」
指切りさせられる。
子供がするみたいな、ささやかな儀式。だけど、絡まった指に走る緊張は大人な響きを伴っていた。
彼の紡いだ呪文にぎこちなく頷くと、その手はパッと離れていった。
あんなに困っていたはずなのに、いざ解放させると寂しいとかあまりのわがまま加減に自分で呆れる。
しかし、その余韻も長くは続かない。
僕が宙に取り残された手をそっと引っ込めるなり、晴人は正面を指さした。
「着いたよ、ここが児童館」
晴人に夢中で全然気がついていなかったけれど、結構な距離を移動してきたらしい。
目の前の平たく古い建物、そのカーテンの隙間と思しきところからは少量の光が漏れ出ている。
「児童館って来たことないかも」
「そう呼んでいるだけで、まあ実際は学童保育みたいなものだから」
ちょうど表の扉が開き、職員らしき人が母子に手を振って見送っているのが目に入る。
「俺らも行こうか」
促されて歩き出す。
その間にも、まるで灯りに群がる虫のように何人かの母親が児童館の入り口に吸い込まれていく。
その流れに僕たちも組み込まれて中に入ると、すぐにナオくんの姿が視界に飛び込んできた。
ナオくんが目立つからとか、そんな単純な理由ではない。
遠くからでもわかる。
なんとナオくん、お友達らしき男の子と口論していたのである。
さすがに暴力とかはないみたいだけど、あの穏便なナオくんが言い合い!? という驚きがまず先に来た。
「うそぉ」
絵本やおもちゃが散乱している室内で、多くの子供たちが彼らに注目しているが、時間帯ゆえ職員さんたちはお迎えの応対で忙しいらしく、てんやわんやで手が回っていないようだ。
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