推し執事に一生紅茶を淹れて欲しいので、没落令嬢、全力で成り上がります!

天堂 サーモン

文字の大きさ
9 / 10

第9話 気まぐれ公爵の懐中時計

しおりを挟む
「アレクシス、この人を知っているの?」
「知っているも何も、この方はウィンフォード家の本家にあたる、レヴァンティス公爵家の当主、ルシアン様ですよ」
「公爵? え、公爵!? つまり……王家の次に偉いってこと!?」

 私は、目の前の青年とアレクシスを交互に見つめた。確かに只者ではない雰囲気はあったけれど、公爵だなんて想像もしていなかった。言われてみれば、その気楽そうな立ち振る舞いの奥に、どこか背筋が伸びるような威圧感が漂っている気がする。

「ルシアン様! 先ほどは、あの、失礼いたしました。ちょっと事故に遭って記憶が混乱しておりまして……」
「ああ、そういう固いのはいいから。俺のことはルシアンでいいよ」

 ルシアンは軽く笑い、面倒くさそうに手を振る。その気楽な態度に拍子抜けしつつ、妙な親しみやすさも感じた。

「アレクシスも久しぶり」
「ご無沙汰しております」

 アレクシスは一礼しながらも、どこか距離を取るような雰囲気をまとっていた。ルシアンのことを知ってはいるようだけど、親しげというよりは警戒しているように見える。
 しかし、ルシアンはそんなアレクシスの態度をまるで気にすることなく、軽い調子で問いかけてきた。

「それで、どうして君たちは揉めてたの?」

 私は一瞬だけアレクシスを見て、少し息を吸い込んでから答えた。

「実はこの屋台で紅茶を売りたいんですけど、十分な数の茶葉を用意する予算がなくて……」
「へえ」

 ルシアンの琥珀色の瞳が、ほんの少し興味深そうに細められた。

「かくなるうえはこのネックレスを質に入れようかと考えていたんですが……」
「そんなことは絶対に許しません」

 アレクシスがすかさず私の言葉を遮る。

「……と、いう具合でして……」

 私が苦笑しながら肩をすくめると、ルシアンはおかしそうに笑った。

「相変わらずだね、アレクシス。昔はもう少し素直だったのに」
「……過去の話です」

 アレクシスは眉をひそめ、珍しくバツの悪そうな顔をする。その表情を見て、私はつい「そんな顔もするんだ……」と密かに感動してしまった。

(というか『過去の話』ってどんな話?! 気になるけど、話の腰を折ってしまいそうで聞けない……!)

「それで、君はこれからどうするつもり?」

 ルシアンの視線が私に向けられる。少し考え込んだ後、思い浮かんだ対策を口にした。

「うーん……毎日茶葉を仕入れることにして、その日の売り上げを在庫確保に充てたりとか……。でも、そうすると考えていた販促活動にお金がさけないし……。最初の内だけでも店はアレクシスに任せて、私が酒場でウェイトレスでもやろうかしら……」
「おや。給仕をやろうとまで考えるなんて、随分と本気なんだね」

 ルシアンは、何か面白いものでも見るかのように目を細める。その視線には、試すような色が滲んでいる気がした。

「……ただ、君がそんなことをすれば、アレクシスの胃に穴が開いてしまうだろうね。それは流石に可哀そうだから、これを貸してあげよう。質に入れて、準備資金にするといい」

 そう言って、ルシアンは懐から金色の懐中時計を取り出した。繊細な彫刻が施された時計は、ただの実用品というより、装飾品のような気品を湛えている。ふと目を引いたのは、時計から伸びる美しいチェーンだ。

 普通の懐中時計なら、ベストのポケットに入れておくための長いチェーンがついているものだけれど、ルシアンの時計にはもう一つ、手首に巻きつけられるほどの繊細なリストチェーンがついていた。

「え?! いいんですか?」

 驚いて聞き返すと、ルシアンは軽く肩をすくめる。

「分家を助けるのも、本家当主の仕事だからね。ただ、これはあるご婦人から頂いたものなんだ。建国祭が終わったら、質屋から買い戻して、必ず返して欲しい」

 その言葉に、私は一瞬息を呑んだ。まるで思わぬ方向から差し出された救いの手。驚きと安堵がないまぜになって、胸の奥がじんわりと温かくなる。
 「ご婦人から頂いたもの」と言ったルシアンの言葉が引っかかったが……それでも、この機会を逃すわけにはいかない。私はルシアンの目をしっかりと見据え、懐中時計を受け取る。

