推し執事に一生紅茶を淹れて欲しいので、没落令嬢、全力で成り上がります!

天堂 サーモン

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第4話 『執事の最強ティーワゴン計画』

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 私はアレクシスに案内され、ウィンフォード家の屋敷のあるさびれた区画を出て、街――いや、王都ヴェルフォードの商人街《マーケットエリア》へと向かう。しかし、商人街の大通りに辿り着いた私は、思わず目を見張った。

 通りには所狭しと色とりどりの屋台が軒を連ね、そこかしこには華やかな飾りつけが施されている。人々の賑やかな笑い声と楽器の音が響き、空気まで活気に満ちているように感じた。この活気あふれる光景は、まるで――

「お祭り、かしら?」
「ええ、ちょうど今日から建国祭が開催されております」

 アレクシスが指で示す先を見ると、『建国祭』と書かれたのぼりが目に入った。

「色んな屋台が並んでいるわね! それに人出も多い……」
「王都で一番のお祭りですからね。これが二週間も続くと思うと、いささか落ち着きませんが……」
「へえ……このお祭り、二週間も続くの」

 私は道行く人々の表情や服装、性別や年代をざっと確認する。

「年代は様々だけど若い人が比較的多い。男女比は半々……いや、今の時間はやや女性が多いようね。身なりも悪くない……」
「シエナ様、まさか……」
「ここで屋台を出せばいいのでは……?!」

 アレクシスは困ったような顔で、まるで子供に言い聞かせるように私に言う。

「貴族が屋台で商売をするなど……聞いたことがありません。家名を守るためにも、どうか慎重にお考え下さい」
「身分を隠してやれば、問題ないでしょう?」
「それに、屋台を出せるのは商人ギルドにあらかじめ申請した出展者のみです。当然ながら既に申し込みは締め切られております」

 私はにやりと笑みを浮かべる。お祭りでのプロモーションは転生前の仕事で携わったことがある。アレクシスの反論は想定済みの内容だ。

「なら、すでに屋台を出している店に相乗りさせてもらえばいいわ!」

 アレクシスは私の言葉に一瞬はっとなるが、すぐに顔を引き締める。

「相乗りを許可してくれる屋台があるでしょうか?」
「ふふふ……。アレクシス、見て。甘いお菓子を売っている屋台がいくつかあるわね」

 立ち並ぶ屋台の多くは食事系だが、ビスケットやジンジャーブレッドなど、紅茶と相性の良いお菓子を扱う店もちらほらある。

「そう、ですね」
「紅茶を売っている屋台は一軒もない! お菓子と紅茶は相性抜群なのに!」
「……まあ、そうですが」
「もし美味しい紅茶と一緒にお菓子を食べられる屋台があったら、絶対人が集まるわ! だからお菓子の屋台を回って、片隅で紅茶を販売させてもらえるようにお願いを……」

 もう何度か聞いたアレクシスのため息が、私の言葉を中断させる。

「シエナ様。まず、屋台で紅茶を出す――そのこと自体に無理があります」
「……え? どうして?」
「お湯の管理、茶葉の確保、採算の問題……そして、何より」

 アレクシスは私をじっと見つめた。まるで、私がどこまで本気なのかを測っているみたいに――。

「お嬢様は、今それを成し遂げるほどの気力があるのか……私は、それが気になっています」

 アレクシスの真剣な眼差しに、胸がぎゅっと締め付けられる。紅茶を屋台で売り、借金を返済してティーセットを守る――そんな考えで熱くなっていた私の頭は、一瞬で冷静さを取り戻す。

「……どういうこと?」
「雷に打たれるまでの……いえ、奥様が亡くなってからのシエナ様はずっと、ふさぎ込んでおられましたので」
「あ……」

 私の指は無意識に胸元のネックレスを掴んでいた。ひやりとした感覚が、指先から伝わる。そうか、雷に打たれる前のシエナは母親を喪って落ち込んでいたのか……。そんなシエナが急にやる気を出して家を復興すると息巻いていたら、アレクシスが心配するのも無理はない。なんて優しいの、アレクシス……!

「……どうか、無理はなさらないで下さい」
「アレクシス……」

 アレクシスの瞳が、微かに揺れた気がした。長い睫毛が伏せられ、瞼に影が落ちる。そんな顔で心配されたら……。

(……いや、でも紅茶だけは譲れない!)

「……どうしても、昨日のあの紅茶が飲めなくなるのは嫌なの!」
「私の紅茶を惜しんで下さって、ありがとうございます。しかし、明日には商人がティーセットを引き取りに来る予定になっています」
「明日?!」

 突如突き付けられた期限に私は思わず叫んでしまう。道行く人々が私を振り返り、アレクシスは嗜めるような視線を送ってくる。

 しかし、ふっと表情を緩め、言った。

「ティーセットがなくとも、紅茶は淹れられます。これからも精一杯心を込めてシエナ様に紅茶を淹れますから……」

 『だから、無理はせずにティーセットを手放しましょう』――口には出さなくても、アレクシスの言葉の端々から、そう訴えているのは明らかだった。

 アレクシスの菫色の瞳に見つめられ、一瞬頷きそうになるが……必死に堪える。執事の紅茶だけは、絶対に譲れない……!

「……ティーセットを手放すなんて、そんなの絶対にありえない!」
「シエナ様……」

 アレクシスの心配そうな瞳を振り切るように、私はアレクシスに背を向ける。

「……アレクシスが状況を整理してくれたおかげで、私の『執事の最強ティーワゴン計画』の課題が明確になったわ」

 一度、私はそこで言葉を切る。――そして、自らに言い聞かせるように、高らかに宣言した。

「解決すべき課題がはっきりしているなら、必ず乗り越えられる! 私、諦めないから!」
「シエナ様!」

 屋台が立ち並ぶ通りへと駆け出した私の背後で、アレクシスが呼び止める声が聞こえた。けれど、私は振り返らない。

 まずは屋台を巡り、相乗りに興味を持ってくれる店舗を探さなきゃ。そして、屋台で紅茶を提供できる仕組みも考えなきゃいけない。


 絶対に明日までに、『執事の最強ティーワゴン計画』を完成させる。そして、アレクシスに納得してもらう――どんな手を使ってでも!

 そう強く誓いながら、私は祭りの喧騒の中へと飛び込んだ。
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