「ありがとうございます。必ず、建国祭が終わったらお返しします!」
「……ルシアン様。そんなことをして、本当に大丈夫なんですか?」

 アレクシスが、やや険しい顔で問う。

「大丈夫、大丈夫……ま、お前には刺されそうな気がするけど。いつも以上に怖い顔だね」
「……失礼。そんなつもりは……」
「まあ、貴族が商売するなんて普通ないからね。お前の気持ちも分かるよ。でも本人がやりたいって言うんなら、応援してあげなよ」

 アレクシスはわずかに目を伏せ、口を閉ざした。それが納得しての沈黙なのか、何かを言い淀んでいるのか——私には分からない。ただ、握った拳の指先に、わずかに力がこもっているように見えた。

「おっと。それじゃあ約束があるから私はこれで」

 ルシアンは軽やかに笑いながら、颯爽と歩き出す。その背中を見送りながら、私は深々と頭を下げた。

「あの、本当に助かりました! 建国祭が終わったら、ご連絡しますね!」

 ルシアンは振り返らず、片手を軽く挙げるだけだった。
 祭りの喧騒が少し遠のいた通りに、人々の足音と屋台の活気が微かに響く。彼の背中は静かに遠ざかり、やがて曲がり角の向こうへ消えていった。ほんの数秒前までそこにいたのに、その場の空気ごと、さらりと持ち去られたような気がする――そんな不思議な余韻を残して。

 ルシアンを見送ったあと、私は改めて屋台のエドマンドに向き直った。

「と、いう訳でお金は工面できることになりました。これからアレクシスと相談はしますが、私が責任をもってきて下さったお客様を満足させられるだけの在庫は用意します。……アレクシスも、いいわね?」
「……シエナ様がどうしてもと仰るなら、異論はございません」

 アレクシスの言葉に、私は満足げに頷く。そして、最後にエドマンドを見つめ、深く頭を下げた。

「エドマンドさん。改めて伺います。私たちに屋台の一角、お貸しいただけませんか?」

 エドマンドは腕を組み、じっと考え込む。鋭い視線が、私たちを値踏みするようにゆっくりと巡る。屋台の灯りが彼の横顔に陰影を落とし、その皺深い表情が一層厳しく見えた。
 やがて、重く静かな間を置いてから、低く渋い声で言う。

「……確かに、資金はできたようだな。しかし、中途半端なことをされては迷惑だというのは変わらん。まずは明日、やって見せてみろ」
「……はい! ありがとうございます!」

 私の声が、祭りの喧騒に溶けていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。

灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。 彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。 タイトル通りのおっさんコメディーです。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

転生能無し少女のゆるっとチートな異世界交流

犬社護
ファンタジー
10歳の祝福の儀で、イリア・ランスロット伯爵令嬢は、神様からギフトを貰えなかった。その日以降、家族から【能無し・役立たず】と罵られる日々が続くも、彼女はめげることなく、3年間懸命に努力し続ける。 しかし、13歳の誕生日を迎えても、取得魔法は1個、スキルに至ってはゼロという始末。 遂に我慢の限界を超えた家族から、王都追放処分を受けてしまう。 彼女は悲しみに暮れるも一念発起し、家族から最後の餞別として貰ったお金を使い、隣国行きの列車に乗るも、今度は山間部での落雷による脱線事故が起きてしまい、その衝撃で車外へ放り出され、列車もろとも崖下へと転落していく。 転落中、彼女は前世日本人-七瀬彩奈で、12歳で水難事故に巻き込まれ死んでしまったことを思い出し、現世13歳までの記憶が走馬灯として駆け巡りながら、絶望の淵に達したところで気絶してしまう。 そんな窮地のところをランクS冒険者ベイツに助けられると、神様からギフト《異世界交流》とスキル《アニマルセラピー》を貰っていることに気づかされ、そこから神鳥ルウリと知り合い、日本の家族とも交流できたことで、人生の転機を迎えることとなる。 人は、娯楽で癒されます。 動物や従魔たちには、何もありません。 私が異世界にいる家族と交流して、動物や従魔たちに癒しを与えましょう!

ハイエルフの幼女に転生しました。

レイ♪♪
ファンタジー
ネグレクトで、死んでしまったレイカは 神様に転生させてもらって新しい世界で たくさんの人や植物や精霊や獣に愛されていく 死んで、ハイエルフに転生した幼女の話し。 ゆっくり書いて行きます。 感想も待っています。 はげみになります。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

異世界に転生したので幸せに暮らします、多分

かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。 前世の分も幸せに暮らします! 平成30年3月26日完結しました。 番外編、書くかもです。 5月9日、番外編追加しました。 小説家になろう様でも公開してます。 エブリスタ様でも公開してます。

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

処理中です...